暗黒騎士物語
アリアディアの宿屋
リザードマン達の襲撃もなく、無事にアリアディア共和国へ着いたシズフェ達はシロネ達と別れ、街外れにある宿屋に集まった。
ここは元娼婦が経営しているが、他の元娼婦が経営する宿屋と違い、娼館は兼ねていない。
純粋に食事と宿泊を提供している。
街外れであるにも関わらず宿屋の雰囲気は悪くない。
実はこの宿屋、イシュティア神殿の庇護下にある。
イシュティア神殿で育てられた子供は、一定の年齢になると自分で稼いで暮らさなければならない。
職業は何でも良く、娼婦を選ばなくても良い。
娼婦にならなかった女性が働く場所の一つとなっているため、この宿屋には女性の従業員が多い。
しかも、宿泊費が安いため、シズフェ達はアリアディア共和国に滞在する時は利用する事が多い。
その宿屋でシズフェ達は遅い夕食を取っている。
目の前には豆入りの麦粥、焼いた豚のもも肉、野菜のマリネに果物が並べられている。
豚のもも肉のような高価な食べ物は普段頼まないが、今回は特別に注文した。
ノヴィスを励ますためだ。
焼きたての豚のもも肉から漂う香ばしい匂いが食欲をそそられる。
しかし、ノヴィスが立ち直る様子はなく首を垂れたままであった。
「ちょっと、ノヴィス! いつまで不貞腐れているのよ!!」
シズフェは鉄仮面の戦士に負けた事で落ち込んでいるノヴィスを叱る。
「はあ~。そうは言ってもよ、落ち込むぜ。くそっ! まさかあの鉄仮面野郎があんなに強えとは思わなかったぜ」
確かにノヴィスの言う通りであった。
迷宮での立ち回りから強いと感じられたが、ノヴィスが何も出来ずに押さえ込まれてしまうほど鉄仮面の戦士の技は見事であった。
「確かにな、ありゃすげえ戦士だぜ」
「そうだね。光の勇者様や剣の乙女様ならともかく、ノヴィ君が全く敵わないとは思わなかったよ」
ケイナの言葉にマディは同調する。
「ちくしょー! 力なら負けてなかった! 技を磨けば俺が勝つ!」
顔を上げて吠えるノヴィスだが、本当は力でも負けた事に気付いていない。
あくまで技で負けたと思っている。
それはその場にいた全員も同じであった。
「確かに力なら少年が勝っているように見えたな」
「そうですわ。力ならノヴィスさんが勝っていました。」
ノーラの慰めの言葉にレイリアが相槌を打つ。
それを聞いてノヴィスが嬉しそうな顔をする。
「そうだろ! そうだろ! ノーラさんとレイリアさんはわかっているな~!」
「ちょっとノヴィス! 調子に乗らないの!」
調子に乗るノヴィスをシズフェは窘める。
「それにしても、あの鉄仮面の戦士は何者だ? あれほどの戦士がいたなんて知らないぞ」
ジャスティの兄であり、顔見知りでもあるゴーダンは河船から降りた後、暇なのかシズフェ達に同行していた。
今は共に食事を取っているが、鉄仮面の戦士の事が気になるようだ。
「そういや、私も聞いた事がないな。おそらく遠くから来た奴だろうな。あれ程の腕なら有名になっているはずだからな」
麦粥を食べながらケイナも自身の記憶ない鉄仮面の戦士について見解を述べる。
その言葉にシズフェは頷く。
ケイナやゴーダンが知らない所を見ると、あの鉄仮面の戦士は遠くから来たに間違いない。
彼の事が少しだけ気になるシズフェだった。
「それにしても光の勇者様の妹君が教えを乞う程の腕前......。私も気になります」
戦いの女神に仕える司祭であるレイリアにとって、強い戦士は気になるところだろう。
「そうだ! ノヴィ君も彼に技を教わったらどうかな!?」
マディがさも名案のように言うとノヴィスは嫌そうな顔をする。
「ええ~、マディもかよ。シズフェにも言われたけど、俺はどうせなら美女から教えてもらいたいんだ。何とか側に置いてもらうぜ」
