暗黒騎士物語
蛇との遭遇
チユキ達は空舟に乗りギプティスからアルナックへと向かう。
空舟はギプティスのファラオであるマートから借りたものだ。
この空舟は空船より小さく高く飛ぶ事はできず、地上から1メートルしか浮かばない。
しかし、それでも大陸を横断できるイシュティアやレーナの空船に比べれば小さいだけであり、チユキ達全員を乗せても、まだ余裕があるくらいに広い。
空舟は夜の砂漠を進む。
時刻は夜だけど星明かりがあり、砂漠を照らしているので暗くない。
「どうやら、何もないみたいね。レイジ君」
「そうだな、チユキ。何もいないみたいだ」
チユキは空舟の窓から外を眺めて言うと、レイジが頷く。
マートの話ではアルナックへの道は危険だという話だが、見渡すかぎり砂の海で誰もいない。
マートの心配は杞憂に終わりそうであった。
「そいつは、どうかな……。なんだか嫌な予感がするんだよね……」
突然、チユキの後ろから声がする。
後ろにいたのは少年神ピスティスであった。
(いつの間に後ろにいたのよ!?)
チユキは驚いてピスティスを見る。
ピスティスは空舟に乗っていなかったはずであった。
それが、なぜかここにいる。
「どういう事なの? ピスティス、説明しなさい」
「う~ん。何ていうか、ざわざわするんです。イシュティア様。危険が近づいているような気がするんですよ」
イシュティアの問いにピスティスは説明する。
ピスティスのお尻から伸びる猿の尻尾が不安そうに下に垂れ下がっている。
「そう、何かが近づいているのね。あのアルを手こずらせた貴方の危機感知能力。信用するわ。全員周囲に注意を払いなさい!!」
イシュティアは配下の者達に命令する。
そして、イシュティアがアルと言うのは知恵と勝利の女神であるレーナの兄である歌と芸術の神アルフォスの事である。
チユキが知っている神話によると、いたずら好きの猿神ピスティスはアルフォス神に捕えられた。
その時にピスティスはアルフォスの側にいたイシュティアに慈悲を願った。
イシュティアはピスティスの願いを聞き、アルフォスにピスティスを許すように頼んだ。
その頼みを断れず、アルフォスは許し、それ以来ピスティスはイシュティアに従属する神となったのである。
イシュティアの言葉に猫人の侍女達が腰の剣を抜く。
全員がイシュティアと同じ曲刀を持っている。
このあたりは人間と変わらないようであった。
「全員気をつけろ!! 何かが来るぞ!!」
レイジが叫ぶと突然前方に砂煙が上がる。
砂の柱から何かが高速で出て来る。
出てきたのは長い槍を持った1人の男。
「イシュティア!! 俺と一緒に来てもらうぜ!!」
男は槍を掲げ、そのままイシュティアに向むかう。
それに対してイシュティアは座ったまま避ける気配がない。
「させるか!!」
レイジが素早く剣を抜くと男に向かって飛ぶ。
キンという金属音とともに強い衝撃波が走る。
猫人の侍女が慌てて空舟を止める。
空中でぶつかった2人の男が砂の上へと着地する。
「へえ!! 俺様のピサールの毒槍を防ぐとはやるじゃねえか!! 色ボケ女の腰巾着のくせによう!!」
槍を持った男が「にいっ」と笑って、レイジに槍を向ける。
赤い髪に赤黒い肌。
剥き出しになった上半身には無駄な肉が無く引き締まっている。
一見男は普通の人間のように見える。
しかし、金色に光り輝く瞳からチユキは強力な魔力を感じる。
これほど、強力な魔力を持つ者は人間ではない。
現に男の笑った口から出た舌は長く二股に分かれている。
それは蛇の舌であった。
「奇襲で女性を襲う卑怯者に負けるわけがないだろう!! 来るなら堂々と来い!!」
レイジはそう言うと両手に2本の剣を構える。
「ああ!! そうかい!! なら行かせてもらうぜ!!」
赤い髪の男は槍を振り回し怒涛の突きを繰り出す。
レイジはその槍を2本の剣で全て防ぐ。
「はあっ!!」
「何ッ!!?」
レイジが一瞬の隙を突き、間合いを詰めて相手の胸を斬り裂く。
