暗黒騎士物語
過去の幻影
「こらー! クロキ!起きなさーい!」
クロキは眠っていると突然誰かに起こされる。
目を開けると天井が見える。
間違いなく日本の自分の部屋だ。
クロキは首を動かし横を見ると、そこには幼馴染のシロネが怒った表情で見下ろしている。
「うう、何? シロネ? 今日は休みじゃなかったけ? もうちょっと寝かせてよ」
クロキは抗議をするが、シロネは首を振る。
「駄目!今日は買い物に付き合ってくれる約束でしょ? さっさとそれをしまって起きる!」
そう言ってシロネはクロキの下半身を指差す。
身を少し起こして下半身を見ると、トランクスのおしっこをする穴から、無駄に元気な息子が「おはよう」と言わんばかりに大きくなっている。
「ちょっ!!? 見ないでよ!! シロネ!!」
クロキは慌てて股間を隠すが、シロネは全く慌てない。
「もう、何度も見てるから、今更だってば。それより、早く支度する!」
クロキは不平に思いながらも起きる。
シロネは勝手にクロキの部屋に入ってくる。
それに対してクロキはシロネの部屋に入った事はない。
クロキは不公平だと思うが、言ってもシロネは聞かないだろう。
仕方がないので、クロキは起きて身支度をする事にする。
「ところでシロネ。今日はどこに行くの?」
クロキは着替えながらシロネに聞く。
するとシロネは呆れた顔をする。
「何言ってるの、クロキ? 今日は水着を買いに行く予定でしょ? もうすぐ夏期休暇だし、2人だけで海に行こうって言ったじゃない」
「あれ、そうだっけ? 確かシロネは美堂君の別荘に行くって言ってなかったっけ?」
「えっ? 何それ? そんなの知らないわよ。それとも私との約束を忘れて、別の予定を立てたの?」
シロネは悲しそうな顔をする。
「一応修業のために山に行くつもりだったよ。まあ確かな予定じゃないけどね」
クロキは慌てて言う。
実はクロキは夏期休暇の間はシロネがいないので山で剣の修業をする予定だった。
そして、修業から帰ったらバイトをするつもりであった。
水着は一緒に買いに行ったが、シロネと遊ぶ予定はなかった。
それが本当にあった事だ。
「なにそれ? 楽しくなさそう! それよりも、私と遊びに行こうクロキ。そもそも何で修業なんかするの? 弱くっても良いじゃない? 強くなる必要なんかないよ」
シロネは屈託なく笑う。
それを見てクロキは悲しい気持ちになる。
最初は現実に起こった事だけど、途中からは違っていた。
何もしない、弱いクロキ自身を無条件に受け入れてくれる人。
シロネはそんな都合の良い存在ではない。
クロキはずっとシロネを見てきたのだ。
目の前にいるのは幻のシロネであった。
「ううん。修業はするよ。勉強だって頑張る。恰好良くなる努力だってやめないよ」
クロキは首を振る。
クロキの心の中の黒い炎は消えない。
だから、そう答える。
「なんで? 努力するのって、とっても辛いでしょ? 頑張るのなんてやめなよ」
シロネは妖艶な笑みを浮かべる。
「それは違うよ。努力しない事や頑張るのをやめるのは、もっと辛いんだ」
クロキは目の前の偽物を睨む。
生きる事は戦いである、戦いから逃げてはいけない。
戦い続けるためにも、強さを求めなければいけない。
だから、強くなる努力をやめるのは生きる事をやめる事に等しい。
クロキにその事を気付かせてくれたのは他ならぬシロネなのである。
クロキは前はシロネを恨んだ事もあった。
だけど、それは逆恨みで有る事に気付いた。
シロネは美人で凡庸であるクロキと釣り合うはずもない。
クロキは剣の練習はしていたけど、そこまで努力はしていなかった。
剣だけでなく、クロキは何事も、真剣にした事はなかった。
もっと、もっと早く頑張るべきだったのだとクロキは後悔する。
そうすれば、あんな苦しい思いをしなくて済んだのである。
しかし、時は戻らない。
だけど、これからも苦しい思いはしたくない。
