美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい
ハリポタ感あるから
夏の到来を予感させる熱いバトルが、ここでも繰り広げられていた。
いや、これを仮にもバトルと称してしまうのは、どうにも納得が行かない。
もはや子供の喧嘩に近いなにかである。
或いはプロレスとか、大学生のよくやっている中身の無いディベートとか。だいたいそんな感じ。
状況を説明するならば、まずかったるそうな金澤と、対照的に真剣な表情をした長瀬。
一方、完全にキレている様子のトレーニングウェアを来た男子生徒がコートの真ん中で対峙。
ついでに、怒りをぶちまけるもう一人の男子がソイツの後ろでワイワイ言っている。
その男子生徒の後ろには、総勢50人ほどのこれまたむさ苦しい運動着姿の男子生徒が険しい表情を作ってこちらを睨む。それに怯える我らがフットサル部(仮)。
……果てしなくめんどくさい。
これ、俺が対処するの? 嫌だねそんな役回り、どう転んだって飛び火するに決まっている。
(……なんでこんなことになってんだよ……)
このクソ暑いなか、頭を回転させることすらもはや億劫だが。
誰よりもかったるそうな顔をした俺は、事の経緯を思い返してはやはり鬱になるのであった。
* * * *
「つまり、なにも進展していないということですね」
「いやぁ、あれからも一応、他の先生とかにも当たってるんだけどねぇ? なかなか……」
「もっと頑張ってください。比奈のためにも。いいですね。比奈のためにも」
「なーんで私の名前が出てくるかなぁ」
「性だろ」
運動着に着替えた一同が集結したまでは良かったが、午後から振り出した雨の影響で、もう1時間は新館の談話ルームでの待機を余儀なくされている。
体育館入り口脇のソファーが置かれたオープンスペースは、通称談話ルームと呼ばれているらしい。
ゆったりとした空間が「ハリポタ感あるから」とは金澤の弁。知らん。ハリポタを知らん。
二日ぶりの集合ということでそんな張り切っていた金澤も、雨に気をやられたのかソファーに寝っ転がっている。説教終わりの長瀬はもっと怠そうだが。
「ところで、貴方。えーっと、遠藤さん」
「いい加減覚えろて」
「創部に関するあれこれは長瀬さんに一任しているようですが、本当に大丈夫なんですか?」
「まぁ、一応部長らしいし……期待はしてねえけど」
「このテニスコートも、貴方が体育委員として権力を発揮していたと聞きました」
「権力って、んな大したもんちゃうわ。掃除だ、掃除」
小声でそう問いかけて来た楠美の表情は、あまり冴えない。
なにせ、フットサル部創設について、この一週間でほぼなにも進まなかったのだから。
結局、顧問になってくれそうな教師は未だに見つかっていない。
なんなら活動場所についても、割と無理をしている状況である。
このテニスコートだって、一応は他の運動部が使用する権限を持っているのだ。
あくまで「最近使っていない」というだけで、向こうが使用するというなら俺達がどうこう言える立場でも無い。
初めて「体育委員」の肩書が役に立った瞬間だった。
使いもしないなら、誰かが様子を窺うわけもない。永遠に掃除中なだけだ。
「……止みそうだな。少し地面は滑るけど、倉畑は平気そうか」
「うんっ。怪我しないように気を付けるね」
「怪我は気を付けても、するときはすんだよ」
「そーよ比奈ちゃん。もし滑ってお尻でも汚したら、すーぐ厭らしい目で見てくるんだから!」
「おう。じゃあお前のケツだけ見とくわ」
「…………え、な、なんで……っ?」
「いや、どー考えても冗談でしょ。なにマジになってんの長瀬、キモ」
「あアァァァ!? アンタは関係ないでしょ!?」
……会話のコンビネーションだけは成長しているな。多分。
梅雨時期には珍しく通り雨だったのか、気付いた頃は空も太陽の光でいっぱいになっていた。
羨ましい。俺が抱えている悩みも、これくらいスパッと晴れたらどれだけ良いものか。
水曜に引き続き、鳥かごで軽く身体を温める。
以降は、長瀬と金澤が初心者コンビにボールの扱い方をレクチャーし、俺は外からその様子を眺めている。動かしたくなったら、新館周辺を軽くランニング。
開始から1時間はほぼそんな流れだった。
俺から近付くこともしない。初心者の相手はアイツらが適任だ。