男は後ろに跳びレイジから距離を取る。
後ろに下がった男が胸を押さえる。
押さえた所から血が流れている。
「へえ、まさか俺様に手傷を負わせるとはな!! 何者だ、手前!?」
傷つけられたにもかかわらず男は何故か嬉しそうに言う。
戦うのが楽しい様子であった。
「誰かに名を尋ねる時は、まず、そちらから名乗ったらどうだ」
レイジは剣を向けて同じように叫ぶ。
「確かにそうだな!! 俺の名はダハーク!! 蛇の王子とは俺の事さ!! さあ手前も名乗りやがれ!!」
男が名乗るとイシュティアの侍女達から驚きの声が出る。
「まさか、蛇の王子が出て来るなんて。こいつはビックリだ。てっきりアルフォスにやられて死んだと思っていたのに生きていたとはね」
「知ってるの? ピスティス」
チユキはピスティスに聞く。
「あれは蛇の女王ディアドナの息子だよ。お姉さん。蛇の王子ダハーク。ジプシールの南、アポフィスの地を支配する蛇神さ」
「蛇の女王の!!? 何でここにいるのよ!?」
「それはオイラも驚きだよ。まさか、蛇の王子がこんな所まで侵入してくるなんてね」
ピスティスはおどけたように言うが、顔が強張っている。
ピスティスにとっても予想外の出来事のであった。
「俺は光の勇者レイジだ。覚えてもらおうとは思わないが名乗っておく」
レイジが名乗るとダハークがニヤリと笑う。
「へえ手前が光の勇者か?それなら聞いた事があるぜ。暗黒騎士にぼろ負けした弱っちい奴だと聞いていたが、ここまでやるとはな」
「……そいつはどうも」
暗黒騎士にぼろ負けしたと言われたためか、レイジの声は少し震えている。
「いくぜ!! 光の勇者!!」
ダハークがレイジに迫り、両者は再び刃を交える。
チユキは目で追うのがやっとであった。
しかし、呑気に一騎打ちをさせておくつもりはない。
「レイジ君に加勢するわ」
チユキは杖を取り、レイジの所に向かおうとする。
「駄目だよ。お姉さん。奴だけだとは限らない。まだ、何かいる気がする。オイラ達がイシュティア様の所から離れるのを待っているんだよ」
ピスティスはチユキを呼び止める。
「えっ嘘?」
チユキは慌てて魔法で探る。
しかし、何も反応がない。
「そういえば、蛇の王子の存在にも気付かなかったわ。どういう事なの?」
チユキは注意深く周囲を見る。
レイジも近づくまで、蛇の王子に気付かなかった事から、何らかの方法で感知が阻害されているようであった。
チユキの背中に冷や汗が流れる。
魔法が阻害されていたら、チユキは感知能力がないに等しい。
一緒にいる猫人の侍女達よりも劣るかもしれない。
「そこだ!!」
ピスティスは空船に置かれていた杯を投げる。
「きゃああ!!!」
叫び声と共に砂の中から何かが出てくる。
姿を現したのは下半身が蛇の女性だ。
ラミア。
そう呼ばれる魔物だ。
ラミアは上半身が人間の姿をしており、下半身が蛇の尾の魔物である。
蛇の女王ディアドナの眷属で、かなりの魔力を持っているはずであった。
そして、出てきたのは一匹だけではない。
隠れていた事がバレたので出てきたのだ。
出てきたのは全員が蛇の下半身をした女性である。
「ラミア? それにゴーゴンもいるみたい。まずいわゴーゴンは石化の邪視を使ってくる!!」
チユキは姿を現した者を見て叫ぶ。
下半身が蛇の女性達の中に髪の毛が蛇になっている者がいる。
間違いなくゴーゴンであった。
ゴーゴンはラミアと同じく下半身が蛇だけど、髪が蛇になっている恐ろしい魔物だ。
石化の邪視を持ち、その見た者を石に変える。
魔法抵抗が高い私やイシュティアは大丈夫かもしれないが猫人達が危険であった。
「大丈夫よ、チユキ。ピスティス。ゴーゴンの邪視を封じなさない!!」
「おまかせを。イシュティア様」
そう言うとピスティスの体が徐々に変化する。
腕が四本になり毛深くなる。
その姿は猿だ。
おそらく、これが本当の姿なのだろう。
六指、四腕の猿神。それが、ピスティスの正体だ。
(彼はどうやって邪視を封じるのだろう?)
