美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい
相応しい末路
深い眠りから目を覚ましたその瞬間には、もう日付が変わっていた。
慌てて起こした身体は低血圧のせいか酷く揺れ動くが、どうということはない。
それよりも、ひたすらに時間が気になった。
「……12時ッ!?」
丸一日眠り込んでいたのか。人生でもここまで長い時間寝続けた記憶が無い。
そんな自身の怠惰に驚く間もなく、俺は、今日という日を悟った。
「…………いや、無理だろ……」
今から準備して、シャワーを浴びて、学校に向かっても試合開始には間に合わないだろう。
自宅から学校までは、原付でおよそ10分。
しかも長い坂を駆け上がらなければならない。
全身から力が抜けるような感覚と共に、再びベッドに倒れ込んだ。
馬鹿馬鹿しい。あれだけ感傷に浸っても、結局、こんな結末か。
いや、そうか。こんなものだ。
ついぞ俺は、最後の最後まで彼女たちの差し伸べた手を、掴もうとすらしなかったのだ。
ただ、その恩恵に肖ろうとした、浅ましい魂胆には相応しい末路。
シャワーを浴びよう。ゆっくりと。それはもう、ゆっくりと。
なにも気にする必要はない。もはや、気にしてもしょうがない。
そういう頃合いだ。
ぼさぼさの髪の毛を乾かし終えた頃には、12時20分を過ぎていた。
普段はもっと、ゆっくり浴びてダラダラと過ごしている筈なのに。
どういうわけか、いつもより早く上がってしまった。
髪の毛も、やたら乾きが早い。いい加減、切ろうかな。
昼食は、どうしよう。
昨日からロクに食べていなかったから、すっかり腹が減っている。
コンビニ弁当の残りを捨てて、冷蔵庫の中を漁る。
ビックリするくらい、なにも入ってなかった。調味料と、飲み物しか入っていない。
どちらにせよ、出掛けないことには仕方ないか。
確か、学校に行く途中にある例のスーパーが、ちょうど今日、特売日だった筈だ。
SNSアプリで友達登録しておくと、クーポンが定期的に送られてきて非常に助かる。
この間は峯岸に邪魔されたし、今日はゆっくり買い物でもするか。
上裸のままスマホを手に取って、スーパーのアイコンを探す。
そのとき、もう彼女たちのメッセージは頭にも入ってこなかった。
諦めれば、こんなにも気にならないなんて。楽なものだ。
逃げているとか、そんな言い訳を誰かにする必要も無い。
変わらない。俺は一人だ。
「……んっ」
クーポンをなんとなく眺めていると、別のメッセージが届いたという通知が画面上に浮かび上がる。
差出人は、有希だった。珍しいこともある。
『今日、山嵜高校の学校説明会なんです! もしお暇でしたら、一緒に行きませんか? というか、もう最寄り駅に着いちゃうんですけど!』
そういえば、学校の掲示板に日程が書いてあったな。今日だったのか。
ならちょうどいい。買い物に行くついでに、彼女を拾って一緒に行くとしよう。
「…………って、いやいや、それはダメだろ」
学校に行く、ということは、彼女らの試合に鉢合わせてしまう可能性もある。
まぁ、でも、他でもない有希のお願いだし、学校まで案内するくらいのことはしてもいいか。
学校に向かう途中で合流するよと一言、メッセージを送る。
俺みたいな奴じゃなくて、友達でも誘って行けば良いものを。
……申し訳なさでいっぱいだ。
彼女が憧れていた山嵜も、俺も、フットサル部も。
今となっては、手遅れもいいところなのに。可哀そうなことをしている、自覚はある。
「さーてクーポンクーポン……」
いくらかのやり取りを終え、彼女との会話ページを閉じ、再びスーパーの方に戻ろうとする。
戻ろうと、した。
「あっ」
それは、あまりに予想外の出来事だった。
俺は普段から、スマートフォンを頻繁に使わない。
というか、使う機会が無いのだ。
それこそこうやって、クーポンを確認するか、有希と連絡を取るかの二つくらいしかない。
そもそもこれを使い出したのは今年の春になってからで、扱いに慣れていないという点もある。
だから、本当に、偶然だった。そこに俺の意志は一滴たりとも無かった。
俺は、ずっと見逃していたものを。
絶対に、今、このタイミングでは見たくなかったものを。
けど、ずっと見たかったものを。
図らずとも、その手で開いてしまったのだ。
『廣瀬くん、練習おいでよ。みんな待ってるよ』
『今日、初めてゴールを決めましたっ! 琴音ちゃん、すっごく落ち込んでたけど!』
『今日はなんと、ヘディングシュートを決めました! 頭がクラクラします!』
『そろそろ私も寂しいな。教室でも、全然お話してくれないし。私のこと、嫌いになっちゃった?』
『最近、雨が凄いね。でも、ちゃんと練習してるよ!』
