暗黒騎士物語
森の中での戦い1
オークの女族長ボルダの乗る巨大猪重戦車が森の中を疾走する。
6頭の巨大猪が牽く巨大な車はもはや小さな城であった。
この城を拠点にボルダ達は各地で略奪をしている。
巨大猪騎兵、木々を倒し、道を開け、その次に猪騎兵と猪戦車の軍団が後に続く。
最後にボルダの乗る巨大猪重戦車が号令を出す。
これが、ボルダ軍団の進軍の形であった。
「いくよ野郎共! エルフの都を襲撃だ!」
「「「グワアアアアアアアアアアアアアアアアアグ!!」」」
ボルダの掛け声に配下のオーク達が雄叫びを上げる。
その雄叫びには期待が含まれている。
スケベなオーク達はこれから襲うエルフの事であった。
美しいエルフを凌辱できるのだから当然だろう。
期待をしているのはボルダも一緒だ。
もちろん、雌オークのボルダの目当てはエルフではない。
いけ好かない女共が持つお宝だ。
エルフの都は沢山の宝石で彩られているとボルダは聞いていた。
「美しい宝石はあたいのような美女にこそふさわしい…」
笑うとボルダは今まで集めた宝の1つを手に取る。
宝は首飾りで巨大なダイヤモンドを中心に小粒のサファイアとエメラルドが嵌め込まれている。
「ぐふふふふ。これよりも、もっとすごいお宝があるのかしらねえ。絶対に手に入れてやるよ」
ボルダは首飾りの中央にあるダイヤモンドを舐める。
この世において宝石ほど、ボルダを魅了するものはない。
世界中の宝石を集める事がボルダの夢だ。
「ふふ、母様。あたしは妖精騎士に興味があるわ。寝台でどんな声で鳴いてくれるかしら」
「ええー!? 姉様が上に乗ったら折れてしまうわよ。顔は良いだろうけどね。剥製にして愛でるだけにした方が良いんじゃない」
「うーん。やっぱり、そうなのかしら。顔は良いのに残念ね」
ボルダの娘達が楽しそうに喋る。
ボルダはこれまでに子どもを2000匹以上生んだが、その中で娘は10匹ぐらいだ。
喋っている娘の姉達はすでに独立して、遠くの地で暮らしている。
ボルダと同じように多くの男共を従えているはずであった。
オークの雌はオークの雄を操る力がある。
しかし、雌が生まれる確率は低く、それぞれの地で群れを作る。
それがボルダ達オークなのである。
「偉大なるオークの大族長ボルダ様と姫様方。ご機嫌ですね」
ボルダの側にいる蛇女が声をかける。
ラミアは蛇の王子ダハークの元から派遣されて来た者だ。
ボルダの城に滞在して、魔法で補助をするのが役目である。
オークは魔法が苦手であり、エルフの迷いの魔法を打ち破る事は出来ない。
ラミアがいなければ、森の中で迷ったあげく、妖精騎士達によって削り取られていただろう。
しかし、ラミアの探知能力により、正しい道を進むことができる。
「まあね。エルフは宝をたんまりと持っているそうじゃないかい? それを本当に全部あたいのものにしてもかまわないのだろうね?」
「もちろんです、ボルダ様。もっとも、エルフ達を倒せたらの話になりますが」
ラミアは頭を下げて言う。
「ふん、正面からの殴り合いでならエルフに負けやしないよ」
ボルダは笑う。
エルフ達は魔法には強いが、力が弱い。
正面から戦えば負ける事はない。
「それよりも、天上の奴らは本当にこちらに来ないのだろうね? さすがにあれの相手はできないからね」
「それは大丈夫です。我れらが王子が天上の者達を押えます。その間に好きなだけ略奪をなされれば良いのです」
「ぐふふ、わかっているさ」
ボルダはその言葉に頷く。
エルフの都を占領するつもりはない。
いくらなんでも、それは危険である。
ボルダはラミアを見る。