チユキはピスティスが何をするのか注意深く見る。
小神とはいえども神である。
おそらく、すごい秘術を持っているに違いないと思う。
チユキがそんな事を考えているとピスティスが突然下半身を露わにする。
おち〇ち〇が丸出しであった。
チユキの思考が突然固まる。
「ほーら、これを見てよ。ゴーゴンのお姉さ~ん」
ピスティスは下半身を露出してゴーゴン達に突撃する。
(えっ? 何やってんの?)
その様子を見て、チユキは開いた口が塞がらなくなる。
「きゃー!!いやーん!!」
「ばかー!!!」
「いやー!!変態!!」
「なんてもの見せんのよ馬鹿ー!!」
ゴーゴンの女性達は口々に叫び声を上げる。
しかし、効果はてきめんだ。
ゴーゴンの女の子達は目を覆い邪視が使えなくなる。
(そういえば邪視にはファリックチャーム、つまり陽根の魔除けが有効だった)
チユキは頭が痛くなり、額を押さえる。
ファリックチャームとは男性の性器を模した魔除けである。
邪視は異性の性器を目の当たりにすると、使えなくなる事があり、ファリックチャームはそこから作られた。
もっとも、ピスティスがしているように本物を見せればファリックチャームは必要なかったりする。
「うふふ。石化能力を持つために男から相手にされないゴーゴンの娘達には刺激が強すぎたみたいね」
「あっ……はい……」
イシュティアの言葉にチユキは乾いた返事をする。
いくら、ファリックチャームが有効とはいえセクハラにしか見えない。
ゴーゴンの女の子達は最低な攻撃から逃げ惑う。
ラミア達もゴーゴンがそんな状態だから、こちらを攻めあぐねているみたいだ。
(邪視を封じる事ができたみたいだけど、何だかねえ……)
チユキとしてはむしろゴーゴンの女の子達を応援したくなる。
直ぐ近くではレイジとダハークの緊迫した戦いと比べると、落差が激しすぎる。
「あなたは平気みたいねチユキ。見慣れているのかしら?」
「見慣れてません!!」
イシュティアの言葉に顔が赤くなるのを感じながらチユキは反論する。
チユキは見慣れてこそいないが、実は過去に偶然レイジの裸を何度か見た事がある。
レイジはナオと一緒で風呂上りに裸でうろつく事がある。
もちろん、チユキは注意するが2人とも聞く耳を持たないので、そのままだ。
また、一緒に旅をしているとたまに目にしてしまう事もある。
しかし、見慣れているというわけではないので、ピスティスの行動を見て顔が赤くなってしまう。
イシュティアはそんなチユキを面白そうに眺めている。
(全く馬鹿にして、この程度なんともないわ)
チユキは男性経験の多いイシュティアを見て心を落ち着かせる。
実際にピスティスの粗末なモノ程度で驚くのもバカバカしいと思う。
レイジのブルンに比べたら、ピスティスのはプルンと可愛いものであった。
そう考え、チユキは「うんうん」と頷く。
「チユキ!! 何かが近づいているわ!! 避けなさい!!」
突然イシュティアは大声を出す。
「ほへ?」
チユキは間抜けな声を出す。
気付いた時には遅かった。
チユキ達の乗っていた船の真下の砂から何かが吹き出して、船が横倒しになる。
動きの良いイシュティアと猫人の侍女達が船から飛び降りるのがチユキに見える。
そんな中で、チユキだけは逃げ遅れる。
突然、砂の中から出てきた巨大な手がチユキの腰を掴む。
「きゃあーーー!!」
強い力で体を掴まれチユキは思わず悲鳴を出してしまう。
そして、手の持ち主がチユキを引き寄せる。
そこで、手の持ち主が何者なのか知る。
手の持ち主は身の丈6メートルを超える巨人であった。
その両足の太ももから下が蛇の尾になっている。
「嘘!? もしかして大地の巨人!?」
大地の巨人は天空の巨人と並ぶ上位の巨人の一種である。
両足が蛇になっているのが特徴である。
上位の巨人はその腕力において神族に匹敵する。
(まさか、こんなデカブツが近づいて来ているのに気付かないなんて……)
チユキは巨体である大地の巨人に気付かなかった事に愕然とする。
「苦しい……」
