美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

それ、意味ねーから!



 着替えを終えコートに戻ってきた二人は、言うならば凶器そのものであった。


 学校指定の体育着は、長瀬の整ったスタイルにはあまりに不釣り合いで。
 どうにもアンバランスというか、落ち着きが無い。


 例えるなら、成人した大人がランドセルを背負わされているAVのような。
 でも背負ったら意外と似合ってるなという、違和感というか定着感というか。酷過ぎる例えだ。


 一方の倉畑は、元々小柄な体格も相まってもう中学生。
 下手したら小学生と言われても不思議でないほどのジャストフィットと言わざるを得ない。


 あまりに女優が幼すぎると興奮しないのはAVの常だが、これに関しては安心と信頼のそれである。


 つまるところ、俺が何を申し上げたいのかと言うと、その、まぁ、そういうことなんだ。
 他意は無い。まったく無い。正直な感想だ。
 思ってても言っちゃいけないことって世の中腐るほどあるだろ。えぇ。そういうことなんだ。


 ただ告白すべきものがあるとするなら、間違いなく俺は暇を持て余している。はい。思春期だもの。




「…………なに? じろじろ見ちゃって」
「えっ、あぁ。いや、なんか、コスプレだなって」
「アァっ!? 怒るわよッ!?」
「あー、はいはい、悪い悪い。似合ってるね。とっても可愛いよ二人とも」
「……釈然としないわね」


 それは俺も一緒だ。


「まぁ、いいわ。とりあえず、今日は簡単にルールだけ説明して、軽く蹴って終わりましょ。下校時間までそんなに無いしね」
「よろしくお願いしますっ」


 ぺこりと丁寧に頭を下げる倉畑の真面目さに涙を禁じ得ない。
 もっと言うと、今の流れに全く反応しなかった彼女のスルーっぷりちょっとばかし寂しいよ。


「まず、分かりやすくサッカーの説明からしましょっか。サッカーは二チームに分かれて、手以外のところで相手のゴールにボールを入れたら一点でしょ?」
「うんっ、それは分かるよ」
「フットサルも基本は同じなんだけど、さっきも言った通りコートがサッカーより小さいの。ハンドボールとか、バスケと同じくらいかな」
「なんか、ゴールがいっぱい入りそうだね。サッカーってあんまり点が入らないイメージかも」


 倉畑の推測は概ね正しい。


 フットサルはサッカーから派生したものではあるが、実際のところ全く異なる競技である。
 コートの狭さ、人数、ボールのサイズ、ルール、プレー時間、戦術、スピード感。


 どちらかと言えばバスケットボールに近い性質を持っている。と、個人的には思っている。


「そうそうっ。ミスしてもすぐに取り返せるから、その辺は全然気にしなくて大丈夫だからね」
「はーい。あ、ルールはサッカーと同じ感じなの?」
「だいたい一緒だけど、オフサイドが無いのは有名ね。オフサイドって分かる?」
「名前は聞いたことあるけど、どういう意味なのかは……」
「だって、ハルト」
「ここで俺かよ。面倒くさいところを」
「いいからっ、早く」


 オフサイドのルールを初心者に説明することほど難しいことは無い。
 経験者ですらしっかり把握してない場合もあるし、少しずつルールも変わっていて中々に難解なのだ。


「簡単に言うと、待ち伏せ禁止やな。ずっとキーパーの前でウロウロしてたら、なんかズルいやろ」
「あーっ……確かにそうかも」


 小学生とかだとたまにやるけどな。ひたすらキーパーの邪魔する奴。
 あれホンマウザいから遊びでもみんなやめような。


「線審言うて、コートの横で動いてる人いるだろ。あれ、キーパー除いた一番後ろで守ってる奴を追っ掛けとんねん」
「うんうん、見たことあるよ」
「それを基点にして、コートを縦に分断するようなラインを引く。これがオフサイドラインっつうのになって、線審はそれを見とる。相手は、そのラインより後ろでボール貰っちゃダメっつうこと」
「…………ちょっと分かったかも」
「パスが出た瞬間、ラインより前にいればセーフ。みんなそのラインのギリギリを狙うわけや」
「あ、じゃあその、たまに聞く「オフサイドトラップ」っていうのは、相手の人を自分たちより後ろにいるようにするための、作戦なんだねっ?」
「そーゆーこった。えらい物分りええな」
「そ、そうかなっ」


