美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

はい全員ポンコツ



「と、いうわけでフットサル部の今後について色々と話し合おうと思うんだけど」
「おー。やろーやろー」
「俺への労わりは?」


 例え口内を出血していようと、昼休みは続くのである。


 昼食を一通り取り終えたことで、話は自然とそちらへと傾く。
 長瀬としてはさっさと先に進みたいところだろう。
 人は集まったが、まだ集まっただけに過ぎないわけで。なんなら何も始まっていない。




「フットサルについてはあまり存じ上げませんが、スポーツをするということで良いんですね」
「そーそー。ていうか、くすみん、よく入ろうって思ったよねっ」
「まぁ…………そうですね」


 そんな険しい目で俺を見るな。可愛い顔しやがって。


「でも、部活を作るってなったら、やらなきゃいけないこと結構あるよね」
「そうねー。練習場所はあのテニスコートで良いとして、後はやっぱ顧問か」
「当てはあるのか」
「ぜーんぜん。私、先生とか良く知らないし」


 見てくれと普段の生活態度だけは良い長瀬だが、教師との交友はあまり無いようだ。
 俺が言えた口じゃないけど。なんなら担任の名前も知らん。


 高校の部活動として正式に活動するのであれば、クリアしなければならない点は幾つかある。


 人数と練習場所は取りあえず良いとして、やはり顧問はどうしても必要になる。
 長瀬曰く「大会とかも出たい」というのであれば、活動費も必要だし。
 あとは、生徒会の許可なんかも無いといけない筈だ。よう知らんけど。




「お前ら当てとか無いの」
「あたしにそんなのあるわけないじゃーん」
「私も……先生とはそんなに仲良くないかなぁ」
「…………右に同じです」


 はい全員ポンコツ。


「全員で暇そうな先生見つけて、お願いするくらいしか出来ないかなぁ」
「じゃ、さっそく今日の放課後から練習開始だねっ。みんな暇でしょ? ヒマだよね?」
「ちょっ、なに仕切ってんのよ。一応、私が部長なんだからっ」
「えっ、長瀬がリーダーなの? ハルでいいじゃん」
「だめっ。ハルトは部下だから」


 嫌だよオマエの下に着くとか一生の恥だわ。


 その後は活動日や集合時間をなんとなく決め、とりあえず最初の話し合いを終える。
 活動は週三日。火曜と木曜を除いた平日は例のテニスコートに集合することになった。


 出来立てホヤホヤの実質同好会にしては中々タイトな気がしないでも無い。
 が、全員漏れなく放課後は暇していたので、特に反対意見も出なかった。怠惰な連中め。




「ハルト。ちょっと職員室行くから付き合ってよ」
「あん」
「部活の作り方とか、ちゃんと聞きに行くから」
「え、一人で行けよそんなん」
「やだ。怖いし」


 急に人見知りを発揮し出す長瀬。
 既に面々は解散しているし、俺と長瀬で行動しなければならないわけで。


 出来ることなら、二人で校内をうろつくのは避けたいんだけれど。
 既に食堂内でそこそこ注目を集めているというのに。
 これ以上余計な噂を立てられようものなら、いよいよ俺の評価は底を突き地中に潜る勢いだぞ。




「いいから、一緒に行くの。それとも嫌?」
「別にそういうわけじゃ」
「ならいいでしょっ。どちらにせよ断ったらアンタ、明日から性犯罪者だから」


 今更持ち出すんじゃねえよちょっと忘れてたわ。


「……ふん。デレデレしちゃって」
「え、なんて」
「なんでもないっ! ほら、行くわよッ!」


 ……なにをぷりぷり怒っているのだろう。可愛いけど。
 俺を置いて行く勢いで校内を突き進む彼女の足取りは、どこか軽快に見えた。




*     *     *     *




 山嵜ヤマサキ高校は県内でそこそこの知名度を誇る私立高校である。


 スポーツ、勉学共に特待生制度を採用しており、どちらかに特化した生徒が比較的多い。
 が、元々はありふれた私立だったので、特待生と下位層が足を引っ張り合った結果、偏差値は中間程度に収まっている。らしい。