ノヴィスの返答にシズフェは頭を抱える。
「何選り好みしているのよ。そもそも、どうやって近づくのよ」
「心配するなよ、シズフェ。シロネ様も俺が役に立つ所を見せれば考えを変えてくれるはずだぜ」
「そうかなあ……」
自身たっぷりに返答するノヴィスにシズフェは首を傾げる。
うまく行くとは思えない。
だけど、ノヴィスの諦めの悪さを知っているのでそれ以上は何も言う気になれなかった。
「役に立つところを見せたいか......。だったら、リザードマンを退治しに行かねえか?」
声がした方をシズフェ達が振り返ると、近くの席に2人男性が立っておりこちらを見ている。
1人は茶色の髪に、頬に傷がある野性味が溢れた中々の顔立ちで弓を背負い、剣を腰に差している。
もう1人は水色の長い髪に女性のように顔が整っており、槍を持っている。
シズフェは2人とも見たことがないが、振舞いから自由戦士なのかもしれない。
声を掛けたのは茶色の髪に頬に傷がある男性のようだ。
「お前はゼファじゃねえか! 何のようだ!!」
突然ケイナが立ち上がり弓を持つ男性を睨む。
「よう、ケイナ。久しぶりじゃないか?」
ゼファと呼ばれた男はケイナに微笑む。
シズフェはゼファと言う名に聞き覚えがあった。
風の勇者。
過去にケイナの仲間だった男性で、女癖が相当に酷いと聞いている。
だからだろうか、あまり良い感じがしない。
「よう、...じゃねえよ! お前、確かケンタウロスに半殺しの目にあったって聞いたが、もう良いのかよ?」
「ぐっ。それを言わないでくれよ、ケイナ……」
ケイナの問いにゼファの顔が険しくなる。
「そういや、いつもいる女達はどうしたんだよ?」
「……」
ケイナの指摘にゼファは顔を背け何も言わない。
「なるほどな。わははっははは。ケンタウロスに負けて愛想を尽かされたのか、いい気味だぜ。これに懲りて、女漁りをやめるんだな」
豪快に笑うケイナと悔しそうなゼファ。
シズフェが自由戦士になる前、2人は仲間であり、一緒に迷宮に入ったりしていたそうだ。
しかし、過去に何があったか知らないが、今はとても仲が悪そうであった。
「もうやめなよ、ケイナ姉。ところで、そちらの人は?」
シズフェはゼファと一緒にいる水色の長い髪の人を見る。
「私は水の勇者ネフィム。御嬢さん、あなたに出会えた事を光栄に思います」
ネフィムと名乗る男性は、シズフェの側に来ると膝を地面につけて手を取る。
「なっ!?」
ネフィムにシズフェの手が握られた事に、ノヴィスが抗議の為にネフィムに近づこうとしたが......。
「あなたが水の勇者ネフィム様ですか? 確かマーマンに負けたとか?」
シズフェに指摘に、ネフィムは「ぐっ!!」と呻き声を出す。
「ぷぷっ」
ノヴィスは歩みを止めたが、笑いを止める事は出来なかった。
「はは……なかなか厳しい御嬢さんだ」
シズフェから手を離すネフィムは平静を装っているが、顔は引きつっていた。
水の勇者。
シズフェはその名も聞いた事がある。
西のセアードの内海で有名な自由戦士だ。
最近はこのアリアディアで名前を売っているらしいが、初めて会った。
「お前が地の勇者ゴーダンだな? 火の勇者がここにいると聞いて来たが、地の勇者も一緒なら話が早い。俺達に手を貸して欲しいのさ。リザードマン退治のな」
ゴーダンの指摘に、ゼファが「ふっ」と笑いながら答える。
「リザードマンを退治? どういう事だ、ゼファ?」
「簡単な話しだぜケイナ。このままやられたままじゃ終われないって事さ」
「なるほどな、仮にも勇者を名乗る者が負けっぱなしじゃ格好がつかないもんな」
ケイナの疑問は、ゼファの悔しさを滲ませた答えに納得する。
ゼファとネフィム。
2人の勇者は、つい最近魔物討伐に失敗している。
その汚名を返上したいのだろうか?
