美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

これが、わたし



 再び相手ボールで試合は再開する。
 先ほどのワンプレーにかなり持って行かれてしまったのか、相手面々の足取りはやけに重い。


 が、そんな空気など知ったことかと派手な掛け声でボールを要求する奴が一人。長瀬だ。
 コート中央でボールを受けた彼女は、すぐさまこちら側のゴールを見据える。
 僅かに捉えられたその瞳は、間違いない。獲物を捕らえる鷲のような、鋭い眼光。




 「行くよっ!」


 そんな一言とともに、一気にドリブルを開始。
 奪いに行ったこちらの味方に身体を近づけられ一度スピードダウンするが、すぐさま右サイドに展開。


 それから間もなく、ピンチは訪れる。
 すぐさまゴール前まで侵入した彼女は、またも叫び声に近いそれでボールを寄越せと叫んだ。


 先ほどと逆の展開だ。俺が長瀬をマークする形になる。


「邪魔ッ!」
「邪魔してんやボケッ!」


 右サイドからセンタリング。長瀬に向かってグラウンダー気味のボールが一直線に飛んでくる。
 なるほど、強い。上手く身体を当て、俺が前に出られないように抑えている。




(コイツ、本当に女かよっ!? なんちゅうパワーしとんやッ……!)


 ビクリともしないその身体に驚いている暇もない。ボールはゴール数メートル前で、彼女に収まった。
 このまま密着していればシュートを打たれる心配は無い。
 背後からのカバーを警戒するのが正解だろう。


 だが、そのつもりは毛頭ない。と言うように、強引に身体を押して前を向こうと応戦する長瀬。
 ほぼ五分五分のぶつかり合い。
 女に負ける気など到底無いが、鍛えの足りないこの体幹では、崩れてしまうのも時間の問題か。


「カバーッ!」
「金澤っ、チェック!」
「あいあいよっ!」


 根負けした長瀬はその声と共に後ろの味方へとボールを戻す。
 すぐさま金澤さんがボールを追い掛けていく。が、タイミングが悪く奪い切れず、そのまま展開される。


 長瀬は俺から少し距離を置くと、今度はこちら陣地右側でボールを受け直す。
 味方がボールを奪いに行くが、いとも簡単に弾き飛ばされフリーの状態を作られてしまった。




(なんで男相手に普通に競り勝ってんだよッ! ゴリラかお前はッ!)


 信じ難いフィジカルに驚くのもつかの間、一気にシュートモーションへ。
 距離が遠すぎてチェックに行くのも難しい。代わりに近くにいた味方が止めに入るが。




「うわっ!」
「わおっ! なにそれキレッキレ!」


 抜かれたプレーヤーと、金澤さんの感嘆の言葉は、つまるところ切れ味鋭いキックフェイントを表す。


 見かねてスライディングで止めに入った味方を嘲笑うかような、美しいフェイント。
 完全にマークが外れてしまった今、彼女を止める者は誰もいない。


 そして、次の瞬間。いや、その称し方すら生温い。瞬きをする間も無い、コンマ数秒後のことだった。


「見たっ、ハルト! これが、わたしッッ!!」




 弾丸のような一撃が、ゴールマウスに吸い込まれる。
 小さなシュートモーションから、目にも留まらぬ一発。
 ゴールネットの乾いた音以外が、その世界から消えてしまったような静寂。




「はっはっは……マジかよ……」


 もはや笑うしかない。いくら至近距離、ノーマークの状態だったとはいえ。
 男子でもここまで質の高いシュートを叩き込める奴はそういない。




(柔と剛、ね)


 言い得て妙。金澤さんが軽快に相手を翻弄し、傷ひとつなくゴールを奪う姿が柔なら。
 ゴリゴリにボールを要求し、相手が誰であろうと一人で試合を決めてしまう長瀬は、剛そのものだ。


 こんな20人のコートに、この俺が。この俺ですら、眩しく見える才能が二人。
 しかも、それがどちらとも同世代の女の子だなんて。果たして現実なのか。




「……勝負よっ、ハルト。今日、ゴールが少なかった方が月曜のお昼、奢りだから」
「え、キッツ。点は無理って」
「いいからっ、勝負なの!」


 一方的に言い放った長瀬は、陣地へと戻っていく。
 あまり目立つ気は無いのだけれど、どうしよう。この二人で十分過ぎるほどインパクトあるのに。




(……やれるだけ、ね。やれるだけ)


