暗黒騎士物語

根崎タケル

沼地の大魔女VS蛆蠅の法主

 ザファラーダとの戦いを終えたクーナとポレンはグロリアスに乗り、空船へと戻る。
 船にはグゥノ達も戻っている。
 ザファラーダ達も後退しているので一時休戦の状態であった。

「グルルルル」

 グロリアスは座り瞑想しているクロキを心配そうに見ている。
 もちろん、クーナも心配である。
 だけど、信じている。
 クロキはどんな困難にも負けないと。
 ちなみにポレンは空船の中で食事中だ。空腹で動けなくなったので活力を取り戻そうとしている。
 しかし、予備の食糧は少ない。
 再び戦えるかどうかはわからなかった。

「クーナ様。この者達を乗せても良いのですか?」

 グゥノが吸血鬼ヴァンパイアと少女の幽霊ゴーストを見て言う。
 クーナはこの吸血鬼ヴァンパイアと少女の幽霊ゴーストを回収した。
 理由はザファラーダを裏切った彼等に利用価値を見出したからだ。
 ザファラーダの眷属である吸血鬼ヴァンパイアがなぜ裏切ったのかわからない。
 実は裏切ったように見せかけているだけかもしれない。
 しかし、あの状況ではそうは思えない。
 クーナの嘘感知は生きていない者には通じないが、嘘を言っているようにも見えない。

「良い。しばらく様子を見るぞ。嘘を言っているようには見えないからな」
「ありがとう。信じてくれて……」

 少女の幽霊ゴーストがお礼を言う。
 確か名前はアンジュと言っていた。しかし、本当に信じたわけではない。
 クーナは裏切るなら容赦なく消すつもりであった。

「別に良いぞ。それに、今はそれどころじゃないからな」

 そう言ってクーナは空を見る。
 見上げた空に雲に乗った2名の者が対峙している。
 片方はローブを纏った三つ首の蛙の魔女。
 片方は法衣に身を包んだ単眼の法師。
 ヘルカートとザルビュートである。
 どちらも強力な魔法の使い手だ。
 これから、魔法戦が始まるのだ。

「まさか、名高い魔女の大母殿が出てくるとは。しかし、手加減はいたしませぬぞ」
「ゲロゲロゲロ。このババに勝てると思いかね。死神の小倅こせがれ

 ザルビュートが笑うとヘルカートも応えるように笑う。
 クーナが見る限りヘルカートに分がある。
 ヘルカートは直接的な戦いには弱い。
 クロキや光の勇者にアルフォスが相手ならすぐに負けてしまうだろう。
 しかし、ザルビュートは直接的な戦いは苦手としていると聞いている。
 純粋な魔法戦なら、ヘルカートは神々の中でも、上位である。
 ザルビュートもかなりの魔法の使い手と聞くがヘルカートには敵わないだろう。
 そもそも、蛙と蠅では蛙が勝つ。
 だが、ザルビュートの様子を見る限り、負けるつもりはないようだ。

「それは、やってみなければわかりますまい! それでは行きますぞ! 蠅雲嵐!」

 ザルビュートの乗っている雲が広がる。
 ザルビュートの乗っている雲は蠅の塊だ。
 蠅は生きている者の肉を喰らい、卵を産み無限に増殖する。
 弱点は火だが、ヘルカートは火系の魔法は得意ではない。
 どう対処するのだろうかとクーナは見守る。

「ゲロゲロ。そう来たかい。なら、こうさせてもらうよ。鬼面瘡!」

 ヘルカートの3つの顔から小さな蛙の頭が生えて大きくなる。
 そして、最終的に頭は十二となる。
 鬼面瘡は本来なら病気の一種だ。症状は体の一部に様々な生き物の顔が生え、本体の生気を吸い取り死に至らしめる。
 人の顔なら人面瘡、狼なら狼面瘡、蛙なら蛙面瘡とも呼ばれる。
 治療の方法は編笠百合の鱗茎から作る霊薬を面瘡の口に飲ませる事だ。
 霊薬を飲んだ鬼面瘡は苦しみやがて消える。
 本来ならば忌むべき病であった。
 だけど、優秀な魔術師や魔女の中にはこの病気を自在に操る者もいる。
 頭を多く作る事で多重に魔法を使い、複雑な魔法も使えるようになるのだ。
 そして、ヘルカートもこの病気を自在に操る事が出来る。
 もっとも、強力な魔法だが、見た目が悪いので、クーナとしては習得しようとする気は起らない。
 十二の頭になったヘルカートの姿は不気味だ。
 そのヘルカートは大きく口を開けて次々と蠅を飲み込む。
 そした、数秒後には蠅雲は跡形も無く消えてしまう。 