「そうです! 我々は失った名誉を取り戻さなければならないのです!!」
ネフィムが食卓を叩き力強く叫ぶ。
「そうだ! 実はな、最近リザードマン共が拠点にしている場所が見つかったらしいんだ! そこに行って奴らを一掃する! まだ、誰も退治はしていないはずだ!」
ゼファも声を大にして叫ぶ。
「ふーん、なるほどな。誰かに先に倒されたら活躍の機会がなくなるからな。急いでいるってわけか」
ゼファ達の叫びにケイナはお尻を掻きながら相槌を打つ。
「そういう事だ、ケイナ。俺だけで勝てるなら良いが、さすがに心許ない。だったら強い奴を集めて連名で倒すしかないだろう」
ノヴィスとゴーダンを見るゼファ。
ゼファは、火の勇者ノヴィスがこの店に良く来ると聞きここに来たのだと説明する。
ゴーダンも一緒にいたのは運が良かったようだ。
「だから俺達に手伝えと言うのか?」
「そう言う事だぜ、火の勇者ノヴィス。お前は光の勇者の仲間である剣の乙女に良いところを見せたいのだろう? しかし、うまく行ってないようだな。どうだい火の勇者、お前も手伝ってくれないか?」
ゼファがノヴィスを真剣な目で見る。
「確かにな……。それに、シロネ様に俺が役に立つところを見せる良い機会だ。良いぜ、手を貸してやる!!」
ノヴィスは立ち上がり力強く叫ぶ。
「地の勇者ゴーダンよ、お前も来てくれるよな?」
ゼファの問いにゴーダンが力強く頷く。
「ああ、良いだろう。あのリザードマンは協会でも問題になっていた。お前らに付き合ってやるよ」
「ありがとうよ。地の勇者。だが、今日は遅い。明日から動こう。だから皆、今日は充分に休んでくれ」
ゼファの指示に3人の勇者は頷く
「そういう訳だ。シズフェにケイナ姉。リザードマン退治に行くぞ!!」
ノヴィスが笑いながら、こちらを見る。
だけどちょっと待って欲しいとシズフェは思う。
「えっ……私達も行くの?」
呟かずにはいられなかった。
◆
クロキはバルコニーから夜空を眺める。
鉄仮面は外しているので、心地よい夜風が頬を撫でる。
月はとても綺麗であり、ナルゴルで見上げるのと変わらない。
クロキがいるのはアリアディア共和国にある宿屋の1つだ。
レーナが宿泊している神殿ではなく、シロネ達が宿泊する商人の館とも違う。
シロネやキョウカから一緒に泊まってはどうか誘われたが、遠慮した。
ただ、誘われた際にレーナから視線を感じたのは気のせいだろうか......。
宿屋は最高級ではないが、かなり良質で、そこそこの商人達の宿泊先となっている。
1階の食堂では宿泊客達が酒盛りをしている声が聞こえる。
笛の音も聞こえる事から、踊り子がいるのかもしれない。
クロキはこれから先の事を考える。
今はヘイボス神からの連絡待ちであるが、明日の夕方頃には返事が来るそうだ。
それまでの間、キョウカの練習に明日の朝から付き合う事になってしまった。
正直に言うとクロキに教えられる事があるとは思えない。
だけど、強くなりたいという熱意に押されて了承してしまった。
自分を倒す者への手助けとなる事に少しだけ後悔する。
そんな事を考えていると誰かが部屋の扉を叩く。
クロキが入るように促すと1人の女性が部屋へと入る。
入って来たのはリジェナであった。
キョウカの世話をする侍女の1人として、アリアディア共和国へと来たのである。
ナルゴルで別れてから随分早い再会に驚きは隠せなかった。
本来ならキョウカの世話をしないといけないのだが、気を遣わせたのだろう。
「旦那様。お久しぶりでございます」
リジェナが頭を下げる。
別れた時と違って侍女の姿だ。
その手には包みと瓶がある。
どうやら食事を持って来てくれたみたいである。
包みを広げるとクロキの推測どおり食事であった。
パンとチーズとナッツに果物。
質素に見えるがパンは高価な白麦で出来ていて、美味しそうであった。
リジェナは包みを広げると部屋にある杯に瓶の中身を注ぐ。
瓶の中身は果実水のようである。
