暗黒騎士物語

根崎タケル

魔物と勇者

 早朝アリアディア共和国から他国へと向かう船の上。
 1人の男が船首に立ち前を見ている。
 男の髪は深い青色で、肌は少し日に焼けている。
 男は右手に三叉槍を持ち、上半身は鎧を身に付けず裸で、その肌は露わになっている。
 細い体だが、鍛えられている事がわかる。
 そして、整った顔立ちは女性の目を引くだろう。
 男の名はネフィム。
 水の勇者と呼ばれる者だ。
 そのネフィムに誰かが近付いて来る。

「あの、本当に大丈夫なんでしょうか?水の勇者ネフィム様」
「心配はいりませんよ、船長殿。マーマン程度怖れるに足りません」

 船長が心配そうにネフィムに聞く。

「あなたねえ。ネフィム様が信用できないの!?」
「そうよそうよ」

 ネフィムの旅の仲間である彼女達が、船長に怒る。

「まあまあ、2人とも船長殿が心配するのもわかりますよ。すでにいくつもの船が醜悪なマーマンによって襲われているのですから」
 
 ネフィムは彼女達をたしなめる。
 本来ならマーロウと呼ばれる種族は、西のセアードの内海にしかいない種族だ。
 この種族は男と女で姿がかなり変わっている。
 女性のマーロウはマーメイドと呼ばれ上半身が美しい人間の女性で、下半身が美しい魚になっている。
 それに対して男のマーロウはマーマンと呼ばれ醜悪な姿をしている。魚のような頭に人間の体を持ち、手足にはヒレがあり、そして全身が鱗で覆われている。
 私もセアードの内海にいた時は何度も見たが、見ただけで吐き気がするほど醜かった。
 マーマンとマーメイドは同じマーロウと呼ばれる種族だが、互いに仲が悪い。
 マーメイドは醜いマーマンを嫌い。マーマンはそんなマーメイドを嫌う。
 そしてマーマンは人間の敵対種族である。
 セアードの内海ではマーマンの海賊に沈められた人間の船は多い。
 すでにこのアリアド湾でも2隻の船が襲われている。船長が心配するのも当然だろう。

「さすがネフィム様」
「度量が大きいです」

 女の子達がネフィムを誉める。
 女の子達はネフィムの仲間で、本当は3人いたのだが、1人はネフィムの子を孕んでしまい、休養中である。

「船長殿。安心しなさい、この水の勇者であるネフィムがついているのです。私は過去にマーマンと何度も戦った事があります。彼らは怖れるにたりません。それに私の他にも自由戦士が何人か付いてくれているのです。何を怖れる事がありましょう」
「ははっ、そうですな」

 船長は笑うがまだ不安そうである。
 それでも商売のために船を出さねばならないのが辛い所だ。
 船が進む。
 船の動力はゴブリンの奴隷によるオールである。太鼓に合わせて漕がれる。
 その様子を見てネフィムは驚きの声を出しそうになる。
 ネフィムの生まれ故郷であるセアードの内海でもオールで進む船があるが、漕ぎ手がこんなに多いのは初めて見るからだ。
 漕ぎ手が多いためか船の速度が速い。

(これならマーマンに出会わずに目的地に着くかもしれない。もっともそうなったら私が困る。マーマンと戦うためにここに来たのだ。船長には悪いがこの船を襲撃してもらわなくてはな)

