暗黒騎士物語

根崎タケル

白鳥の騎士

 時刻は夜。クロキは黒の牙の拠点へと戻る。
 黒の牙は大きな戦士団で、団員は二百人近くいる。そのため拠点となる建物も大きい。
 中に入ると団員達がサイコロ賭博をしている。サイコロは動物の骨で作られていて、クロキが知っている物と形が同じだ。
 彼等はクロキが入って来たのを確認すると、すぐに興味をなくし賭博に興じる。
 この場にいる団員はクロキの正体を知らない。生き残った幹部達に、秘密にするように言ったからだ。
 クロキは黒の牙の新入りであり、幹部連中のお気に入り、団員達の認識はそうなっているはずであった。
 幹部のお気に入りなので、クロキに絡む者はいない、遠巻きに見るだけで、特に何も言わない。
 団員達の間をすり抜けて奥へと行く。

「お帰りなさいませ、偉大なる閣下」

 奥の間へと入るとドズミと幹部達がクロキに頭を下げる。
 クロキがこの国に来て三日、今の黒の牙は戦士団の顔をした立派な魔教団である。
 魔王を崇める祭壇は用意されていないが、一応そうなっている。
 ただし、魔教徒となったのは幹部などの一部だけで、末端は普通の戦士である。
 元々、黒の牙は戦士団の顔をした犯罪組織だったので、その幹部達が魔教徒になる事にも抵抗はなかった。そして、クロキはその魔教団の指導者である。
 本来なら闇の神から選ばれた魔司祭が教団の指導者になるのが普通だ。
 しかし、魔司祭がいないのでクロキが指導者になるしかなかった。

「ただいま戻ったよ。変わりはない」
 
 クロキは幹部達の顔を見ながら言う。ドズミを除いた者達から怖れが見える。
 中には震えている者もいる。それに対してドズミはどこか幸せそうであった。
 それもそうだろう、可愛い彼女ができたのだから。
 相手はあの場にいたレネアという女性である。
 彼女は命がけで守ってくれたドズミを好きになったのだ。

(何だかすごく幸せそう)

 おめでとうと思う反面、もげろ、と彼女いない歴年齢のクロキは思ったりする。

「はい。閣下。元団長が姿を見せなくなったので、不思議に思う者達がいますが、特に問題はないでしょう」

 ドズミが報告する。
 元団長のゲンドルは療養中である。未だに精神は元に戻っていない。悪夢を見続けている。
 一般の団員にはゲンドルは健在という事になっている。しかし、いつまでも隠してはおけないだろう。
 ゲンドルはかなりの悪人だった。
 調べて見ると、マンティコアがいた地下室には人間の残骸らしきものが沢山あった。
 ゲンドルは人間をマンティコアの餌にしていたのだ。
 敵対する者、へまをした部下、気に入らない者を容赦なく喰わせていたらしい。
 幹部達も彼を怖れて、言いなりだったようだ。だからといって今までしてきた事がなしになるわけではない。
 しかし、クロキは罰する気にはならなかった。
 そもそも、人の世界において魔王に与する者は大罪人である。つまり、クロキも罪人だ。
 罪人が罪人を裁くのもおかしいと思うし、クロキは誰かを裁けるような立場でもない。
 それはこの場にいる者も同じである。

「そうですか、それでは部屋で休みます。それから、お腹が空いたので食事をお願いします」

 クロキは幸せそうなドズミにそう言うと、団長の使っていた部屋に行く。
 最上階の部屋はかなり広く、所々に花が飾られている。
 理由はマンティコアの臭い匂いを消すためだ。クロキは平気だったが、ナットが嫌がったのである。そのため部屋がかなりメルヘンチックになってしまった。

(マスコットみたいなナットにはお似合いの部屋かな)

 そんな事を考えながらクロキは一人椅子に腰掛ける。
 そして、情報収集のために行った酒場での事を思い出す。

「暗黒騎士の事は噂になっているみたいだったな」

 酒場では勇者が敗れた事は噂になっていた。
 また、暗黒騎士が各地の魔物を率いて攻めて来るのではないかとも噂をされていた。

(尾ヒレどころかトサカまで付いているなあ……)