リジェナは杯をクロキに渡す。
受け取ると清涼な香りが杯から漂って来る。
「リジェナ、元気そうで良かった」
「はい。皆様が良くして下さりますから」
「そう。良かった」
シロネ達なら酷い事はしないだろうと思っていたが、予想通りであった。
クロキはリジェナの境遇に安堵し、食卓に着いて食事を取る。
香ばしいパンをちぎりチーズを乗せて食べると、程よい塩気がパンに絡み絶妙な味わいであった。
「旦那様はいつまでこちらにいらっしゃるのでしょうか?」
リジェナがいつまでもいて欲しそうな顔をしている。
だけど、クロキとしてはいつまでもここにいるつもりはなかった。
いつかはナルゴルに戻るつもりである。
しかし、問題が解決しても、しばらくは滞在しても良いかなと思っている。
「いつまでここにいるのかは決めていないけど、問題が解決するまではここにいるよ」
再び夜空を見る。
(クーナはどうしているだろうか?)
そして、クロキはナルゴルに残したクーナの事を考えるのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆後書き☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
しばらく忙しい日々が続き、ようやく再開できました。
中々うまく行かないです(-ω-)
そして、お知らせです。
宝島社様との契約が1年を持って終了という事になりました。
これで自費出版も他社での出版も可能という事になります。
ただwebで続きを書く事以外の活動については未定です。
しばらくはまったりと続きを書いていこうと思います。
ここは元娼婦が経営しているが、他の元娼婦が経営する宿屋と違い、娼館は兼ねていない。
純粋に食事と宿泊を提供している。
街外れであるにも関わらず宿屋の雰囲気は悪くない。
実はこの宿屋、イシュティア神殿の庇護下にある。
イシュティア神殿で育てられた子供は、一定の年齢になると自分で稼いで暮らさなければならない。
職業は何でも良く、娼婦を選ばなくても良い。
娼婦にならなかった女性が働く場所の一つとなっているため、この宿屋には女性の従業員が多い。
しかも、宿泊費が安いため、シズフェ達はアリアディア共和国に滞在する時は利用する事が多い。
その宿屋でシズフェ達は遅い夕食を取っている。
目の前には豆入りの麦粥、焼いた豚のもも肉、野菜のマリネに果物が並べられている。
豚のもも肉のような高価な食べ物は普段頼まないが、今回は特別に注文した。
ノヴィスを励ますためだ。
焼きたての豚のもも肉から漂う香ばしい匂いが食欲をそそられる。
しかし、ノヴィスが立ち直る様子はなく首を垂れたままであった。
「ちょっと、ノヴィス! いつまで不貞腐れているのよ!!」
シズフェは鉄仮面の戦士に負けた事で落ち込んでいるノヴィスを叱る。
「はあ~。そうは言ってもよ、落ち込むぜ。くそっ! まさかあの鉄仮面野郎があんなに強えとは思わなかったぜ」
確かにノヴィスの言う通りであった。
迷宮での立ち回りから強いと感じられたが、ノヴィスが何も出来ずに押さえ込まれてしまうほど鉄仮面の戦士の技は見事であった。
「確かにな、ありゃすげえ戦士だぜ」
「そうだね。光の勇者様や剣の乙女様ならともかく、ノヴィ君が全く敵わないとは思わなかったよ」
ケイナの言葉にマディは同調する。
「ちくしょー! 力なら負けてなかった! 技を磨けば俺が勝つ!」
顔を上げて吠えるノヴィスだが、本当は力でも負けた事に気付いていない。
あくまで技で負けたと思っている。
それはその場にいた全員も同じであった。
「確かに力なら少年が勝っているように見えたな」
「そうですわ。力ならノヴィスさんが勝っていました。」
ノーラの慰めの言葉にレイリアが相槌を打つ。
それを聞いてノヴィスが嬉しそうな顔をする。
「そうだろ! そうだろ! ノーラさんとレイリアさんはわかっているな~!」