ラミアの主である蛇の王子が何を狙っているのかボルダにはわからない。
だけど、利益があるのなら、乗らない手はない。
だから、ボルダは進撃する。
「お相手はエルフとドワーフだけ。ボルダ様が天上の奴らを相手にする事はないでしょう」
「ドワーフ? エルフはドワーフと仲が悪いんじゃないのかい? 奴らは鈍足だが、固いんだよね」
ボルダは昔の事を思い出す。
過去にドワーフの集落を襲った事がある。
その時に反撃を受け、敗走した。
ボルダにとって苦い思い出である。
だから、猪騎兵すら止めるドワーフの技術力を侮る事はできない。
ボルダはそれを危惧する。
「それについては調べています。奴らもこちらの侵攻する道筋を探っているようです」
ラミアは説明する。
ナパイアの斥候がうるさく飛び回っているようであった。
ナパイアは風エルフとも呼ばれ、素早い上に空を飛び、透明の魔法を使い周囲を探るのが得意だ。
戦闘力は皆無だが、進撃方向を探られたらやっかいであった。
「大丈夫なのかい? うん? どうしたんだい」
ボルダが大丈夫なのか問おうとした時だった。
前方の配下の動きが遅くなる。
「どうやら、エルフ共が足止めに来たようですね」
「なんだって?」
ラミアの言葉でボルダは匂いを探る。
オークは鼻が良く、遠くの匂いを感じ取る事ができる。
確かにエルフの匂いが前方に感じられた。
「映像を出しましょう」
ラミアが魔法で前方の様子を映し出す。
その映像の中ではオレイアドの一角獣騎手達が魔法を使いボルダの配下を止めようと必死になっている。
一角獣騎手は一生を処女である事を誓ったエルフだけがなれる。
美しい妖精騎士がいるのに触れる事が出来ない可哀想な女達であり、ボルダには理解できない存在だ。
その男知らずの女達が呼び出した土の中位精霊である土蜘蛛が、行く手を遮っているようであった。
「男との楽しみを知らない女なんかの魔法に止まっているんじゃないよ! 蹴散らしな! グワアアアアアアアアアアアアアアグ!!!!」
ボルダは雄叫びを発する。
ボルダの雄叫びは配下のオーク達を滾らせる効果がある。
力を増したオーク達が猪を駆り、進撃する。
さすがの土蜘蛛も止める事ができず、吹き飛ぶ。
土蜘蛛が吹き飛んだのを見た、一角獣騎手は慌てて撤退する。
「さあ、もっと進撃するよ! エルフ共の都はもうすぐだよ!」
ボルダ達はさらに進撃する。
しかし、途中まで進んだところで再び遅くなる。
「今度は何だい!?」
ボルダは苛立つ。
今度はエルフの匂いがしない。
かわりに石と鉄の匂いが感じられた。
ボルダは嫌な予感がする。
「どうやら、ドワーフのゴーレムが現れたようですね」
ラミアが再び魔法の映像で前方の様子を映し出す。
映像の中でボルダの配下達を石で出来た人型が前方を遮っている。
ドワーフ共のストーンゴーレムであった。
その上空にはドワーフの乗る空舟が飛んでいる。
ストーンゴーレムはかなりの数だ。
映像の奥を見ると数は少ないがアイアンゴーレムの姿も見える。
「侵攻の道筋が読まれていたとは思えません。おそらく、全方位にゴーレムを配置していたのでしょう。まさか、これ程の数を防衛に割くとは、ドワーフ達も奮発しましたね」
ラミアは嬉しそうに言う。
ボルダにはなぜラミアが嬉しそうにするのかわからなかった。
しかし、猪騎兵は簡単には方向転換する事ができず、進むしかない。
「さっさと蹴散らすんだよ! うかうかしていると増援が来ちまうよ!」
ボルダは叫ぶ。
ゴーレムの数は多いがあれだけの数なら突破できる。
問題は手間取ると増援が来ることであった。
全方位に配置しているのなら、かなりのゴーレムが他にいるのだろう。