だから、クロキはこれかも努力するつもりなのだ。
「もう、何でそんな怖い顔するの? えへへへ、実は今日はクロキのためにすっごい水着を買おうと思ってるんだ。後で着て見せてあげる!」
シロネはクロキの腕にしがみつく。
(何!? すっごい水着!? それは見たいな!!! あははは。さすが自分の心だ。弱点がわかっているや)
クロキはもう少しだけ、この夢に浸っていたくなる。
「何やっているの? クロキ?」
クロキの後ろから声がする。
クロキが振り向くとレーナがいる。
どちらも呆れた顔をしている。
「呼びに来たの? レーナ?」
「そうよ? クロキ? まあ大丈夫だろうとは思ってきたけど、まさかこのまま消えるつもりじゃないでしょうね?」
「そんなわけないよ。このままいなくなる事は許されない」
クロキはシロネがしがみついていない左手を口に持ってくる。
幻の世界では指に指輪は見えないが、クロキはその感触を感じていた。
指輪の向こうにはクーナがいる。
彼女をおいて消える事は出来ない。
この指輪の感触が有る限り心の中の黒い炎は消えないだろう。
レーナの反対側のシロネの顔を見る。
目の前のシロネは何も言わない。
虚ろな目をしている。
もう優しく微笑む事はないだろう。
目の前のシロネはクロキの中の記憶を元に作った、都合の良い幻影だ。
クロキはエクリプスの精神の中に飛び込んだ時に夢を見せられたのだ。
エクリプスは力を奪う者だ。
クロキの心の力を奪おうとしたのである。
だけど、この程度ではクロキの心の炎は消えない。
「だったら早く戻りなさい。いやらしい格好なら私がしてあげるから」
「えっ? 本当に?!」
クロキは思わず振り返る。
しかし、もうそこにはレーナはいない。
「こりゃ早く戻らないとな」
クロキは少し笑う。
勝利の女神様は簡単に負けさせてはくれないようであった。
また、クロキは指輪からも熱を感じる。
「このまま負けるなんて恥ずかしい事が出来るものか!」
クロキは心の中の黒い炎を燃やす。
クロキの目の前のシロネが歪むと周囲の景色が闇に溶ける。
重い闇がクロキを浸食しようとしている。
だけど、クロキは消えるつもりはない。
クロキは精神を研ぎ澄ます。
「負けるか! 今度はこちらが攻める番だ!エクリプス!」
クロキは心を強く持つ。
クロキの心の中から黒い炎を広げると、エクリプスの中の蜘蛛の糸を発見する。
黒血の魔剣を振るい、糸を断ち切る。
これでザルキシスの支配はなくなったはずであった。
後はエクリプスを従えるだけである。
クロキは黒い炎を広げエクリプスの闇を自身の闇で塗りつぶす。
するとクロキはエクリプスの咆哮が聞こえたような気がした。
クロキは体が黒い奔流に流される感覚がする。
そして、クロキは本当の目を開ける。
目の前に広がるのは砂漠の上空。
クロキの周りをエクリプスが飛ぶ。
クロキは目を瞑るとエクリプスと繋がっているのを感じる。
(かなり疲れた。だけど、うまく行ったようだ)
クロキは周囲から視線を感じる。
クロキはレーナとトトナ達を見ると、魔法の壁はまだ健在だ。
レーナは疲れた表情をしている。
盾を張った上に精神潜入まで使ったのだから無理もない。
レーナは疲れた顔をしてはいるが、それでも美しさが損なわれていない。
トトナはネルと共に嬉しそうに笑っている。
クロキは彼女達の無事を確認するとジプシール勢と蛇の女王勢の中間の砂の上に降りる。
「馬鹿な!このザルキシスからエクリプスを奪ったというのか!」
「怖ろしい男だな、暗黒騎士よ! ザルキシスからエクリプスの支配を奪い取るとはな!あの腑抜けのモデスには勿体ない! もう一度訊ねる! このディアドナの仲間になれ!」
ザルキシスは叫び、ディアドナは再びクロキを勧誘する。
もちろんクロキはディアドナの勧誘を受けるつもりはない。
クロキはピラミッドの中を思い出す。
