暗黒騎士物語
黄金の都アルナック
獅子の女王セクメトラ。
ジプシールの冥府の神ウシャルスの妹にしてジプシールの光明神ハルセスの叔母である。
また、スフィンクス達の女王でもあり、全てのスフィンクスは彼女の眷属である。
そして、彼女こそがジプシールの真の支配者なのである。
その真の支配者である彼女はアルナックの黄金宮の王の間、高い場所からチユキ達を見降ろしている。
黄金の装飾品で全身を飾り、その装飾品の全てに色とりどりの宝石が嵌めこまれている。
獅子と人の姿を重ねたその姿から強力な圧力をチユキは感じる。
「さて、来訪者は全て揃ったようじゃな。さあ用件を聞いてやるぞ」
セクメトラは手に持つ杖をチユキ達に向ける。
黄金の杖は頭の部分に獣頭の飾りがあり、石突きが二股なっている、ウアスと呼ばれる杖だ。
杖は力と支配を意味し、権力の象徴でもある。
「ごめんなさいね。セクメトラ。実は貴方に用があるわけじゃないの。今日はここにいるはずのブルウルに会いに来たのよ」
イシュティアが並んでいる獣神達を見渡す。
「ほう? わらわの盟友であるブルウルに用があるじゃと? ブルウルよ前へ出て来るが良いぞ」
セクメトラがそう言うと右で並んでいる獣神達の中から1名の女性が出て来る。
一見の人間の女性のように見える。
しかし、そのワンピースの服の下から大きくて長い蠍の尾が出ている。
彼女がセルケト王国の蠍人が崇める女神ブルウルのようであった。
「私に用事ですか? どういう事なのですか?」
ブルウルは前に出ると、訝しげにチユキ達を見る。
「実は貴方の兄であるギルタルの毒でトールズとレイジの仲間が倒れたの。ファナが言うには解毒薬を作るには貴方の毒が必要らしいのよ。そこで、貴方の毒を少しわけてもらえないかしら?」
「兄がそんな事を……。そして、私の毒が必要」
ブルウルが自身の尾を触ると、考え込む。
「お願いブルウルさん。貴方は兄と袂を分かったと聞いています。だから、兄に遠慮する事は無いはずです。毒を分けていただけないでしょうか?」
チユキはブルウルにお願いする。
「確かに私は兄と袂を分かちました。しかし、私の毒を分ける義理もありません」
ブルウルはそっけなく首を振る。
「ねえ、ブルウル。そこは何とかならないかしら?」
イシュティアは前かがみになって、おねだりする。
男の獣神から歓声が上がる。
しかし、ブルウルは女神だ。その表情に変化はない。
「頼むブルウル!! 仲間が危険なんだ!! 助けてくれ!!」
今度はレイジが真剣な表情でブルウルを見つめる。
すると一瞬だけ、ブルウルの表情が変わる。
「まっ、まあ、私も非情ではないですから。ここは盟主殿の判断にお願いしたいと思います」
そう言ってブルウルはレイジの視線から逃れるようにセクメトラの方を見る。
明らかに心が揺れているようであった。
その場にいる者、全員がセクメトラの方を見る。
「そうか、ブルウルよ。わらわが判断して良いのじゃな。それでは、その頼みは聞けぬな。そもそも、兄上を傷つけた悪神をなぜ助けなければならぬじゃ。そして、そなたらの仲間とは縁もゆかりもない。助ける義理はないぞ」
セクメトラは「ふふん」と笑って、チユキ達の頼みを断る。
トールズはセクメトラの兄であるウシャルスを傷つけたので、ジプシールでは悪神である。
セクメトラとしては助ける義理はない。
チユキはもっと簡単に解決すると思っていたので落胆する。
「お願いだ!! 獅子の女王よ!! そんな事を言わずに助けて欲しい!!」
レイジはブルウルの時と同じように真剣な顔をしてセクメトラに頼む。
しかし、ブルウルと違いセクメトラが心を動かされた様子はなかった。
レイジが好みではない様子である。
「くどいな光の勇者よ。わらわは何の得にもならぬ事はせぬ」
セクメトラは首を振る。