その全てが来たら、さすがに突破できない。
ボルダ達がどこから進撃しているのか、既にエルフ達にバレているはずであった。
時間をかけると大変な事になる。
ボルダは再びラミアを見る。
その顔は笑っていた。
◆
ゴブリン王子ジャーギの乗る一際大きな巨大蜘蛛が森の中を疾走する。
巨大蜘蛛の上に築かれた建造物はジャーギの館だ。
この館を拠点にジャーギは人間達を略奪するのだ。
巨大蜘蛛を先頭にして、ジャーギ達は木々をすり抜け進撃する。
その次に蜘蛛騎兵と歩兵部隊が後に続く。
「さあ、行きますよ! オーク共の後に続くのです! だが、決して急いではいけません! エルフの軍団はオークに任せ、我々はおこぼれをいただくのです!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアギャ!!」
ジャーギがそう言うと配下のゴブリン達が叫ぶ。
決して急いではいけない。
エルフ達は強い。正面からは戦えない。
不意を突き横から戦うのだ。
だから、馬鹿なオーク共に矢面に立ってもらわなくてはならない。
そもそも、ジャーギの配下の多くは歩兵であり、進む速度は遅い。
歩兵はゴブリンの戦士を中心にゴブリンの歩兵と人間の奴隷兵で構成されている。
ゴブリンの歩兵はともかく人間の奴隷兵の足はとても遅い。
幻覚キノコの効能で従順になっているが、代わりに身体能力が落ちているのだ。
しかし、あまりにも遅すぎるのでジャーギは苛立つ。
「人間共を鞭で叩き、急がせなさい! あまりにも遅い奴は食っても構いません!」
ジャーギは側近であるゴブリン戦士長に伝えて、命令させる。
人間は家畜であり、働かせ、使えなくなったら肉として喰うのだ。
動けない人間はゴブリンの餌であった。
「偉大なるゴブリンの王子ジャーギ様。どうかお慈悲を……」
突然、側に侍らせていた妾の1人が頭を下げる。
妾は人間の雌だ。
とある人間の巣を襲ったときに攫い、顔が良かったので側に置くことにしたのである。
(そういえば、この雌のつがいが奴隷にいましたね)
ジャーギは奴隷の中にこの女の夫がいた事を思い出す。
何度もこの女の体を抱いたが、心までは夫にあるつもりなのだろう。
だが、それはジャーギを楽しませるだけである。
「仕方がありません。良いでしょう、貴方の夫は助けます。ただし、今夜私を楽しませなさい。良いですね」
「はい。ジャーギ様」
人間の雌は頭を下げる。
もちろん、夫を助けるというのは嘘だ。
そもそも、ジャーギは奴隷の管理には興味がない。もう死んでいるかもしれないのだ。
嘘を吐く必要はないが、その方が楽しめそうだからジャーギはそう言ったにすぎない。
(そろそろ、この雌も飽きて来ましたね)
ジャーギは新しい雌が欲しいと思う。
もちろん次に狙うのはエルフである。
強力な魔法を使うが、1匹や2匹なら攫う事も可能なはずであった。
エルフは人間の雌よりもはるかに美しいので、ジャーギは今から楽しみであった。
「殿下! 大変です!」
ジャーギが妄想に浸っていると側近の呪術師がやってくる。
ジャーギの養育係であり、呪術の師でもある。
ゴブリンの中では強い魔力を持ちジャーギの副官を務めている。
もっとも、ジャーギに比べれば弱い魔力だ。
角のないゴブリンの魔力ではどんなに努力しても限界がある。
角ありし者であるジャーギは、選ばれしゴブリンであった。
「爺! 何があったのです!?」
「はい。音乱しの風がなぜか弱まっているのです。もう一度、風を吹かす儀式を行う必要があります」
その言葉にジャーギは驚く。
(そういえば、風が弱くなっていますね。どういう事ですか?)
