暗黒騎士物語

根崎タケル

第7章 砂漠の獣神 アポフィスの蛇

 転移の門をくぐり抜けるとザルキシスの目の前に巨大な砂漠が見える。
 殺風景な風景であるが、死神と呼ばれるザルキシスにふさわしい場所ともいえる。
 赤い砂の岩肌と砂だけのこの地で見るものは特にない。
 このアポフィスの赤い砂漠は同じ砂漠地帯であるジプシールの南にあり、ラミアやゴーゴンにバジリスクといった多く蛇の一族が生息している。
 そして、蛇の女王ディアドナの支配領域でもある。
 赤い砂漠には巨大な岩山と崖が数多くあり、転移の門はそんな岩山の影にある。
 ザルキシスが少し歩くと突然目の前に宮殿が現れる。

 アポフィスの離宮。

 エリオスの神々に抗するために結成された、アポフィス神聖同盟の本拠地でもある。
 岩山によって隠された離宮には今蛇の女王ディアドナが滞在しているはずであった。
 ザルキシスが宮殿に入るとゴーゴンの侍女が出迎える。
 ゴーゴンは人に似た上半身に蛇の下半身で、髪は数多の毒蛇である。
 そして、石化の邪視を使う怖ろしい妖女だ。
 ただ、神であるザルキシスにはゴーゴンの石化の邪視は効かないので問題はない。
 ゴーゴンの侍女は自身の主である蛇の女王がいる間へとザルキシスを案内する。 
 完全に廊下は長く、薄暗い。
 しかし、感覚が優れた蛇の女王の眷属達に光は必要ない。
 ゴーゴンの侍女は迷うことなく廊下を進む。
 ザルキシスは案内された部屋に入る。
 部屋は広く壁には数多の蛇が描かれている。
 蛇の種類は様々で、多頭だったり、翼があったりしている。 
 全ての蛇が色鮮やかに描かれていて、青白い魔法の照明に反射して部屋に彩を与えている。
 まさに女王の間という場所であった。
 そして、その女王ディアドナは宮殿の大広間が見える大きな窓の側で外を眺めている。

「戻ったようだねザルキシス。貴様の息子は見つかったのか?」

 ディアドナは振り向かずに言う。

「いや、見つからぬ。もしやすると既に何者かの手にかかって殺されているのやもしれぬな」

 夢の眠りの神ザンドはこのザルキシスの息子だ。
 その不肖の息子から連絡が途絶えて久しい。
 ザンドは連絡が途絶える前に重要な情報をザルキシスに伝えた。
 もしや、さらに重要な情報を手に入れて、それをエリオスの者共に感づかれたのかもしれない。
 ザンドは大した力を持っていない小神である。
 アルフォスにでも見つかれば瞬殺されるだろう。
 だから、すでに死んでいる可能性があった。
 ザルキシスは残念に思う。
 ザンドは惜しくないが、情報は惜しかった。

「まさか裏切ったと言う事はあるまいな?」
「それは、ありえんな。エリオスの者共が例え嘘でも奴を仲間にするとは思えん」

 ザルキシスは首を振る。
 エリオスの神々はザルキシスの眷属達を嫌っている。
 例え嘘でも仲間にしたいとは思わないだろう。

「確かにそうだな。ではやられたという事か?気の毒だったなザルキシス」
「そうでもない。奴には最初から期待などしていない。それよりもディアドナ。さっきから何を見ている」

 先程からディアドナはザルキシスを見ようとしない。
 窓から下に見える大広間を見ている。
 大広間から歓声が上がる。
 ザルキシスはディアドナの側に行き窓の外を見る。

「これは何をしているのだ? ディアドナ?」

 ザルキシスが窓から大広間を見降ろすと2名の男が戦っている。
 歓声はそれを見ている者達から上がっている。
 戦っている男の片方は暴神ラヴュリュスだ。
 牛頭に6腕の姿をザルキシスが見誤るわけがない。
 そして、ラヴュリュスと戦っているのは長い槍を持った人間の子供だ。
 もちろん人間の子供ではない。
 真実の姿は別にあり、今はその姿を見せていない。
 ザルキシスはその者の事を知っていた。