「ちょっとノヴィス! 調子に乗らないの!」
調子に乗るノヴィスをシズフェは窘める。
「それにしても、あの鉄仮面の戦士は何者だ? あれほどの戦士がいたなんて知らないぞ」
ジャスティの兄であり、顔見知りでもあるゴーダンは河船から降りた後、暇なのかシズフェ達に同行していた。
今は共に食事を取っているが、鉄仮面の戦士の事が気になるようだ。
「そういや、私も聞いた事がないな。おそらく遠くから来た奴だろうな。あれ程の腕なら有名になっているはずだからな」
麦粥を食べながらケイナも自身の記憶ない鉄仮面の戦士について見解を述べる。
その言葉にシズフェは頷く。
ケイナやゴーダンが知らない所を見ると、あの鉄仮面の戦士は遠くから来たに間違いない。
彼の事が少しだけ気になるシズフェだった。
「それにしても光の勇者様の妹君が教えを乞う程の腕前......。私も気になります」
戦いの女神に仕える司祭であるレイリアにとって、強い戦士は気になるところだろう。
「そうだ! ノヴィ君も彼に技を教わったらどうかな!?」
マディがさも名案のように言うとノヴィスは嫌そうな顔をする。
「ええ~、マディもかよ。シズフェにも言われたけど、俺はどうせなら美女から教えてもらいたいんだ。何とか側に置いてもらうぜ」
ノヴィスの返答にシズフェは頭を抱える。
「何選り好みしているのよ。そもそも、どうやって近づくのよ」
「心配するなよ、シズフェ。シロネ様も俺が役に立つ所を見せれば考えを変えてくれるはずだぜ」
「そうかなあ……」
自身たっぷりに返答するノヴィスにシズフェは首を傾げる。
うまく行くとは思えない。
だけど、ノヴィスの諦めの悪さを知っているのでそれ以上は何も言う気になれなかった。
「役に立つところを見せたいか......。だったら、リザードマンを退治しに行かねえか?」
声がした方をシズフェ達が振り返ると、近くの席に2人男性が立っておりこちらを見ている。
1人は茶色の髪に、頬に傷がある野性味が溢れた中々の顔立ちで弓を背負い、剣を腰に差している。
もう1人は水色の長い髪に女性のように顔が整っており、槍を持っている。
シズフェは2人とも見たことがないが、振舞いから自由戦士なのかもしれない。
声を掛けたのは茶色の髪に頬に傷がある男性のようだ。
「お前はゼファじゃねえか! 何のようだ!!」
突然ケイナが立ち上がり弓を持つ男性を睨む。
「よう、ケイナ。久しぶりじゃないか?」
ゼファと呼ばれた男はケイナに微笑む。
シズフェはゼファと言う名に聞き覚えがあった。
風の勇者。
過去にケイナの仲間だった男性で、女癖が相当に酷いと聞いている。
だからだろうか、あまり良い感じがしない。
「よう、...じゃねえよ! お前、確かケンタウロスに半殺しの目にあったって聞いたが、もう良いのかよ?」
「ぐっ。それを言わないでくれよ、ケイナ……」
ケイナの問いにゼファの顔が険しくなる。
「そういや、いつもいる女達はどうしたんだよ?」
「……」
ケイナの指摘にゼファは顔を背け何も言わない。
「なるほどな。わははっははは。ケンタウロスに負けて愛想を尽かされたのか、いい気味だぜ。これに懲りて、女漁りをやめるんだな」
豪快に笑うケイナと悔しそうなゼファ。
シズフェが自由戦士になる前、2人は仲間であり、一緒に迷宮に入ったりしていたそうだ。
しかし、過去に何があったか知らないが、今はとても仲が悪そうであった。
「もうやめなよ、ケイナ姉。ところで、そちらの人は?」
シズフェはゼファと一緒にいる水色の長い髪の人を見る。
「私は水の勇者ネフィム。御嬢さん、あなたに出会えた事を光栄に思います」
ネフィムと名乗る男性は、シズフェの側に来ると膝を地面につけて手を取る。
「なっ!?」
ネフィムにシズフェの手が握られた事に、ノヴィスが抗議の為にネフィムに近づこうとしたが......。
「あなたが水の勇者ネフィム様ですか? 確かマーマンに負けたとか?」