ジャーギ達の周りには音乱しの風が吹くようにしている。
この風はジャーギと側近である呪術師達の儀式によって吹かせたものだ。
音乱しの風が吹く場所では、誰も歌えなくなり、外から歌が聞こえなくなる。
ゴブリンは歌が苦手であり、音乱しの風が止めば、エルフの歌が聞こえてしまう。
そうなれば、戦いどころではなくなる。
「わかりました。すぐに儀式を行います。呪術師達を呼びなさい」
ジャーギは立ち上がると儀式の準備をする事にする。
小範囲ならともかく、音乱しの風を軍団全体に吹かせるは大変で、普通なら不可能である。
しかし、ジャーギはそれを行う事ができる。
(これだけの風を吹かせる私は優秀なのだ。父上もそれがわかっていない。なぜ、弟を後継者に選んだのですか?)
ジャーギは弟の事を考えて歯ぎしりをする。
後継者争いに敗れたジャーギは生まれた地を出て行かねばならなかった。
ジャーギはいつか必ず戻って、自身の方が優秀だと思い知らせてやると誓う。
「残念だけど、貴方の風はもう吹かない」
突然、ジャーギの頭上から声がする。
ジャーギが見上げると翼が生えた女が飛んでいる。
美しい女である。
その女は剣の切っ先をこちらに向けている。
「て、天使!? 馬鹿な!?」
ジャーギは驚き、後ろに倒れ尻を床に激しくぶつける。
天使はゴブリンの相手をしない。
なぜなら、それはハンマーで蟻を潰すようなものだからだ。
天使にとってゴブリンは虫のようなもの。
人間を使う事はあっても直接殺しに来る事はない。
天使は冷たい目でジャーギを見下ろしている。
周りにいた妾達が額を床に付けて天使を讃える声を出す。
人間の雌にとって天使は敬うべき存在だからだ。
「捕らえた人達を解放させてもらうわ!!」
天使は怒りの視線をジャーギに向けるのだった
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
オークの元ネタはグレンデル。グレンデルは種族でオークナスです。
そこからオークが生まれたようです。
つまりグレンデル=オーク。またグレンデルよりも母親の方が怖ろしいという記述があるので、オークは女性の方が強いのかなと思い、こういう設定にしました。つまり女性が強い社会です。
対してゴブリンは男社会にしました。
自分がこの小説で一番やりたいのは神話や騎士物語に出てくるような異世界を作りたいという事です。その中にはドロドロした話も含まれます。
例えばアーサー王物語は部下に妻を寝取られて、姉との間に出来た子と殺し合います。
そんな、世界を作りたかったのです。そのためのレイジやシロネでした。
だけど、やりすぎて読まれないのでは意味がない。そこが難しいところだったりします(´;ω;`)
以上なろうでの後書き転載。
6頭の巨大猪が牽く巨大な車はもはや小さな城であった。
この城を拠点にボルダ達は各地で略奪をしている。
巨大猪騎兵、木々を倒し、道を開け、その次に猪騎兵と猪戦車の軍団が後に続く。
最後にボルダの乗る巨大猪重戦車が号令を出す。
これが、ボルダ軍団の進軍の形であった。
「いくよ野郎共! エルフの都を襲撃だ!」
「「「グワアアアアアアアアアアアアアアアアアグ!!」」」
ボルダの掛け声に配下のオーク達が雄叫びを上げる。
その雄叫びには期待が含まれている。
スケベなオーク達はこれから襲うエルフの事であった。
美しいエルフを凌辱できるのだから当然だろう。
期待をしているのはボルダも一緒だ。
もちろん、雌オークのボルダの目当てはエルフではない。
いけ好かない女共が持つお宝だ。