 とりあえず、試合に負けるのは気に食わないし。
 思いのほかしっかり動く足に僅かばかりの感謝を捧げ、静かに試合再開を待つのであった。




*     *     *     *




 以後、上級者向けと謳われたフットサルコートは、可憐な美少女二人の独壇場となった。


 金澤瑞希がズバ抜けたテクニックとスピードで相手を置き去りにしたかと思えば。
 ほとんどボールを独り占めし相手をなぎ倒しながらシュートを叩き込む長瀬愛莉の、ゴールの応酬。


 ゴレイロ。サッカーで言うゴールキーパーがこのゲームに居ないことを差し引いても。
 両チームの守備は全くと言っていいほど機能していなかった。最早やりたい放題である。


 で、俺はというと。
 もう自分でプレーするより、二人の無双ぶりを見ている方がよっぽど楽しくなってしまって。


 適度にボールを受けながら、金澤さんに渡してコンビネーションでチャンスを生み出す。
 その程度の仕事に留まった。自分で点を取るのが、なんだか忍びなく思えてくるほどだった。




「ハルト、一点も取って無いでしょ。私の勝ちね。いい? いいでしょっ?」
「あー、はいはい。おめでとさん」
「やる気なっ!」
「ねーねー、お二人さん、あたしも混ぜてよっ」


 俺と金澤さん、長瀬のチームが丁度休憩になり、コート脇で座っていると、彼女が話し掛けて来る。
 先ほどまであれだけ男たちに群がられていたのに、今となっては誰も声を掛けて来ない。


 というか、みんなして顔が死んでいる。
 そりゃそうだ。女の子二人にあれだけ好き勝手やられたのだから。
 プライドとか消失してるだろ。俺も結構危ないわ。




「アンタ、名前なんて言うのっ?」
「えっ、私……? あ、えと、なっ、長瀬愛莉、だけど……」
「なにキョドってんねんキモ」
「うるさいわねっ! どう見ても私が苦手な奴なの分かるでしょ……っ!?」


 突然の登場に動揺を隠せない長瀬。
 そう言えばコイツ、割と人見知りするタイプだったっけ。見えへんけど。


 会話の主導権握れない金澤さんみたいなのは苦手と。ホンマ陰キャやな。人のこと言えないけど。
 あれか。普段大人しいけど、ハンドル握ったら性格変わるタイプだ。コイツの場合はボールか。




「あーっ、やっぱりそうだっ! あたしっ、アンタのこと見たことあるよ」
「えっ……ほ、本当に? ここで?」
「ううん。ガッコで」
「…………えぇッ!? もしかして、山嵜ヤマサキ!?」
「うん。ハルもでしょ?」
「まぁ、そうやけど……」


 同世代だということですら割と驚いたのに、同じ高校だったのかよ。
 こんなに目立つ金髪の子なんて、すぐに目に留まるもんだと思ったけど。
 まぁ授業出てないしそりゃ分からんか。もしかしなくても学校じゃ有名人なんだろうな。




「まさかあの「歩くAV」長瀬がフットサルやってるなんて、思ってもなかったわー」
「えっ、えーぶ……っ!? なにそれっ!?」
「えっ? クラスの男子、みんなそう呼んでたよ」
「なるほど。遠目から見るとそうも思うわ」
「うっさいボケっ!!!!」


 顔を真っ赤にして膝を抱え込む。
 ちょっと可愛いとか、思ってないんだから。
 所詮AVだから。うん。気に入っても恋はしないだろ。そういうこった。




「…………金澤さんて」
「あ、タンマ。それ、ダメ。瑞希って呼んで。てか、呼べ。ねっ」


 謎の威圧感。こえーよ。見た目ただのギャルなんだから、耐性が無いんだよ。やめて。


「……瑞希?」
「よし」
「部活とかやってねえの。或いは、チーム入ってるとか」
「いや、全然。今はね。野良プレーヤーってやつ? なにっ、フットサル部でも作るの?」
「…………入る?」
「おー、入る」




 あ、部員増えた。







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