大地の巨人が強く握るのでチユキは呻き声を出す。
チユキは魔法で握りつぶされないように体を硬くして、全力で抵抗する。
しかし、片手だというのに大地の巨人の握力は凄まじい。
このままだと脱出するのは難しかった。
助けを呼ぼうにも、レイジはダハークと戦っている。
イシュティア達は新たに表れた大地の巨人達に阻まれてチユキを助けるどころではなかった。
「女あ!! 大人しくしろ!!」
大地の巨人はそう言うと、もう片方の手で槍を構える。
(嘘! 私ここで死ぬの?)
チユキがそう思った時だった。
突然白い何かが飛んできて大地の巨人の頭にぶち当たる。
大地の巨人はそのまま倒れ、チユキはそのまま投げ出される。
「きゃああああああ!!」
悲鳴を上げると空中で誰かが私を受け止める。
そして、受け止めてくれた誰かは着地すると私を砂の上に優しく置く。
チユキは上体を起こし助けてくれた者を見る。
その者は白い布を頭から被り全身を隠している。
(この変な格好をした者が大地の巨人から助けてくれたのだろうか?)
はっきりいって怪しい風体であった。
普段のチユキなら近づこうとは思わないだろう。
(何者なの? どうして、私を助けてくれたの?)
チユキは疑問に思う。
その白い布を頭から被った者はチユキを優しげに見下ろしている。
まるで「大丈夫?」と聞いているみたいであった。
「やりやがったなあ!!! 何者だあ!!! 貴様あ!!!!」
白い布を被った者に突き飛ばされた大地の巨人が咆哮する。
大地の巨人の全身から風が吹き出す。
助けてくれた何者かの布が風に揺らめく。
チユキは正体を見ようと目を凝らす。
「えっ?」
白い布の下は素っ裸だった。
上体を起こしたチユキのすぐ目の前に何かがぶらんぶらんと揺れる。
チユキは一瞬それが何かわからなかった。
しかし、数秒の後にそれが何か理解してしまう。
レイジのそれよりも1回り以上も大きなそれが風に揺れている。
(ありえない。何? この大きさ?)
目の前に揺れるナニかをチユキはまじまじと見てしまう。
レイジがブルンなら、彼のはブルルルンであった。
そのブルルルンが風に揺られ、その先端がチユキの鼻を少しかすめる。
「きゃああああああああああああああああああああああ!!! 蛇がーーーーーー!!!!! 巨大な蛇がーーーーーー!!!!!」
その先端が蛇の頭に見え、チユキは思わず叫び声を上げてしまうのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
予定通りポロリ。
色々と期待してた方はごめんなさいm(。≧Д≦。)m
ファリックチャームは邪視を防ぐ魔除けです。つまりゴーゴンは〇〇〇に勝てない。
邪視には性器を見せつけるのが有効なのですよ(o・ω・o)
日本にも金精様とかあったりします。完全に下ネタですね。でも、有名な帝都物語にもそのシーンがあるよ。
巨人の大きさは迷っているところもあるので、後で修正するかもしれません。
「カクヨム」でも読んで下さると嬉しいです。
空舟はギプティスのファラオであるマートから借りたものだ。
この空舟は空船より小さく高く飛ぶ事はできず、地上から1メートルしか浮かばない。
しかし、それでも大陸を横断できるイシュティアやレーナの空船に比べれば小さいだけであり、チユキ達全員を乗せても、まだ余裕があるくらいに広い。
空舟は夜の砂漠を進む。
時刻は夜だけど星明かりがあり、砂漠を照らしているので暗くない。
「どうやら、何もないみたいね。レイジ君」
「そうだな、チユキ。何もいないみたいだ」
チユキは空舟の窓から外を眺めて言うと、レイジが頷く。
マートの話ではアルナックへの道は危険だという話だが、見渡すかぎり砂の海で誰もいない。
マートの心配は杞憂に終わりそうであった。
「そいつは、どうかな……。なんだか嫌な予感がするんだよね……」
突然、チユキの後ろから声がする。
後ろにいたのは少年神ピスティスであった。
(いつの間に後ろにいたのよ!?)
