美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

頭コンクリートかよ



「初めまして。2年C組で学級委員長をしています、楠美琴音クスミコトネと申します。以後、お見知りおきを」
「あ、はい。どうも」


 なに倉畑の座っていた席にさも当然の如く座っとんねん貴様。


 休日の癖に馬鹿真面目なのか私服が無いのか。
 学校指定の制服姿で、そのストーカーは現れた。


「比奈からだいたいの事情は伺いました。フットサル部というものに勧誘されたとか」
「あ、はい」
「フットサル、というのはよく分からないのですが、どういった理由で比奈を勧誘されたのですか?」


 ああもうなんか分かる。だいたい分かるよ。ストーカーの気質が凄いよ。


 才色兼備な友人、という倉畑の評価は概ね間違っていなかった。


 腰まであるロングの黒髪と対照的な、シミ一つない綺麗な素肌。
 日本人形のような整った顔立ちと、小柄な体格からは想像も付かない豊満な胸部。
 文句無しの美少女である。長瀬や金澤、勿論倉畑にも引けを取らない。


 たが、しかし。その性格。もはや恐怖。




「誘ったのは、まぁ、話の流れというか……」
「流れ? 比奈がフットサル部に入ってみたいと?」
「いや、割と強引に連れて行きはしたけどっ」
「なるほど、拉致ですね」


 頭コンクリートかよお前。


「一人の友人として、比奈が得体の知れない部活動に加入させられそうになっているとなれば、看過するわけにはいきません。後は、お分かりですね?」
「いや、分からんて。なんで倉畑の行動をお前が制限せなアカンのや」
「……怪しいので」


 自分が分かっていることを人に言われるのが一番傷付くってお母さんに教わらなかったのかこの野郎。
 さっきから隣に座ってはいるのだが、何故にこの距離感。
 もう椅子の端過ぎて俺も楠美さんも落ちそうなんだけど、早く帰って来ねえかな倉畑。


 最も、彼女の行き過ぎたストーキング、監視は置いといて。
 俺が怪しさ爆発なのは今に始まったことではない。顔面的な要素も置いておいて。なるだけ端に。


 そりゃそうだ。倉畑と、俺とでは釣り合わない関係であることくらい分かっている。
 しかし、だからといって一友人が、俺たちの関係を切ろうなんぞ烏滸がましい話ではないのか。




「珍しく比奈が、誰かと遊びに行くと言うので私も興味を持ったのです。どんな相手なのか」
「俺で悪かったなホンマ」
「全くです。改札で貴方に声を掛ける比奈を見て、絶望しました。何故、比奈のような素晴らしい子が、こんなうだつの上がらない男と二人で逢瀬を重ねなければならないのかと」
「徹頭徹尾失礼やなお前」


 初対面でここまでボロクソに言われると逆になんかもう清々しい。




「いったい、どんなトリックを使ったのですか? それともまさかっ、何が比奈の弱みを握って――――」
「阿保言うな。あれや、教科係が一緒やから、ちょっと関わりがあるっつう、それだけだっての」
「教科係? それだけの関係性で、比奈を部活動に誘ったと?」
「…………まぁ、言わんとすることは分かるけど」
「ますます怪しいですね……見たところ、ワイシャツも正しく着ることの出来ない真性のヤンキーのようですし」


 服を正しく着れなかったらヤンキーてお前。
 ファッション業界に頭下げろ。埋まれ。


 ともかく、彼女。楠美琴音の俺に対する評価は最低そのものである。
 なんとかして多少なりとも挽回しておかないと、倉畑が入部を撤回してしまうかもしれない。


 それだけは勘弁だ。唯一まともなやり取りができる奴がいなくなったら、もう自信無い。
 そして長瀬にひたすら罵倒され、金澤に弄ばれる悲惨な日々が待っているのだろう。泣ける。
 どうにかこうにか、楠美さんの誤解を解かなければ。
 いや、そもそも何を誤解しているんだ彼女は。