「さすがですな。魔女殿。拙僧の可愛い蠅達では敵いませぬ」
「ふん、これぐらいで倒せるとは思ってはいないだろう。真の狙いは別だろうね。ゲロゲロゲロ」
「そのとおり、狙いは別にあるのですよ! 魔女殿! 開け八つの門! 開門、休門、生門、傷門、杜門、景門、死門、驚門!」

 ザルビュートが叫ぶと、突然ヘルカートの周りに八つの呪符が現れる。

「ゲロ? 蝿の雲に隠して呪符を放っていたのかい?」
「そのとおりですぞ! 魔女殿! これぞ奇門遁甲の陣! 八門からなる、異空間に永遠に捕らわれなされ!」

 ザルビュートが呪文を唱えると符が怪しく光り、ヘルカートの体を飲み込む。
 そして、その光が消えた時、ヘルカートの姿が消える。

「くくく、拙僧の勝ちですな。次は白銀殿。そなたが相手ですかな?」

 ザルビュートはクーナを見る。

「お待ちください! 兄上! 私にも手伝わせて下さい! そして、出来れば彼女を私の物にっ!」

 そう言って地上から何者かが昇ってくる。 
 出て来たのは紅玉の公子ザシャだ。
 火に弱いザシャはグロリアスの一撃を受けて、重傷を負っていたが、ようやく回復したのである。
 ザシャはいやらしい目つきでクーナを見る。
 ザルビュートと一緒ならば勝てると思っているのだろう。
 しかし、クーナは戦う気はない。

「残念だが、クーナはまだ戦わないぞ。そもそも、その程度で勝ったつもりか? あの魔女はあれでもクーナの師。あれしきでやられるわけがない。見ろ」

 そう言ってクーナはヘルカートの消えた空間を指す。
 そこから雲が広がっている。

「何と!?」

 ザルビュートが叫んだ時だった。
 雲がはじけるように広がる。

「ぐわっつ!」
「おぎゃああああ!」

 吹き飛ぶザルビュートとザシャ。
 雲が弾けた場所にはヘルカートが浮かんでいる。

「ゲロゲロゲロ。残念だけど効かないよ。そもそも、符術はルーガスが生み出したもの。このババも対処方は知ってるさね」

 ヘルカートはローブから呪符を出す。
 ザルビュートが後ろに下がる。
 符術では勝てないと悟ったのだろう。

「さて、次はこちらから行くよ。ゲロゲロゲロ。出てきな! 大釜よ!」

 ヘルカートの呼び声により、空中に大きな釜が現れる。
 出てきたのは魔女の大釜と呼ばれる魔法の道具だ。
 ヘルカートの弟子達は全員自分用の大釜を持っている。
 その大釜で様々な効果を持つ薬や、毒薬を作る。
 この世にあるほとんどの飲み薬ポーションはヘルカートが発明したものだ。
 魔女の大母であるヘルカートの大釜は黒く大きい。
 その大釜にヘルカートはねじ曲がった杖を入れてかき混ぜる。

「ネール・ネール・ネルネ。ネール・ネール・ネルネ。練れば練る程、色鮮やかに変われ。ゲロゲロゲロ」

 ヘルカートは呪文を唱える。
 ネール・ネール・ネルネは魔女が大釜をかき混ぜる時に唱える力ある言葉だ。
 全ての魔女が使うと言っても良いだろう。クーナもたまに薬を作る時はネール・ネルネを唱える。
 ヘルカートが大釜を混ぜるたびに、大釜の中から色鮮やかな光が溢れてくる。
 その光から強力な魔力を感じる。