 聞くところによれば、楠美と倉畑の黒髪コンビは成績優秀者なので特待生扱いなのだとか。
 で、残る二人は一般入学なんだと。まぁ見る限り馬鹿そうだし納得。
 え、俺? 特待生じゃないけど、所謂「スポーツ実績」で編入試験も無かったなそーいや。


 で、つまりなんの話がしたいのかというと。
 山嵜は部活動も盛んな学校で、運動部に至っては相当の数があるということ。
 そして、そんな状態で新たに部活を作るとなれば、結構な問題があったということだ。




「なんでダメなんですかッ!」


 飛び上がるように驚いた長瀬の絶叫が、職員室に木霊する。
 その様子を何事かと振り返った教員たちも、やがてすぐに興味を失い職務に戻ってしまった。


 長瀬の一年の頃の担任教師だという、黒髪の年を召した女性教諭。
 デスクで仕事を続けたまま長瀬や俺の顔を見ることなく話を続ける。




「だから、言ったでしょう。まずは顧問。それを確保しないことには手伝いも出来ないわよ」
「で、でも、そこをクリアすればっ」
「それが難しいの。ほとんどの教師はもう顧問をしているし、学校に教師自体そんなに多くないでしょ」
「……そんなぁ」


 ガックリと肩を落とす。確かに、この教員の言う通りではあるが。
 ただでさえ場所と金の掛かる運動系の部活を、それもこんな中途半端な時期に作るだなんて。
 我ながら、奇行としか思えん。




「それに、フットサルでしょう? 正直、関わってくれる方そんなにいないと思うけど」
「そ、そんなこと言われても……」
「とにかく、この件は私に話してもだめよ。どうしてもってなら、生徒会とか理事長に掛け合って」
「……分かりました」


 一理あるが、長瀬も押しが弱い。もうちょっとなんとかしろよ仮にも部長だろ。


「なら、今現在で顧問をされていない教職の方を教えて頂けませんか。こちらで当たるので」
「えーっと、そんな方いたかしらねぇ」
「居ないこた無いでしょう」
「そうは言っても、ねぇ。それに廣瀬くん、部活もいいけど、授業に出なさい貴方は。まだ数回しか教室で見掛けないけど」


 めっちゃ痛いところを突かれる。
 いや、それとこれとは別の話だろ。クソ、これだからババアは嫌いだ。


 というか、なんだこの違和感。


 長瀬が「フットサル部」の名前を出した時点で、この教師はどうも浮かない顔をしていた。
 それに加え「フットサル部でしょう?」とはどういう意味なのか。
 だいたい、部活云々の話は職員と生徒会の影響が大きい筈だ。
 理事長に掛け合え、とはずいぶん大袈裟な話ではないのか。


 捉え方によっては、部活を作るのが駄目というより、フットサル部だから、と言わてるいるような。




「ごめんなさいね、力になれなくて。あ、すみません、これもついでにコピー取ってくれません?」


 長瀬と俺を押し退けるように席から離れていく。


 そんな姿を、俺達は黙って眺めていることしか出来ない。
 横から聞こえてきた「この無能め…」の一言に若干怯えてしまった俺は、彼女の怒りを喰らわぬよう何か考えている的な顔をして、暫くやり過ごすわけである。


 顧問の確保、思っていた以上に難しいことになりそうだ。


 だが、なんだろう。この部屋に漂う、どこか閉鎖的な空気は。


 部活作りという一言で片付けられない、大きな何かが俺たちを邪魔しているような。
 そんな気が、してやまないのだ。




 職員室の窓を叩く小雨が、僅かに灯り出した光を、大人げなく打ち消していく。


 梅雨が近付いていた。





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