ディアドナは失敗した部下を平気で処分しようとした。
モデスはそんな事はしない。
信賞必罰が出来ていないだけかもしれないが、クロキはその甘さが嫌いではない。
クロキはそれが上に立つ者として不合格だとしても、仲間になるならモデスの方が良かった。
だから、ディアドナの仲間にはなるつもりはないのである。
「申し訳ありません。蛇の女王。貴方の仲間にはなれません。腑抜けであっても魔王陛下の方が自分には合っているのです」
クロキは頭を下げて勧誘を断る。
「なるほどな。貴様も腑抜けか? 残念だ……」
ディアドナは悲しそうに首を振る。
「蛇の女王よ! エクリプスは自分が手に入れました! こちらの形勢逆転です! 引いてはもらえませんか?!」
クロキはディアドナに呼びかける。
エリオスやジプシールはともかく、クロキにはディアドナと戦う理由がなかった。
「あはははははは! 形勢逆転だと! 笑わせるな! 暗黒騎士よ! それで勝てるつもりか! なあ、ザルキシスよ!」
突然、ディアドナは笑いだす。
「その通りだ! 暗黒騎士! このザルキシスの力はエクリプスだけではない! 貴様に死の力の真髄を見せてやろう!」
そう言うとザルキシスの姿が変化する。
下半身の法衣が破けると中から6本の蜘蛛のような足が出て来る。
その蜘蛛の足は鋭利であり、まるで大きな鎌のようだった。
「さあ歌え! 嘆きの魂共よ! 暗黒騎士に死をくれてやるのだ!」
ザルキシスの法衣が完全に破れると、その体中に浮き上がった無数の顔達が苦しそうに叫ぶ。
「吸い取った者達の魂を取り込んだのか?!」
クロキは思わず叫ぶ。
「そうだ! 暗黒騎士! 貴様の魂を喰らい! エクリプスを取り戻してくれる!」
ザルキシスは姿が完全に人の姿ではなくなる。青ざめた毛のない肌、蝙蝠の上半身に下半身は蜘蛛。
腹だった箇所には巨大な口。
顔には十二の赤い目がクロキを睨む。
「はははは! ザルキシス! 貴様が本気を出すのなら、このディアドナも本気を出そう! さあ出て来い混沌の霊杯よ!」
ディアドナがそう言うと彼女の目の前に大きな一つの杯が現れる。
クロキは杯の中から、すごく嫌な気配を感じる。
あの杯の中のモノは絶対に溢れさせてはならない。そんな気がする。
クロキと同じように感じたのか、ディアドナの周囲にいる邪神達が騒がしくなる。
邪神の中には恐怖で叫び出す者もいる。
蛇の女王が何をしようとしているのか知っている様子であった。
それはレーナやトトナ達がいるジプシール陣営も同じで騒がしくなっている。
(なぜだろう。エクリプスを使っても、蛇の女王に勝つのは難しく感じる)
クロキはディアドナを見て、冷や汗が出て来る。
クロキは全力で戦う必要を感じていた。
だけど、クロキはまだ竜の力を制御できないので、全力で戦いたくなかった。
「待て!ディアドナ!」
突然クロキの後ろから声がする。
クロキが振り返るとそこには黄金に輝く巨大なスフィンクスが飛んでいる。
クロキはその顔を見て驚く。
その顔は獅子の女王セクメトラであったからだ。
セクメトラは人間に近い姿から獅子に近い姿になっている。
これが、獅子の女王の本当の姿なのかもしれなかった。
「ほうセクメトラか!? まさかお前が出て来るとはな!」
「蛇の女王ディアドナ。さすがに心配でな。隠れて後をつけていたのよ。可愛い甥御と娘を死なせるわけにはいかぬからのう!」
有翼人面獅子形態のセクメトラは吠える。
「なるほど! しかし、かつては殺戮の女神と呼ばれていたお前も、今ではエリオスの男に骨を抜かれた腑抜けも同然! このディアドナが負けるとは思えん!」
ディアドナもすかさず言い返す。
「それはどうかのう? ディアドナ? なぜ暗黒騎士が助けてくれるのかはわからぬが、その者と妾、それにエリオスの女神の力が加われば貴様達もただではすむまい。ここは互いに引くのが賢いと思うがの?」