エルフの都は沢山の宝石で彩られているとボルダは聞いていた。
「美しい宝石はあたいのような美女にこそふさわしい…」
笑うとボルダは今まで集めた宝の1つを手に取る。
宝は首飾りで巨大なダイヤモンドを中心に小粒のサファイアとエメラルドが嵌め込まれている。
「ぐふふふふ。これよりも、もっとすごいお宝があるのかしらねえ。絶対に手に入れてやるよ」
ボルダは首飾りの中央にあるダイヤモンドを舐める。
この世において宝石ほど、ボルダを魅了するものはない。
世界中の宝石を集める事がボルダの夢だ。
「ふふ、母様。あたしは妖精騎士に興味があるわ。寝台でどんな声で鳴いてくれるかしら」
「ええー!? 姉様が上に乗ったら折れてしまうわよ。顔は良いだろうけどね。剥製にして愛でるだけにした方が良いんじゃない」
「うーん。やっぱり、そうなのかしら。顔は良いのに残念ね」
ボルダの娘達が楽しそうに喋る。
ボルダはこれまでに子どもを2000匹以上生んだが、その中で娘は10匹ぐらいだ。
喋っている娘の姉達はすでに独立して、遠くの地で暮らしている。
ボルダと同じように多くの男共を従えているはずであった。
オークの雌はオークの雄を操る力がある。
しかし、雌が生まれる確率は低く、それぞれの地で群れを作る。
それがボルダ達オークなのである。
「偉大なるオークの大族長ボルダ様と姫様方。ご機嫌ですね」
ボルダの側にいる蛇女が声をかける。
ラミアは蛇の王子ダハークの元から派遣されて来た者だ。
ボルダの城に滞在して、魔法で補助をするのが役目である。
オークは魔法が苦手であり、エルフの迷いの魔法を打ち破る事は出来ない。
ラミアがいなければ、森の中で迷ったあげく、妖精騎士達によって削り取られていただろう。
しかし、ラミアの探知能力により、正しい道を進むことができる。
「まあね。エルフは宝をたんまりと持っているそうじゃないかい? それを本当に全部あたいのものにしてもかまわないのだろうね?」
「もちろんです、ボルダ様。もっとも、エルフ達を倒せたらの話になりますが」
ラミアは頭を下げて言う。
「ふん、正面からの殴り合いでならエルフに負けやしないよ」
ボルダは笑う。
エルフ達は魔法には強いが、力が弱い。
正面から戦えば負ける事はない。
「それよりも、天上の奴らは本当にこちらに来ないのだろうね? さすがにあれの相手はできないからね」
「それは大丈夫です。我れらが王子が天上の者達を押えます。その間に好きなだけ略奪をなされれば良いのです」
「ぐふふ、わかっているさ」
ボルダはその言葉に頷く。
エルフの都を占領するつもりはない。
いくらなんでも、それは危険である。
ボルダはラミアを見る。
ラミアの主である蛇の王子が何を狙っているのかボルダにはわからない。
だけど、利益があるのなら、乗らない手はない。
だから、ボルダは進撃する。
「お相手はエルフとドワーフだけ。ボルダ様が天上の奴らを相手にする事はないでしょう」
「ドワーフ? エルフはドワーフと仲が悪いんじゃないのかい? 奴らは鈍足だが、固いんだよね」
ボルダは昔の事を思い出す。
過去にドワーフの集落を襲った事がある。
その時に反撃を受け、敗走した。
ボルダにとって苦い思い出である。
だから、猪騎兵すら止めるドワーフの技術力を侮る事はできない。
ボルダはそれを危惧する。
「それについては調べています。奴らもこちらの侵攻する道筋を探っているようです」
ラミアは説明する。
ナパイアの斥候がうるさく飛び回っているようであった。
ナパイアは風エルフとも呼ばれ、素早い上に空を飛び、透明の魔法を使い周囲を探るのが得意だ。
