閉じる

暗黒騎士物語

根崎タケル

幽幻の死都モードガル

 ワルキアは小さな地域で、チューエンの3分の1の広さぐらいしかない。
 だから、本来ならワルキアはチューエンの1部の地域とするべきなのである。
 しかし、それを許さないのはワルキアが特殊な地域だからだ。
 死が支配する地であり、死者が眠らず、安らぎのない場所。
 それがワルキアなのである。
 嘆きの森を抜けてワルキアに入ったクロキ達は死都モードガルを目指す。
 その途中で沼地へと足を踏み入れる。
 クロキもクーナも道化も空を飛べるので沼地に足を取られる事はない。
 沼地には多くの鬼火ウィルオウィスプが浮かび、水の中には多数の亡者がいて、生者が近づくのを待ち構えている。
 この沼地に人間が足を踏み入れれば、あっという間に亡者の仲間入りだろう。
 亡者のほとんどは人間で、ゴブリンやオークはおらず、エリオスの眷属を狙っている事は間違いなかった。
 死んだ後もその魂を捕らえ苦しめるような行為をクロキは好きになれない。
 生きる事は戦いであり、クロキだって襲われれば反撃もするし、命も奪う事もする。
 しかし、命を奪った後もその魂を苦しめるべきではない。
 クロキとしては彼らを解放したいと思うが、そのような事をすればザルキシスに気付かれるだろう。
 だから、このまま進むしかなかった。
 
「道化? この先にモードガルがあるのか?」
「その通りですよう。クーナ様あ」

 道化は空中をくるくると踊りながら、クーナに答える。
 周囲には多くの幽霊ゴースト鬼火ウィルオウィスプが飛び、道化と共に踊っているかのようであった。
 クロキは道化を見る。
 
(亡者達を操っている? 死霊魔術師ネクロマンサーと同じ能力があるのか?)

 道化は霊除けの香炉の範囲の外にいる。
 しかし、道化がアンデッドに襲われる様子はない。
 人形であり、生者ではないからかもしれないとクロキは思うが、人形にしては意思がありすぎるような気がしていた。

「全く騒がしい奴ですう」

 クーナの肩にいるティベルがうんざりした声で言う。
 ティベルは道化と同じようにクーナに仕えているが、仲は良くないようであった。

「それにしても、チューエンから近い場所にモードガルはあるんだね。この沼地にモードガルがあるから誰も近づかなかったのかな?」

 クロキは疑問に思う。
 これまでモードガルの場所は不明だったはずである。
 しかし、モードガルはチューエンに近い場所にあった。
 沼地があるにしても、誰も気付かない事は疑問であった。

「う~ん。それは違うのだけどね」
「?」

 道化は意味ありげな言い方をするのでクロキは首を傾げる。
 
「それよりも、モードガルが見えて来たよ~」

 道化はある場所を指す。
 沼地の奥、霧が深い場所がある。
 霧の中に影のように都が浮かび上がる。
 白い都であった。
 白い霧の中にあるためか、幻のようにも見える。
 周囲の霧は普通ではない。
 時々霧の中に骸骨の姿が浮かんでは消える。

「普通の霧ではないな。幽霊ゴーストの集合体か?」

 クーナは眉を顰めて言う。
 クーナの言う通り、霧は幽霊ゴーストの集合体のようであった。

「そうですよう。クーナ様。この亡霊の霧はモードガルを守っているのさ、生きている者を拒む結界だよ」

 霊除けの香炉がなければ、霧はクロキ達を襲って来るだろう。
 あまり、入りたい場所ではなかった。
 しかし、入らなければここまで来た意味がなかった。

「行こう。クーナ」
「ああ、クロキ」

 クロキ達は霧の中に入る。
 やがて、白い壁へと辿り着く。

「ようこそ~。ここがモードガルだよ~」

 道化は踊りながら答える。

「うう、何だか不気味~」

 懐のティベルが不満そうに言う。
 確かに不気味だ。
 城壁の壁には様々な生き物の骨が埋め込まれている。
 いや、正確には骨で出来ているのかもしれない。

「変な壁だな、まるで骨で出来ているみたいだ」
「ふふふ~。その通りだよ。モードガルは死者の体で作られているんだよ」

 道化が説明する。
 その口調は楽しそうであった。

「嫌な、感じだな? どうする、クロキ? この先は本当に危険みたいだぞ」

 クロキはクーナの言葉に首を振る。

「いや、ここまで来たら、行くしかないよ、クーナ。道化君、侵入できる場所はあるかな?」
「どこでも一緒だよ。モードガルは数千年前に壊れているんだ~。どこまで元に戻っているのか?そこまではわからないよ~。元に戻っていたら、どこから入っても気付かれるし、壊れているのなら、どこから入っても気付かれない」
「そう……」

