暗黒騎士物語
約束の常若の国
ワルキアの近くに空域に2隻の空船が浮かぶ。
1隻はクロキの船。
もう、1隻は魔王モデスの娘であるピピポレンナ姫の所有する素晴らしき子熊号である。
当然乗っているのはポレンである。
ポレンは獣魔将軍プチナと共にこのワルキアの近くへと来たのである。
「ポレンや? 何故お前さんがここに来ているんだい? 姫であるお前さんは宮殿にいないとダメじゃないのかい? ゲロゲロゲロ」
素晴らしき子熊号に乗り込んだヘルカートはポレンを見て呆れた声を出す。
ヘルカートは魔王モデスの養母にして、ポレンの養育係であった。
そのため、普通なら不敬な呼び方もヘルカートなら許される。
もちろんポレンも呼び捨てであっても気にすることはない。
「ええと、ごめんなさい。オババ様。実は師匠から出来れば来て欲しいと言われて、来ちゃいました」
ポレンは笑って答える。
実はポレンはこっそりクロキ達の船を追いかけていたのだ。
理由はクーナから誘われたからである。
師匠から頼られて、クロキの役に立つかもしれないとポレンはヘルカートにバレないように来たのだ。
「白銀の奴め、やってくれたねえ。保険のつもりかい? ゲロゲロゲロ。それにしても、お前さんはどうして止めなかったのだい? ゲロゲロゲロ」
「ひい!」
ヘルカートの6つの目に睨まれてプチナは震えた声を出す。
ヘルカートはナルゴルで怖れられている存在だ。
何しろ、あの魔王ですら頭の上がらない存在だ。
ヘルカートを怒らせれば、どのような酷い仕打ちをされるかわからない。
プチナとその後ろにいる熊人の船員達が震える。
「あ、あの、オババ様っ! 私の命令で来たのだから、怒るのなら私だけにして下さい」
ポレンはプチナとヘルカートの間に立って言う。
それを聞いて、ヘルカートは驚く。
これまでポレンもまた厳しいヘルカートを怖れていた。
しかし、今のポレンにその様子はない。
「危険だよ、ワルキアは。それでも、良いのかい? 泣き虫には無理だよ。帰るべきだね、ゲロゲロゲロ」
ヘルカートは首を振る。
「オババ様。危険な事はわかっています。それに、そんな危険な場所にクロキ先生が行っているのなら、助けが必要かもしれないし……。嫌です、クロキ先生が傷つくのは……」
ポレンは小さい声で言う。
ポレンもワルキアの地が危険である事は知っていた。
しかし、それでもクロキが危険な目に会っているのなら、どんな事をしてでも助けたいのである。
クーナからも来て欲しいと言われた以上、ポレンが行かない理由はない。
それを聞いてヘルカートは溜息を吐く。
「全く、成長するのは嬉しいはずなんだけどねえ、ゲロゲロゲロ。でも、今は待機だよ。もしかするとうまくやっているかもしれないからねえ。黒い嵐は今どんな様子なんだろうねえ」
ヘルカートはワルキアを見て呟くのだった。
◆
チューエンの地。
ザルキシスが支配するワルキアの北方の地域だ。
今、この上空にアルフォス達は待機している。
エリオスから来たレーナはアルフォスの空船へと乗り込む。
「これはレーナ様。よくお越しくださいました」
アルフォスの近侍であるヒヤシスが出迎える。
一見少女のような外見だけど、ヒヤシスはれっきとした男性である。
「アルフォスはどこかしら? 様子を見に来たのだけど」
レーナが聞くとヒヤシスは困った顔をする。
「アルフォス様はその……」