 蛇の王子ダハーク。

 蛇の女王ディアドナの息子でもある。
 そのダハークがラヴュリュスと大広間で戦っている。
 ラヴュリュスが両刃の大斧を振るい。
 ダハークは自身の身長の三倍以上の長さの槍を振るう。
 その攻防に周囲にいる者達は歓声を上げながら眺めている。

「ダハークがラヴュリュスと手合せをしているのだよ。ザルキシス。ふふふ見るが良い。あのラヴュリュスを相手に見事な戦いぶりではないか?」

 ディアドナは嬉しそうに言う。
 確かにその通りであった。
 ダハークの攻撃にラヴュリュスは防戦一方である。
 ラヴュリュスも反撃をするが、ことごとく躱されている。

「おい! おい! どうしたラヴュリュスのおっさんよう!! そんなんじゃ俺を捕える事はできないぜ!!!」
「くそ!! この若造が!!」

 ラヴュリュスは自慢な斧だけでなく他の腕に持つ槍や剣を駆使するが。
 ダハークには届かない。
 見事な動きであった。
 ラヴュリュスはここにいる者達でも上位の強さを持つ。
 そのラヴュリュスをダハークは翻弄していた。

「そこまで!! 両者ともやめよ!!」

 ディアドナはダハークとラヴュリュスを止める。
 さすがに、これ以上手合せをすればどちらも本気になりかねない。
 だから、ディアドナは両者を止めたのである。

「俺の勝ちだな。ラヴュリュスのおっさんよ」

 ダハークは勝ち誇ったように言う。

「はん!! 何を言ってやがる!! 手合せというから手加減をしてやったんだ!! そもそも俺様はまだモロクの火を使っていねえ!!」
「ああ、そうかい。なら次は本気でやるか?おっさん? 次はモロクの火を使ってみろよ! 俺も今度は本気でやるからよ!」

 負けを認めないラヴュリュスにダハークはいらだちの声を出す。

「ふん!! 若造が!!」

 両者がそれぞれ武器を構える。
 このままでは本当の殺し合いが始まるかもしれない。
 それまで、歓声を上げていた周囲の者達がただならぬ様子に静かになる。

「やめぬか!!! 馬鹿者が!!!!!!!!!」

 その静寂をディアドナの怒声が破る。
 ザルキシスが横を見るとディアドナの蛇の髪が逆立ち、瞳が輝いている。
 ディアドナの邪眼は神族ですら畏怖させる。
 ディアドナの眼光にさらされたダハークとラヴュリュスの動きが止まる。

「ラヴュリュスよ。お前が真に倒すべき相手は誰だ。貴様の住処を奪いとった憎い相手は?」

 ディアドナは窓から身を乗り出し、空中を浮かびながらゆっくりと大広間に降りながら言う。

「あ、ああ!! わかっている!! あの光の勇者を奈落の底に叩き落としてやる!!」

 ラヴュリュスはふんと言ってダハークに背を向ける。

「ダハークよ。貴様にピサールの毒槍を授けたのは、つまらぬ喧嘩をさせる為ではない。お前の真の相手は誰だ?」

 ディアドナはダハークに向かって言う。
 ダハークの持っているピサールの毒槍は元々ディアドナの武器だ。
 血と戦いをいつも求めていて、その熱は大地を溶かすほどで、いつも氷につけてある魔法の槍をディアドナが授けたのは憎きエリオスの者共を倒すためだ。
 決してつまらぬ喧嘩をさせる為ではない。