 クロキは道化の言葉に頷く。
 モードガルは過去の戦いで、半ば壊れている。
 ザルキシスも力を失っていたので、修復はされていない。
 侵入しやすい場所は簡単に見つかりそうであった。
 しかし、中には上位のアンデッドもいるので、香炉を使っても見つかる可能性もあるので注意が必要である。

(行くしかないだろうな)

 クロキはモードガルの城壁を見上げるのだった。



 死神ザルキシスは本来ならナルゴルの地下宮殿クタルの書記官である。
 クタルは冥界とも呼ばれ、ザルキシスは死した者の魂を管理するのが仕事であった。
 しかし、闇の大母神ナルゴルはミナとその子ども達を殺すためにザルキシスを地上に呼び出した。
 ザルキシスが地上に現れた事で、アンデッドがこの世界に誕生した。
 アンデッドはこの世界に瘴気を振り撒き、世界を死で満たそうとしている。
 そして、ザルキシスが地上における居所として建造したのが幽幻の死都モードガルであった。

「ようやくモードガルへ戻る事ができたな……」

 モードガルの中心である、神殿の最上階から外を眺める。
 死の都モードガルはこのザルキシスの拠点であった。
 その死の都も半ば崩壊している。
 かつての戦いの時に魔王モデスによって破壊されたからだ。
 しかし、モードガルには再生能力がある。 
 だが、そのモードガルの有する再生能力でも、完全には元に戻っていない。
 それだけモデスの力が凄まじかったと言う事である。
 だが、その数千年の時を得て、モードガルの基礎となる力は回復している。
 ザルキシスは懐から宝珠を取り出す。

 冥魂の宝珠ソウルオーブ

 ディアドナの持つ混沌の霊杯ケイオスグレイルと同じ闇の大母神の残した四至宝の1つである。
 残りの2つ、黒血の魔剣と煌天の王笏。
 黒血の魔剣はモデスが持ち、煌天の王笏はオーディスが持っている。
 ザルキシスはこの2つを、そのうち手に入れるつもりである。
 ザルキシスは外を見るのをやめて、振り返る。
 そこには再建されたばかりの祭壇がある。

「本当は黒いブラックピラミッドを使う予定であったが、まあ良い。モードガルよ再び働いてもらうぞ」

 ザルキシスは魂の宝珠ソウルオーブを祭壇へと置く。
 祭壇の赤い紋様が血のように蠢く。
 これまでにザルキシスの眷属達が吸い取った魂がモードガルへと運ばれ、魂の宝珠ソウルオーブへと注入される。
 これで、魂の宝珠ソウルオーブは輝きを増すはずであった。

「これで良い。さて下に戻るか」

 ザルキシスは祭壇の間の下の王の間へと戻る。
 そこにはザファラーダ達が控えていた。

「これはお父様」

 ザファラーダは頭を下げる。
 ザファラーダは死の御子の筆頭で、吸血鬼ヴァンパイア達の女神だ。
 吸血鬼ヴァンパイアはザルキシスの作り出した幽鬼スペクターに匹敵する力で、最上位のアンデッドである。
 ザファラーダは同じ死の御子であるザシャを補佐として、ザルキシスがいない間はワルキアの地を代わりに支配していた。
 ワルキアの地の各地にはザファラーダを信仰する吸血鬼伯ヴァンパイアカウント達が領主として派遣されている。
 ザファラーダはその吸血鬼伯ヴァンパイアカウント達をモードガルへと連れて来ているようであった。
 
「ザファラーダ。周辺の状況はどうなっている」

 ザルキシスはザファラーダに聞く。
 ザルキシスはザファラーダには情報収集をさせている。
 うるさい虫共がワルキアの周囲を飛び回っているからだ。

「アルフォス率いる天使共は周辺を飛び回っているだけで、入っては来ないようです。こちらから討って出ますか?」
「いや、それは駄目だ。奴らはこちらが出て来るのを待っておるのよ。今は何もせずとも良い」
「そうですか……。それから気になる事が1つ。ナルゴルから空船が1隻、こちらに向かっているそうです。率いているのは件の暗黒騎士との事です」
「何!? 暗黒騎士が?  いや、ジプシールの事を考えれば、来ていてもおかしくないか、どこまでも邪魔な奴だ」
「どうなさいますか?お父様」
「奴も捨て置け。アルフォスよりもやっかいな奴だが、こちらから手を出すのは危険だ」
「わかりました」