セクメトラの提案にディアドナは考え込む。
「確かにそうか。良いだろうここは引いてやる。者共! 撤退だ!」
蛇の女王は叫ぶ。
「ディアドナよ!どういうつもりだ!」
しかし、ザルキシスが抗議する。
「今は引け、ザルキシス! セクメトラまでも相手にするのは面倒だ! 我らは何千年も待った! 必ずや機会は来る! 必ず勝てる時を待つのだ!」
そう言ってディアドナはザルキシスを見る。
ザルキシスは悔しそうな顔をするが、有利ではない状況であるので、渋々頷く。
「くっ、わかった! ディアドナよ!暗黒騎士!次は必ず貴様を死の淵へ叩き込んでやろう!」
ザルキシスは下がり距離を取る。
するとディアドナに率いられた邪神達が下がっていく。
(どうやら戦いにならなくて済みそうだ。それにしても疲れた……。自分には精霊使いの素質はないみたいだ。剣のようにはいかないな)
クロキは空を見上げる。
空には闇の精霊エクリプスと力が弱くなった光の精霊ベンヌが飛んでいる。
ジプシールとアポフィス、光と闇の境であるこの地にふさわしい光景のようだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。
やっぱり平日に執筆は難しいですね(´;ω;`)ウゥゥ
クロキは眠っていると突然誰かに起こされる。
目を開けると天井が見える。
間違いなく日本の自分の部屋だ。
クロキは首を動かし横を見ると、そこには幼馴染のシロネが怒った表情で見下ろしている。
「うう、何? シロネ? 今日は休みじゃなかったけ? もうちょっと寝かせてよ」
クロキは抗議をするが、シロネは首を振る。
「駄目!今日は買い物に付き合ってくれる約束でしょ? さっさとそれをしまって起きる!」
そう言ってシロネはクロキの下半身を指差す。
身を少し起こして下半身を見ると、トランクスのおしっこをする穴から、無駄に元気な息子が「おはよう」と言わんばかりに大きくなっている。
「ちょっ!!? 見ないでよ!! シロネ!!」
クロキは慌てて股間を隠すが、シロネは全く慌てない。
「もう、何度も見てるから、今更だってば。それより、早く支度する!」
クロキは不平に思いながらも起きる。
シロネは勝手にクロキの部屋に入ってくる。
それに対してクロキはシロネの部屋に入った事はない。
クロキは不公平だと思うが、言ってもシロネは聞かないだろう。
仕方がないので、クロキは起きて身支度をする事にする。
「ところでシロネ。今日はどこに行くの?」
クロキは着替えながらシロネに聞く。
するとシロネは呆れた顔をする。
「何言ってるの、クロキ? 今日は水着を買いに行く予定でしょ? もうすぐ夏期休暇だし、2人だけで海に行こうって言ったじゃない」
「あれ、そうだっけ? 確かシロネは美堂君の別荘に行くって言ってなかったっけ?」
「えっ? 何それ? そんなの知らないわよ。それとも私との約束を忘れて、別の予定を立てたの?」
シロネは悲しそうな顔をする。
「一応修業のために山に行くつもりだったよ。まあ確かな予定じゃないけどね」
クロキは慌てて言う。
実はクロキは夏期休暇の間はシロネがいないので山で剣の修業をする予定だった。
そして、修業から帰ったらバイトをするつもりであった。
水着は一緒に買いに行ったが、シロネと遊ぶ予定はなかった。
それが本当にあった事だ。
「なにそれ? 楽しくなさそう! それよりも、私と遊びに行こうクロキ。そもそも何で修業なんかするの? 弱くっても良いじゃない? 強くなる必要なんかないよ」
シロネは屈託なく笑う。
それを見てクロキは悲しい気持ちになる。
最初は現実に起こった事だけど、途中からは違っていた。
何もしない、弱いクロキ自身を無条件に受け入れてくれる人。
シロネはそんな都合の良い存在ではない。
クロキはずっとシロネを見てきたのだ。
目の前にいるのは幻のシロネであった。