チユキは驚いてピスティスを見る。
ピスティスは空舟に乗っていなかったはずであった。
それが、なぜかここにいる。
「どういう事なの? ピスティス、説明しなさい」
「う~ん。何ていうか、ざわざわするんです。イシュティア様。危険が近づいているような気がするんですよ」
イシュティアの問いにピスティスは説明する。
ピスティスのお尻から伸びる猿の尻尾が不安そうに下に垂れ下がっている。
「そう、何かが近づいているのね。あのアルを手こずらせた貴方の危機感知能力。信用するわ。全員周囲に注意を払いなさい!!」
イシュティアは配下の者達に命令する。
そして、イシュティアがアルと言うのは知恵と勝利の女神であるレーナの兄である歌と芸術の神アルフォスの事である。
チユキが知っている神話によると、いたずら好きの猿神ピスティスはアルフォス神に捕えられた。
その時にピスティスはアルフォスの側にいたイシュティアに慈悲を願った。
イシュティアはピスティスの願いを聞き、アルフォスにピスティスを許すように頼んだ。
その頼みを断れず、アルフォスは許し、それ以来ピスティスはイシュティアに従属する神となったのである。
イシュティアの言葉に猫人の侍女達が腰の剣を抜く。
全員がイシュティアと同じ曲刀を持っている。
このあたりは人間と変わらないようであった。
「全員気をつけろ!! 何かが来るぞ!!」
レイジが叫ぶと突然前方に砂煙が上がる。
砂の柱から何かが高速で出て来る。
出てきたのは長い槍を持った1人の男。
「イシュティア!! 俺と一緒に来てもらうぜ!!」
男は槍を掲げ、そのままイシュティアに向むかう。
それに対してイシュティアは座ったまま避ける気配がない。
「させるか!!」
レイジが素早く剣を抜くと男に向かって飛ぶ。
キンという金属音とともに強い衝撃波が走る。
猫人の侍女が慌てて空舟を止める。
空中でぶつかった2人の男が砂の上へと着地する。
「へえ!! 俺様のピサールの毒槍を防ぐとはやるじゃねえか!! 色ボケ女の腰巾着のくせによう!!」
槍を持った男が「にいっ」と笑って、レイジに槍を向ける。
赤い髪に赤黒い肌。
剥き出しになった上半身には無駄な肉が無く引き締まっている。
一見男は普通の人間のように見える。
しかし、金色に光り輝く瞳からチユキは強力な魔力を感じる。
これほど、強力な魔力を持つ者は人間ではない。
現に男の笑った口から出た舌は長く二股に分かれている。
それは蛇の舌であった。
「奇襲で女性を襲う卑怯者に負けるわけがないだろう!! 来るなら堂々と来い!!」
レイジはそう言うと両手に2本の剣を構える。
「ああ!! そうかい!! なら行かせてもらうぜ!!」
赤い髪の男は槍を振り回し怒涛の突きを繰り出す。
レイジはその槍を2本の剣で全て防ぐ。
「はあっ!!」
「何ッ!!?」
レイジが一瞬の隙を突き、間合いを詰めて相手の胸を斬り裂く。
男は後ろに跳びレイジから距離を取る。
後ろに下がった男が胸を押さえる。
押さえた所から血が流れている。
「へえ、まさか俺様に手傷を負わせるとはな!! 何者だ、手前!?」
傷つけられたにもかかわらず男は何故か嬉しそうに言う。
戦うのが楽しい様子であった。
「誰かに名を尋ねる時は、まず、そちらから名乗ったらどうだ」
レイジは剣を向けて同じように叫ぶ。
「確かにそうだな!! 俺の名はダハーク!! 蛇の王子とは俺の事さ!! さあ手前も名乗りやがれ!!」