シズフェに指摘に、ネフィムは「ぐっ!!」と呻き声を出す。
「ぷぷっ」
ノヴィスは歩みを止めたが、笑いを止める事は出来なかった。
「はは……なかなか厳しい御嬢さんだ」
シズフェから手を離すネフィムは平静を装っているが、顔は引きつっていた。
水の勇者。
シズフェはその名も聞いた事がある。
西のセアードの内海で有名な自由戦士だ。
最近はこのアリアディアで名前を売っているらしいが、初めて会った。
「お前が地の勇者ゴーダンだな? 火の勇者がここにいると聞いて来たが、地の勇者も一緒なら話が早い。俺達に手を貸して欲しいのさ。リザードマン退治のな」
ゴーダンの指摘に、ゼファが「ふっ」と笑いながら答える。
「リザードマンを退治? どういう事だ、ゼファ?」
「簡単な話しだぜケイナ。このままやられたままじゃ終われないって事さ」
「なるほどな、仮にも勇者を名乗る者が負けっぱなしじゃ格好がつかないもんな」
ケイナの疑問は、ゼファの悔しさを滲ませた答えに納得する。
ゼファとネフィム。
2人の勇者は、つい最近魔物討伐に失敗している。
その汚名を返上したいのだろうか?
「そうです! 我々は失った名誉を取り戻さなければならないのです!!」
ネフィムが食卓を叩き力強く叫ぶ。
「そうだ! 実はな、最近リザードマン共が拠点にしている場所が見つかったらしいんだ! そこに行って奴らを一掃する! まだ、誰も退治はしていないはずだ!」
ゼファも声を大にして叫ぶ。
「ふーん、なるほどな。誰かに先に倒されたら活躍の機会がなくなるからな。急いでいるってわけか」
ゼファ達の叫びにケイナはお尻を掻きながら相槌を打つ。
「そういう事だ、ケイナ。俺だけで勝てるなら良いが、さすがに心許ない。だったら強い奴を集めて連名で倒すしかないだろう」
ノヴィスとゴーダンを見るゼファ。
ゼファは、火の勇者ノヴィスがこの店に良く来ると聞きここに来たのだと説明する。
ゴーダンも一緒にいたのは運が良かったようだ。
「だから俺達に手伝えと言うのか?」
「そう言う事だぜ、火の勇者ノヴィス。お前は光の勇者の仲間である剣の乙女に良いところを見せたいのだろう? しかし、うまく行ってないようだな。どうだい火の勇者、お前も手伝ってくれないか?」
ゼファがノヴィスを真剣な目で見る。
「確かにな……。それに、シロネ様に俺が役に立つところを見せる良い機会だ。良いぜ、手を貸してやる!!」
ノヴィスは立ち上がり力強く叫ぶ。
「地の勇者ゴーダンよ、お前も来てくれるよな?」
ゼファの問いにゴーダンが力強く頷く。
「ああ、良いだろう。あのリザードマンは協会でも問題になっていた。お前らに付き合ってやるよ」
「ありがとうよ。地の勇者。だが、今日は遅い。明日から動こう。だから皆、今日は充分に休んでくれ」
ゼファの指示に3人の勇者は頷く
「そういう訳だ。シズフェにケイナ姉。リザードマン退治に行くぞ!!」
ノヴィスが笑いながら、こちらを見る。
だけどちょっと待って欲しいとシズフェは思う。
「えっ……私達も行くの?」
呟かずにはいられなかった。
◆
クロキはバルコニーから夜空を眺める。
鉄仮面は外しているので、心地よい夜風が頬を撫でる。
月はとても綺麗であり、ナルゴルで見上げるのと変わらない。
クロキがいるのはアリアディア共和国にある宿屋の1つだ。
レーナが宿泊している神殿ではなく、シロネ達が宿泊する商人の館とも違う。
シロネやキョウカから一緒に泊まってはどうか誘われたが、遠慮した。
ただ、誘われた際にレーナから視線を感じたのは気のせいだろうか......。
宿屋は最高級ではないが、かなり良質で、そこそこの商人達の宿泊先となっている。
1階の食堂では宿泊客達が酒盛りをしている声が聞こえる。
笛の音も聞こえる事から、踊り子がいるのかもしれない。
クロキはこれから先の事を考える。
今はヘイボス神からの連絡待ちであるが、明日の夕方頃には返事が来るそうだ。