「ぬうう! 何という魔力!」

 大釜から溢れる魔力を感じ取り、ザルビュートが後ろに下がる。

「さあ! こいつを喰らいな! 七色の癒しの光を! ゲロゲロゲロ!」

 大釜から七色の光が溢れ、ザルビュート達を襲う。

「ぐううううう! 何の! 百式呪符方陣!」

 ザルビュートは呪符を出し、防御する。
 しかし、光は呪符を超えて死の軍勢を襲う。
 死の眷属から叫び声が聞こえる。
 ヘルカートの出した七色の癒しの光の魔法は本来なら治癒魔法である。しかし、その治癒魔法は死の眷属にとって猛毒である。
 上位のアンデッドである幽鬼スペクター吸血鬼ヴァンパイアのほとんどが消えていく、かなりの威力であった。
 光が消えた時、残っているのは死の御子とわずかの死の軍勢。

「ギギギギ。まさか、これ程とは。拙僧の負の法衣がボロボロだ」

 ザルビュートは虫のように変わった手で自らの法衣を触る。
 最も前で光を受けたザルビュートはその正体である大蝿の姿へと半ば変わっている。
 法衣からは四つの蝿の手足がむき出しになり、頭巾は取れてしまい単眼の蝿の頭部が丸出しである。

「おや? 耐えたようだねえ、まあ本来なら攻撃用の魔法じゃないから、こんなもんかもね。ゲロゲロゲロ。それよりも、まだやるかい?」

 ヘルカートは笑う。
 ザルビュートはまだ戦えるだろう。しかし、ヘルカートの方が強い。これ以上、戦っても結果は変わらないだろう。

「もちろんです。魔女殿。もう少し耐えれば拙僧達の勝ちなのですよ」
「ゲロ? どういう意味だい?」

 ザルビュートは蝿の口を震わせて笑う。

「キシャキシャキシャ。言った通りの意味でございますよ、魔女殿。もうすぐこちらに来られますからね。拙僧にはそれがわかるのですよ」

 ザルビュートはそう言った時だった。
 クーナの頭にレーナの警告の音が鳴り響く。

「まずいぞ! ヘルカート! 奴が近づいて来ている! 急いでこの場を離れないと不味いぞ!」

 クーナは歯ぎしりする。
 そして、心の中でアルフォスを罵る。
 足止めも満足に出来ないのかと。

「そうはいきません。足止めをさせてもらいますぞ」

 ザルビュートの体から黒い蝿が雲のように広がる。

「こいつは不味いね。このババもザルキシスには勝てる気がしないよ。ゲロゲロゲロ」

 ザルキシスが近づいて来ることに気付いたヘルカートは空船へと戻ってくる。
 空船を動かさないと不味い。
 しかし、ザルビュート達がそれを許してくれなそうだ。
 戦えば勝てるが、向こうは勝つよりも足止めに徹するだろう。
 つまり、ザルキシスからは逃れられない。

「ガルルルルル!」

 グロリアスが首を上げて唸る。クロキの時とは違い、敵意をあらわにした唸りだ。

「もう来たのか? とんでもない速さだぞ!」

 クーナはグロリアスが見る。
 その方角には巨大な蝙蝠の羽に下半身が蜘蛛になったザルキシスが来るのが見える。

「逃がさぬぞ! 冥魂の宝珠ソウルオーブを返せ!」

 ザルキシスの怒声。
 クーナは大急ぎで魔法の盾を展開する。
 次に来たのは衝撃。
 ザルキシスの持つねじ曲がった剣の威力だ。
 瞬時に全ての魔法の盾が打ち消される。ザファラーダの紅閃を遥かに超える威力であった。
 クーナは再び魔法の盾を展開する。
 相手がどんなに攻撃を繰り出しても、その度に魔法の盾を出すしかなかった。

「ふん! 粘るではないか! ならばこれならばどうだ! 出てこい!! 世界の根を食み!! 全てを腐らせる土の大蛇ニドヘグよ!! このザルキシスの呼び声に応えるのだ!!」