「ううん。修業はするよ。勉強だって頑張る。恰好良くなる努力だってやめないよ」
クロキは首を振る。
クロキの心の中の黒い炎は消えない。
だから、そう答える。
「なんで? 努力するのって、とっても辛いでしょ? 頑張るのなんてやめなよ」
シロネは妖艶な笑みを浮かべる。
「それは違うよ。努力しない事や頑張るのをやめるのは、もっと辛いんだ」
クロキは目の前の偽物を睨む。
生きる事は戦いである、戦いから逃げてはいけない。
戦い続けるためにも、強さを求めなければいけない。
だから、強くなる努力をやめるのは生きる事をやめる事に等しい。
クロキにその事を気付かせてくれたのは他ならぬシロネなのである。
クロキは前はシロネを恨んだ事もあった。
だけど、それは逆恨みで有る事に気付いた。
シロネは美人で凡庸であるクロキと釣り合うはずもない。
クロキは剣の練習はしていたけど、そこまで努力はしていなかった。
剣だけでなく、クロキは何事も、真剣にした事はなかった。
もっと、もっと早く頑張るべきだったのだとクロキは後悔する。
そうすれば、あんな苦しい思いをしなくて済んだのである。
しかし、時は戻らない。
だけど、これからも苦しい思いはしたくない。
だから、クロキはこれかも努力するつもりなのだ。
「もう、何でそんな怖い顔するの? えへへへ、実は今日はクロキのためにすっごい水着を買おうと思ってるんだ。後で着て見せてあげる!」
シロネはクロキの腕にしがみつく。
(何!? すっごい水着!? それは見たいな!!! あははは。さすが自分の心だ。弱点がわかっているや)
クロキはもう少しだけ、この夢に浸っていたくなる。
「何やっているの? クロキ?」
クロキの後ろから声がする。
クロキが振り向くとレーナがいる。
どちらも呆れた顔をしている。
「呼びに来たの? レーナ?」
「そうよ? クロキ? まあ大丈夫だろうとは思ってきたけど、まさかこのまま消えるつもりじゃないでしょうね?」
「そんなわけないよ。このままいなくなる事は許されない」
クロキはシロネがしがみついていない左手を口に持ってくる。
幻の世界では指に指輪は見えないが、クロキはその感触を感じていた。
指輪の向こうにはクーナがいる。
彼女をおいて消える事は出来ない。
この指輪の感触が有る限り心の中の黒い炎は消えないだろう。
レーナの反対側のシロネの顔を見る。
目の前のシロネは何も言わない。
虚ろな目をしている。
もう優しく微笑む事はないだろう。
目の前のシロネはクロキの中の記憶を元に作った、都合の良い幻影だ。
クロキはエクリプスの精神の中に飛び込んだ時に夢を見せられたのだ。
エクリプスは力を奪う者だ。
クロキの心の力を奪おうとしたのである。
だけど、この程度ではクロキの心の炎は消えない。
「だったら早く戻りなさい。いやらしい格好なら私がしてあげるから」
「えっ? 本当に?!」
クロキは思わず振り返る。
しかし、もうそこにはレーナはいない。
「こりゃ早く戻らないとな」
クロキは少し笑う。
勝利の女神様は簡単に負けさせてはくれないようであった。
また、クロキは指輪からも熱を感じる。
「このまま負けるなんて恥ずかしい事が出来るものか!」
クロキは心の中の黒い炎を燃やす。
クロキの目の前のシロネが歪むと周囲の景色が闇に溶ける。
重い闇がクロキを浸食しようとしている。
だけど、クロキは消えるつもりはない。
クロキは精神を研ぎ澄ます。
「負けるか! 今度はこちらが攻める番だ!エクリプス!」
クロキは心を強く持つ。
クロキの心の中から黒い炎を広げると、エクリプスの中の蜘蛛の糸を発見する。
黒血の魔剣を振るい、糸を断ち切る。
これでザルキシスの支配はなくなったはずであった。
後はエクリプスを従えるだけである。
クロキは黒い炎を広げエクリプスの闇を自身の闇で塗りつぶす。
するとクロキはエクリプスの咆哮が聞こえたような気がした。