戦闘力は皆無だが、進撃方向を探られたらやっかいであった。
「大丈夫なのかい? うん? どうしたんだい」
ボルダが大丈夫なのか問おうとした時だった。
前方の配下の動きが遅くなる。
「どうやら、エルフ共が足止めに来たようですね」
「なんだって?」
ラミアの言葉でボルダは匂いを探る。
オークは鼻が良く、遠くの匂いを感じ取る事ができる。
確かにエルフの匂いが前方に感じられた。
「映像を出しましょう」
ラミアが魔法で前方の様子を映し出す。
その映像の中ではオレイアドの一角獣騎手達が魔法を使いボルダの配下を止めようと必死になっている。
一角獣騎手は一生を処女である事を誓ったエルフだけがなれる。
美しい妖精騎士がいるのに触れる事が出来ない可哀想な女達であり、ボルダには理解できない存在だ。
その男知らずの女達が呼び出した土の中位精霊である土蜘蛛が、行く手を遮っているようであった。
「男との楽しみを知らない女なんかの魔法に止まっているんじゃないよ! 蹴散らしな! グワアアアアアアアアアアアアアアグ!!!!」
ボルダは雄叫びを発する。
ボルダの雄叫びは配下のオーク達を滾らせる効果がある。
力を増したオーク達が猪を駆り、進撃する。
さすがの土蜘蛛も止める事ができず、吹き飛ぶ。
土蜘蛛が吹き飛んだのを見た、一角獣騎手は慌てて撤退する。
「さあ、もっと進撃するよ! エルフ共の都はもうすぐだよ!」
ボルダ達はさらに進撃する。
しかし、途中まで進んだところで再び遅くなる。
「今度は何だい!?」
ボルダは苛立つ。
今度はエルフの匂いがしない。
かわりに石と鉄の匂いが感じられた。
ボルダは嫌な予感がする。
「どうやら、ドワーフのゴーレムが現れたようですね」
ラミアが再び魔法の映像で前方の様子を映し出す。
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ドワーフ共のストーンゴーレムであった。
その上空にはドワーフの乗る空舟が飛んでいる。
ストーンゴーレムはかなりの数だ。
映像の奥を見ると数は少ないがアイアンゴーレムの姿も見える。
「侵攻の道筋が読まれていたとは思えません。おそらく、全方位にゴーレムを配置していたのでしょう。まさか、これ程の数を防衛に割くとは、ドワーフ達も奮発しましたね」
ラミアは嬉しそうに言う。
ボルダにはなぜラミアが嬉しそうにするのかわからなかった。
しかし、猪騎兵は簡単には方向転換する事ができず、進むしかない。
「さっさと蹴散らすんだよ! うかうかしていると増援が来ちまうよ!」
ボルダは叫ぶ。
ゴーレムの数は多いがあれだけの数なら突破できる。
問題は手間取ると増援が来ることであった。
全方位に配置しているのなら、かなりのゴーレムが他にいるのだろう。
その全てが来たら、さすがに突破できない。
ボルダ達がどこから進撃しているのか、既にエルフ達にバレているはずであった。
時間をかけると大変な事になる。
ボルダは再びラミアを見る。
その顔は笑っていた。
◆
ゴブリン王子ジャーギの乗る一際大きな巨大蜘蛛が森の中を疾走する。
巨大蜘蛛の上に築かれた建造物はジャーギの館だ。
この館を拠点にジャーギは人間達を略奪するのだ。
巨大蜘蛛を先頭にして、ジャーギ達は木々をすり抜け進撃する。
その次に蜘蛛騎兵と歩兵部隊が後に続く。
「さあ、行きますよ! オーク共の後に続くのです! だが、決して急いではいけません! エルフの軍団はオークに任せ、我々はおこぼれをいただくのです!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアギャ!!」
