暗黒騎士物語

根崎タケル

青空の下で

 黒髪の賢者チユキの周囲では光の勇者レイジを賞賛する声が響く。
 攻めて来た蒼き竜アズィミドと竜人ドラゴニュートを追い払ったのだ。
 湿地を干拓した場所で人々が喜んでいる。
 まるでお祭り騒ぎである。
 農地が増えた事で多くの人間が暮らしていけるだろう。
 しかし、それは湿地で暮らしている者の住む場を奪う事に繋がる。
 元の世界では蜥蜴人リザードマン等の亜人はいなかった。
 だからこそチユキは気にならなかった。
 しかし、元の世界でも人類の発展と共に多くの生物が死んでいるのだろう。
 チユキはため息を吐く。

「どうしたんすか? チユキさん? 何か悩みでもあるんすか?」

 いつの間にか側に来たナオがチユキの顔を覗き込む。
 その猫っぽい大きな目はチユキを不思議そうに見つめている。

「何でもないわ。ナオさん。ただ、ちょっと気になる事が出来ただけよ」

 チユキは首を振って答える。
 目の前では人々が輪になって踊っている。その中心にはレイジがいる。
 レイジは英雄だ。
 嫌う人もいるが、どちらかと言えば人々を救っている彼を讃える声の方が大きい。
 チユキは大賢者マギウスの言葉を思い出す。
 今までの認識を変えた方が良いのかもしれなかった。

「チユキさん……。ネズミの気持ちを考える猫は飢えて死んでしまうっすよ」
「えっ!?」

 チユキは驚きナオを見る。
 しかし、その時にはナオはチユキを見ていない。
 お祭りを見て楽しそうに笑っている。

「さて! このナオさんも踊りに参加するっす!」

 ナオはレイジ達の所へと走り出す。
 あっという間にたどりつくと、レイジの側にいたリノと一緒に踊り始める。

「ナオさん……。貴方……」

 チユキは踊っているナオを見る。
 実はチユキはナオの事を良く知らない。
 ナオは自身の事を語らないからだ。

(出会う前はどうしていたのだろう?)

 チユキはナオの過去が気になる。
 だけど、聞いても笑ってはぐらかされるだろう。

「猫はネズミの気持ちを考えてはダメか……。そういえば大賢者様も似たような事を言っていたわね」

 チユキは青く澄んでいる空を見上げる。
 大賢者マギウスは狼に獲物の気持ちを考えろと言うのは無理があると言っていた。
 良く考えれば、それは狼に飢えて死ねと言っているようなものだ。
 少なくともチユキ達は人間のために戦っている。
 それは目の前の人達が喜んでいる姿を見ても明らかだ。
 魔物は魔王が放った生物に似た道具だとチユキは思っていた。
 だけど、今はその考えが揺らいでいる。
 しかし、そこに疑問を持つべきではないのかもしれない。
 そんな事をチユキは考えてしまうのだった。





「まさか、冥魂の宝珠ソウルオーブを奪って来るとはな……」

 魔王宮の謁見の間で魔王モデスは思わず声を出す。
 クロキから渡された宝珠は間違いなく冥魂の宝珠ソウルオーブであった。
 ザルキシスが持っている事はわかっていたが、まさかこれを奪って来るとはモデスは思ってもみなかったので驚く。

「はい。間違いなく冥魂の宝珠ソウルオーブでございます陛下。そして、その……中には」

 そう言ってルーガスは途中でやめて顔を顰める。
 それ以上は言わなくてもモデスにはわかる。

「わかっている。宝珠オーブから母の影を感じる……」

 モデスは冥魂の宝珠ソウルオーブから発せられる力を感じ取る。
 懐かしく、とても恐ろしい感覚。
 忘れたくても忘れられない母の影。
 モデスの心の奥がざわつく。
 それは破壊の衝動だった。
 モデス自身の体の中には母ナルゴルの力が眠っている。
 影に触れる事で少しだけ活性化してしまったようであった。

「おそらくザルキシスは冥魂の宝珠ソウルオーブで何かをしようとしていたのでしょう……。どうします陛下?」
「もちろん封印だ……、ルーガス。この冥魂の宝珠ソウルオーブを世に出してはならない」