 クロキは溜息を吐く。
 クロキは攻めるつもりなんかない。そもそもモデスからして人間を滅ぼすつもりがないはずだ。
 少なくともクロキはそう聞いている。

「クロキ様~」

 足元から声がする。クロキが下を見るとナットが椅子の影にいる。
 ナットは聖レナリア共和国の中心であるアルレーナ神殿に情報を集めに行っていた。
 どうやら、今戻って来たようだった。

「クロキ様。神殿の様子を探ってきたでヤンス」

 ナットは集めた神殿の情報を話す。
 アルレーナ神殿はドワーフによって建設されたらしく、かなり堅固らしい。
 警備も厳重で神殿の直属の騎士は精鋭ぞろいであり、人の守りも固い。
 だが問題は騎士達よりもその神殿にある、所々にしかけられた魔法の警報装置のほうだ。
 ドワーフの作ったその警報装置は優秀で生半可な魔法など一発で見破ってしまう。
 ナットのように隠密能力に優れた者でも、奥まで入るのは厳しかったようだ。
 そんな場所にクロキが入れば確実に気付かれる。

(その神殿にレイジ達がいるはずなのだけどな)

 アルレーナ神殿は警備が厳重なため潜入するのは難しく、クロキはナットに頼ってばかりだった。

「教えてくれてありがとう。すごく助かるよ……」

 クロキはナットにお礼を言う。
 ナットは潜入と情報収集をもっとも得意とする。エリオスに侵入してモデスの友人への使者になった事もあるそうだ。
 道中にナットがいなかったら、無事にここまで辿りつけなかっただろうとクロキは思う。
 ナットを案内役にしてくれたモデスには感謝しないといけないだろう。

「潜入するのは難しそうだね」
「あの~。クロキ様。あっしが盗み聴きをするだけじゃ駄目でヤンスか?」

 クロキはため息を吐くと、ナットが提案する。

「確かにナットの持って来てくれる情報も有益だけど……」

 だが、それではここまで来た意味がない。
 そもそも、クロキがここまで来たのは彼らの敵としての情報を集めるためではない。
 何のために情報を集めるのかによって得られる情報も違う。
 相手を敵として情報を集めるならば、兵力の数や装備の種類とかを調べるだろう。
 ナットはクロキが勇者にとどめをさすために来ていると思っているかもしれない。
 だから、そのための情報ならばナットはきっと重要な情報を持って来てくれるだろう。
 だが、そうではないのだ、ナットではクロキの知りたい情報を持って来てくれるとは限らない。

「ごめん。自分の目で彼らの様子を知りたいんだ」

 クロキは悪いと思いながらも、ナットの申し出を断る。

「そうでヤンスか……」

 信頼されていないと思ったのかナットの声が暗い。

「ナットのおかげですごく助かっている。潜入したいのは自分のわがままだよ」

 クロキはそう言ってナットの頭をちょんと撫でる。

「えへへへでヤンス」

 撫でられたナットは嬉しそうにする。
 クロキとナットがじゃれていると、扉がノックされる。

「誰ですか?」
「食事を持ってまいりました」

 扉の向こうからレネアの声が聞こえる。
 クロキが入って良いと言うとレネアが入って来る。
 最初は怖がっていた、彼女も今では普通にクロキに接している。
 レネアは最初に見た時と同じように胸元を強調した服だ。かなり大きい。

(うう、ドズミが羨ましい。教団のトップとして権限を使えばお触りはできるけど、それは人として、やっちゃ駄目だな……)

 今度、その手のお店を探してみようかなとクロキは思う。

「どうなさいました、偉大なる方?」
 レネアが不思議そうな顔をする。

「いえ、何でもないです……」

 クロキは妄想を打消しレネアの押している台車を見る。彼女が押している台車には食べ物が載っている。
 台車には白いパンに飲み物が入った壺、ナッツ類に山羊のチーズに豚の腸詰、鳥肉と玉ねぎと豆のスープ、そしてデザートに果実のシロップ漬けが乗せられている。
 かなり豪勢な食事だ。昨日は川カマスが出された。魚は他にマスやニシンも食べたりするらしい
 団長のゲンドルは毎日こんな豪勢な食事を食べていたそうだ。
 正直、贅沢だとクロキは思う。