そのヒヤシスの表情を見てレーナは溜息を吐く。
「いつもの事でしょう。入らせてもらうわ」
レーナは空船の中へと入る。
アルフォスの私室に入ると寝台に腰かけた半裸のアルフォスが出迎える。
予想に反して、鎧を着た姿だ。
ちょうど着替えたところらしい。
側の寝台では裸の女性が寝ている。
初めて見る女性だ。
脱いである服からどこかの王女だろう。
「やあレーナ。君が自ら来てくれるとはね。僕の事が心配だったのかい?」
アルフォスは嬉しそうに言う。
確かに心配である。
しかし、レーナが心配しているのはアルフォスではない。
「確かに心配したわ。それから鎧を着ているけど出撃するつもりなの?」
私がそう言うとアルフォスが考え込む。
「ああ、ワルキアで何かあったみたいなんだ。潜入した者達が心配だ。やはり、止めておくべきだったかもしれない……」
アルフォスは心配そうに言う。
天使達の身を案じているようだ。
しかし、レーナはクーナからの情報で天使達の無事を知っている。
(馬鹿なクロキ。アルフォスの部下なんか見捨てれば良かったのに)
レーナは心の中でクロキに怒る。
クロキは傷ついている。クーナの情報からもそれがわかる。
助けが必要だろう。
だからこそ、アルフォスに動いてもらわなければいけない。
「ワルキアで異変が起こったのね。少し探った方が良いかもしれないわよ。アルフォス」
レーナは考え込むふりをして言う。
「もちろん動くさ。あの白銀の姫もワルキアにいるらしい。もしかすると助けが必要かもしれないからね」
「えっ?」
その言葉にレーナは驚く。
なぜ、その事をアルフォスが知っているのか疑問に思う。
「彼女はブリュンドという人間の国に現れて、その後ワルキアに向かったらしい。あの国にいる僕の女の子が教えてくれたよ」
アルフォスは笑って言う。
その言葉でレーナは合点がいった。
ブリュンド王国にはアルフォスと繋がりがある娘がいたのだ。
少し調べればクーナだと気づくだろう。
「だけど暗黒騎士は一緒じゃないらしい。これは良い機会かもしれないね」
「ふ-ん、そうなの……」
レーナは笑うアルフォスを冷めた目で見るのだった。
◆
夢の中で母親がウェンディにお話を聞かせてくれる。
小さな妖精を連れた男の子が常若の国へと連れて行ってくれるお話だ。
そんな国があるならウェンディも行って見たいと思う。
ウェンディは大人になりたくない。
子どものままなら怖い人達に連れて行かれないのだから。
そんな事を考えながら、ウェンディは目を覚ます。
窓から外の景色を見る。
いつものように空は暗い。
ウェンディがこのサンショスの村に連れて来られてから、綺麗な青空を見た事はない。
ワルキアの北部にあるカルンスタイン城、その近くにサンショス村はある。
瘴気の濃いワルキアで数少ない、生きている人間が暮らしている場所の1つだ。
こういった村は他にも6か所程あり、吸血鬼によって支配されている。
人間達は彼らに怯えながら、わずかに獲れる作物を育てながら生きている。
サンショス村の人口は60名。
住民はここで生まれた者もいるが、中には外から連れてこられた者もいる。
今年で12歳になる少女ウェンディも外から連れて来られた者の1人であった。
(何でこんな夢を見るのだろう? きっとナナ姉さんが連れて行かれた事を思い出したからかな……)
ウェンディはナナの事を思い出す。
