美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

あっ、宇宙人っ!



 楠美のやる気に応えてやるためにも、なるべく早くチームとしての形だけは作ってやろう。
 あと二週間と少ししかないのだ。出来ることなど限られている。




「じゃ、早速やるか。俺と倉畑がペアで、あと二人。お前らがオフェンスや」
「おー。ハルが積極的になってる……っ!」
「……なにするつもり?」
「そりゃお前、この人数なら2on2しか出来ねえだろ」


 フットサルの要は、正確なボール回しだ。


 相手も含めれば、計10人の選手がこの小さなコートに散らばっていることになる。
 そんな状況で、どうすれば相手からボールを奪われずにゴールへ迫れるか。


 その基礎となるのは、しっかりとパスを繋いでゴールへ近づけさせるポゼッションである。
 まぁ、この「しっかり」が出来ないから困っているわけだが。




「先週やったの覚えてるよな」
「鳥かご、だっけ?」
「ん。あれ、コート全部使ってやったら、どうなると思う?」
「どうって……」


 口元に人差し指を当て、暫し考え込む倉畑。


 楠美の状態も大切だが、まずは彼女だ。
 5人ピッタリしかいない以上、彼女もフル出場しなければならないわけで。
 戦力的にはともかく、ゲームメンバーとしてカウントできるレベルには到達して貰わないと。




「あんな狭いところでもボール取れないんだから……もっと難しくなっちゃうんじゃないかな?」
「だろ。そう考えたら、結構余裕がある。けど、鳥かごと違うのは」
「ゴールに向かわないといけない、ってことでしょ」
「んっ。つうわけで、まずはお手本を見よう。アイツらがどうやってゴールに向かうのかな」


 俺の視線に気付いた二人が、顔を見合わせる。


 実力はなんの問題も無いが、果たしてこの二人。コンビネーションは如何なものか。
 顔を合わせれば口喧嘩ばかりしている印象だが、こういう奴らに限ってピッチ上では、というのも多々あるパターンで。




「えー。長瀬とじゃヤル気出ないなー」
「アアっ!? どうせ試合になったら嫌でも同じチームでしょっ!?」
「しょ~~がにゃいな~。まぁ比奈ちゃんのためなら、別にいいけど~」
「ハルトっ、コイツ嫌いッ!」
「知らねえよ」


 不安になって来た。非常に。




「楠美は、シュート来たら止めれば良いから」
「あの、いくらなんでも実地過ぎませんか……?」
「基礎は後で教えっから。どういう仕事なのか、一度肌で感じた方がええで」
「…………先に遺書を書いてもいいですか?」
「んな大袈裟な」


 もし長瀬のシュートを正面から喰らったって、精々数分ほど気絶する程度だ。問題無い。




「倉畑にボール取られたら、腕立て30回な」
「えぇっ!? ナンデ!?」
「女の子に対して横暴だぞー!」


 問題無い。コート上に限っては、貴様らを女だと感じたことなど一度も無い。




 渡されたボールを長瀬に蹴り返し、2対2のミニゲームがスタート。


 まずは俺が長瀬へチェックに行く。金澤は、特に動きを見せない。
 いちいち説明するより、やりながら覚えた方がずっと早いだろう。




「倉畑、よく見てみなっ。この状況で、一番困るのはなにをされることか、分かるかっ?」
「あっ……なるほどっ」


 ポンと手を叩いた彼女は、トテトテと拙い走り方でフリーの金澤の元へ。
 そうそう。そういうことだ。一気に不安が増したけどな。まず走るフォームから教えないと……。




「鳥かごと違って、どこに動いても、どこでパスを貰ってもOKだかんね」
「なるほどぉー」
「だから、こうやってマークを外すんよっ!」


 その一言と共に、金澤は一気にその場から離れ、ゴールに向かって斜めに走り出す。
 所謂、ダイアゴナル・ランと呼ばれる、相手のマークを外す動き方だ。


 長瀬は走り出した金澤に、直線のパスを出す。
 右サイドでボールを受けた彼女の前には、もうゴレイロの楠美しか残っていない。




「おっと!」
「そう簡単に決めても、面白くないだろ」
「そう来なくっちゃ……ハルとは一回、ガチってみたかったんよねっ!」


 そう言って、彼女は深く腰を下ろし、左足でボールを細かく動かす。
 結構な体格差なだけに、注意深く見ていないと、ボールだけ見失ってしまうかもしれない。


 細心の注意を払いながら、彼女の動向を見守る。
 ジリジリと後退していく身体が、少しだけ内側。つまり、右に傾いた、その瞬間であった。




「あっ」


 そんな声が彼女から漏れる。
 タッチが僅かにズレ、ボールが俺のすぐ近くにまで転がってきた。
 足を伸ばせば、簡単に届いてしまう距離。試しにと、足を伸ばしてみるが――――