ジャーギがそう言うと配下のゴブリン達が叫ぶ。
決して急いではいけない。
エルフ達は強い。正面からは戦えない。
不意を突き横から戦うのだ。
だから、馬鹿なオーク共に矢面に立ってもらわなくてはならない。
そもそも、ジャーギの配下の多くは歩兵であり、進む速度は遅い。
歩兵はゴブリンの戦士を中心にゴブリンの歩兵と人間の奴隷兵で構成されている。
ゴブリンの歩兵はともかく人間の奴隷兵の足はとても遅い。
幻覚キノコの効能で従順になっているが、代わりに身体能力が落ちているのだ。
しかし、あまりにも遅すぎるのでジャーギは苛立つ。
「人間共を鞭で叩き、急がせなさい! あまりにも遅い奴は食っても構いません!」
ジャーギは側近であるゴブリン戦士長に伝えて、命令させる。
人間は家畜であり、働かせ、使えなくなったら肉として喰うのだ。
動けない人間はゴブリンの餌であった。
「偉大なるゴブリンの王子ジャーギ様。どうかお慈悲を……」
突然、側に侍らせていた妾の1人が頭を下げる。
妾は人間の雌だ。
とある人間の巣を襲ったときに攫い、顔が良かったので側に置くことにしたのである。
(そういえば、この雌のつがいが奴隷にいましたね)
ジャーギは奴隷の中にこの女の夫がいた事を思い出す。
何度もこの女の体を抱いたが、心までは夫にあるつもりなのだろう。
だが、それはジャーギを楽しませるだけである。
「仕方がありません。良いでしょう、貴方の夫は助けます。ただし、今夜私を楽しませなさい。良いですね」
「はい。ジャーギ様」
人間の雌は頭を下げる。
もちろん、夫を助けるというのは嘘だ。
そもそも、ジャーギは奴隷の管理には興味がない。もう死んでいるかもしれないのだ。
嘘を吐く必要はないが、その方が楽しめそうだからジャーギはそう言ったにすぎない。
(そろそろ、この雌も飽きて来ましたね)
ジャーギは新しい雌が欲しいと思う。
もちろん次に狙うのはエルフである。
強力な魔法を使うが、1匹や2匹なら攫う事も可能なはずであった。
エルフは人間の雌よりもはるかに美しいので、ジャーギは今から楽しみであった。
「殿下! 大変です!」
ジャーギが妄想に浸っていると側近の呪術師がやってくる。
ジャーギの養育係であり、呪術の師でもある。
ゴブリンの中では強い魔力を持ちジャーギの副官を務めている。
もっとも、ジャーギに比べれば弱い魔力だ。
角のないゴブリンの魔力ではどんなに努力しても限界がある。
角ありし者であるジャーギは、選ばれしゴブリンであった。
「爺! 何があったのです!?」
「はい。音乱しの風がなぜか弱まっているのです。もう一度、風を吹かす儀式を行う必要があります」
その言葉にジャーギは驚く。
(そういえば、風が弱くなっていますね。どういう事ですか?)
ジャーギ達の周りには音乱しの風が吹くようにしている。
この風はジャーギと側近である呪術師達の儀式によって吹かせたものだ。
音乱しの風が吹く場所では、誰も歌えなくなり、外から歌が聞こえなくなる。
ゴブリンは歌が苦手であり、音乱しの風が止めば、エルフの歌が聞こえてしまう。
そうなれば、戦いどころではなくなる。
「わかりました。すぐに儀式を行います。呪術師達を呼びなさい」
ジャーギは立ち上がると儀式の準備をする事にする。
小範囲ならともかく、音乱しの風を軍団全体に吹かせるは大変で、普通なら不可能である。
しかし、ジャーギはそれを行う事ができる。
(これだけの風を吹かせる私は優秀なのだ。父上もそれがわかっていない。なぜ、弟を後継者に選んだのですか?)