 少し照れたように笑う倉畑は普通に可愛くて困る。頭も良いし可愛いとか素晴らしいな。
 ちなみにその後ろでは、長瀬が妙に不機嫌そうに腕組みしていた。
 なんだよ。こちとらイチャイチャしてんだから邪魔すんな。


「……普通に説明してるのなんかムカつく」
「えぇ」
「とにかく、サッカーにはそのオフサイドがあるけど、フットサルには無いのっ。だから、極端な話、待ち伏せオッケーってわけ。だから比奈ちゃんが初心者でも、それで活躍できる! そーいうこと!」
「へー……そう言われると、なんだか上手くできそうな気がするかもっ」
「ただ、ゴール決めるためにはしっかりボールを蹴らないとだからねっ。今日はシュートの練習しますっ! ハルト、パス出しして。それくらい出来るでしょ」


 勝手に任命される。なんか、手柄を全部持って行かれた気分だ。
 せっかく難しいこと説明したのに「それ、意味ねーから!」みたいな。分かっちゃいたけど。


 新館裏のテニスコートには、ハンドボール用のゴールも端に置いてある。
 昨日もそのゴールを出して、長瀬はシュートの練習をしていたようだ。
 まぁ俺に向かって飛んできた辺り精度については触れないでおくが。


 このテニスコート、あまり使われていないようで、そのゴールもそのまま出しっぱなしである。
 このままここを拠点にするつもりなのだろうか。
 一応、体育委員だからこういうの摘発する立場なんだけどな。まぁいいか。


「じゃ、よろしくっ! 優しくでいーかんね!」
「あいよー」


 簡単なストレッチを済ませ、いざ本番。
 ゴール正面に位置取った倉畑に対し、横からパスを出す形である。


 正直、ちょっと嫌だった。


 倉畑にパスすることではない。純粋にボールを蹴りたくなかった。
 初心者にひょろひょろのパスをするくらいなら、俺のミジンコ並にしょうもない自尊心も大して傷つくことは無いだろうという、極めて打算的なイエスであった。


 更に保険を掛けて、右足で蹴る。左は使わない。使う気にならない。


 倉畑目掛けて蹴り出されたボールは、ゆっくりと、そりゃゆっくりと彼女の足元へと向かっていく。


「えいっ!」


 雑なフォームで繰り出されたシュートは、残念ながらヒットせずほとんど空振りに近いものになった。
 勢いは中々だったが、ボールを見れていない。実に運動初心者らしい。


「あー、惜しい惜しいっ! 比奈ちゃん、ボールしっかり見てね。あと、蹴るときはここ、足の内側を使うの。インサイドキックって言うんだけど」
「うん、分かった。もういっかいお願いしまーす」
「あーい」


 またも繰り出される弱弱しいパス。こんなスピードの代物、いつ振りか。


 今度はしっかりとシュートになった。
 枠にこそ入らなかったが、初心者にしては中々の強さで放たれたボールがゴール少し右に逸れていく。


「上手いうまいっ! 比奈ちゃんセンスあるわっ! これならすぐ上達するかもっ!」
「えへへっ……あんまり褒めないでよぉー」
「いやいや、ねっ、ハルト!」
「おー。初心者とは思えんシュートだ。キックの姿勢も良いし、茶道部の経験が生きてるな」


 これに関してはお世辞でも何でもない。
 しっかりとしたキックフォームを教えていないのに、身体を使って腰の捻りも活かした、実用性のあるシュートだ。これは本当に、上手くなるかも。


 長瀬の褒め方も、中々にコツを掴んでいて悪くない。初心者は褒めて伸ばすに限るな。


「じゃ、この調子で頑張ろっか! 更に強いシュートを打つには、足のこの、硬いところを使って、インフロントキックって言うんだけどね……」


 長瀬のレクチャーを含めた初心者講座が、梅雨入りを目前に控えた五月の青空の下。
 のどかな空気のなか続いていった。


 悪くない。こんな時間も。中々に楽しいものだ。


 そう思いこんでいれば、好きなことと嫌いなことを同時にする辛さも、多少は忘れられる。







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