3つ年上のナナはこの地にやって来たばかりのウェンディの面倒を見てくれた。
そのナナは2年前に大人達連れていかれてしまった。
それは冬が始まる前の今頃だったように思う。
北の海からの冷たい風は山にあたり、この村に雪を降らす。
今はまだ大丈夫だけどやがて暗い冬が来る。
冬が近づくと年長の子どもは大人達に連れていかれる。
それはとても嫌な事であった。
ウェンディは寝台から起きる。
一緒の部屋の弟達はまだ寝ている。
そろそろ、起こすべきだろう。
年長者であるナナが連れていかれてからは、年長者のウェンディがお姉さん役をしなくてはいけないのだから。
だけど、弟達を起こす前にやる事がある。
ウェンディは着替え、外に行く用意をする。
「ウェンディお姉ちゃん……」
一緒に寝ていたミカルがウェンディの名を呼ぶ。
ミカルは4歳だ。
甘えん坊でウェンディと一緒に寝たがる。
だけど、そろそろ1人で眠る事を覚えるべきだろう。
ウェンディは12歳。
来年、ナナと同じように連れていかれて、いなくなる可能性もある。
「ごめんね、ミカル。お姉ちゃんはいつもの場所に行くだけだから、まだ寝ていても良いからね」
ウェンディはミカルをなだめる。
男の子だし、我慢してもらわなくてはならない。
ミカルは少しぐずったけど、いつもの事だからか、最後は納得してくれた。
ウェンディは外に出ると、ある場所に向かう。
誰も住んでいない廃屋。
ここには秘密の花園がある。
この地は瘴気が濃いため、綺麗な花は中々育たない。
だけど、ここだけは花が咲くのだ。
ウェンディがこの地に来る何年も前に、誰かがこの花を育てたらしい。
そして今はウェンディが引き継いでいる。
前はナナが世話をしていた。
ナナが言うにはこの花は瘴気に強く、多くの世話を必要としないそうであった。
だけど、ウェンディは毎朝この花の様子を見るのを日課にしている。
ウェンディは廃屋の中へと入る。
屋根は壊れ天窓となり、床は剥がれて地面がむき出しになっている。
その剥き出しの地面に紫色の小さな花が咲いている。
ウェンディはこの花を見るのが好きだ。
そして、こんな花みたいに強くなりたいと思う。
その時だった。ウェンディは異変に気付く。
「誰? 誰かいるの?」
ウェンディは気配を感じた方に視線を向ける。
廃屋の奥、そこに誰かがいる。
ウェンディは目を凝らして奥を見る。誰かが横たわっている。
(誰なの? 村の大人? でも、そんな感じじゃない)
おそるおそる近づくと1人の男性が寝ている。
初めて見る顔だ。怖い大人達ではない。
そして、その顔から少し目を下げた時だった。
男性の胸の上で何かが動いている。
最初は綺麗な布かなにかだと思った。
だけど、それは自らの意志で動いているようだった。
気になったウェンディは男性に近づき、よく見る。
それは背中に蝶の羽が生えた小さな人間だった。
瑠璃色の蝶の羽は淡く光っていて、とても綺麗だ。
綺麗な布だと思ったのはその蝶の羽であった。
「小妖精なの?」
小さな人間はお伽話に出て来る小妖精のようであった。
小妖精は男性の胸の上ですやすやと寝ている。
間違いなくお伽話に出て来る小妖精に違いない。
ウェンディの心臓がどきどきと鳴る。
(なぜ? ここに小妖精がいるのだろう?)
ウェンディの中に色々な感情が込み上げて来る。
こんな気持ちになるのは、この地に連れて来られてから一度もない。
(誰だろう?)