「おお! 昨日と同じシロップ漬けがあるでヤンス!」

 ナットは好物の果実のシロップ漬けを見て喜ぶ。
 昨日も果実のシロップ漬けが出てナットが喜んでいたので、今日も用意するように言っておいたのだ。
 思ったとおりナットは喜んでいる。それを見てクロキも嬉しく思う。

(だけどドズミ達からは暗黒騎士は花と甘い物が好きだと思われているだろうな……。まあ、ナットが喜んでいるから良いか……)

 ナットは嬉しそうに床を走り回る。

「お飲み物はどうなさいますか? エールでよろしいですか?」

 レネアは壺を指す。壺に入っているのはエールと呼ばれる麦を発酵させたお酒だ。
 クロキがいた元の世界におけるビールのような物である。
 ただし、ホップを使っておらず、代わりに香草を使っている。また、冷蔵庫がないので冷やしてもいない。おそらく、日本のビール好きが飲んだら不満に思うだろう。

「いえ、昨日と同じく、山羊の乳を果実水で割ってください」
「はい、偉大なる方」

 この世界では牛乳は一般的ではなく、山羊の乳が普通である。
 独特の匂いがあるので、香草を入れるか果実水で割って飲む場合もある。
 レネアは台車から食事と飲み物を降ろすと部屋から出て行く。

「さて、食べようか、ナット」
「は~い。クロキ様~」

 クロキは白いパンを取る。
 この世界では匙やナイフはあるが、フォークや箸はなく、基本的に手掴みで食べる。
 白いパンは膨らんでいる。この世界では無発酵のパンが主流だけど、発酵パンもある。
 白いパンをちぎってスープに浸して食べる。
 ナットは果実のシロップ漬けを美味しそうに食べている。

「さて、これからどうするかな?」

 クロキはパンを食べながら、考えるのだった。

 ◆

 アルレーナ神殿は聖レナリア共和国の中心の丘の上にある。
 建国当初は丘とその周囲だけが、国であった。それが、長い年月の間に拡張して、今の広さになった。
 チユキはその神殿の一室で人を待つ。隣にはキョウカとカヤもいる。

「お呼びですか? チユキ様」

 キョウカに仕えるメイドが扉を開けると、一人の騎士が入って来て頭を下げる。
 この神殿に仕える騎士である。
 戦争が起こらないこの世界では、騎士は街道警備員と同じだ。
 城壁や、その中の治安は兵士が守り、騎士は城壁の外である街道を行く人の安全を守るのが主な仕事だ。
 街道には頻繁に魔物が出没するので退治しなければ、その街道を通る人はいなくなってしまう。
 都市の中よりも広い地域であり、危険な魔物と戦わねばならない。そのため馬に乗る事ができて、なおかつ戦闘能力が高くなければ騎士としては務まらない。
 また、そんな戦闘能力が高い者が国家に反逆されては困るので、騎士は王や国家に対して忠誠心を求められる。
 そして、この聖レナリア共和国の神殿騎士においては忠誠の対象は女神アルレーナである。
 神殿騎士は女神アルレーナの聖鳥である白鳥にちなんで、白鳥の騎士と呼ばれる事もある。
 そもそも、聖レナリア共和国の建国者は白鳥の騎士ローエンだ。
 彼は女神に忠誠を誓い、自らが作った国を捧げたのである。
 その後継者である騎士達は女神に忠誠を誓い、魔物から人々を守るために日夜戦い続ける。
 チユキの目の前にいる男性も、そんな白鳥の騎士の1人である。

「ボーウェン卿。ペルーダ対策で忙しいところを来てくださってありがとうございます。どうぞ席に着いてください」

 チユキがそう言うとボーウェンは空いている席に腰掛ける。
 ボーウェンは神殿騎士団の団長である。
 年齢は五十六歳。この国の貴族であり、立ち居振る舞いに品がある。
 彼は魔獣ペルーダ対策で忙しいところを来てもらった。
 聖レナリア共和国があるバンドール平野の中央部には広い湿地があり、その近くには魔獣ペルーダが生息している。
 ペルーダはヘビのように細長い頭にカメのような体、そして全身がハリネズミのような毒針に覆われた魔獣だ。
 普段は大人しいが十年に一度、活動期に入る事がある。その間は食欲が旺盛になり活動範囲が広がる。その結果、魔物達が押し出されて、人の住む場所まで出てくる事がある。
 そのためか、この聖レナリア共和国の近くで多くのゴブリンが出没している。
 もちろんペルーダ自身の被害もある。ペルーダは炎を吐き出して農作物を焼き払い、家畜を喰らい、人を襲っている。
 そんなペルーダから人々を守るために女神の騎士達は動いている最中であった。
 ボーウェンにはそんなペルーダ対策で忙しいところを来てもらったのである。