 モデスに出来る事は封印する事だけだ。
 愛すべき母の魂、怖れるべき母の影。
 それを秘めた宝珠は世に出すべきではない。
 だから、封印する。
 本当なら宝珠ごと消すべきかもしれないが、例え残滓とはいえ母を再び手にかける事はモデスには出来ない。

「やはり、そうですか、わかりました陛下。冥魂の宝珠ソウルオーブを封印する準備をいたしましょう」

 ルーガスが謁見の間から去ろうとする。

「待て、ルーガスよ。ところでクロキはどうしている? 今ここにいないようだが?」

 モデスは出て行こうとするルーガスに呼び止める。
 クロキは冥魂の宝珠ソウルオーブを渡すとどこかに行ってしまった。
 どうやら、何か用事でもあるようであった。

「いえ、わかりません。どうやらワルキアの北、チューエンの地へと向かったようです」
「そうか。チューエンか……。チューエンはワルキアに近いな。クロキはその地にいるのか」

 モデスはクロキの事を考える。
 ヘルカートに聞いた話によるとクロキは母の影に触れたらしい。

(あの影に触れてクロキは何を感じたのだろうか?)

 モデスはそんな事を考えるのだった。





 吸血鬼騎士ジュシオと幽霊少女アンジュは御菓子の城スイーツキャッスルへと入る。

「へえ、ここが新しい住居ってわけね。中々面白い所じゃないジュシオ?」

 アンジュは室内を見て飛び回る。
 ジュシオは頷く。
 確かに御菓子で作られた城は珍しい。
 焼き菓子で出来た廊下を歩く。
 今、ジュシオとアンジュは城の主である暗黒騎士預かりの身である。
 待遇は悪くない。
 敵対しないのなら、出て行っても良いと伝えられている。
 離反しても滅ぼすつもりはないようであった。
 元々は死の眷属であった事を考えると信じられない事である。

「姉さん。あんまり騒がない方が良いと思う。僕らは新参者なのだから」

 ジュシオは姉の前では呼び名が僕になってしまう。
 これはもう仕方のない事だ。

「わかっているわ、ジュシオ。あの暗黒の閣下は優しそうだけど、奥方様は厳しそうよね……。目を付けられないようにしないと……」

 姉が体を震わせる。
 幽霊ゴーストであるアンジュが体を震わせると、周囲が軋み、騒霊ポルターガイスト現象が起こる。

「そうだよ、姉さん。白銀の奥方様は甘い御方ではないと思う。気を付けないと」

 ジュシオは白銀の魔女クーナの事を思い浮かべる。
 魔女クーナはジュシオ達に何かあればすぐに滅ぼすだろう。
 だからこそ、アンジュには落ち着いてもらわなければならない。
 新参者が騒がしくするのは良くない事であった。

「待て! 新入り!」

 突然ジュシオ達は声を掛けられる。
 振り向くとそこには凶悪な棘が付いた赤い鎧を纏った戦士らしき者がいる。
 騒がしくしたことで目を付けられたのかもしれない。

「えっと、何でしょうか?」

 ジュシオはおそるおそる聞く。

「そんなに怖れる必要はない。新入りのお前に渡したいものがある」

 そう言って戦士はジュシオに一枚の紙を渡す。

「これは?」
「よく読んでくれ。返事は後で良い」

 戦士は去る。

「ねえジュシオ? 何を渡されたの?」

 アンジュが紙を覗き込むとジュシオも紙に書かれている内容を読む。
 紙には、「愛らしいクーナ様に踏まれ隊、入隊届」と書かれているのだった。



 ブリュンド王国の王子クーリは治療院へと赴くと、フルティン達を訪ねる。
 ワルキアから戻って来たフルティン達は療養中だ。
 療養中といっても、特に問題はなく、すぐにも動けそうであった。 

「よくぞ、ご無事で……。もうダメかと思いました」
「ははは、これもオーディス様の御加護でしょうな。いえ、レーナ様の御加護かもしれません。そうですな、マルダス殿」
「ああ、全くだ。クロキ殿が来なかったら死んでいたぜ」