ウェンディは男性を見る。
漆黒の髪に整った顔立ちをしている。良く見ると領主様に負けないぐらい綺麗な顔をしている。
男性は疲れているのか死んだように眠っている。
少なくともこの村の大人達ではないようだ。
この村の大人達の仲間ではないだろう。もしそうならここで寝ていないはずだ。
この小妖精を連れた男の人は、間違いなく村の外から来たに違いない。
そして、この村に流れ着いた。
何かの物語が始まりそうだった。
できる事なら私も物語の中に連れて行って欲しい。
そう思いウェンディは男性に手を伸ばす。
「何をしている娘?」
突然、ウェンディは後ろから声を掛けられる。
ウェンディはゆっくりと振り向き、声を掛けた者を見る。
「えっ!?」
ウェンディの口から驚きの声が漏れる。
そこには女神がいた。
銀色の髪に透き通るような白い肌。
金色の瞳はウェンディを冷たく見下ろしている。
「どうやら、ここに住んでいる人間のようだな? 見たところ亡者ではないようだが?」
「えっ、あの……。その……」
睨まれてウェンディは女神から離れようとする。
すると、寝ている男性に足があたってしまう。
「ううん……」
再び声がする。
顔を戻すと小妖精が身を起こして目をこすっている。
そして、ウェンディと目が会う。
「嘘?! 人間?! どうして? どうして? 気付かなかったの~?! クロキ様! クロキ様! 大変です! 起きてください~!」
小妖精はウェンディを見て慌てだす。
そして、男の人を慌てて起こそうとする。
それを見てウェンディも慌てる。
このままだと見付かる。この人達は大人に秘密にしなければならない。
そんな気がするのだ。
だから、静かにしてもらわなくてはいけない。
「待って! 私は何もしないよ! 落ち着いて!」
ウェンディがそういうと小妖精は訝しげな目でウェンディを見る。
「ふ~んだ! 人間の言うことなんか信じられないよーだ! そうですよね、クーナ様!」
小妖精はウェンディの後ろの女神を見て言う。
「確かにそうだぞ。このままにしては危険だ」
「あの、私はその……」
「駄目だよ、クーナ。酷い事をしちゃ……」
ウェンディが何かを言おうとしたときだった。
男性が身を起こす。
「クロキ。まだ寝ていないと駄目だぞ」
女神は心配そうな声を出すと男性の側に行く。
その表情は先程とは違い優しかった。
2人が並び、側には小妖精が飛ぶ。
まるで、御伽噺の世界のようであった。
ウェンディは男性を見る。
どうやら、男性は体調が悪いみたいであった。
顔色も悪い。
だけど意識はしっかりしているみたいであり、男性は優しそうな目でウェンディを見ている。
「大丈夫だよ、クーナ。彼女は危険じゃない。だって、ティベルがここまで近づかれるまで気付かなかったのだからね」
そう言って男性は小妖精の頭を撫でる。
「クロキ……」
「クーナ。自分はティベルの力を信じるよ、彼女は危険じゃない」
そして、クロキと呼ばれた男性はウェンディの方を見る。
「ごめん。君の花園に勝手に入ってしまって……」
「う、ううん! 大丈夫です! おそらく、姉さん達も許してくれるから」
謝られてウェンディは慌てて首を振る。
「そう、ありがとう。できればこのまま見逃して欲しいのだけど……」
「はい! 大丈夫です! 誰にも言いません!」
ウェンディはおもいっきり頷く。
その言葉を聞いて、クーナと呼ばれた女神は真っすぐウェンディを見る。
「嘘は吐いていない。本気で言っているぞ、クロキ」
クーナはクロキを見て頷く。
どうやら、信じてくれたようでウェンディは安心する。
「あ、あの、私! ウェンディっていいます! 良かったら治るまでここにいて下さい!」
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
休みは1日1話更新するつもりが、うまく行かなかったです(T_T)
そして、前回は最初の部分が繰り返しになっていて申し訳ないです。
修正しました。
変更点ですが、もう少し、ひねりが欲しいと思い、取り合えずポレンを追加しました。
また、ウェンディも名前を変えようかなと思いましたが、修正が大変なので残しました。