「いえ、ペルーダ対策はシロネ様達が動いてくれています。私はそのペルーダによって、生息地を追われた、魔物対策を行っています。しかし、それも落ち着いたので、特に忙しいわけではありません」

 ボーウェンは笑いながらそう答える。
 ペルーダは人の手に余る凶悪な魔獣だ。
 中央大陸東部で最強と呼ばれる、聖レナリア共和国の神殿騎士団でも対処は難しい。
 そのため、神殿は勇者であるレイジに協力をお願いしたのである。
 ただ、現在レイジは療養中なので、シロネとリノとナオが代わりに動いている。
 彼女達もレイジ程ではないが、かなり強い。神殿騎士団ができない事もできるはずであった。

「そうですか、それは良かったです」
「ははは、ところで、今日はどうかなされたのですか? チユキ様」

 ボーウェンがチユキに尋ねる。
 そこでチユキは本題に入る事にする。

「さっそくですが、ボーウェン卿。この包みの中は何だと思いますか?」

 チユキは机の上に置かれた包みを指して言う。
 するとボーウェンは首を傾げる。

「申し訳ございません。チユキ様。魔術師ではない私には包みの中を見ずに、中を言い当てる事はできません。中を拝見してもよろしいでしょうか?」

 ボーウェンの言葉ももっともである。
 透視(クレアボヤンス)の魔法を使えないボーウェンでは中に何が入っているのかわからなくて当然であった。

「申し訳ないですが、中を見せる事はできないのです。部屋が臭くなりますから」
「えっ? それでは中に入っているのは一体何でしょうか?」

 ボーウェンが首を傾げる。

「マンティコアの体内から排出される毒です。かなりの猛毒です。ボーウェン殿は御存じのはずです。」

 チユキが知るところによれば、今から三年前に遥か西に生息するはずのマンティコアがこの国の近くに出没した。そのマンティコアのために多くの人が犠牲になったと聞いている。 
 当時のボーウェンは今と同じく騎士団長であり、マンティコアの討伐に当たっていたはずだ。

「マンティコアの毒ですと? なぜチユキ様はこれを私に?」

 ボーウェンが疑問に思うのももっともである。
 チユキは続けて説明する。

「手に入れたのは偶然です。ですが、この三年でマンティコアの毒がかなり出回っているようです。ボーウェン卿は御存じないですか?」
「遥か西の魔獣の毒が多く出回っている? 不思議ですな?」

 包みの中の毒は、マンティコアの排泄物から抽出された毒だ。
 尾の毒のように鉄をも溶かす強さはないので、容器に入れて持ち運びができる。
 問題は臭気だが、何重にも密閉すれば防ぐ事ができるので問題はない。
 その毒は様々な用途に使う事ができるので、高値で取引されている。 
 しかし、元々は西方の魔獣。この地域で手に入れるのは難しい。

「その通りです。普通なら簡単に手に入れる事はできません。ただし、近くに生息しているのなら話は別です。たとえば三年前に人々を襲ったマンティコアが生きているとか」
「!」

 チユキがそう言うとボーウェンが急に立ち上がる。驚き方が先程の比ではない。

「まさか、チユキ様。あの時のマンティコアが生きていると? 奴にはかなりの深手を与えたはず。その後は姿を見せないから死んだものと……」

 ボーウェンが信じられないと首を振る。
「確かにマンティコアの出没の情報は出ていません。ですがマンティコアの毒は大量に出回っています? これは変ではありませんか」

 野生のマンティコアの排泄物から毒を採集するのは難しい。なぜなら時が立てば雨が降ったりして、土で浄化されてしまうからだ。
 生息地を把握しているか、もしくは飼っているかでもしなければ採集できない。
 しかし、マンティコアは危険な魔獣だ。しかも、なぜか人の肉を好んで食べる。そして、狡知に長け、魔法も使う。普通は飼いならす事はできないはずである