 ネフィムはそんな事を考える。
 そして、どうやら願いはかないそうであった。

「船長殿!!」

 危険な気配を感じ、急いでネフィムは船長を呼ぶ。

「どうなされたのですか? 水の勇者殿」
「来ました! 急いで戦闘準備を戦士達は武器を取りなさい!!」

 そう言ってネフィムも自分の武器である三叉槍と投げ網を取る。

「えっ、どこにですか?」

 船長や船員に自由戦士達が身を乗り出して海を見る。

「愚か者! 身を乗り出してはいけません!!」

 ネフィムは警告するが遅く、船が大きく揺れる。

「うわあ!」
「ああああ!!」
「落ちるう!!」

 船長や船員、自由戦士達の何人かが海に落ちてしまう。

「来ます! 残った者は警戒をしなさい!!」

 ネフィムが叫ぶと水しぶきを上げて何者かが甲板の上へと上がって来る。
 予想通りマーマンである。
 その数は7。
 それに対してこちらの数は11。
 数では勝っているが、自由戦士達は船が揺れているためか体がふらふらしている。
 それに対してマーマンはしっかりと甲板の上に立っている。
 状況はネフィム達の方が不利であった。
 そして、戦闘が始まる。
 自由戦士達が応戦するが、船が揺れているためかうまく動けないようなので次々と打ち取られる。

「くっ! これしきの揺れで! これだから陸の者は頼りにならない!!」

 ネフィムは甲板の上を移動する。3匹のマーマンが剣を掲げて襲ってくるが、網を投げて、動きを封じる。そして、動けなくなった所を槍で突く。

「ネフィム様!!」

 ネフィムを呼ぶ声。
 ネフィムは声をした方を見ると女の子達が襲われている。
 槍の柄を甲板にひっかけて飛び一気に距離を稼ぐ。
 そして、彼女達を襲う2匹のマーマンを突き刺す。

「大丈夫ですか?!」
「はい、ネフィム様」
「大丈夫です」

 女の子達は元気に返事をする。

「おめえ。やるでねえが」

 ふいにネフィムの後ろから声がする。
 そこには1匹のマーマンがいる。

「ふっ。マーマンごときに遅れをとるはずがありません」

 そう言ってネフィムは目の前のマーマンを観察する。
 そのマーマンは他のマーマンに比べて体格が良い。そして体中に傷がある。

「おい、色男。もしや、おめいはトリトンだか?」

 ネフィムを見てマーマンが言う。

「そうですよ、私はトリトン族の網戦士レティアリイ。陸の者達とは一味違いますよ」

 ネフィムはそう言って三叉槍をマーマンに向ける。
 ネフィムはマーマンの言う通りトリトン族の出身だ。
 トリトン族は海王トライデンを信仰する戦士とマーメイドとの間に生まれた男子を祖とする種族だ。
 人間と見た目は変わらないが、海の中でも行動することができる能力がある。
 マーメイド達の騎士にして恋人だ。
 そして、マーマンはトリトン達の敵である。彼らはマーメイドを凌辱するために襲う。
 トリトン族はそれを防ぐために戦ってきた。
 ネフィムもセアードの内海にいた頃は海馬ヒポカンパスに乗ってマーマンと戦っていた。

「そうか、ならおめえはおでが倒すだ!!」

 マーマンは腰の2本の曲刀を抜く。そして構える。

(中々、手強そうですね。網を使うのが早すぎました……)

 ネフィムはマーマンの構えを見て、そんな事を考える。
 投げ網レテは既に他のマーマンに使ってしまったので、すでにない。
 水の魔法はマーマンには効果が薄い。
 仕方がないのでネフィムは槍を構える。
 三叉槍はネフィムが仕える海王トライデンが持つ武器と同じである。
 トリトン族として生まれたネフィムは、父親から槍の手ほどきを受けた。
 ネフィムには才能があったのだろう。他のトリトンよりも遥かに強くなった。
 そして、ネフィムは陸に興味を持ち、海を離れて旅をした。
 水の魔法と槍に長けたネフィムはやがて、水の勇者と呼ばれるまでになり、色々な強敵と戦った。
 そして槍の研鑽を積みネフィムはさらに強くなった。

(その私がマーマン程度に何を怖れる事があろうか?)