その笑みには何か含む所がありそうだ。
「なるほどね。つまり、セクメトラ。何か得になるのなら、話は別と言う事よね」
「ふふふ。話が早いなイシュティアよ。さすが、わらわの好敵手じゃ。実はな、今ジプシールで問題が起こっておってじゃな。その解決をしてもらいたいのじゃ」
セクメトラはウアス杖を再び、こちらに向ける。
その顔は笑っている。
最初からチユキ達に何かさせるつもりだったようだ。
「問題? それは何かしら?」
イシュティアは首を傾げる。
「ああ、それはじゃな。このジプシールを守るピラミッドの事は知っておるか?」
「ピラミッド? 外にあるやつだな。それがどうしたんだ? チユキ知っているか?」
何の事かわからず。レイジはチユキを見る。
「さあ、ピラミッドはジプシールを守る結界を張っているという事しか知らないわ」
確かジプシールには大小、合わせて100近い数のピラミッドがある。
そのピラミッドは魔力の発生装置で、ジプシール全体を結界で覆っている。
つまり、ジプシール全体がラヴュリュスの迷宮と同じ効果があるのだ。
この地で戦う限りジプシールの神々は有利となる。
迷宮という限られた場所ではなく、地域全体を覆う程の大掛かりな結界はジプシールにしかないであろう。
「ほう、良く知っておるな。その通りじゃ。わらわの愛する夫ヘイボスが作りし、アルナックの黄金のピラミッド。その複製をハルセスとイスデスが大量に複製する事でジプシール全体を結界で覆っておる」
セクメトラは自慢げにピラミッドの事を話す。
彼女の夫はエリオスの鍛冶神ヘイボスである。
ウシャルスはイシュティアと付き合いがあるので、兄妹そろってエリオスの神と強い繋がりを持っている事になる。
ちなみにドワーフが多く住むジプシールのプタハ王国ではヘイボスの大きな神殿があるらしい。
セクメトラにとって、夫が自分のために作ったピラミッドはすごく誇らしいものの様子であった。
「なるほど。そのピラミッドがどうしたんだ?」
レイジが問うとセクメトラの顔が曇る。
「実はな、そのピラミッドの1つなのじゃがな……。つい最近、アポフィスの蛇共に奪われたのじゃ」
イシュティアが驚きの声を上げる。
「はあ? どういう事なのセクメトラ? そんな重要な物を奪われるなんて。守りはどうなっているの?」
「そう言うな。イシュティアよ。奪われたのはジプシールとアポフィスの境に作っていた建造中のピラミッドじゃ。最近蛇共が騒がしいので、ハルセスとイスデスが新たにピラミッドを作ろうと言い出してな。まだ、完成しておらず、守りが万全ではない所を突かれたのじゃ」
セクメトラは、そう言ってハルセスの方を見る。
少し離れているがハルセスの顔が少し青ざめているように見える。
ハルセスが建造中のピラミッドの責任者のようであった。
「奴らは、その9割がた出来ていたピラミッドを完成させて、そのピラミッドの魔力を利用してジプシールの結界に穴を開けよったのじゃ。そのためジプシールを覆う結界の力は通常より半減しておる。おかげで蛇共がジプシールで暴れまくっておるわ。全く忌々しい限りじゃ」
セクメトラは首を振って答える。
これでダハーク達があそこいた理由が判明する。
「そこでじゃよ。お主たちには、そのピラミッドの奪還。もし、できぬようなら破壊して欲しいのじゃよ。それでブルウルの毒との引き換えにしようぞ」
セクメトラは最後にそう言ってウアス杖を向ける。
ギプティスのファラオであるマートからの連絡でチユキ達がアルナックに来ることがわかった。
そこでセクメトラはチユキ達に奪われたピラミッドの対処をさせようと考えたのである。
ブルウルもセクメトラに判断を任せるあたり、その意図を知っていたのだろう。
(全く何て事よ!! こんな、厄介事を頼まれるなんて!!)