ジャーギは弟の事を考えて歯ぎしりをする。
後継者争いに敗れたジャーギは生まれた地を出て行かねばならなかった。
ジャーギはいつか必ず戻って、自身の方が優秀だと思い知らせてやると誓う。
「残念だけど、貴方の風はもう吹かない」
突然、ジャーギの頭上から声がする。
ジャーギが見上げると翼が生えた女が飛んでいる。
美しい女である。
その女は剣の切っ先をこちらに向けている。
「て、天使!? 馬鹿な!?」
ジャーギは驚き、後ろに倒れ尻を床に激しくぶつける。
天使はゴブリンの相手をしない。
なぜなら、それはハンマーで蟻を潰すようなものだからだ。
天使にとってゴブリンは虫のようなもの。
人間を使う事はあっても直接殺しに来る事はない。
天使は冷たい目でジャーギを見下ろしている。
周りにいた妾達が額を床に付けて天使を讃える声を出す。
人間の雌にとって天使は敬うべき存在だからだ。
「捕らえた人達を解放させてもらうわ!!」
天使は怒りの視線をジャーギに向けるのだった
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
オークの元ネタはグレンデル。グレンデルは種族でオークナスです。
そこからオークが生まれたようです。
つまりグレンデル=オーク。またグレンデルよりも母親の方が怖ろしいという記述があるので、オークは女性の方が強いのかなと思い、こういう設定にしました。つまり女性が強い社会です。
対してゴブリンは男社会にしました。
自分がこの小説で一番やりたいのは神話や騎士物語に出てくるような異世界を作りたいという事です。その中にはドロドロした話も含まれます。
例えばアーサー王物語は部下に妻を寝取られて、姉との間に出来た子と殺し合います。
そんな、世界を作りたかったのです。そのためのレイジやシロネでした。
だけど、やりすぎて読まれないのでは意味がない。そこが難しいところだったりします(´;ω;`)
以上なろうでの後書き転載。
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コメント
眠気覚ましが足りない
更新お疲れ様です。
自分は毎晩自分の体に、水分をとれ、と起こされます。
ゴブリンは男社会、という割には既出の国王ダディエは女性ですよね。
ま、そこは集落ごとに違うということで。
あとは、空中での戦いに関してもう少し書いていただけたら、と思います。
>元RuneMinorさん
最近出番がめっきり減っていることと、視点になっていないこともあって、シロネやレイジの心境がわかりにくいとは思います。
自分の解釈ではありますが、レイジはクロキを下に見ていた5章までと違って、6章では恐怖の対象、7章終わりでは越えるべき目標になりました。彼自身、頭が悪いとか脳が下半身にある等の設定ではありませんので、クロキが理由はどうであれ自分の意思で魔王側にいることに気づいているかもしれません。ただ、これ以上のレイジの考察は新章での描写待ちです。出番なしの8章、邂逅が予想されていなかった9章ではクロキに関しての発言も無いため、どう思っているか解らないので。
シロネは一貫してヒーローごっこから脱していませんので、クロキ当人をどう思っているかは判断し辛いとは感じます。しかし、某ありふれた何とかの勇者君と同じように、幼馴染みは隣にいるのが当たり前、と思っているのは変わりないと思います。同時に、自分達レイジ一行が正義で魔王は悪、という考えも並行しているので、レイジを殴り飛ばす=悪いことをしたから、謝れ、と言ったのでしょう。4章で『責任を取らせる』とレイジが言ったことは、『操られていたとしても悪事を働いたなら罪を償わせる』ということでレイジとシロネの考えは一致している、とシロネは考えているのかもしれません。そもそもシロネは、自分を助けてくれたレイジのその時の振る舞いや発言で正義の味方と思っているわけで。実際は女子側に非があるのに、男の方をぶちのめしたことも1度や2度ではないでしょう。
いずれシロネの根底を揺るがす真実が突きつけられることになるなら、彼女がどういう行動に出るかを楽しみにしていようと自分は思っています。
そう遠くない未来にレイジはレーナに切られる(解雇)ことになるでしょうし、とりあえず続きを待ちましょう。
根崎タケル
更新しました。
眠気覚ましが足りない様。
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。
本当に暑いですね……。