ゲ〇ムオブスロ〇ンズ……。
休み中に続きを見ようかなと思ってましたけど、無理そうです……。
常若の国をネバ〇ランドと読んではいけません(>_<)
1隻はクロキの船。
もう、1隻は魔王モデスの娘であるピピポレンナ姫の所有する素晴らしき子熊号である。
当然乗っているのはポレンである。
ポレンは獣魔将軍プチナと共にこのワルキアの近くへと来たのである。
「ポレンや? 何故お前さんがここに来ているんだい? 姫であるお前さんは宮殿にいないとダメじゃないのかい? ゲロゲロゲロ」
素晴らしき子熊号に乗り込んだヘルカートはポレンを見て呆れた声を出す。
ヘルカートは魔王モデスの養母にして、ポレンの養育係であった。
そのため、普通なら不敬な呼び方もヘルカートなら許される。
もちろんポレンも呼び捨てであっても気にすることはない。
「ええと、ごめんなさい。オババ様。実は師匠から出来れば来て欲しいと言われて、来ちゃいました」
ポレンは笑って答える。
実はポレンはこっそりクロキ達の船を追いかけていたのだ。
理由はクーナから誘われたからである。
師匠から頼られて、クロキの役に立つかもしれないとポレンはヘルカートにバレないように来たのだ。
「白銀の奴め、やってくれたねえ。保険のつもりかい? ゲロゲロゲロ。それにしても、お前さんはどうして止めなかったのだい? ゲロゲロゲロ」
「ひい!」
ヘルカートの6つの目に睨まれてプチナは震えた声を出す。
ヘルカートはナルゴルで怖れられている存在だ。
何しろ、あの魔王ですら頭の上がらない存在だ。
ヘルカートを怒らせれば、どのような酷い仕打ちをされるかわからない。
プチナとその後ろにいる熊人の船員達が震える。
「あ、あの、オババ様っ! 私の命令で来たのだから、怒るのなら私だけにして下さい」
ポレンはプチナとヘルカートの間に立って言う。
それを聞いて、ヘルカートは驚く。
これまでポレンもまた厳しいヘルカートを怖れていた。
しかし、今のポレンにその様子はない。
「危険だよ、ワルキアは。それでも、良いのかい? 泣き虫には無理だよ。帰るべきだね、ゲロゲロゲロ」
ヘルカートは首を振る。
「オババ様。危険な事はわかっています。それに、そんな危険な場所にクロキ先生が行っているのなら、助けが必要かもしれないし……。嫌です、クロキ先生が傷つくのは……」
ポレンは小さい声で言う。
ポレンもワルキアの地が危険である事は知っていた。
しかし、それでもクロキが危険な目に会っているのなら、どんな事をしてでも助けたいのである。
クーナからも来て欲しいと言われた以上、ポレンが行かない理由はない。
それを聞いてヘルカートは溜息を吐く。
「全く、成長するのは嬉しいはずなんだけどねえ、ゲロゲロゲロ。でも、今は待機だよ。もしかするとうまくやっているかもしれないからねえ。黒い嵐は今どんな様子なんだろうねえ」
ヘルカートはワルキアを見て呟くのだった。
◆
チューエンの地。
ザルキシスが支配するワルキアの北方の地域だ。
今、この上空にアルフォス達は待機している。
エリオスから来たレーナはアルフォスの空船へと乗り込む。
「これはレーナ様。よくお越しくださいました」
アルフォスの近侍であるヒヤシスが出迎える。
一見少女のような外見だけど、ヒヤシスはれっきとした男性である。
「アルフォスはどこかしら? 様子を見に来たのだけど」
レーナが聞くとヒヤシスは困った顔をする。
「アルフォス様はその……」
そのヒヤシスの表情を見てレーナは溜息を吐く。
「いつもの事でしょう。入らせてもらうわ」
レーナは空船の中へと入る。
アルフォスの私室に入ると寝台に腰かけた半裸のアルフォスが出迎える。
予想に反して、鎧を着た姿だ。
ちょうど着替えたところらしい。
側の寝台では裸の女性が寝ている。
初めて見る女性だ。
脱いである服からどこかの王女だろう。
「やあレーナ。君が自ら来てくれるとはね。僕の事が心配だったのかい?」
アルフォスは嬉しそうに言う。
確かに心配である。
しかし、レーナが心配しているのはアルフォスではない。
「確かに心配したわ。それから鎧を着ているけど出撃するつもりなの?」