チユキは頭が痛くなる。
つまり、チユキ達はジプシールとアポフィスの争いに巻き込まれた事になる。
「わかった!! その申し出を受けよう!!」
レイジが当然のごとく返事をする。
「はあ、シロネさんを助けるためだもの、仕方がないわ……。当然貴方も手伝ってくれるのでしょう女神トトナ」
チユキは溜息を吐くと、トトナを見る。
「わかってる。私も兄さんを助けなければいけない」
そしてトトナは後ろにいるメジェドを見る。
メジェドはぶんぶんと頭を縦に振る。
まるで、任せろと言っているみたいだ。
どうやら、このメジェドも来る様子であった。
「ちょっと待つにゃあ!! トトナんも行くのにゃあ!? 危険にゃあ!! あそこには怖いのがいーっぱいいるのにゃあ!!」
突然セクメトラの後ろにいたネルが大声を上げる。
親友が危険な所に行くのを心配しているのだ。
トトナは戦いに向いていない。心配するのも当然であった。
「大丈夫よ、ネル。強い味方が付いている。私は彼の力を信じる」
そのトトナの言葉に周囲がどよめく。
チユキも「おおっ!!」と驚く。
トトナがレイジをこんなに信頼しているとは思わなかったからだ。
「ありがとう。女神トトナ。そこまで信頼してくれて嬉しいよ」
レイジはトトナにお礼を言う。
だけど、何故かトトナが不思議そうな顔をする。
「ふふふ!! これで決まりじゃな!! さて、今宵は前祝と行こうぞ!! 酒じゃ!! 酒と肉を持って来るのじゃあ!!」
セクメトラの笑い声が部屋にこだまするのだった。
◆
クロキとトトナはネルに案内されてアルナックのネルの部屋へと向かう。
今頃、王の間では宴会の準備がされているはずである。
しかし、クロキ達はそれに参加せず。ネルの部屋で別に小さな宴会をする事になった。
これはトトナがメジェドの格好で不便な思いをしているクロキの為に言い出した事である。
やがて、可愛らしい猫がたくさん描かれた扉の前に来る。
ここがネルの部屋のようであった。
扉の前には2匹の猫がいる。
ただし、普通の猫ではない。
猫は後ろ脚で直立して、前足で槍を持っている。
普通の猫ならば槍を持つ事はないだろう。
妖精猫と呼ばれるケットシーであった。
ケットシーは中央大陸では珍しい種族だ。
しかし、ジプシールはこの世界の猫の起源である事から、多くのケットシーが住んでいるのである。
「お帰りなさいませにゃあ。姫様」
扉の前のケットシーの達が頭を下げる。
2匹のケットシーはネルの部屋を守る番人ならぬ、番猫のようであった。
「ただいまなのにゃあ。みんな」
ネルが言うと猫が扉を開く。
「ところで、トトナん。本当に大丈夫なのかにゃあ? 蛇の王子はとっても危険と聞くにゃあ」
部屋に入るとネルは不安そうに聞く。
ネルフィティはヘイボス神と獅子の女王セクメトラとの間に出来た子供だ。
ヘイボスを見初めたセクメトラが迫りまくって夫婦になったとクロキは聞いている。
獅子の女王だけに、とても肉食系なのである。
そして、ある日、ネルは父親であるヘイボスに会うためにこっそりとエリオスへと行った事があった。
そこで、ネルは迷子になってしまった。
その時にたまたま出会ったトトナに助けてもらい親友になった。
トトナとネルはとても仲が良さそうであった。
「大丈夫よ。ネル。私には彼がついているもの」
そう言ってトトナはクロキを見る。
その目はクロキをとても信頼しているようであった。
(これはもうトトナだけは何があっても守らなければならないな。それにシロネを救うためでもある。頑張らないと)
クロキは決心する。