それまでの間、キョウカの練習に明日の朝から付き合う事になってしまった。
正直に言うとクロキに教えられる事があるとは思えない。
だけど、強くなりたいという熱意に押されて了承してしまった。
自分を倒す者への手助けとなる事に少しだけ後悔する。
そんな事を考えていると誰かが部屋の扉を叩く。
クロキが入るように促すと1人の女性が部屋へと入る。
入って来たのはリジェナであった。
キョウカの世話をする侍女の1人として、アリアディア共和国へと来たのである。
ナルゴルで別れてから随分早い再会に驚きは隠せなかった。
本来ならキョウカの世話をしないといけないのだが、気を遣わせたのだろう。
「旦那様。お久しぶりでございます」
リジェナが頭を下げる。
別れた時と違って侍女の姿だ。
その手には包みと瓶がある。
どうやら食事を持って来てくれたみたいである。
包みを広げるとクロキの推測どおり食事であった。
パンとチーズとナッツに果物。
質素に見えるがパンは高価な白麦で出来ていて、美味しそうであった。
リジェナは包みを広げると部屋にある杯に瓶の中身を注ぐ。
瓶の中身は果実水のようである。
リジェナは杯をクロキに渡す。
受け取ると清涼な香りが杯から漂って来る。
「リジェナ、元気そうで良かった」
「はい。皆様が良くして下さりますから」
「そう。良かった」
シロネ達なら酷い事はしないだろうと思っていたが、予想通りであった。
クロキはリジェナの境遇に安堵し、食卓に着いて食事を取る。
香ばしいパンをちぎりチーズを乗せて食べると、程よい塩気がパンに絡み絶妙な味わいであった。
「旦那様はいつまでこちらにいらっしゃるのでしょうか?」
リジェナがいつまでもいて欲しそうな顔をしている。
だけど、クロキとしてはいつまでもここにいるつもりはなかった。
いつかはナルゴルに戻るつもりである。
しかし、問題が解決しても、しばらくは滞在しても良いかなと思っている。
「いつまでここにいるのかは決めていないけど、問題が解決するまではここにいるよ」
再び夜空を見る。
(クーナはどうしているだろうか?)
そして、クロキはナルゴルに残したクーナの事を考えるのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆後書き☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
しばらく忙しい日々が続き、ようやく再開できました。
中々うまく行かないです(-ω-)
そして、お知らせです。
宝島社様との契約が1年を持って終了という事になりました。
これで自費出版も他社での出版も可能という事になります。
ただwebで続きを書く事以外の活動については未定です。
しばらくはまったりと続きを書いていこうと思います。
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コメント
ノベルバユーザー418803
作品いつも楽しく読ませていた抱いています。できればなのですが一人称視点を増やすことは可能ですか?
眠気覚ましが足りない
アリアディアの宿屋より修正報告を追加します。
この宿屋には女性の店員が多い。
↓
この宿屋には女性の従業員が多い。
宿泊施設を指して店舗とはあまり言わないので店員は不適当かと。
眠気覚ましが足りない
アリアディアの宿屋より修正報告を。
「いつまでここにいるのかは決めていないよ。問題が解決するまではここにいるよ」
↓
「いつまでここにいるのかは決めていないけど、問題が解決するまではここにいるよ」
この「 」内は前半と後半で意味的には逆のことを言っているので、逆接の接続詞が必要です。
トラ
更新楽しみにしてました!
無理しない範囲でお好きにされてください、応援してます!
ナットです。タイにいます。
Need more erofu!!