『みんなでパフェを食べに来ました! 廣瀬くんはこういうの好きなじゃないのかな?』
『廣瀬くーん。無視はダメだよー。女の子に嫌われちゃうよー』
『さっき、ちょっとだけ目が合ったでしょ! 合ったよね!』
『あと、一週間です。廣瀬くん、私はずっと待ってるよ』
言葉を、失った。
『廣瀬くんへ。さいしゅーつーこくです。
気まずいのは分かるけど、ここまで女の子からの連絡を無視するなんて、流石に酷いと思います。だから、もうこれが最後だよ? 明日も早い時間から集まって、練習するんだから。
三週間前まで誰よりも下手っぴだった私も、みんなとの練習のおかげで、ちょっとずつだけど、上手くなりました。パスもシュートも、ちゃんと思ったところに蹴れるようになったよ。
愛莉ちゃんは、守備のセンスがあるって言ってました。パスカット? って言うのかな? それが上手いんだって、いっつも褒めてくれます。きっと、お世辞だと思うけどね』
『あの琴音ちゃんも、最初はあんなに怖がっていたのに、今ではちゃんと目を開けて、シュートを止められるようになりました。
流石に愛莉ちゃんと瑞希ちゃんのシュートは、まだ怖いみたいであんまり止められないけど……でも、あの頃とは、本当に見違えたんだよ!』
『でも、正直に言うと、やっぱり怖いです。
サッカー部の練習に偵察に行ったんだけど(偵察ってなんかカッコいい響きだよね)。
やっぱりみんな上手くて、自信無くなっちゃいました。相手が凄いってことは分かってたけど、あー、やっぱり私って下手っぴなんだなーって、思った。
試合に勝てるかどうかは、分かりません。みんな、この試合がどれだけ大変なものなのか、良く分かってると思う』
『けど、ね。
やっぱり、思ったんだ。フットサルも大事だし、それが一番の軸なのはわかってるんだけど。練習が終わった後、みんなでご飯食べたり、ちょっと遊びに行く時間も、凄く楽しいんだ。
だから、きっと私が欲しかったのは、こういう時間で、こういう友達だったんだなって。琴音ちゃんと二人だと、いっつも私がお話聞いてばっかで、つまんないんだもん』
『それに、廣瀬くんも。廣瀬くんも、一緒に居て欲しいなって、やっぱり思うんだ』
『廣瀬くんのおかげなんだよ。知ってると思うけど、私、基本的に根暗だから。誰かに積極的に声掛けたりとか、出来ないんだよ。でも、なんでだろうね。たまたま、教科係が一緒だっただけなのに、廣瀬くんには、最初から普通に話し掛けられたなぁ。良く分かんないけど』
『そんな廣瀬くんにフットサル部に誘って貰えて、すっごく嬉しかった。あんなに一匹狼の廣瀬くんが、私のことはちゃんとクラスメートだって認識してるんだって思ったら、なんだか嬉しくて。男の子とはあんまり喋れないし、喋ったことも無いけど、廣瀬くんなら、良いかなって、思ったんだ』
『だから、最近の廣瀬くんにはちょっと。いや、とってもガッカリしています。少なくとも、私の知っている廣瀬くんは「そういうの」じゃなかったよ。仕方ないから、一人でいる人だったのに。今は、自分から一人になってる』
『でも、分かるんだ。廣瀬くんの気持ちも。私もちょっと友達と嫌なことがあったら、次に会うの嫌だなって思うし。きっと廣瀬くん、そういう経験が無いんだよね。友達いないって言ってたし。うん』
『でも、大丈夫。私たち、廣瀬くんのこと、嫌いになったりしないよ。だって、最近特に思うけど。やっぱりこのフットサル部は、廣瀬くんが中心だったんだなぁって。廣瀬くんを軸に集まった仲間なんだから、当然だよね』
『勿論、みんなそれぞれ言いたいことはあると思うけど! 私もお小言の一つくらい、言わせて貰いたいけど! でも、それを分かってて、みんな廣瀬くんに戻ってきて欲しいって、本当に思ってるんだよ』
『廣瀬くんだって、同じなんだって思ってる。試合に負けて、壊れるくらいなら、このままみんなでダラッと過ごしたかったんだなって』
『でも、それはダメ! 私たち、いま、すっごく勝ちたい! あの時だって、愛莉ちゃん言ってたでしょ! これは、私たちが私たちだって、証明するための、戦いだよ!』
『だから…………廣瀬くんが、必要なんだよ。私も。みんなも。フットサル部のためじゃなくて、ただ、放課後を一緒に過ごす仲良しな友達として、みんな貴方が必要なんです』
『明日の試合、出なくてもいいです。観に来るだけでも、顔を出すだけでもいいです。そうじゃなくても、来週、また学校が始まったら、おはようって。一言、くれるだけでもいいです』
『じゃあ、また学校でね。廣瀬くん』
いよいよ、手が止まらなくなった。
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