 ネフィムはそう考え自らを鼓舞する。

「ふん、あなたのような蛮族に私が負けるわけがないでしょうに」
「おでを蛮族と呼ぶでねえ!!」

 マーマンが咆える。

「だったら下着ぐらい身に付けたらどうです? 婦人の前ですよ。その見苦しい物を隠しなさい!!」

 マーマンは服を着ないため、下半身の醜い物が丸出しでぶらぶらしている。

(この私よりも立派な物を持つとは、マーマンのくせになまいきな!)

 ネフィムは改めてこの下品な種族を抹殺しなければならないと思う。
 マーマンが襲ってくると、ネフィムは槍を繰り出す。
 それをマーマンは剣で受ける。
 槍を引くタイミングに合わせてマーマンは距離を詰めようとする。
 だが、ネフィムはそんな事はさせない。マーマンが踏み込む瞬間を狙って足を狙う。
 足を狙われたマーマンは咄嗟に避けて後ろに下がる。

「やるだな、おめえ。強ええでねえか」
「こう見えても陸の上で様々な魔物と戦ったのですよ。今更あなたごときに負けるはずがないでしょう」
「そうだが。だがおめえはおでには敵わねえだよ」

 マーマンは双刀を構えると前屈の姿勢を取る。

(突っ込んでくる気か? ならば串刺しにしてあげよう)

 ネフィムは油断なく槍を構える。
 その時だったマーマンが曲刀の1つをこちら投げる。
 曲刀は回転しながらこちらに向かって来る。

「くっ!!」

 咄嗟に槍を上げて曲刀をはじく。
 ネフィムは相手を見る。
 マーマンは身を低くし、甲板の上すれすれの所を猛烈な速さでこちらに向かって来ている。おそらく曲刀を投げると同時に動いたのだろう。

「何の!!」

 ネフィムは急いで槍を構えなおすと相手に向けて突き出す。
 しかし、マーマンは体を回転させて槍を躱す。槍は空しく甲板を貫く。
 急いで槍を甲板から引き抜こうとするがうまく抜けない。

「ぐわっ!!」

 ネフィムは突然に右足に焼け串を当てられたかのような痛みが走る。
 見てはいないが何をされたのかわかる。間違いなく斬られた。
 続けて両腕に鋭い痛みが走る。
 そしてそのまま倒れ込む。

「「ネフィム様!!」」

 女の子達の悲痛な叫び。

「勝負あっただな、色男」

 マーマンはそう言ってネフィムの顔を踏みつける。

「ぐう……」

 顔を踏みつけられてネフィムは呻き声を出す。

「おめえのメスは、おでがもらってやるだよ。そこで見てるだよ」

 マーマンがいやらしく笑う。
 ネフィムが顔を横に向け女の子の方を見ると怯えている。

「逃げるんだ……」

 ネフィムは呻くように声を出すが、どうにもならない。
 この海の上では人間の娘は逃げられないだろう。
 歯ぎしりするしかなかった。






「ぐふふふふ。やってやっただ」

 マーマンのロリコンはぐふふと笑う。
 先程、水の勇者を名乗る。いけ好かないトリトンからメスを奪ってやったのだ。
 ロリコンはそのメスの2匹を水泡に入れて海の中を進む。
 水の勇者など敵ではなかった。
 陸の魔物達と戦ったと言っていたが、どうせぬるい戦いしかしていなかったのだろうと思う。

(闘技場で生きるか死ぬかの戦いを強いられていた、おでの敵ではない)

 ロリコンは捕らわれていた時の事を思い出す。
 闘技場は地獄だった。
 嫁を探しに陸に上がった途端に人間共に掴まり、闘技場送りになった。
 闘技場では相手を殺さなければ生きる事が出来ない。
 我武者羅に戦い、何とか生き残った。
 その闘技場での戦いに比べれば水の勇者との戦いなどぬるくて仕方がない。
 勇者だけではない。人間のオス共は皆弱かった。
 このアリアド湾ではロリコンは最強である。
 こんな幸運をあたえてくれた自らが崇める海神ダラウゴンに感謝する。