私がそう言うとアルフォスが考え込む。
「ああ、ワルキアで何かあったみたいなんだ。潜入した者達が心配だ。やはり、止めておくべきだったかもしれない……」
アルフォスは心配そうに言う。
天使達の身を案じているようだ。
しかし、レーナはクーナからの情報で天使達の無事を知っている。
(馬鹿なクロキ。アルフォスの部下なんか見捨てれば良かったのに)
レーナは心の中でクロキに怒る。
クロキは傷ついている。クーナの情報からもそれがわかる。
助けが必要だろう。
だからこそ、アルフォスに動いてもらわなければいけない。
「ワルキアで異変が起こったのね。少し探った方が良いかもしれないわよ。アルフォス」
レーナは考え込むふりをして言う。
「もちろん動くさ。あの白銀の姫もワルキアにいるらしい。もしかすると助けが必要かもしれないからね」
「えっ?」
その言葉にレーナは驚く。
なぜ、その事をアルフォスが知っているのか疑問に思う。
「彼女はブリュンドという人間の国に現れて、その後ワルキアに向かったらしい。あの国にいる僕の女の子が教えてくれたよ」
アルフォスは笑って言う。
その言葉でレーナは合点がいった。
ブリュンド王国にはアルフォスと繋がりがある娘がいたのだ。
少し調べればクーナだと気づくだろう。
「だけど暗黒騎士は一緒じゃないらしい。これは良い機会かもしれないね」
「ふ-ん、そうなの……」
レーナは笑うアルフォスを冷めた目で見るのだった。
◆
夢の中で母親がウェンディにお話を聞かせてくれる。
小さな妖精を連れた男の子が常若の国へと連れて行ってくれるお話だ。
そんな国があるならウェンディも行って見たいと思う。
ウェンディは大人になりたくない。
子どものままなら怖い人達に連れて行かれないのだから。
そんな事を考えながら、ウェンディは目を覚ます。
窓から外の景色を見る。
いつものように空は暗い。
ウェンディがこのサンショスの村に連れて来られてから、綺麗な青空を見た事はない。
ワルキアの北部にあるカルンスタイン城、その近くにサンショス村はある。
瘴気の濃いワルキアで数少ない、生きている人間が暮らしている場所の1つだ。
こういった村は他にも6か所程あり、吸血鬼によって支配されている。
人間達は彼らに怯えながら、わずかに獲れる作物を育てながら生きている。
サンショス村の人口は60名。
住民はここで生まれた者もいるが、中には外から連れてこられた者もいる。
今年で12歳になる少女ウェンディも外から連れて来られた者の1人であった。
(何でこんな夢を見るのだろう? きっとナナ姉さんが連れて行かれた事を思い出したからかな……)
ウェンディはナナの事を思い出す。
3つ年上のナナはこの地にやって来たばかりのウェンディの面倒を見てくれた。
そのナナは2年前に大人達連れていかれてしまった。
それは冬が始まる前の今頃だったように思う。
北の海からの冷たい風は山にあたり、この村に雪を降らす。
今はまだ大丈夫だけどやがて暗い冬が来る。
冬が近づくと年長の子どもは大人達に連れていかれる。
それはとても嫌な事であった。
ウェンディは寝台から起きる。
一緒の部屋の弟達はまだ寝ている。
そろそろ、起こすべきだろう。
年長者であるナナが連れていかれてからは、年長者のウェンディがお姉さん役をしなくてはいけないのだから。
だけど、弟達を起こす前にやる事がある。
ウェンディは着替え、外に行く用意をする。
「ウェンディお姉ちゃん……」
一緒に寝ていたミカルがウェンディの名を呼ぶ。
ミカルは4歳だ。
甘えん坊でウェンディと一緒に寝たがる。
だけど、そろそろ1人で眠る事を覚えるべきだろう。
ウェンディは12歳。
来年、ナナと同じように連れていかれて、いなくなる可能性もある。
「ごめんね、ミカル。お姉ちゃんはいつもの場所に行くだけだから、まだ寝ていても良いからね」
ウェンディはミカルをなだめる。
男の子だし、我慢してもらわなくてはならない。
ミカルは少しぐずったけど、いつもの事だからか、最後は納得してくれた。
ウェンディは外に出ると、ある場所に向かう。