「ああ、わかっているぜ母上!! あのいけすかねえアルフォスの綺麗な顔をずたずたに引き裂く!!」

 ダハークは悔しそうな顔をする。
 ダハークの言葉に周囲の者達の様子が変わる。
 その様子はまるで何かに怯えているようだ。
 エリオスの歌と芸術の神にして白麗の聖騎士アルフォスの名はエリオスに属さない神々にとって忌まわしいものだ。
 美しく、多くの神々が恋い焦がれる、ほとんどの女神達の愛を得ている事を妬ましく思っている者は多い。
 しかし、いくら妬ましくても手を出す事はできない。
 なぜならアルフォスは美しいだけでなく、とんでもなく強いからだ。
 見た目に騙されて返り討ちにあった者は多いのである。
 そして、ダハークもまた過去にアルフォスに敗れた。
 蛇の執念で何とか生き延びたが、しばらくは動く事も出来なかった。
 それ以来ダハークはアルフォスに復讐するために自らを鍛えていたのだ。

「今度こそ負けねえ!! あの無敗のアルフォスに俺が最初に土を付けてやる!!」

 ダハークはピサールの毒槍を掲げて叫ぶ。

「残念ながら、それは無理ですね」

 どこからか声が響く。

「誰だ!! それにどういう意味だ!!」

 ダハークは声の主を探そうと周囲を見る。
 声の主はすぐに見つかった。
 なぜなら、その者は自ら姿を現したからだ。
 姿を現した者は赤い外骨格を持ち、赤い毒の尾を持っている。
 両肩の後ろには巨大な二つの鋏が翼のよう広げられている。
 赤い蠍神ギルタル。
 それが、この者の名である。
 妹のブルウルと共に蠍人ギルタブルウル達に崇められる神でもある。
 ギルタルは蛙の女神ヘルカートに誘われて光の勇者を倒しに行っていたはずであった。
 いつ戻ったのだろうとザルキシスは首を傾げる。

「おおギルタルか。光の勇者はどうであった? 噂通りの強さなのか?」

 ディアドナの眼光がするどくなる。
 光の勇者はエリオスの女神アルレーナの恋人だ。
 つまり、エリオスに加わった新たな戦力である。
 ディアドナとしても気になるのだ。

「中々の強さでしたよ。おそらく噂通りで間違いありませんね。我らが盟主」

 ギルタルは恭しく礼をする。
 その姿はとても様になっている。
 エリオスの神々と同じ姿を取っている時のギルタルはとても優美であり、その真の姿にさえ気づかなければ、多くの女性を虜にしていたに違いなかった。

「待て!! ギルタル!! 先程の言葉はどういう意味だ!!!」

 突然ダハークが話を遮りギルタルに槍を向ける。

「言った通りの意味ですよ。若君。貴方がアルフォスに最初に土を付けるのは不可能です」

 ギルタルはとぼけたように言う。

「俺ではアルフォスに勝てないと言うつもりか!! ギルタル!!!」

 その言葉にギルタルは首を振る。

「そういう意味ではありませんよ。王子。貴方が最初にアルフォスに土を付けるのは無理です。なぜならすでにアルフォスを負かした者がいるからです」
「何だと!!?」

 ダハークは驚く。
 そのギルタルの言葉に驚いているのはダハークだけではない。
 周囲の者達も驚いている。
 アルフォスはこれまで無敗のはずであった。
 もしやするとエリオスの頭目であるオーディスよりも強いかもしれないと噂されている神でもある。
 そのアルフォスを負かした者がいるならば驚くのも当然であった。

「誰だ!! 誰がアルフォスを負かしたんだ!! 畜生!! 俺が最初に奴を打ち負かしてやるはずだったのに!!」
「アルフォスを負かしたのは最近噂の暗黒騎士ですよ。ダハーク。彼がアルフォスを打ち破りました」