「くく。この海をおでの王国にしてやるだよ」

 ロリコンは人間共に復讐し、メス共を攫い王国を作る事を誓う。
 そして、薔薇色の未来を想像して笑う。
 水泡の中のメスを見る。
 巨大な水泡の中で2匹のメスはぐったりしているが生きている。
 このメス共で丁度10匹目である。
 程なくして海底にある自らの巣が見えてくる。
 それはアリアド湾の中心に作った巨大な水泡である。
 人間のメス共は海の中では息ができない。
 だから巨大な水泡を作りその中に空気を入れて飼う。そして、子を産ませる。
 やがてこの海はマーマンでいっぱいになるだろう。
 水の勇者にやられて仲間が減ったが問題ない。すぐに増える。

「さあ、メス共。今帰っただよ」

 ロリコンは水泡の中の巣の中を見る。
 しかし、返事がない。
 そこで異変に気付く。メス共がいない。
 いるのは知らない人間のメスだ。
 人間のメスは笑いながら近づいて来る。
 まだ少女と言ってよい顔つきだ。
 しかし、その笑みは妖艶だった。
 ロリコンは少女に見惚れる。ここにいたメス達が束になっても敵わない程綺麗な少女だ。

「ごめんね、おじさん。ここにいる子達はリノがみんな逃がしちゃった。でもいいよね、おじさんはリノが相手をしてあげるんだから」

 リノと名乗る少女は悪戯っぽく笑う。

「おめが相手をしてくれるだが?」

 ロリコンは少女をなめまわすように見る。
 胸の膨らみは足りないが、少女の伸びやかな肢体は充分に情欲を誘う。

「いやらしい目だね、おじさん。股間のちっさいのが上を向いているよ。チユキさんは嫌いみたいだけど、リノはその目で見られるの嫌いじゃないんだ。だってリノがそれだけ魅力的って事だもの」

 少女の蠱惑な笑みに、ロリコンは下半身に血が流れるのを感じる。
 確かに少女は魅力的だった。
 ロリコンはこの少女がいれば他のメスはいらないかもしれないとも思ってしまう。


「ああ、おめはとても魅力的だ。おめが相手してくれるなら他のメスはいらねえ」
「そう、じゃあその子達はリノが預かるね」

 少女がそう言った時だった。抱えていた水の勇者のメス達が少女の方へと引っ張られる。その力は強く、ロリコンは手を離してしまう。
 2匹のメスの状態を確認すると少女は笑う。
 無邪気な笑みだが、どこか怖ろしかった。

「それじゃ。やろうか、おじさん」

 少女がそう言うと、水泡のドームが割れて一気に海水が流れ込む。

「まさか!? おでと戦うつもりだが!?」
「そうだけど、おじさん」
「人間のメスっ子がおでに敵うわけねえだで。このままだとおめは死んじゃうだで」

 折角の少女に死なれてはまずい。
 ロリコンは急ぎ少女の所に行こうとする。
 だけど、流れが速くて近づけない。

「大丈夫だよ、おじさん。リノは海の中でも息ができるから。それよりもおじさんは自分の事を心配した方が良いよ」

 少女が言うとロリコンは強い流れで体の自由が効かなくなる。

「馬鹿な! おでが流れにのまれるなて!!」

 ロリコンは思わず叫ぶ。
 なぜなら、こんな事は初めてだったからだ。
 そして、ロリコンは流れの中に黒い巨大な影を見る。

「なんだ、あれは!!?」
「リノの友達を紹介してあげるね。海の上位精霊のカリュブディスちゃんだよ。彼女の大渦潮メイルシュトロームに耐えられるかな、おじさん?」

 少女が笑う。
 ロリコンはその笑みが怖ろしかった。
 少女はとんでもない魔女だったのだ。すぐに逃げるべきだったと後悔する。
 流れが渦を巻き始める。

「待つだ! やめでげろ!!」

 ロリコンは少女に懇願する。
 しかし、その声は届かない。体が軋む。骨が折れるのを感じる。
 全身がこのまま砕ける程の力だ。
 激しい痛みの中、ロリコンは意識が暗い海の中へと沈んでいくのを感じた。





