美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

パスっ!!



「は?なんだよお前」
「邪魔してんじゃねーよ。オラ。殺すぞ」
「あれぇー? どちたのボクぅぅ、可愛い女の子が危険な目に……はぁぁぁーー! 僕たんが助けないとぉー! って感じですかー!?」
「ウヒャハハハっ! 流石にひでぇなお前よぉっ!」


 矢継ぎ早に罵倒が飛んでくる。大して歳変わらねえだろ。クソが。


 入口近くに置いてある棚の箱入り洗剤を手に取り、少し苛立ちを見せる風に声を掛ける。
 相手にされないのもバカにされるのも予想済みだ。
 こんな覇気の無い顔も確認できないような男の何が怖いのか。俺だって分からない。


 ただ少なくとも、俺は怖くもなんともなかったから、もっと分からなかった。




「女一人に大勢で取り囲んで、エライ大したことぁ抜かしてたな。恥ずかしくないんか、あん?」
「あ? 急にどしたん? 喧嘩したいの?」
「……お前さぁ、結構勇気あっけど、この人数差で勝てるとでも思ってんの?」




 後ろでニヤニヤしていた奴の一人が、挑発するような乾いた笑みを浮かべそう吐き捨てる。
 さっきまでリーダー格の後ろでヘコヘコしてた癖によく言うものだ。なんて口にはしないが。


 が、彼の言うことも案外外れということも無い。
 喧嘩とかしたことないし、なんなら人数さも相まって結構なピンチである。


 奥にはすっかりフリー状態の長瀬がいる。
 俺の方を観ているのは必須だろうが、イマイチ焦点がどこに合っているか分からなかった。
 ただ確信できたのは、彼女が今すぐにでも泣き出してしまいそうな。
 とても不安げな顔をしていることだけだ。




「マジで調子こいてんじゃねえぞ、お前よ」
「お、いいねぇー! フールボッコしちゃうぅー!?」
「おい、逃げんじゃねえよっ!」


 奴らの間を抜けて店の奥側に入ろうとしたが、失敗。
 身長は俺とほとんど変わらない、半袖で無駄に筋肉質の男が、俺の肩を遠慮なしに思いっきり掴む。


 それを合図に、後ろの四人が一気に俺へ距離を詰めてくる。
 なるほど、これはまず一発入れられちゃうパターンだ。
 で、ちょっと怯んだところで外に連れ出されてボッコボッコと。
 よしよし、順調に敗北コースを進んでいるな。なにやってんの俺。


 逃げ出そうと身体を強く横に振るが、思いのほかちゃんと掴んでいるようで全く動けない。
 今になって、ロクに運動の一つもしていないことを悔やむ。


 あーあ、何やってんだろ。威勢よく飛び出しといて、こんな結末か。


 肩を掴む手と逆の腕が、ゆっくり俺へ伸びてくる。腹か。腹だな。間違いない。
 軌道は俺の顔よりも遥か下を通過していく勢いだ。
 あんまり殴られるのは慣れていないが、まぁ死にゃしないだろう。よし、覚悟はだいたい決まっ――――




「ハルトっ、パスっ!!」
「はいっ?」




 突然聞こえてきたその声の主は、考える暇も無くさっきまでレジの内側にいた長瀬だろう。
 気付かぬうちに彼女は店側へ出てきていて。


 あのポーズは一体なんなんだろう、などと頭を働かせることもなく、俺は答えに辿り着いた。
 両手を伸ばし指先を足元に向けるその姿は、間違いなく何かを「要求」しているようにしか見えない。


 そしてそれは、今まで俺が見てきたなかでも、飛び抜けて見覚えがあって。




(パス、ね)


 視線の先には、恐らく俺の手に辛うじて握られている箱の洗剤が映っている。
 これを? パス? お前に?


 正直なところ、彼女がどんな意図を持ってそうしたのかはすぐに分かった。
 ただそれでも行動に踏み切れなかったのは、ただ単純に心配だったからだ。


 俺の想像している未来は、だいたい悪い方向にしか進まない。
 渡したところで、もし外したりしたらどうするのか。
 それこそ次に標的になってしまうのは長瀬だろう。




 邪魔をしていたのは、単なる不安要素の重なりだけではない。
 俺が。俺が不満なのだ。
 今こうやって、か弱い女性である長瀬に助けを求めること自体、既に恥じるべきことである。


 元の原因は彼女だ。だが、火を付けたのは俺。
 なら、俺がその火を全責任を持って消さないといけないのに。


 それでも、身体は終始震えていた。
 情けねえ。情けなさすぎて、もう恥という概念を捨てたくなった。
 だから、今の俺は恐らく相当にカッコ悪いけど、もうしょうがないことだったのだ。