クロキは体が黒い奔流に流される感覚がする。
そして、クロキは本当の目を開ける。
目の前に広がるのは砂漠の上空。
クロキの周りをエクリプスが飛ぶ。
クロキは目を瞑るとエクリプスと繋がっているのを感じる。
(かなり疲れた。だけど、うまく行ったようだ)
クロキは周囲から視線を感じる。
クロキはレーナとトトナ達を見ると、魔法の壁はまだ健在だ。
レーナは疲れた表情をしている。
盾を張った上に精神潜入まで使ったのだから無理もない。
レーナは疲れた顔をしてはいるが、それでも美しさが損なわれていない。
トトナはネルと共に嬉しそうに笑っている。
クロキは彼女達の無事を確認するとジプシール勢と蛇の女王勢の中間の砂の上に降りる。
「馬鹿な!このザルキシスからエクリプスを奪ったというのか!」
「怖ろしい男だな、暗黒騎士よ! ザルキシスからエクリプスの支配を奪い取るとはな!あの腑抜けのモデスには勿体ない! もう一度訊ねる! このディアドナの仲間になれ!」
ザルキシスは叫び、ディアドナは再びクロキを勧誘する。
もちろんクロキはディアドナの勧誘を受けるつもりはない。
クロキはピラミッドの中を思い出す。
ディアドナは失敗した部下を平気で処分しようとした。
モデスはそんな事はしない。
信賞必罰が出来ていないだけかもしれないが、クロキはその甘さが嫌いではない。
クロキはそれが上に立つ者として不合格だとしても、仲間になるならモデスの方が良かった。
だから、ディアドナの仲間にはなるつもりはないのである。
「申し訳ありません。蛇の女王。貴方の仲間にはなれません。腑抜けであっても魔王陛下の方が自分には合っているのです」
クロキは頭を下げて勧誘を断る。
「なるほどな。貴様も腑抜けか? 残念だ……」
ディアドナは悲しそうに首を振る。
「蛇の女王よ! エクリプスは自分が手に入れました! こちらの形勢逆転です! 引いてはもらえませんか?!」
クロキはディアドナに呼びかける。
エリオスやジプシールはともかく、クロキにはディアドナと戦う理由がなかった。
「あはははははは! 形勢逆転だと! 笑わせるな! 暗黒騎士よ! それで勝てるつもりか! なあ、ザルキシスよ!」
突然、ディアドナは笑いだす。
「その通りだ! 暗黒騎士! このザルキシスの力はエクリプスだけではない! 貴様に死の力の真髄を見せてやろう!」
そう言うとザルキシスの姿が変化する。
下半身の法衣が破けると中から6本の蜘蛛のような足が出て来る。
その蜘蛛の足は鋭利であり、まるで大きな鎌のようだった。
「さあ歌え! 嘆きの魂共よ! 暗黒騎士に死をくれてやるのだ!」
ザルキシスの法衣が完全に破れると、その体中に浮き上がった無数の顔達が苦しそうに叫ぶ。
「吸い取った者達の魂を取り込んだのか?!」
クロキは思わず叫ぶ。
「そうだ! 暗黒騎士! 貴様の魂を喰らい! エクリプスを取り戻してくれる!」
ザルキシスは姿が完全に人の姿ではなくなる。青ざめた毛のない肌、蝙蝠の上半身に下半身は蜘蛛。
腹だった箇所には巨大な口。
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「はははは! ザルキシス! 貴様が本気を出すのなら、このディアドナも本気を出そう! さあ出て来い混沌の霊杯よ!」
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クロキはその顔を見て驚く。
その顔は獅子の女王セクメトラであったからだ。
セクメトラは人間に近い姿から獅子に近い姿になっている。
これが、獅子の女王の本当の姿なのかもしれなかった。
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「蛇の女王ディアドナ。さすがに心配でな。隠れて後をつけていたのよ。可愛い甥御と娘を死なせるわけにはいかぬからのう!」