「ところで、さっきから気になっていたにゃあ。この面白いのは何なのにゃあ?」
「それは、ええと……。教えても良い?」
トトナはクロキを見る。
当然、クロキはぶんぶんと首を縦に振る。
クロキはトトナが信頼する者なら、自身も信頼するつもりだ。
正体を明かすことにためらいはなかった。
「彼はクロキ。布を被っている間はメジェドを名乗っているわ。彼は光の勇者やアルフォスにも勝った、ナルゴルの暗黒騎士よ。彼ならば蛇の王子も怖れる事はないわ」
「え!? その面白いのが、アルフォスに勝ったあの暗黒騎士にゃ!?  にゃるほどにゃ……。確かにそれなら大丈夫かもしれないにゃあ」
トトナが説明するとネルは目を丸くして、クロキをしげしげと見る。
「クロキ。ここでなら、喋っても良いし、布を取っても大丈夫」
そのトトナの言葉にクロキはほっとする。
レイジ達の前では喋る事もできず。
体を揺らす等の全身で意思表示をするしかなかった。
傍から見たら腰を振っているようにしか見えなかっただろう。
それに、とても動きにくく、息苦しかった。
クロキは布を取る事にする。
「はあ~。とても息苦しかったです。トトナ」
クロキは白い布を取り解放感を味わう。
すると、なぜかトトナとネルの視線がクロキの下半身に向けられる。
どうしたのだろうと思い、クロキは自身の下半身を見る。
そこで、とんでもない事に気付く。
(しまったーーーーーーーー!! 下に何も履いていない事を忘れていたーーーーー!!)
しかし、既に遅くクロキは股間をトトナとネルの前にさらしてしまった。
「ほえ~。小さい頃のハル君のを見た事あるけど、形が全然違うにゃあ~。もしかしてすごく立派なのじゃないのかにゃあ? トトナん?」
ネルは興味深そうに見た後、トトナの方を見る。
しかし、トトナは何も答えない。
表情が何も変わっていない。ただ、じっとクロキの股間を見ている。
慌ててクロキは股間を隠す。
「あの~。トトナ。これはその……」
クロキは慌てる。
何とか弁解しないといけなかった。
そうでなければただの変態である。
「トトナん? どうしたのにゃあ?」
ネルは心配そうにトトナに声をかける。
(あれ? トトナの様子がおかしい?)
クロキがそう思った瞬間だった。
トトナは突然後ろに倒れる。
クロキは床にぶつかる前に慌ててトトナを支える。
「ちょ、危ない!!? えっ、どうしたの? もしかして、気絶している」
クロキはトトナを揺するがトトナは目を覚まさない。
どうやら、トトナはクロキの股間に衝撃を受けて気絶しているみたいであった。
「トトナーーーーーん!! しっかりするにゃああああああああああああ!!!」
ネルの叫びが部屋に木霊するのであった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
ジプシールの国の名前はエジプト神話の神々から取りました。
他にリザードマンが住むセベク王国や河馬人が住むタウエレト王国等があります。
休みの間に色々とやりたい事がありますが、こういう時に限って突発の用事が出来たりするのです……(;´・ω・)
「カクヨム」でも読んで下さると嬉しいです。
ジプシールの冥府の神ウシャルスの妹にしてジプシールの光明神ハルセスの叔母である。
また、スフィンクス達の女王でもあり、全てのスフィンクスは彼女の眷属である。
そして、彼女こそがジプシールの真の支配者なのである。
その真の支配者である彼女はアルナックの黄金宮の王の間、高い場所からチユキ達を見降ろしている。