「つまり、何者かがあの時のマンティコアを匿っている」
「はい、私はそう思っています」

 チユキもボーウェンと同じ考えだ。
 普通マンティコアは飼い馴らす事はできない。だけど、マンティコアは魔獣にしては理性がある。利害が一致すれば人間とも協力する。もっとも、人食いのマンティコアだ。協力する人間は碌でもない奴だろう。

「そんな……。それにしても、チユキ様はどうしてこれを」

 ボーウェンがそう言うとチユキはキョウカとカヤを見る。

「それを話すと長くなります。ボーウェン卿、こちらにいるキョウカさんが商売をしているのは知っていますね」

 キョウカはチユキ達が魔王討伐のために不在だった頃、この聖レナリア共和国でミドー商会を立ち上げた。
 実質はカヤの才覚であるが、商会は瞬く間に大きくなり、今ではこの国で有数の金持ちだ。
 そのミドー商会に所属する隊商が聖レナリア共和国に戻る途中、ゴブリンに襲われている者達に出会った。
 その者達は積荷を運んでいる途中であり、全滅しかかっていた。当然隊商の護衛達は助けるためにゴブリンを追い払った。しかし、積荷を運んでいた者達の全員が深い傷を負っており、やがて最後の一人も死んでしまった。
 隊商の者達は残された積荷をどうするか迷い。積荷を自分達の馬車に移せるだけ移して、元の持ち主に返すために持って帰る事にしたのである。
 そして、聖レナリア共和国に帰った隊商の者達は事情を話して、積荷をキョウカとカヤに渡したのである。
 キョウカとカヤは持ち主を探すために商人組合に問い合わせたが積荷の持ち主は見つからなかった。やむなく、積荷の中身を確認したところ、マンティコアの毒が見つかったのである。
 それが、五日前の事だ。その事をチユキはボーウェンに説明する。

「おかげで、屋敷が臭くなって大変でしたわ!」

 その時の事を思い出したキョウカが怒った声を出す。
 マンティコアの体内から排出される毒は臭い。包みを開ければ臭いがその場に充満する。
 チユキが聞いたところによると、何も知らずに包みを開けたので、かなり大変だったそうだ。

(大変だったのは、私も同じだわ)

 包みを開けた時、キョウカもカヤもそれが何であるかわからなかった。
 結局、それを調べたのはチユキである。  
 チユキは魔術師協会を頼り、それがマンティコアの毒だと突き止めた。
 調べる過程で、何度もマンティコアの毒の臭いを嗅ぐ事になり、嫌な思いをした事を思い出す。

「なるほど……。しかし、積荷を運んでいた者達は何者なのでしょうか? 商人組合の者達がわからないのなら市民ではないと思うのですが……」
「はい、ボーウェン卿。私もそう思います。おそらく外街の者でしょう。そして、既に独自に捜査を行っています」
「何と!? それは真実ですか?」
「はい。それについてはこちらのカヤさんが説明します」

 そう言ってチユキはカヤを見る。

「積荷の持ち主が市民ではないと思い、捜査の範囲を外街まで広げました。そして、捜査の過程で判明したのですが、外街では失踪事件が相次いて起こっているようです」

 カヤは捜査した結果を言う。
 本来なら高い感知能力を持つナオが捜査した方が良いが、彼女は今ペルーダ対策で忙しい。
 そのためカヤとその配下が代わりに捜査をした。 そして、多くの事が判明したのである。

「失踪事件? そのような事が? 私は何も聞いてはおりません」

 ボーウェンの言葉にチユキは溜息を吐く。
 城壁の中の治安は警兵や自警団が担当して、城壁外の安全は騎士が守る。
 外街も城壁の外なので騎士が治安を担当するはずである。
 ただ、普通は城壁の外に街はないので、騎士が相手にするのは基本的に魔物であり人ではない。
 街道を行く人を魔物から守り、城壁外の農地で働く農民を魔物から守るのが仕事だ。
 そして、聖レナリア共和国の神殿騎士団もまた人ではなく、魔物のみを相手にする傾向がある。
 これは、外街ができる前からの名残だろう。
 チユキが知るボーウェンは真面目な人間だ。任務を疎かにしない。しかし、魔物ばかりに目が行き過ぎて、人間同士の争いを見ていないところがある。
 そのため、外街に住む人間の犯罪に気付かない。
 人間の中には魔物と同じように危険な者もいるにもかかわらずだ。