 早朝アリアディア共和国から他国へと複数の馬車が向かう。
 1人の男がその先頭の馬車の中から前を見ている。
 男の髪は黒で、肌は少し日に焼けている。
 男は右手に長い弓を持ち、上半身は革鎧を着ている。
 細い体だが、むき出しの腕を見れば、鍛えられている事がわかる。
 そして、整った顔立ちは女性の目を引くだろう。
 男の名はゼファ。
 風の勇者と呼ばれる者だ。
 そのゼファに馬車の中で誰かが声を掛ける。

「あの本当に大丈夫なんでしょうか? 風の勇者様」
「心配はいらねえよ。商人の旦那。このゼファ様が付いてるんだぜ」

 隊商を率いる商人が心配そうにゼファに聞く。

「あなたねえ。ゼファ様が信用できないの!?」
「そうよそうよ」

 旅の仲間であるゼファの彼女達が腕を信じない商人に怒る。

「まあ待ちな、2人とも商人の旦那が心配するのもわかるぜ。すでに旅の商人が何人もケンタウロスに襲われているからな」

 ゼファは笑う。
 本来ならケンタウロスは、このミノン平野にはいない種族だ。
 殆ど馬だが、馬の首に当たる所が人間の上半身になっている。
 ゼファは今まで会った事はないがケンタウロスは全員が弓の達人らしいと聞いている。
 何でもこの地域の国々の騎士達が1匹も倒せずにやられまくっているらしい。ケンタウロスの数は少ないと言うのに何てざまだと思う。
 だが、この風の勇者と呼ばれるゼファも弓には自信がある。
 襲ってくるなら返り討ちにしてやると意気込む。

「さすが、ゼファ様」
「度量が大きいです」

 女達がゼファを誉める。
 女達はゼファの仲間だ。
 本当は3人いたのだが、1人はゼファの子を孕んでしまい。休養中である。

「旦那、安心しな。この風の勇者であるゼファが付いているんだぜ。ケンタウロスは弓の達人かもしれないが、俺の弓の方が上だ。奴らは怖れる必要は無い。それに俺の他にも自由戦士が何人か付いているんだ。何を怖れる必要があるんだ」
「ははっ、確かにそうですな」

 商人はそう言っているがまだ不安そうである。
 このあたりは魔物が少なかったのが急に増えたのだ心配するのも無理のない事であった。
 その時、一陣の風が吹く。
 どうやら来たようだとゼファは気を引き締める。

「旦那!!」
「どうしました、風の勇者殿?」
「来たぜ、ケンタウロスだ! こちらに来ている! 自由戦士達は武器を取れ!!」

 ゼファはそう叫ぶが商人も他の自由戦士も戸惑う。
 彼等にはわからないのだ。だが、風の力を持つゼファにはケンタウロスが近付くのがわかる。

「そうは言ってもよ、ケンタウロスなんか見えねえぜ」

 自由戦士の1人が荷台に乗って周りを見る。まったく見当違いの方向だ。
 どうやら頼りにならないみたいだとゼファは溜息を吐く。

鷹の目ホークアイ!!」

 こちらも荷台に乗って能力を発動する。
 北西の方向からケンタウロスの集団がこちらに向かって来ている。
 この隊商に気付いている所からゼファと同じ能力を持つ者がいるようであった。