黄金の装飾品で全身を飾り、その装飾品の全てに色とりどりの宝石が嵌めこまれている。
獅子と人の姿を重ねたその姿から強力な圧力をチユキは感じる。
「さて、来訪者は全て揃ったようじゃな。さあ用件を聞いてやるぞ」
セクメトラは手に持つ杖をチユキ達に向ける。
黄金の杖は頭の部分に獣頭の飾りがあり、石突きが二股なっている、ウアスと呼ばれる杖だ。
杖は力と支配を意味し、権力の象徴でもある。
「ごめんなさいね。セクメトラ。実は貴方に用があるわけじゃないの。今日はここにいるはずのブルウルに会いに来たのよ」
イシュティアが並んでいる獣神達を見渡す。
「ほう? わらわの盟友であるブルウルに用があるじゃと? ブルウルよ前へ出て来るが良いぞ」
セクメトラがそう言うと右で並んでいる獣神達の中から1名の女性が出て来る。
一見の人間の女性のように見える。
しかし、そのワンピースの服の下から大きくて長い蠍の尾が出ている。
彼女がセルケト王国の蠍人が崇める女神ブルウルのようであった。
「私に用事ですか? どういう事なのですか?」
ブルウルは前に出ると、訝しげにチユキ達を見る。
「実は貴方の兄であるギルタルの毒でトールズとレイジの仲間が倒れたの。ファナが言うには解毒薬を作るには貴方の毒が必要らしいのよ。そこで、貴方の毒を少しわけてもらえないかしら?」
「兄がそんな事を……。そして、私の毒が必要」
ブルウルが自身の尾を触ると、考え込む。
「お願いブルウルさん。貴方は兄と袂を分かったと聞いています。だから、兄に遠慮する事は無いはずです。毒を分けていただけないでしょうか?」
チユキはブルウルにお願いする。
「確かに私は兄と袂を分かちました。しかし、私の毒を分ける義理もありません」
ブルウルはそっけなく首を振る。
「ねえ、ブルウル。そこは何とかならないかしら?」
イシュティアは前かがみになって、おねだりする。
男の獣神から歓声が上がる。
しかし、ブルウルは女神だ。その表情に変化はない。
「頼むブルウル!! 仲間が危険なんだ!! 助けてくれ!!」
今度はレイジが真剣な表情でブルウルを見つめる。
すると一瞬だけ、ブルウルの表情が変わる。
「まっ、まあ、私も非情ではないですから。ここは盟主殿の判断にお願いしたいと思います」
そう言ってブルウルはレイジの視線から逃れるようにセクメトラの方を見る。
明らかに心が揺れているようであった。
その場にいる者、全員がセクメトラの方を見る。
「そうか、ブルウルよ。わらわが判断して良いのじゃな。それでは、その頼みは聞けぬな。そもそも、兄上を傷つけた悪神をなぜ助けなければならぬじゃ。そして、そなたらの仲間とは縁もゆかりもない。助ける義理はないぞ」
セクメトラは「ふふん」と笑って、チユキ達の頼みを断る。
トールズはセクメトラの兄であるウシャルスを傷つけたので、ジプシールでは悪神である。
セクメトラとしては助ける義理はない。
チユキはもっと簡単に解決すると思っていたので落胆する。
「お願いだ!! 獅子の女王よ!! そんな事を言わずに助けて欲しい!!」
レイジはブルウルの時と同じように真剣な顔をしてセクメトラに頼む。
しかし、ブルウルと違いセクメトラが心を動かされた様子はなかった。
レイジが好みではない様子である。
「くどいな光の勇者よ。わらわは何の得にもならぬ事はせぬ」
セクメトラは首を振る。
その笑みには何か含む所がありそうだ。
「なるほどね。つまり、セクメトラ。何か得になるのなら、話は別と言う事よね」