「ボーウェン卿。魔物から人々を守る事が騎士団の役割なのでしょうが、外街の状況にも目を向けるべきだと思います」

 チユキの言葉にボーウェンは言葉につまる。

「むう……、しかし、チユキ様。外街の治安維持は自由戦士協会の選んだ戦士団が協力していると聞いています。その者達は何をしているのでしょう」

 そのボーウェンの言葉を聞いてチユキはカヤを見る。

「ボーウェン様。その戦士団が問題なのです。失踪事件を調査したところ、一つの戦士団の名が出てきたのです。戦士団の名は黒い牙。団長の名は人食いと呼ばれているゲンドル。その戦士団は外街で最大勢力となっていて、協会から治安維持も任されています」
「ゲンドル? 聞いた事がある。確か三年前にマンティコア討伐に参加していた自由戦士の男だ」

 カヤがゲンドルの名を出すとボーウェンは頷く。
 騎士団だけでは手が回らない時は、自由戦士を雇う時もある。
 三年前のマンティコア討伐の時も、自由戦士を雇ったのだろうとチユキは推測する。

「はい。おそらく、そのゲンドルです。その者なのですが、良い噂を聞きません。そして、戦士団にしては金回りが良すぎるようです。どうやって稼いでいるのでしょう? また、失踪した者の多くはゲンドルに敵対して、目を付けられた者のようです」

 カヤの言葉にボーウェンは眉を顰める。

「まさか、そのゲンドルが、マンティコアを匿っていると……」
「その通りです。調べたところによるとマンティコアはかなりの大食い。しかも、人の肉を好んで食べます。そして、相次ぐ失踪事件。その先は考えたくはありませんが……」

 チユキは首を振って答える。

「そうですか、なぜ、チユキ様が私を呼んだのかわかりました。ゲンドルを捜査せよという事ですね」
「はい。もしくは私達が捜査する事を認めてください。本来なら外街の治安は騎士団が担当のはず。念のためにボーウェン卿の了解を得ておくべきと思いましたので、お呼びしたのです」
「いえ、我々が動きます。マンティコアを逃したのは私の責任。まさか、危険な魔獣が女神様の聖地である、この国に潜んでいるとは……」

 ボーウェンのその言葉を聞きチユキは頷く。
 自分達が動いた方が速い。しかし、この世界の事はなるべく、この世界の者が解決すべきとチユキは考えている。だから、チユキはボーウェンが動くのなら、これ以上何もする気がなかった。

「ボーウェン卿。マンティコアはペルーダ程ではないですが、凶悪な魔獣です。気を付けてください」
「わかっております。チユキ様。過去に戦った事がありますからな。そして、外街とは言え市街地。念のために、重装歩兵部隊も出動させましょう」
「聖レナリア共和国の重装歩兵ですか、それは頼もしいですね」

 この国の市民は全員が戦女神を信仰している。そのためか、子どもの頃から戦士としての教育を受けている。
 その市民からなる重装歩兵部隊は精強であり、神殿騎士と並ぶこの国の守りの要である。
 そして神殿騎士団の団長も必要な時は、重装歩兵部隊を出動させる事ができる。

「お待ちなさい!」 

 突然キョウカが声を上げる。

「どうしたの、キョウカさん?」
「私も行きますわ。部屋を臭くした報いを受けさせてやりますわ」

 その言葉を聞いてチユキは頭を押さえる。
 キョウカは魔法をうまく使えない。足手まといにしかならないはずだ。

「チユキ様。お嬢様が動かれるのでしたら、私も行きましょう。それに商会の護衛も同行させます」

 カヤはそう言って前に出る。それを聞いてチユキは安心する。
 それに、カヤならマンティコアを簡単に倒せるだろう。
 素手での戦いなら彼女はレイジの次に強い。

「そう、カヤさんも一緒なら安心ね。それじゃあキョウカさん、気を付けてね」
「ええ、まかせて頂戴」

 そう言ってキョウカは笑う。
 それを見てチユキはちょっとだけ不安に思うのだった。
 

コメント

  • Kyonix

    うーん...今、私はすべてがどのように発展したかを理解しています

    0
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