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この地は瘴気が濃いため、綺麗な花は中々育たない。
だけど、ここだけは花が咲くのだ。
ウェンディがこの地に来る何年も前に、誰かがこの花を育てたらしい。
そして今はウェンディが引き継いでいる。
前はナナが世話をしていた。
ナナが言うにはこの花は瘴気に強く、多くの世話を必要としないそうであった。
だけど、ウェンディは毎朝この花の様子を見るのを日課にしている。
ウェンディは廃屋の中へと入る。
屋根は壊れ天窓となり、床は剥がれて地面がむき出しになっている。
その剥き出しの地面に紫色の小さな花が咲いている。
ウェンディはこの花を見るのが好きだ。
そして、こんな花みたいに強くなりたいと思う。
その時だった。ウェンディは異変に気付く。
「誰? 誰かいるの?」
ウェンディは気配を感じた方に視線を向ける。
廃屋の奥、そこに誰かがいる。
ウェンディは目を凝らして奥を見る。誰かが横たわっている。
(誰なの? 村の大人? でも、そんな感じじゃない)
おそるおそる近づくと1人の男性が寝ている。
初めて見る顔だ。怖い大人達ではない。
そして、その顔から少し目を下げた時だった。
男性の胸の上で何かが動いている。
最初は綺麗な布かなにかだと思った。
だけど、それは自らの意志で動いているようだった。
気になったウェンディは男性に近づき、よく見る。
それは背中に蝶の羽が生えた小さな人間だった。
瑠璃色の蝶の羽は淡く光っていて、とても綺麗だ。
綺麗な布だと思ったのはその蝶の羽であった。
「小妖精なの?」
小さな人間はお伽話に出て来る小妖精のようであった。
小妖精は男性の胸の上ですやすやと寝ている。
間違いなくお伽話に出て来る小妖精に違いない。
ウェンディの心臓がどきどきと鳴る。
(なぜ? ここに小妖精がいるのだろう?)
ウェンディの中に色々な感情が込み上げて来る。
こんな気持ちになるのは、この地に連れて来られてから一度もない。
(誰だろう?)
ウェンディは男性を見る。
漆黒の髪に整った顔立ちをしている。良く見ると領主様に負けないぐらい綺麗な顔をしている。
男性は疲れているのか死んだように眠っている。
少なくともこの村の大人達ではないようだ。
この村の大人達の仲間ではないだろう。もしそうならここで寝ていないはずだ。
この小妖精を連れた男の人は、間違いなく村の外から来たに違いない。
そして、この村に流れ着いた。
何かの物語が始まりそうだった。
できる事なら私も物語の中に連れて行って欲しい。
そう思いウェンディは男性に手を伸ばす。
「何をしている娘?」
突然、ウェンディは後ろから声を掛けられる。
ウェンディはゆっくりと振り向き、声を掛けた者を見る。
「えっ!?」
ウェンディの口から驚きの声が漏れる。
そこには女神がいた。
銀色の髪に透き通るような白い肌。
金色の瞳はウェンディを冷たく見下ろしている。
「どうやら、ここに住んでいる人間のようだな? 見たところ亡者ではないようだが?」
「えっ、あの……。その……」
睨まれてウェンディは女神から離れようとする。
すると、寝ている男性に足があたってしまう。
「ううん……」
再び声がする。
顔を戻すと小妖精が身を起こして目をこすっている。
そして、ウェンディと目が会う。
「嘘?! 人間?! どうして? どうして? 気付かなかったの~?! クロキ様! クロキ様! 大変です! 起きてください~!」
小妖精はウェンディを見て慌てだす。
そして、男の人を慌てて起こそうとする。
それを見てウェンディも慌てる。
このままだと見付かる。この人達は大人に秘密にしなければならない。
そんな気がするのだ。
だから、静かにしてもらわなくてはいけない。
「待って! 私は何もしないよ! 落ち着いて!」
ウェンディがそういうと小妖精は訝しげな目でウェンディを見る。
「ふ~んだ! 人間の言うことなんか信じられないよーだ! そうですよね、クーナ様!」
小妖精はウェンディの後ろの女神を見て言う。
「確かにそうだぞ。このままにしては危険だ」
「あの、私はその……」
「駄目だよ、クーナ。酷い事をしちゃ……」