「ふふふ。話が早いなイシュティアよ。さすが、わらわの好敵手じゃ。実はな、今ジプシールで問題が起こっておってじゃな。その解決をしてもらいたいのじゃ」
セクメトラはウアス杖を再び、こちらに向ける。
その顔は笑っている。
最初からチユキ達に何かさせるつもりだったようだ。
「問題? それは何かしら?」
イシュティアは首を傾げる。
「ああ、それはじゃな。このジプシールを守るピラミッドの事は知っておるか?」
「ピラミッド? 外にあるやつだな。それがどうしたんだ? チユキ知っているか?」
何の事かわからず。レイジはチユキを見る。
「さあ、ピラミッドはジプシールを守る結界を張っているという事しか知らないわ」
確かジプシールには大小、合わせて100近い数のピラミッドがある。
そのピラミッドは魔力の発生装置で、ジプシール全体を結界で覆っている。
つまり、ジプシール全体がラヴュリュスの迷宮と同じ効果があるのだ。
この地で戦う限りジプシールの神々は有利となる。
迷宮という限られた場所ではなく、地域全体を覆う程の大掛かりな結界はジプシールにしかないであろう。
「ほう、良く知っておるな。その通りじゃ。わらわの愛する夫ヘイボスが作りし、アルナックの黄金のピラミッド。その複製をハルセスとイスデスが大量に複製する事でジプシール全体を結界で覆っておる」
セクメトラは自慢げにピラミッドの事を話す。
彼女の夫はエリオスの鍛冶神ヘイボスである。
ウシャルスはイシュティアと付き合いがあるので、兄妹そろってエリオスの神と強い繋がりを持っている事になる。
ちなみにドワーフが多く住むジプシールのプタハ王国ではヘイボスの大きな神殿があるらしい。
セクメトラにとって、夫が自分のために作ったピラミッドはすごく誇らしいものの様子であった。
「なるほど。そのピラミッドがどうしたんだ?」
レイジが問うとセクメトラの顔が曇る。
「実はな、そのピラミッドの1つなのじゃがな……。つい最近、アポフィスの蛇共に奪われたのじゃ」
イシュティアが驚きの声を上げる。
「はあ? どういう事なのセクメトラ? そんな重要な物を奪われるなんて。守りはどうなっているの?」
「そう言うな。イシュティアよ。奪われたのはジプシールとアポフィスの境に作っていた建造中のピラミッドじゃ。最近蛇共が騒がしいので、ハルセスとイスデスが新たにピラミッドを作ろうと言い出してな。まだ、完成しておらず、守りが万全ではない所を突かれたのじゃ」
セクメトラは、そう言ってハルセスの方を見る。
少し離れているがハルセスの顔が少し青ざめているように見える。
ハルセスが建造中のピラミッドの責任者のようであった。
「奴らは、その9割がた出来ていたピラミッドを完成させて、そのピラミッドの魔力を利用してジプシールの結界に穴を開けよったのじゃ。そのためジプシールを覆う結界の力は通常より半減しておる。おかげで蛇共がジプシールで暴れまくっておるわ。全く忌々しい限りじゃ」
セクメトラは首を振って答える。
これでダハーク達があそこいた理由が判明する。
「そこでじゃよ。お主たちには、そのピラミッドの奪還。もし、できぬようなら破壊して欲しいのじゃよ。それでブルウルの毒との引き換えにしようぞ」
セクメトラは最後にそう言ってウアス杖を向ける。
ギプティスのファラオであるマートからの連絡でチユキ達がアルナックに来ることがわかった。
そこでセクメトラはチユキ達に奪われたピラミッドの対処をさせようと考えたのである。
ブルウルもセクメトラに判断を任せるあたり、その意図を知っていたのだろう。
(全く何て事よ!! こんな、厄介事を頼まれるなんて!!)