男が名乗るとイシュティアの侍女達から驚きの声が出る。
「まさか、蛇の王子が出て来るなんて。こいつはビックリだ。てっきりアルフォスにやられて死んだと思っていたのに生きていたとはね」
「知ってるの? ピスティス」
チユキはピスティスに聞く。
「あれは蛇の女王ディアドナの息子だよ。お姉さん。蛇の王子ダハーク。ジプシールの南、アポフィスの地を支配する蛇神さ」
「蛇の女王の!!? 何でここにいるのよ!?」
「それはオイラも驚きだよ。まさか、蛇の王子がこんな所まで侵入してくるなんてね」
ピスティスはおどけたように言うが、顔が強張っている。
ピスティスにとっても予想外の出来事のであった。
「俺は光の勇者レイジだ。覚えてもらおうとは思わないが名乗っておく」
レイジが名乗るとダハークがニヤリと笑う。
「へえ手前が光の勇者か?それなら聞いた事があるぜ。暗黒騎士にぼろ負けした弱っちい奴だと聞いていたが、ここまでやるとはな」
「……そいつはどうも」
暗黒騎士にぼろ負けしたと言われたためか、レイジの声は少し震えている。
「いくぜ!! 光の勇者!!」
ダハークがレイジに迫り、両者は再び刃を交える。
チユキは目で追うのがやっとであった。
しかし、呑気に一騎打ちをさせておくつもりはない。
「レイジ君に加勢するわ」
チユキは杖を取り、レイジの所に向かおうとする。
「駄目だよ。お姉さん。奴だけだとは限らない。まだ、何かいる気がする。オイラ達がイシュティア様の所から離れるのを待っているんだよ」
ピスティスはチユキを呼び止める。
「えっ嘘?」
チユキは慌てて魔法で探る。
しかし、何も反応がない。
「そういえば、蛇の王子の存在にも気付かなかったわ。どういう事なの?」
チユキは注意深く周囲を見る。
レイジも近づくまで、蛇の王子に気付かなかった事から、何らかの方法で感知が阻害されているようであった。
チユキの背中に冷や汗が流れる。
魔法が阻害されていたら、チユキは感知能力がないに等しい。
一緒にいる猫人の侍女達よりも劣るかもしれない。
「そこだ!!」
ピスティスは空船に置かれていた杯を投げる。
「きゃああ!!!」
叫び声と共に砂の中から何かが出てくる。
姿を現したのは下半身が蛇の女性だ。
ラミア。
そう呼ばれる魔物だ。
ラミアは上半身が人間の姿をしており、下半身が蛇の尾の魔物である。
蛇の女王ディアドナの眷属で、かなりの魔力を持っているはずであった。
そして、出てきたのは一匹だけではない。
隠れていた事がバレたので出てきたのだ。
出てきたのは全員が蛇の下半身をした女性である。
「ラミア? それにゴーゴンもいるみたい。まずいわゴーゴンは石化の邪視を使ってくる!!」
チユキは姿を現した者を見て叫ぶ。
下半身が蛇の女性達の中に髪の毛が蛇になっている者がいる。
間違いなくゴーゴンであった。
ゴーゴンはラミアと同じく下半身が蛇だけど、髪が蛇になっている恐ろしい魔物だ。
石化の邪視を持ち、その見た者を石に変える。
魔法抵抗が高い私やイシュティアは大丈夫かもしれないが猫人達が危険であった。
「大丈夫よ、チユキ。ピスティス。ゴーゴンの邪視を封じなさない!!」
「おまかせを。イシュティア様」
そう言うとピスティスの体が徐々に変化する。
腕が四本になり毛深くなる。
その姿は猿だ。
おそらく、これが本当の姿なのだろう。
六指、四腕の猿神。それが、ピスティスの正体だ。
(彼はどうやって邪視を封じるのだろう?)