 ザルキシスは地の上位精霊ニドヘグを召喚する。
 大地から巨大な蛇が現れる。
 以前にヘルカートが呼び出したのを見たことがあるが、それよりも大きく見える。

「この地はザルキシスにとって優位。ニドヘグも瘴気を吸って強力になっているみたいだねえ。ゲロゲロゲロ。何か良い手を考えないと、ザルキシスとニドヘグの両方を相手にしないといけなくなるよ」

 ヘルカートは分かりきっている事を言う。
 クーナも状況が悪いことはわかっている。
 ニドヘグが瘴気を放ちながら鎌首を上げる。
 ザルキシスと上位精霊に同時に攻撃されたらもたない。
 ヘルカートはザルビュート達を相手にしなければならない。
 グロリアスとグゥノ達にも協力してもらわなければ防ぎきれない。
 クーナがそんな事を考えている時だった。
 突然、暖かい力の波動を感じる。 

「グルルルル」

 グロリアスが再び咆哮を上げる。
 先程と違い、その咆哮に敵意はない。
 グロリアスも気付いたようであった。

「どうしたんだい? 急に笑いだして。ゲロゲロゲロ」

 ヘルカートは気付いていない。
 クーナの様子をみて首を傾げる。
 
「気付かないのか、ヘルカート? どうやら、こちらも間に合ったようだぞ」
「ゲロッ!?」

 ヘルカートは驚くと、ある方向に頭を動かす。

「ゲロ!? もう回復したというのかい? 何て力だい!?」

 ヘルカートは信じられないと首を振る。
 だけど、クーナは信じられる。
 当然グロリアスも信じていただろう。
 視線の先で黒い炎が広がり天へと上る。

闇狼スコルにして闇蛇アポピスなる者よ!! 九曜星ナヴァグラハ 羅睺星ラーフラより出でてその姿を現せ!! 光喰らう者、ライトイーターエクリプス!!」

 クーナの耳に愛しい声が聞こえる。
 黒い炎の中から黒い竜が現れ、ニドヘグへと襲いかかる。
 闇の上位精霊エクリプスが地の上位精霊ニドヘグを完全に抑えるのが見える。

「くう! エクリプスだと!? 馬鹿な!? 貴様は我が母の影を浴びたはずだ!? もう回復したというのか!?」

 ザルキシスは悔しそうな声を出す。
 その場にいる全員が天を見上げる。
 曇天の空に黒い炎が広がっている。
 その中心にいるのは漆黒の鎧の暗黒騎士。

「ザルキシス! 死の都の続きだ!」

 復活したクロキは黒血の魔剣をザルキシスに向ける。
 今まさに暗黒騎士と死神の戦いが始まろうとしていた。

★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


ネールネ・ネルネ、ネールネ・ネルネ。
イーヒヒッヒヒ。
テーレッテレー。

更新です。
なろうでこれを書いている時、精神的にヤバかったようです……。
何でこうなったのか……。わからなかったりします(*ノωノ)
でも、あえて変更しませんでした。

奇門遁甲もいきなり東洋って感じですね。
この辺りも変更した方が良いかもしれません。

次回はクロキVSザルキシス。

「暗黒騎士物語」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

  • ノベルバユーザー339645

    更新お疲れ様です。

    魔術や魔法には理が必要そうだけど、神秘的で解明できないものは沢山ありそうなので、きっとネルネルネの詠唱は天啓だったのでしょうw

    0
  • ラピュタ

    この小説は何度読んでも楽しめる

    0
  • 眠気覚ましが足りない

    更新お疲れ様です。

    修正報告というか質問になってしまうのですが、ヘルカートによって吹き飛ばされたザルビュートとザシャの叫びで「ぐわっつ」「きゃあああ」となっています。これは「ぐわぁっ」「ぎゃあああ」の間違いでしょうか。

    0
  • 根崎タケル

    更新しました。

    眠気覚ましが足りない様。誤字報告ありがとうございます。
    修正しました。

    いつも思うのですが、自作品がおススメに来るのは何でだろう?

    0
コメントを書く