チユキは頭が痛くなる。
つまり、チユキ達はジプシールとアポフィスの争いに巻き込まれた事になる。
「わかった!! その申し出を受けよう!!」
レイジが当然のごとく返事をする。
「はあ、シロネさんを助けるためだもの、仕方がないわ……。当然貴方も手伝ってくれるのでしょう女神トトナ」
チユキは溜息を吐くと、トトナを見る。
「わかってる。私も兄さんを助けなければいけない」
そしてトトナは後ろにいるメジェドを見る。
メジェドはぶんぶんと頭を縦に振る。
まるで、任せろと言っているみたいだ。
どうやら、このメジェドも来る様子であった。
「ちょっと待つにゃあ!! トトナんも行くのにゃあ!? 危険にゃあ!! あそこには怖いのがいーっぱいいるのにゃあ!!」
突然セクメトラの後ろにいたネルが大声を上げる。
親友が危険な所に行くのを心配しているのだ。
トトナは戦いに向いていない。心配するのも当然であった。
「大丈夫よ、ネル。強い味方が付いている。私は彼の力を信じる」
そのトトナの言葉に周囲がどよめく。
チユキも「おおっ!!」と驚く。
トトナがレイジをこんなに信頼しているとは思わなかったからだ。
「ありがとう。女神トトナ。そこまで信頼してくれて嬉しいよ」
レイジはトトナにお礼を言う。
だけど、何故かトトナが不思議そうな顔をする。
「ふふふ!! これで決まりじゃな!! さて、今宵は前祝と行こうぞ!! 酒じゃ!! 酒と肉を持って来るのじゃあ!!」
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しかし、クロキ達はそれに参加せず。ネルの部屋で別に小さな宴会をする事になった。
これはトトナがメジェドの格好で不便な思いをしているクロキの為に言い出した事である。
やがて、可愛らしい猫がたくさん描かれた扉の前に来る。
ここがネルの部屋のようであった。
扉の前には2匹の猫がいる。
ただし、普通の猫ではない。
猫は後ろ脚で直立して、前足で槍を持っている。
普通の猫ならば槍を持つ事はないだろう。
妖精猫と呼ばれるケットシーであった。
ケットシーは中央大陸では珍しい種族だ。
しかし、ジプシールはこの世界の猫の起源である事から、多くのケットシーが住んでいるのである。
「お帰りなさいませにゃあ。姫様」
扉の前のケットシーの達が頭を下げる。
2匹のケットシーはネルの部屋を守る番人ならぬ、番猫のようであった。
「ただいまなのにゃあ。みんな」
ネルが言うと猫が扉を開く。
「ところで、トトナん。本当に大丈夫なのかにゃあ? 蛇の王子はとっても危険と聞くにゃあ」
部屋に入るとネルは不安そうに聞く。
ネルフィティはヘイボス神と獅子の女王セクメトラとの間に出来た子供だ。
ヘイボスを見初めたセクメトラが迫りまくって夫婦になったとクロキは聞いている。
獅子の女王だけに、とても肉食系なのである。
そして、ある日、ネルは父親であるヘイボスに会うためにこっそりとエリオスへと行った事があった。
そこで、ネルは迷子になってしまった。
その時にたまたま出会ったトトナに助けてもらい親友になった。
トトナとネルはとても仲が良さそうであった。
「大丈夫よ。ネル。私には彼がついているもの」
そう言ってトトナはクロキを見る。
その目はクロキをとても信頼しているようであった。
(これはもうトトナだけは何があっても守らなければならないな。それにシロネを救うためでもある。頑張らないと)
クロキは決心する。
「ところで、さっきから気になっていたにゃあ。この面白いのは何なのにゃあ?」
「それは、ええと……。教えても良い?」
トトナはクロキを見る。
当然、クロキはぶんぶんと首を縦に振る。
クロキはトトナが信頼する者なら、自身も信頼するつもりだ。
正体を明かすことにためらいはなかった。
「彼はクロキ。布を被っている間はメジェドを名乗っているわ。彼は光の勇者やアルフォスにも勝った、ナルゴルの暗黒騎士よ。彼ならば蛇の王子も怖れる事はないわ」
「え!? その面白いのが、アルフォスに勝ったあの暗黒騎士にゃ!?  にゃるほどにゃ……。確かにそれなら大丈夫かもしれないにゃあ」
トトナが説明するとネルは目を丸くして、クロキをしげしげと見る。
「クロキ。ここでなら、喋っても良いし、布を取っても大丈夫」
そのトトナの言葉にクロキはほっとする。
レイジ達の前では喋る事もできず。
体を揺らす等の全身で意思表示をするしかなかった。
傍から見たら腰を振っているようにしか見えなかっただろう。
それに、とても動きにくく、息苦しかった。
クロキは布を取る事にする。
「はあ~。とても息苦しかったです。トトナ」
クロキは白い布を取り解放感を味わう。
すると、なぜかトトナとネルの視線がクロキの下半身に向けられる。
どうしたのだろうと思い、クロキは自身の下半身を見る。
そこで、とんでもない事に気付く。
(しまったーーーーーーーー!! 下に何も履いていない事を忘れていたーーーーー!!)