「なーんてね♪」




 俺の反応を上回るスピードで、彼女はボールを回収。一気に反対の足で押し出す。


 サイドのスペースはほとんど締め切っていたのに、コイツ。
 ほんの少し、重心を傾けた瞬間を狙って来やがった。


 改めて、なんだこの化け物。視野が広いとか、そんなレベルじゃない。




「ああんもうっ! 完璧に抜いたと思ったのにっ!」
「お前、足首どうなってんだよっ! なんでトップスピードからんな急に止まれんだっつの!」
「いや、ハルも着いて来てるじゃんッ! お互い様だしッ!」 


 間一髪で彼女の動きに着いて行ったことで、シュートまでは撃たれずに済む。
 正確に言えば、もうほとんど抜き切られていた。敢えて狙いに乗ったとはいえ。逆を突かれたのは事実だし。
 だが、ゴールだけは決めさせない。楠美の練習は、まだ少し先にさせよう。




「ちょっと! さっきからずっとフリーなんだけど、わたしっ!」
「いやいやいや。こんないい勝負してんのに、長瀬には預けらんないって!」
「2対2って言ってるでしょうがっ!」
「ハルがッ、泣くまでドリブルをやめないッ!」


 聞いたことあるぞその台詞。




「あっ、宇宙人っ!」
「えっ、どこ!?」
「貰ったぁぁぁぁーーっっ!!」


 長瀬が驚いている間に一気に仕掛けようとするが、やはり、辛うじて食らい付く。


 クイックネス、特に足首の柔軟性が尋常ではない。
 小さなアクションで簡単にボールを動かすし、止めるのにも全く苦労していない。
 ここまで自由自在にボールを動かされたら、マーカーとしては溜まったものでは無いだろう。




「なんで抜けねえんだよコンチクショウがッ!!」
「ちょっと、どこよ宇宙人っ!」
「いねーよ、馬鹿ッ!」
「あ、騙したのッ!?」
「騙したうちに入るかこんなーんッッ!!」


 どっちもキレる謎の展開だった。
 いや、なんで普通に信じてるんだよ長瀬。ピュアなのかダーティーなのかどっちかにしろよ。




「……やっぱハル、ちょっとヤバいって。隙が無いっていうか、ゼロ」
「抜こうとするたびにグチグチ言うてたら嫌でも分かるて」
「いや、まぁ、それは良いんだよっ! なんでここまで振って、重心ブレないのかって聞いてんのっ!」
「うーん……確かにハルト、特に焦った感じも無かったしね」
「というか、笑ってたよ廣瀬くん。そんな顔、初めて見たかも」


 笑ってた? 俺が?
 そりゃまぁ、金澤みたいな奴と勝負できるのは楽しいちゃ楽しいけど……別に笑うほどのことでも。




「まっ、フットサルはチームスポーツだから。アンタが一人で頑張っても駄目なときはダメなのよっ! ほらっ、パス寄越せっ!」
「…………けっ!」


 不機嫌さを隠すことも無く、背後の長瀬にバックパス。


 金澤の技術はぴか一なのだが、なんだろう。感覚的な問題なのでなんとも言い難いのだが。
 どうにも「これはフェイントです!」というのがやる瞬間に分かってしまうのだ。
 だから、こちらが隙を見せないことには、彼女も仕掛けて来ないし。


 最も、このクイックネスをサッカー部が止められるかはまた別の問題だけど。




「おっ、いいね比奈ちゃんっ! そうそう、そうやって相手にパスを繋がれないように、コースを消していくのっ!」
「分かったっ!」
「相手をドンドン、外に追いやるように、身体を外向きにしてっ、そうそう!」


 倉畑のポジショニングは、なかなか悪くない。というか、セオリー通りの良い位置取りだ。
 長瀬の指導も勿論あるが、上手く外側に彼女を追い詰めている。




「相手にパスを出されたら、また動き直してねっ。ほら、アンタ、パ――――」
「えいっ!」
「…………あっ」


 後方に戻ってきた金澤に渡そうとしたボールは、倉畑の伸ばした左足に当たる。
 そのままボールはコートを転々と転がり、反対側。無人のゴールへと、ゆっくり吸い込まれていった。




「…………ごおおおおおる。はい腕立て30かーい」
「えっ!? ちょ、え!? 嘘っ!?」
「あっははははっ! 取られるどころか点まで決められてんだけどっ! チョーウケるっ!」
「瑞希っ」
「ん、なーにー?」
「お前も一緒のチームだろ。連帯責任や」
「…………え、マジ?」
「マジマジ」




 数分に渡り、美少女二人の悲鳴がコートに響き渡るのであった。





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