 ギルタルの言葉にその場にいる神々が顔を見合わせる。
 魔王モデスに側に突然現れた暗黒騎士の事は光の勇者と同じ様に神々の間で噂になっていた。
 ザルキシスも人の住む地であった事がある。
 その時はあの暗黒騎士にそれほどの力があるとは思わなかった。
 暗黒騎士の名を聞いてラヴュリュスもまた悔しそうな顔をする。
 光の勇者同様、件の暗黒騎士もラヴュリュスの憎い敵だからだ。

「暗黒騎士だと!! そいつが何者か知らねえが!! 俺の獲物を横取りした事を後悔させてやるぜ!!!」

 ダハークは叫ぶ。
 今にも飛び出していきそうだ。

「待て!! ダハークよ!! あの腑抜けのモデス達を相手にするのは後だ!!」

 しかし、ディアドナが止める。

「何言ってんだ? 母上よう? いずれは魔王をも倒すつもり何だろ? だったら今でも問題ないはずだ」

 ダハークは不満そうに言う。

「駄目だ。暗黒騎士は後回しにするのだ。ダハークよ。まずはエリオスの者共や、我らに組しない者共を相手にすべきだ」

 そう言うとディアドナの眼光が鋭くなる。
 邪眼に睨まれたダハークが大人しくなる。
 ディアドナは例え我が子であっても逆らう者には容赦はしない。
 その事をダハークは良くわかっているのだ。

「くっ!! わかったぜ母上!! 暗黒騎士は後回しにする!!」

 ダハークが不満そうだが、母親には逆らえず渋々承諾する。

「良い子だね。ダハーク」

 ディアドナは笑う。

「だがよ、母上。もし暗黒騎士がこちらに攻めて来たなら戦っても良いよな?」

 暗黒騎士がこちらにわざわざ攻めて来るとは思えないが、ダハークは母親に対するせめてもの反抗をする。

「まあ、それならば良いだろう。その時は存分に戦うが良いぞ。ダハーク」

 ディアドナのその言葉を聞いたダハークは嬉しそうに笑う。

「それを聞いて安心したぜ。アルフォスを破った暗黒騎士か? 一体どんな奴なんだろうな?」

 そう言ってダハークはナルゴルの方角を見るのだった。

★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

さて今日から「第7章 砂漠の獣神」の始まりです。
執筆が進まず、更新が滞る事もありますが、なるべく急ぎます。

そして、カクヨムとマグネットに掲載している設定資料集の神名録オーディスとフェリアを追加しました。
良かったら見に来て下さい。
設定資料集は今後加筆や修正を行う事もあります。

ノベルバにも掲載しようか迷います。
実は設定資料集は挿絵を多く入れたかったのです。
ですので当初はマグネットオンリーにする予定でした。
カクヨムに掲載しているのは、惰性だったりします。


コメント

  • ナットです。タイにいます。

    Thank you for the chapter!

    0
  • 眠気覚ましが足りない

    更新お疲れ様です。

    カクヨムの方で更新された設定集を読みました。
    改めてなかなか深い設定だと思いますが、正直なところ、未使用の設定を消化しきれるのでしょうか。気になります。
    まぁ、そのための外伝なのかなぁ、と思ってもいます。
    とあるシリーズのように拡げるだけ拡げなくても良いとも思いますけど。
    アリアディア周辺は設定盛りだくさんな感じのあるのでシズフェ達が担当するとして、設定だけの未登場の国はレンバーが大陸中を回っていく過程で訪れるのが良いのでしょうか。
    あるだけ、な設定というのも勿体無いですし。


    先生が、こっちの方がいい、と思われるならそれで良いと思います。あくまでポレンに近い口調の女性はこう言うだろう、という一般論のようなものですから。

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  • 根崎タケル

    今日から第7章です。
    ノベルバは章を設定できなかったりします。
    アプリで読むことを前提にしているせいでしょうか?

    眠気覚ましが足りない様、誤字報告ありがとうございます。

    ただ、「~んだ」で終わった方がポレンの強い思いが伝わると思ったので変更はできませんでした。
    ごめんなさい<(_ _)>

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