 片手で持つ分には少し重い、それなりの大きさを誇る箱が。
 一秒にも満たない時間だけ宙を舞う。
 それこそ時間が止まったようだった。長瀬の突然の言葉に、連中共も一瞬動きが止まっていた。


 視線が重なる。
 驚いたようなその瞳には、どんな表情をした俺が映っているのだろうか。
 きっと笑えるくらい怯えていて、不甲斐ない顔をしているに違いない。




 一方、俺は相も変わらず不満だった。


 今回だけ。今回だけだ。
 お前に助けてもらうのは。そう、今回だけ。お前に華を持たせてやるのは。




 だから、絶対に外すな。




「ブチ込め、長瀬ッッ!!!!」
「任されたァァっっ!!」




 大きく振り被った右脚に、箱型洗剤が命中する。
 そして、そのまま真っ直ぐ。それは尋常ではない速度で、俺を掴んでいたヤンキーに向かって。




「ドボォア゛ァェァーーッ!!!!」




…………




「………はっ……?」




 不良達の誰か一人から、そんな間抜けな声が漏れる。
 いや、実を言うと自分も同じような感想を抱いていた。
 ただ、目の前で起った惨劇が衝撃的過ぎて。


 勢いよく振り抜いた長瀬のキックは、完璧に箱の側面を叩いた。
 ベストコースを狙った正確なシュートなどいらない、と言わんばかりに力いっぱいインステップで蹴り込んだのだ。そりゃこうもなる。




 ――――完璧だった。


 本来なら人に蹴られることなく役目を果たすであろう箱入り洗剤は、その男の顔面に直撃した。
 それと同時に、蓋が外れて中から煙のようなものが店内を覆う。


 あまりの衝撃に、中身が出てしまったようだ。これ粉末洗剤だったのかよ。


 誰も言葉を発しようとしない、無言の時間が続く。
 それも仕方ない。煙と粉塗れになって、男が完全に気絶しているのだから意味不明である。


 ただ、二つだけ確かだったのは。




「…………か、掛かってきなさいよっ! 全員、こんな感じにしてやるんだからっ!」




 俺と彼女が完全勝利を収めたことと。




「長瀬さん? なにやってるのかな?」
「…………あっ」




 彼女の今後が非常に危ういということだ。




*     *     *    *




 驚いた様子で店の奥から出てきた店長らしき中年の男性に、長瀬はかれこれ10分ほど叱られていた。


 最も居合わせた俺が説明したおかげで、彼女に非が無いことも証明できたし。
 監視カメラに事の一部始終が写し出されていたことも決定打となって、晴れてDQN達を追い出すことに成功したのであった。




 「それにしたってやりすぎだよ!」と俺まで店長に注意されてしまったが。
 完全に伸び切ったリーダー格の男を、連中が懸命に担いで逃げ出していく姿を遠目に見るだけで、まぁ悪くない判断だったなとは思った。




「ごめんっ! 遅くなっちゃった」
「おう。もういいのか」
「うん。だいたい掃除し終わったし、細かいところは夜勤の人がやってくれるって。すっごい嫌がられたけどっ」
「そりゃ無駄な仕事押し付けられりゃ、誰でもそうだろ」
「あははっ……でも、ナイスゴールだったでしょ?」


 少しだけ息を切らせ、長瀬が店から出てくる。
 随分と楽しそうな弾む声色と対照的に、意地悪げに白い歯を覗かせ微笑んだ。


 高校の可愛くないと評判の灰色チックな短いスカートが風で揺れ動く。
 遊ぶように靡く美しいロングヘアーは、どこぞの名画を思い出させた。




「………なんか、ごめんね。面倒なこと付き合わせちゃって」
「俺が勝手に首突っ込んだだけだろ。それに、クソほども役立たなかったし」
「そ、そんなことないよ……ハルトが助けてくれなかったら、私、なにも出来なかったと思うし」


 どうだろう。俺がしたのはパスを渡しただけだ。
 果たしてそれが勇気と呼べるものなのかは、実に疑問だけど。




「そんなモンだろ。取りあえず、今後十年は語り継げる武勇伝だな」
「語り継がないって……もうこんなの嫌だからねっ」
「はいはい……………あぁ、そうだ」
「ん、なに?」
「お前、家どっちだっけ。せっかくだし、送ってやるよ」




 何気なく零れたフレーズだったのだが。
 当の彼女はそれこそさっきよりも段違いに目をパチクリとさせて、驚きを隠し切れていない。
 そんなに俺が人のために善意を働かせるのが珍しいってか。お前も大概だな。




「………い、いいの? ていうか、え、バイク?」
「原付」
「原付って確か、二人乗り禁止なんじゃ」
「んなモン見付かんなきゃいいんだよ。嫌なら置いてっけど」
「あ、ちょ、ちょっと待って! 乗る乗る! 乗るからッ!」







コメント

コメントを書く

「学園」の人気作品

書籍化作品