 フルティンとマルダスは頷く。
 クロキは女神レーナの従者である戦乙女クーナの仲間である。
 だから、フルティンは女神レーナに祈る。

「戦乙女クーナ様にクロキ殿ですか。お二人には感謝しなければいけませんね」

 クーリは笑うとクーナとクロキを思い出す。
 ワルキアで何かが起こったらしい。
 フルティンの話では危機が去ったとのお告げがあったそうである。
 そして、アンデッドハンターのモンドは様子を見るために再びワルキアの近くへと向かい、ここにはいない。

「そういえばポナメル殿がいませんね。どうしたのでしょうか?」

 クーリは治療院を見る。
 フルティンの妻であるポナメルはいつもこの治療院にいるが、今日は姿が見えない。

「ああ、それならば、子ども達の世話のために今はいません。おそらくフェリア様の神殿にいるはずですぞ」
「ああ、なるほど……」

 フルティン達は吸血鬼の供物となる子ども達を救出したのである。
 その子ども達はフェリア神殿に預けられた。
 そのためにポナメルは治療院にいないのである。
 
「悪しき死の神の手から、子ども達を救われる。これもレーナ様の御導きかもしれませんね」
「はは、そうですな」
「ちげえねえ」

 そう言ってクーリとフルティンとマルダスは笑うのだった。




 カルンスタイン城を脱出したウェンディはブリュンド王国へと来る。
 ウェンディとサンショスの村にいた子ども達は今その国のフェリア神殿に預けられている。
 共に脱出した司祭フルティンの紹介のおかげであり、ウェンディ達は路頭に迷う事はなかった。

(クロキさんには本当に感謝しないと……)

 ウェンディは参拝所で女神フェリアにお祈りする。
 結婚と出産の女神フェリアは子ども達の守り神だ。
 ウェンディは小さな子達を守ってくれる事を祈る。

「ウェンディ。今日もお祈りですか?」

 ウェンディは不意に声を掛けられる。
 後ろを見ると女性司祭のポナメルがいる。
 ポナメルはフェリアに仕える司祭様ですぐ隣のオーディス神殿のフルティンの妻でもある。
 今のウェンディはフルティン・ポナメル夫妻の養女である。
 夫妻には子どもがおらず、ウェンディを養女として引き取ったのである。
 だから、ウェンディはその恩に報いるために将来フェリアに仕える司祭になろうと思う。

「はい。フェリア様にお祈りをしておりました」

 ウェンディは頭を下げて言う。

「そうですか。女神フェリア様は私達を常に見守って下さいます。しっかりとお祈りするのですよ」
「はい。お義母様」
「それから、お祈りが終りましたら、私の部屋に来てちょうだいウェンディ。頼みたい事があるの」

 そう言うとポナメルは去っていく。

(後少しお祈りをしておこう)

 ウェンディはフェリアの像の前で膝を付く。

「なかなか元気にしているようですね」

 突然頭上から声がする。
 それは懐かしい声だ。
 別れてから少しの時間しかたっていないのになぜかウェンディはそう感じた。
 見上げるとそこには綺麗な蝶の羽を持つ小妖精フェアリーが飛んでいる。

「ティベルちゃん!」

 ウェンディは思わず叫んでしまう。
 飛んでいるのは間違いなくサンショスの村で出会った小妖精フェアリーのティベルであった。

「全くうるさい奴ですね~。静かにするですよ~」

 ティベルは面倒臭そうに言う。 

「どうしてここに……?」

 ウェンディは泣きそうになる。
 ウェンディはもう一度ティベルに会いたかった。
 彼女と出会ったおかげ、ウェンディは元気をもらったのだ。

「ふん! 様子を見に来てやったですよ!」

 そう言うとティベルは羽を震わせる。
 すると鱗粉がウェンディに降りかかる。

「これは?」

 ウェンディは鱗粉を浴びると不思議な感じがする。
 何故かわからないが、鱗粉が降りかかると何か周りの景色が違って見えたのだ。

小妖精フェアリーの祝福ですよ! 感謝するですよ!」

 ティベルはウェンディの周りを飛び、さらに粉を振りかける。

(ティベルちゃんは、もしかして私のためにわざわざ来てくれたの……?)