「そーそうっ。あんまり振りかぶらないで、内側ね、内側っ! 平べったいところに当てるんだよ」
「うーん……中々上手く当たらないなぁ」
「まずはフォームを固めるところからやった方が良いかもしれないわねっ。あ、ちょうど楠美さんがやってるみた…………アレッ!?」
「わぁぁぁぁっ!? くすみんが死んじゃった!?」
10回ほど右脚をスイングしたところで、楠美はその場にぶっ倒れた。
まさか、もうスタミナが無くなってしまったとでも言うのか。顔が真っ青だ。
いやいや、流石に体力無さ過ぎでは。日常生活も危ういレベルだろそれ。
「死なないでくすみ~~~んっ!!」
「かっ、肩を揺らさないでくださいっ……うえっ……」
「あ、ちょ、吐いちゃうからやめって!」
「琴音ちゃーん。大丈夫ー?」
「ひっ、比奈……助け……助けてくださ…………ガクッ」
「くすみぃぃぃぃィィィィーーーーんッッ!!??」
あ、逝った。
とりあえず、木陰に彼女を連れて行き休ませる。
特に脱水状態などの深刻な事態にはならなかったので、一安心。あんなコミカルな死に方で重い話になって堪るか。
「はい、水」
「…………どーも」
「無理すんなよ。倉畑に着いて行きたいのも分かっけど、お前にはお前のペースがあるし」
「……私が目を光らせないと、なにをするか分かりませんので」
「なんもしねーよ。これでも心配してんだから、ちっとは感謝しろっつうの」
「……はぁ」
納得はいっていない様子だが、手渡されたボトルに素直に手を付けてくれた。
相変わらず俺へと態度は粗暴だが、無駄な意地を張って、本当にぶっ倒れてしまうよりはマシだ。
「……別に、構わないんですよ。比奈に構いたいなら、そうすれば」
「え、どしたの急に」
「……貴方がそこまで極悪非道な人間で無いことは、この一週間でなんとなく分かりましたので……比奈に悪影響を与えない程度なら、別に、構わないと言っているんです」
窓ガラスに身体を預けた彼女は、ボトルと手で視線を遮りながらも、一応にはこちらを向いてくれる。
やはり、その目はある程度の警戒心を持っているが。
なに、俺、ちょっとだけ認められたの? 別にいらないんだけど。
「あんな。何百回でも言うけど、別に倉畑を誘いたいがために始めたわけちゃうし、少なくとも俺はそういうつもり、無いから。お前も実際のところ、分かってんだろ」
「……比奈はこれまで、男性との交友がほとんどありませんから。念には念を……」
「それ、お前も一緒やろ」
「……まぁ、その通りですが」
「つうか、まず自分の心配をしろよ。もしかしたら、倉畑が餌で、お前が目的かもしれねえぜ」
その言葉に、楠美は大きな目をパチクリさせて、こちらを凝視する。
「…………すみません、どういう意味ですか?」
「いや、だって、お前も言うて美人やし、つうかモテるだろ」
「……馬鹿なこと言わないでください。私は比奈ほど可愛くないですし…………女性的な魅力に欠けているのは、自分が一番良く分かっていますから。お世辞は結構です」
「は? それこそ馬鹿言うなって。そりゃアイツらも結構な美人やけど、お前も普通に可愛い部類に入るだろ」
「…………私が? 可愛い? 私が……?」
まるで意味不明と言うように首をコテンと傾げる。
その仕草そのものがもうえげつない破壊力を兼ね備えているのだが、どうやら彼女は本気で理解出来ていない様子であった。
あぁ。コイツ、自分のことを客観的に見たこと無いんだろうな。
楠美が美人じゃなかったら、この世の女の大半はモンスターだろう。
「…………あぁ、私を煽り立てて比奈に近付こうという作戦ですね。なるほど」
「いや、だからね」
「まぁ、容姿を褒められて悪い気はしませんが、生憎、そこまで単純ではないので。とにかく、比奈は渡しませんからっ」
そう言って彼女はすくっと立ち上がり、三人の待つコートへと戻っていく。
コイツ、ちょっと照れたな。初めて容姿以外の要素で可愛いところ見せやがって。
さて、そろそろ俺もボールに触れないとな。
あまり子ども染みたことも言っていられない。どうせ、避けられない運命なのだから。
(…………あん?)
すると、コートの奥の方から、何やら近づいてくる。
あの格好、あの体格……もしかして。
「すまない君達、ここを空けてもらってもいいか?」
あぁ、来やがったな。悪の帝国め。
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