「……なに、そんなに倉畑を取られるのが嫌なんか」
「比奈は小学生の頃からの友人なんです。とても真面目で、裏表の無い、純真な子です。ご存知ですよね?」


 割と男を惑わせるチャーム的な何かを持っているけどね彼女。




「そんな子を、貴方のような得体の知れない雄に蹂躙されてしまうなんて……かっ、考えるだけでも悍ましい……っ!」
「だから俺をなんやと思っとるんやお前」
「どうせ今日も、いつもと同じように女を誑かそうと比奈を連れ出したのでしょうっ。そうに決まっていますっ。比奈は純粋さ故に、人の悪意に鈍感なんです。これからどこへ連れて行く気だったのですかっ!」
「声がデケえ馬鹿ッ」


 ヒートアップする楠美さんの声に、周囲も反応し始める。
 イカン。このままではどう見ても俺が悪役で、彼女が悲劇の主人公だ。
 それだけは誤解を招いてはいけない。


 どう考えたって彼女に非があるのは明白だが、世間の目と言うのはそうした事情など性差ですべて一方的に片付けてしまうのだ。




「やっぱり琴音ちゃんだったねー」


 あ、来た。天使だ。




「比奈っ。さあ早く帰りましょうっ。この男は悪魔です。比奈を悪の道に引き摺り込もうとっ」
「もう、そんなんじゃないって前も話したでしょ? 落ち着いてって」
「で、ですが比奈っ」
「琴音ちゃん。周り、ちゃんと見て。みんなこっち見てるよ。めっ」
「あっ…………はい…………」


 おぉ、すげえ。手懐けた。


 倉畑が口元に人差し指を添えニッコリ微笑むと、先ほどまでの勢いはどこへやら。
 シュンとした様子で、肩をガックリ落とす。


 分からない。この二人の関係。友達なのか、明確な上下関係があるのか。意味不明。
 倉畑が子守されてるのかと思ったら、完全に立場逆転してるんだけど。逆にオモロイなこれ。


 隣の空いていた席に楠美さんを座らせ、倉畑が合間に座る。
 なんだこの安心感。子どもの喧嘩に親が出て来たような反則級の何かだぞ。


「あのね、琴音ちゃん。今日のお買い物も、私が誘ったの。絶対に反対するから言わなかったけど」
「ほ、本当ですか……っ? この男にマインドコントロールされているわけではなく?」


 やってみたいわそんなん。


「何度も言ってるでしょ? 琴音ちゃんは私の一番大事なお友達だけど、もう子どもじゃないの。遊んだり、付き合ったりする相手だって、自分で選べるよ。昔は、いっぱい助けて貰ったけどね?」
「ですがっ、比奈はまだ悪い人間の相手をしたことが無いから……っ」
「それこそ心配し過ぎ。私だって、良い人と悪い人の区別くらい付くんだから」
「…………比奈……っ」
「私からしたら、琴音ちゃんの方が分別付いてないと思うけどな。廣瀬くん、とっても良い人だし」


 んなわけねーだろ、という心の声が聞こえてくるレベルのガンを飛ばしてくる楠美さん。
 いや、楠美。こんな奴はもう楠美だ。敬語とかいらん。下手に出たら俺がやられる。


「だって、面白いよ廣瀬くん。琴音ちゃんに色々言われても、全然怯まないし」
「えっ、なに。お前、見てたの」
「うん。面白かったから」


 いつも通りの顔で笑うな。小悪魔から悪魔に昇格させたろか。


「琴音ちゃんも、私以外の友達ちゃんと作った方が良いと思うけどなぁ。廣瀬くんとかピッタリだと思うけど」
「わっ、私は比奈だけで十分ですっ。友人くらい、それこそ自分で選びますっ」
「選んでるんじゃなくて、選べないだけでしょ? 琴音ちゃんの場合」
「う、うぅ……」
「えぇ。なにその毒舌」


 本格的にどういう関係性なんだよこの二人。
 すると倉畑は、なにか思い付いたように口を小さく開くと、視線を窓の外へと移した。


「ねぇ、廣瀬くん。確かこの近くに、アミューズメントパークあったよね?」
「いや、知らんけど」
「あそこ、バッティングセンターとか、卓球台とか、色々あった気がするんだよね。あと……ボールを蹴って的に当てるやつ、とか」




 彼女の目が、光り輝いた。気がした。



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