しかし、既に遅くクロキは股間をトトナとネルの前にさらしてしまった。
「ほえ~。小さい頃のハル君のを見た事あるけど、形が全然違うにゃあ~。もしかしてすごく立派なのじゃないのかにゃあ? トトナん?」
ネルは興味深そうに見た後、トトナの方を見る。
しかし、トトナは何も答えない。
表情が何も変わっていない。ただ、じっとクロキの股間を見ている。
慌ててクロキは股間を隠す。
「あの~。トトナ。これはその……」
クロキは慌てる。
何とか弁解しないといけなかった。
そうでなければただの変態である。
「トトナん? どうしたのにゃあ?」
ネルは心配そうにトトナに声をかける。
(あれ? トトナの様子がおかしい?)
クロキがそう思った瞬間だった。
トトナは突然後ろに倒れる。
クロキは床にぶつかる前に慌ててトトナを支える。
「ちょ、危ない!!? えっ、どうしたの? もしかして、気絶している」
クロキはトトナを揺するがトトナは目を覚まさない。
どうやら、トトナはクロキの股間に衝撃を受けて気絶しているみたいであった。
「トトナーーーーーん!! しっかりするにゃああああああああああああ!!!」
ネルの叫びが部屋に木霊するのであった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
ジプシールの国の名前はエジプト神話の神々から取りました。
他にリザードマンが住むセベク王国や河馬人が住むタウエレト王国等があります。
休みの間に色々とやりたい事がありますが、こういう時に限って突発の用事が出来たりするのです……(;´・ω・)
「カクヨム」でも読んで下さると嬉しいです。
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コメント
Kyonix
彼女を殺した
眠気覚ましが足りない
黄金の都アルナックより修正報告です。
え!? その面白いのが!? あの最強のアルフォスに勝った!? あの暗黒騎士にゃ!?
↓
え、その面白いのが!? 最強のアルフォスに勝ったあの暗黒騎士にゃ!?
or
え!? その面白いのが、最強のアルフォスに勝ったあの暗黒騎士にゃ!?
まず、“あの”は何を指しているのか、です。
あの最強のアルフォス、あの暗黒騎士、この文ではどちらを強調したいのか。
暗黒騎士の方ですよね?
最強のアルフォスに勝ったと噂される、が“あの”と表されているはずですので、アルフォス側の“あの”を削りました。
また、!?が多用されていることはとても驚いていることを強調したいのだと思います。
ですが、句読点が置かれるところ全てに使うのはやっぱりくどいです。指摘の前半同様どれを強調したいのか、ということです。
2パターンあるのは、最初の驚きだけを一音で表現するかどうかです。
ちなみに1つ目の方は“その面白いのが”の後に“あの暗黒騎士”を入れる表現も有りかと思います。
眠気覚ましが足りない
更新お疲れ様です。
ここから数話かけて、トトナが奮闘する話ですね。
なろう版では、この章のあとはめっきり出番がなくなってしまい、とても残念に思っていました。
移籍版では、彼女の戦いの結末がどうなったのか語られるだろうと楽しみにしています。
根崎タケル
更新しました。
幻影戦争はゆっくりしてみようと思います。
そもそも、ほとんど進まないです……。
課金とかする以前の問題でした(>_<)
正直に言うとゲームをする時間よりも創作に時間をあてたいです。