チユキはピスティスが何をするのか注意深く見る。
小神とはいえども神である。
おそらく、すごい秘術を持っているに違いないと思う。
チユキがそんな事を考えているとピスティスが突然下半身を露わにする。
おち〇ち〇が丸出しであった。
チユキの思考が突然固まる。
「ほーら、これを見てよ。ゴーゴンのお姉さ~ん」
ピスティスは下半身を露出してゴーゴン達に突撃する。
(えっ? 何やってんの?)
その様子を見て、チユキは開いた口が塞がらなくなる。
「きゃー!!いやーん!!」
「ばかー!!!」
「いやー!!変態!!」
「なんてもの見せんのよ馬鹿ー!!」
ゴーゴンの女性達は口々に叫び声を上げる。
しかし、効果はてきめんだ。
ゴーゴンの女の子達は目を覆い邪視が使えなくなる。
(そういえば邪視にはファリックチャーム、つまり陽根の魔除けが有効だった)
チユキは頭が痛くなり、額を押さえる。
ファリックチャームとは男性の性器を模した魔除けである。
邪視は異性の性器を目の当たりにすると、使えなくなる事があり、ファリックチャームはそこから作られた。
もっとも、ピスティスがしているように本物を見せればファリックチャームは必要なかったりする。
「うふふ。石化能力を持つために男から相手にされないゴーゴンの娘達には刺激が強すぎたみたいね」
「あっ……はい……」
イシュティアの言葉にチユキは乾いた返事をする。
いくら、ファリックチャームが有効とはいえセクハラにしか見えない。
ゴーゴンの女の子達は最低な攻撃から逃げ惑う。
ラミア達もゴーゴンがそんな状態だから、こちらを攻めあぐねているみたいだ。
(邪視を封じる事ができたみたいだけど、何だかねえ……)
チユキとしてはむしろゴーゴンの女の子達を応援したくなる。
直ぐ近くではレイジとダハークの緊迫した戦いと比べると、落差が激しすぎる。
「あなたは平気みたいねチユキ。見慣れているのかしら?」
「見慣れてません!!」
イシュティアの言葉に顔が赤くなるのを感じながらチユキは反論する。
チユキは見慣れてこそいないが、実は過去に偶然レイジの裸を何度か見た事がある。
レイジはナオと一緒で風呂上りに裸でうろつく事がある。
もちろん、チユキは注意するが2人とも聞く耳を持たないので、そのままだ。
また、一緒に旅をしているとたまに目にしてしまう事もある。
しかし、見慣れているというわけではないので、ピスティスの行動を見て顔が赤くなってしまう。
イシュティアはそんなチユキを面白そうに眺めている。
(全く馬鹿にして、この程度なんともないわ)
チユキは男性経験の多いイシュティアを見て心を落ち着かせる。
実際にピスティスの粗末なモノ程度で驚くのもバカバカしいと思う。
レイジのブルンに比べたら、ピスティスのはプルンと可愛いものであった。
そう考え、チユキは「うんうん」と頷く。
「チユキ!! 何かが近づいているわ!! 避けなさい!!」
突然イシュティアは大声を出す。
「ほへ?」
チユキは間抜けな声を出す。
気付いた時には遅かった。
チユキ達の乗っていた船の真下の砂から何かが吹き出して、船が横倒しになる。
動きの良いイシュティアと猫人の侍女達が船から飛び降りるのがチユキに見える。
そんな中で、チユキだけは逃げ遅れる。
突然、砂の中から出てきた巨大な手がチユキの腰を掴む。
「きゃあーーー!!」
強い力で体を掴まれチユキは思わず悲鳴を出してしまう。
そして、手の持ち主がチユキを引き寄せる。
そこで、手の持ち主が何者なのか知る。
手の持ち主は身の丈6メートルを超える巨人であった。
その両足の太ももから下が蛇の尾になっている。
「嘘!? もしかして大地の巨人!?」
大地の巨人は天空の巨人と並ぶ上位の巨人の一種である。
両足が蛇になっているのが特徴である。
上位の巨人はその腕力において神族に匹敵する。
(まさか、こんなデカブツが近づいて来ているのに気付かないなんて……)
チユキは巨体である大地の巨人に気付かなかった事に愕然とする。
「苦しい……」
大地の巨人が強く握るのでチユキは呻き声を出す。
チユキは魔法で握りつぶされないように体を硬くして、全力で抵抗する。
しかし、片手だというのに大地の巨人の握力は凄まじい。
このままだと脱出するのは難しかった。
助けを呼ぼうにも、レイジはダハークと戦っている。
イシュティア達は新たに表れた大地の巨人達に阻まれてチユキを助けるどころではなかった。
「女あ!! 大人しくしろ!!」
大地の巨人はそう言うと、もう片方の手で槍を構える。
(嘘! 私ここで死ぬの?)