有翼人面獅子形態のセクメトラは吠える。
「なるほど! しかし、かつては殺戮の女神と呼ばれていたお前も、今ではエリオスの男に骨を抜かれた腑抜けも同然! このディアドナが負けるとは思えん!」
ディアドナもすかさず言い返す。
「それはどうかのう? ディアドナ? なぜ暗黒騎士が助けてくれるのかはわからぬが、その者と妾、それにエリオスの女神の力が加われば貴様達もただではすむまい。ここは互いに引くのが賢いと思うがの?」
セクメトラの提案にディアドナは考え込む。
「確かにそうか。良いだろうここは引いてやる。者共! 撤退だ!」
蛇の女王は叫ぶ。
「ディアドナよ!どういうつもりだ!」
しかし、ザルキシスが抗議する。
「今は引け、ザルキシス! セクメトラまでも相手にするのは面倒だ! 我らは何千年も待った! 必ずや機会は来る! 必ず勝てる時を待つのだ!」
そう言ってディアドナはザルキシスを見る。
ザルキシスは悔しそうな顔をするが、有利ではない状況であるので、渋々頷く。
「くっ、わかった! ディアドナよ!暗黒騎士!次は必ず貴様を死の淵へ叩き込んでやろう!」
ザルキシスは下がり距離を取る。
するとディアドナに率いられた邪神達が下がっていく。
(どうやら戦いにならなくて済みそうだ。それにしても疲れた……。自分には精霊使いの素質はないみたいだ。剣のようにはいかないな)
クロキは空を見上げる。
空には闇の精霊エクリプスと力が弱くなった光の精霊ベンヌが飛んでいる。
ジプシールとアポフィス、光と闇の境であるこの地にふさわしい光景のようだった。
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コメント
ノベルバユーザー294617
クロキの成長が見れて面白かったです。トトナもナルゴルに来ればいいのになぁ
ラピュタ
やっぱりザルキシスとディアドナ仲いいわ
眠気覚ましが足りない
更新お疲れ様です。
クロキが反応した台詞だけで、いくらクロキでもレーナの好意の対象が誰に向いてるか分かると思うのですけど。
ていうか気づいてる様に見えるんですけど、いやここでようやく気づいたのかな?
まぁ、チユキさんがポンコツなのは今に始まったことではなかったので仕方ないです。
勇者側の語り部役も兼ねていたので、勿体ない気もしますけど、クロキ側のヒロインみたいな出方してもヒロイン枠にすら入れて貰えていなかった人とかいますから、勇者サイドはまあまあ不遇なままで良いでしょう。
まもなく8章ですね。
予定では4章と同様、とくにこちらは移籍前から大幅改稿が予定されていた章ですけれど、進捗はいかがでしょうか。
cyber
更新していただきありがとうございます
最後に、黒木は精神的に少し改善されました
この章の後、トトナの他に、ネルとチユキも黒木のハーレム候補者になるかもしれません。
ちゆきについては、この会議の後に興味深い変化があると思います
黒木はまた、モドゥスのようなエリオスの女神を保護しているので、千雪は黒木への蛇の女王ディアドナの言葉にも少し注意を払う必要があります。
=>それはちゆきを少し真実に近づけます。
私はすぐに新しい章を楽しみにしています。
元RuneMinor
更新お疲れ様です。
スマホのアプリが壊れてしばらく感想かけませんでした。
今回はクロキが精神面の弱さを克服する第一歩って感じですね。
そしてレーナが「愛する男」を曖昧に言うのは相変わらずでいっそ安定感すらありますね。
個人的にはレーナよりトトナが報われて欲しい気がするのは単なる判官贔屓・・・?
ついでに久しぶりに過去の話を読んでシロネが「ヒロイン候補」だった事を思い出しました。
せっかくなのでヒロインに戻るルートを考えて見ましたが
第一条件のレイジがクロキを敵視しなくなる事までしか思いつきませんでした。