ウェンディが何かを言おうとしたときだった。
男性が身を起こす。
「クロキ。まだ寝ていないと駄目だぞ」
女神は心配そうな声を出すと男性の側に行く。
その表情は先程とは違い優しかった。
2人が並び、側には小妖精が飛ぶ。
まるで、御伽噺の世界のようであった。
ウェンディは男性を見る。
どうやら、男性は体調が悪いみたいであった。
顔色も悪い。
だけど意識はしっかりしているみたいであり、男性は優しそうな目でウェンディを見ている。
「大丈夫だよ、クーナ。彼女は危険じゃない。だって、ティベルがここまで近づかれるまで気付かなかったのだからね」
そう言って男性は小妖精の頭を撫でる。
「クロキ……」
「クーナ。自分はティベルの力を信じるよ、彼女は危険じゃない」
そして、クロキと呼ばれた男性はウェンディの方を見る。
「ごめん。君の花園に勝手に入ってしまって……」
「う、ううん! 大丈夫です! おそらく、姉さん達も許してくれるから」
謝られてウェンディは慌てて首を振る。
「そう、ありがとう。できればこのまま見逃して欲しいのだけど……」
「はい! 大丈夫です! 誰にも言いません!」
ウェンディはおもいっきり頷く。
その言葉を聞いて、クーナと呼ばれた女神は真っすぐウェンディを見る。
「嘘は吐いていない。本気で言っているぞ、クロキ」
クーナはクロキを見て頷く。
どうやら、信じてくれたようでウェンディは安心する。
「あ、あの、私! ウェンディっていいます! 良かったら治るまでここにいて下さい!」
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
休みは1日1話更新するつもりが、うまく行かなかったです(T_T)
そして、前回は最初の部分が繰り返しになっていて申し訳ないです。
修正しました。
変更点ですが、もう少し、ひねりが欲しいと思い、取り合えずポレンを追加しました。
また、ウェンディも名前を変えようかなと思いましたが、修正が大変なので残しました。
ゲ〇ムオブスロ〇ンズ……。
休み中に続きを見ようかなと思ってましたけど、無理そうです……。
常若の国をネバ〇ランドと読んではいけません(>_<)
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コメント
Wryyyyyyy
Thanks you,i very like your novel , i dont know japanese but i use google translate to read *laugh*
Anyway , please take care yourself and careful with corona virus and i'm from vietnam
A lots of vietnamese people like your novel so please keep your work
Thats all thing i can say,so goodbye,wish you have a good day , from vietnam with love
眠気覚ましが足りない
更新お疲れ様です。
更新が早いのは嬉しいですが、お休みだからと無理しないでくださいね。
修正報告です。
そのヒアシスの表情を見てレーナハ溜息を吐く。
誤字です。
レーナハ→レーナは
“は”がカタカナになってます。
始めて見る女性だ。
↓
初めて見る女性だ。
誤字です。
脱いでいる服からどこかの王女だろう。
↓
脱いである服からどこかの王女だろう。
脱いで“その辺に置いて”ある服ということですよね?
“いる”だと脱いでる最中ということになります。
その言葉でレーナは合点がいく。
↓
その言葉でレーナは合点がいった。
現在形にするのであれば、指摘文の後に続く考察を指摘文の前に。
ノベルバユーザー417318
更新お疲れ様です。
ラピュタ
更新お疲れ様です。
この前は質問に返答していただきありがとうございます
根崎タケル
更新しました。
前回の冒頭は申し訳ないです<(_ _)>