チユキがそう思った時だった。
突然白い何かが飛んできて大地の巨人の頭にぶち当たる。
大地の巨人はそのまま倒れ、チユキはそのまま投げ出される。
「きゃああああああ!!」
悲鳴を上げると空中で誰かが私を受け止める。
そして、受け止めてくれた誰かは着地すると私を砂の上に優しく置く。
チユキは上体を起こし助けてくれた者を見る。
その者は白い布を頭から被り全身を隠している。
(この変な格好をした者が大地の巨人から助けてくれたのだろうか?)
はっきりいって怪しい風体であった。
普段のチユキなら近づこうとは思わないだろう。
(何者なの? どうして、私を助けてくれたの?)
チユキは疑問に思う。
その白い布を頭から被った者はチユキを優しげに見下ろしている。
まるで「大丈夫?」と聞いているみたいであった。
「やりやがったなあ!!! 何者だあ!!! 貴様あ!!!!」
白い布を被った者に突き飛ばされた大地の巨人が咆哮する。
大地の巨人の全身から風が吹き出す。
助けてくれた何者かの布が風に揺らめく。
チユキは正体を見ようと目を凝らす。
「えっ?」
白い布の下は素っ裸だった。
上体を起こしたチユキのすぐ目の前に何かがぶらんぶらんと揺れる。
チユキは一瞬それが何かわからなかった。
しかし、数秒の後にそれが何か理解してしまう。
レイジのそれよりも1回り以上も大きなそれが風に揺れている。
(ありえない。何? この大きさ?)
目の前に揺れるナニかをチユキはまじまじと見てしまう。
レイジがブルンなら、彼のはブルルルンであった。
そのブルルルンが風に揺られ、その先端がチユキの鼻を少しかすめる。
「きゃああああああああああああああああああああああ!!! 蛇がーーーーーー!!!!! 巨大な蛇がーーーーーー!!!!!」
その先端が蛇の頭に見え、チユキは思わず叫び声を上げてしまうのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
予定通りポロリ。
色々と期待してた方はごめんなさいm(。≧Д≦。)m
ファリックチャームは邪視を防ぐ魔除けです。つまりゴーゴンは〇〇〇に勝てない。
邪視には性器を見せつけるのが有効なのですよ(o・ω・o)
日本にも金精様とかあったりします。完全に下ネタですね。でも、有名な帝都物語にもそのシーンがあるよ。
巨人の大きさは迷っているところもあるので、後で修正するかもしれません。
「カクヨム」でも読んで下さると嬉しいです。
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コメント
ノベルバユーザー562942
鼻をかすめるの嫌すぎるww
ナットです。タイにいます。
Thanks for the update
眠気覚ましが足りない
更新お疲れ様です。
なるほど、作品全体のバランスでしたか。
流石にそこまでは見てませんでした。
色々と伏線の張り直しなどがされているのでしょう。
それは読者では分からないことですからね。
根崎タケル
更新しました。
変更点を入れると問題が色々と浮上してきているようです。
上手くいかないです。そして、修正をしようとすると自分の脳が追い付かなくなっています。
修正はよほど矛盾しているか、簡単にできるものでない限りは更新を優先させて欲しいです。
9章が終わったら、休みを取って修正をしようと思います。