 ザルキシスは元の力を大分取り戻したが本調子ではない。 
 ワルキアの中ならばともかく、外で相手にしたくはなかった。

「そういえばザシャはどうした? 一緒にいたのではないのか?」
「ザシャはお父様の復活を祝して、宴の準備をしております。また、多くの兄弟達も来るようなので、出迎えの準備もします。もうすぐ、ザルビュートも来るようですから」
 
 ザルキシスの子ども達は死の御子と呼ばれ、ザファラーダとザシャを除き、ワルキアの外で活動している。
 その死の御子達が続々とワルキアに集まっている。

「ほう、ザルビュートも来るのか。ん、そういえばザンドはどうした? 一応探すように命じていたはずだが」
「それが、ザンドは見つかっていません。もし、討ち取られていたのなら、誰かが名乗りを上げると思うのですが」

 ザファラーダは困った顔をする。
 夢と眠りの神ザンドは死の御子達の中でもそれなりに名の知れた者だ。
 討ち取ったのなら誰かが名乗りを上げてもおかしくない。
 しかし、特に何もない。

「そうか、見つからないのなら、仕方があるまい。あの遊び者がいなくなっても、特に問題はないが、気になるな。うん? その者は? 見ない顔だな」
 
 ザルキシスはザファラーダの後ろを見る。
 ザファラーダの後ろには数名の吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトが控えている。
 その中の1名が気になる。

「ふふ、お父様。この者が以前にお話しした天使殺しですわ。ジュシオ。前に出なさい」
「はい。姫様」

 ジュシオと呼ばれた吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトが出て来る。
 天使殺しジュシオ。
 ザルキシスもその名は聞いていた。
 ザファラーダが拾い、育てた人間の子だ。
 戦士として育て、成長した所で吸血鬼ヴァンパイアへと変えた。
 資質があったのかジュシオは強力な戦士となり、天使ですら倒せるようになった。

「ジュシオか、お前の事は聞いている。かつてフェリアの羊であった者が、その羊飼いを喰い殺す。これは愉快だ。褒めてやる」

 ザルキシスは笑う。
 あのミナの子の眷属である、人間がかつて眷属で有った者に喰われる。
 ザルキシスにとって、それはとても面白い事であった。

「お褒めいただきありがとうございます」

 ジュシオは片膝を床に付き頭を下げる。
 ザルキシスはそのジュシオの前まで歩く。

「ジュシオよ。忌まわしきミナの眷属として生まれた者よ。貴様はかつての同胞の血を啜り、死を広げるのだ。そして、最後は渇いて消滅せよ。それこそが大いなる母への贖罪と知れ」
「はっ!」

 ジュシオはさらに頭を下げる。
 慈悲はない。
 罪は血と共に洗い流さねばならないのである。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

 今回は予定通りです。
 まあ、ほとんど書き直しがないのですけどね…・・。
 それにちょっと短いです。連休中に8章を大かた終わらせたいです。
 ちなみにモードガルは冥府の神であるモートとネルガルだったりします。

 それからセルバンテスという小説投稿サイトがなくなるそうです。
 カクヨムはさすがになくならないでしょうが、マグネットがなくなったら嫌だったりします。
 マグネットはカクヨムのように広告収入はないですが、投げ銭があり、表紙があり、挿絵を簡単に挿入できるのが魅力だったりします。
 これはカクヨムにはない魅力です。
 実はそのうち暗黒騎士物語の世界地図を出したいと思っているのですが、自分が投稿しているサイトの中で載せる事が出来るのはマグネットだけです。
 カクヨムにも投げ銭と表紙挿絵機能を付けて欲しいのですが……。
 自分が理想とするサイトは何時になったら出来るのでしょうか?
 うまく行かないですね(;´・ω・)


「暗黒騎士物語」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

  • Drk

    Tôi thích tác phẩm của bạn mặc dù không biết tiếng Nhật. Phải dùng phần mềm dịch thuật hơi khó nhưng tôi rất thích . cảm ơn bạn.

    1
  • 眠気覚ましが足りない

    更新お疲れ様です。

    今週は土日が活用できた様で良かったです。
    8章が終わればいよいよ9章、とうとう書き直し作業に終わりが見えてきましたね。
    おめでとうございます。

    地図、マグネット以外での読者のためにツイッターでの公開とはいきませんか?

    0
  • ラピュタ

    更新お疲れ様です。
    最近読み返してて思ったのですがアルフォスとクロキが一緒にどこかへ繰り出しているところが見てみたいです(願望)

    0
  • 根崎タケル

    更新しました。

    連休中に8章を大方終わらせたいと思います。

    0
コメントを書く