ウェンディの目からぽろぽろ涙が零れる。

「ありがとうティベルちゃん。どうしてここまでしてくれるの?」
「ふん! まあ、ちょっと一緒にいたから、お前が不幸になると目覚めが悪いと思っただけですよ!」

 ティベルはぷんすかと頬を膨らませる。

「でも私の事を考えてくれたんだよね……。ありがとうティベルちゃん」

 涙を手で拭きながらウェンディは言う。
 これで、この先どんな困難に会ってもやっていけそうな気がする。

「それじゃ! 様子を見た事だしティベルは行くですよ! 人間! 不幸になったら承知しないのです!」

 ティベルはそう言うと窓から空へと出て行く。
 ウェンディは窓に近づき空を見上げる。
 ブリュンドの空は何時も雲がかかっていて薄暗い、なのに今日は何故か青く明るかった。
 青空へとティベルが消えていく。
 小妖精フェアリーの彼女には青空が似合っている。

「ありがとうティベルちゃん……。絶対に幸せになるね」

 ウェンディは空を見上げてそう思うのだった。





 クロキとクーナは再びブリュンド王国の近くへと来ていた。
 理由はウェンディ達の様子を見るためである。
 近くにはグロリアスがいるが魔法で隠している。
 そのため、ブリュンドの人々には気付かれないはずであった。

「ただいま戻りましたです~」

 ブリュンド王国へと行っていたティベルが戻ってくる。
 
「ご苦労様。ティベル」

 クロキは戻ってきたティベルを労う

「いえ、これぐらい何ともないですよ~。クロキ様」

 ティベルはクーナの肩へと飛ぶ。

「クロキ。なぜ、わざわざこんな所に来たのだ?」

 クーナは不機嫌そうに言う。
 クーナにとってこの地は取るに足らない存在だ。
 だから、別に来たくもなかったのだろう。
 しかし、それでも一緒に来てくれたことにクロキは感謝する。

「ごめんね、クーナ。ちょっと気になる事があったんだ」

 クロキはクーナに謝る。
 気になったのはウェンディ達の事だ。
 彼女達は無事でいるのか気になったので様子を見に来たのである。
 しかし、心配は杞憂だった。
 吸血鬼の城で助けたフルティンはウェンディ達を見捨てる事なく保護した。
 ウェンディも元気に過ごしている。
 クロキはその事にほっとする。
 空を見上げる。
 魔竜グロリアスの力で雲を吹き飛ばした。
 おかげで青空が広がっている。
 この薄暗い地に時には明るい時が有っても良いと思ったのだ。

「さて、そろそろナルゴルに戻ろうか? クーナ?」

 クロキはクーナを抱き寄せるとグロリアスを空へと飛ばし、ナルゴルへと戻るのだった。

★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

 これで8章は終わりです。
 加筆をした理由ですが、他の章に比べてあまりにも短かったからだったりします。
 今後も修正と加筆をするかもしれません。

 すぐに9章に入ります。
 少しは加筆しようかなと思いますが、基本的な変更点はなかったりします。
 


コメント

  • 眠気覚ましが足りない

    更新お疲れ様です。

    チユキ視点がある。
    癒し(*^-^)

    なろう版時代から思ってましたが、勇者チームで実は最も頭が切れるのって、間違いなくナオですよね。
    いずれ、勇者側の語り部を担当していないヒロインを掘り下げる回があることを信じて待つことにします。
    どこかでボソッと語られたレイジとサホコそしてキョウカとの真の関係とかも……


    9章は、最後あるいは後日談となる章、はたまた続編の主人公となりそうな“彼”の潜在能力も明らかにもなりますし、楽しみです。
    ただ、なろうでの9章連載時は移籍作業を始めた頃でもありましたので、前の章との矛盾が散見されてもいましたね。
    あと、戦闘描写もボリューム不足だったと感じていました。共闘シーンは良かったのですが。

    これは個人的意見ですが、久しぶりに再登場した彼女には是非ともヒロイン昇格して欲しいです。

    これからも応援しています。

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  • Cube Man

    After vol 9, it should be vol 10, not light novel vol 2

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  • 根崎タケル

    これで8章も終わりです。

    眠気覚ましが足りない様。
    誤字報告ありがとうございます。
    修正しました。

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