「近づかれるとマズイな」

 ゼファは矢を取り構え弓を引く。

「風よ、矢を運び敵を貫け!!」

 魔法を発動させて天に向けて矢を放つ。
 矢は真っ直ぐにケンタウロスの所に飛んで行ったはずだ。これで1匹は倒せただろう。

「何っ!!」

 しかし、鷹の目を発動させたゼファにははっきりと見えた。

「俺の矢を射落しただと……」

 ケンタウロスの1匹が矢を放ち。ゼファが放った矢を射落したのである。
 特別に魔法を使ったような感じではなかった。魔法なしでゼファの魔力を込めた矢を落したのである。
 そして2本目の矢を放とうとしている。

「まずい、逃げろ!! あいつらは俺よりも強い!!」

 ゼファは今の矢のやり取りで理解する。
 ケンタウロス達の弓の腕はゼファより上であった。

「ぐはっ!!」

 ゼファの横にいた自由戦士が矢に射られて倒れる。

「まずいな……」

 ゼファは矢を構え魔法を発動させる。魔力には限界がある。先程の一射は何度も撃てない。
 ケンタウロスは近づく。
 周りの自由戦士達が倒れて行く。相手の方が速い。逃げられない。

「くそが……」

 歯ぎしりするがどうにもならなかった。





「ふん、人間が我らケンタウロスに敵うわけがないだろうが」

 ゼファ達を襲ったケンタウロス達のリーダーであるヒトヅマスキは笑う。
 そして、先程の人間共の事を思い出す。どれもこれも弱い奴らだった。
 唯一風の勇者とか言う人間のオスは少しはやるみたいだったが、それでもケンタウロスの勇者であるヒトヅマスキの敵ではない。

「我らケンタウロスの神であるサジュタリス様は弓神と呼ばれている。その我らに弓で挑むとは愚かな」

 ヒトヅマスキは悔しそうな顔をしたゼファの顔を思い出す。
 人間がケンタウロスに弓で勝てるわけがない。
 人間は壁を作らなければ、ケンタウロスに対抗する事ができない。
 さすがのケンタウロスも人間の作った壁を越える事はできない。
 だが平原で正面から戦えば、必ずケンタウロスが勝つのである。
 あの隊商を守っていた人間のオス共は全員倒した。
 そして、ヒトヅマスキとその仲間のケンタウロスは食い物と女を攫い、移動している最中であった。

「ふん! まったくだな、ヒトヅマスキ! 人間は我らケンタウロスの風下に立っていれば良いのだ!」

 ヒトヅマスキの仲間が笑う。
 ヒトヅマスキらは元々は中央山脈を越えたキソニア平原に住んでいた部族だ。
 だが、そこで敵対する同じケンタウロスの部族に負けて人間共に売られた。
 同じケンタウロスであるにも関わらず、人間と仲良くして同族を売る。
 ヒトヅマスキはその事を考えると怒りでどうにかなりそうになる。
 人間は我らケンタウロスの獲物にすぎないというのにだ。
 その部族の事を思い出すと、必ず復讐してやると誓う。
 だが、そのためには一族を増やさなければならないだろう。
 だから、女を攫い子を産ませ一族を増やす。そして、キソニアに帰り奴らを皆殺しにする。
 幸い、このミノン平野にはケンタウロスの敵になるものはいない。うまくいくはずであった。
 その時だった。ヒトヅマスキは空から何かが飛んで来るのを感じる。
 この感じはキソニアに居た時にも感じたものであった。

「ヒトヅマスキ! この感じは!!」
「わかっている! メスと荷物を捨てて森まで走れ!!」

 ヒトヅマスキの予感が正しければ空から我らの天敵が来ている。
 だから、急いで走る。

「ぐわっ!!」

 突然仲間の1人が倒れる。
 倒れた者を見る。深い傷だ。これでは走る事はできない。
 空を見上げる。

「グリフォンだ! 皆弓を取れ!!」

 今は遠くにいるがヒトヅマスキが目ならば見る事ができる。
 鷲の上部に獅子の下部をした獣、間違いなくグリフォンであった。

「しかし、なぜここにグリフォンが?」

 ヒトヅマスキは首を傾げる。
 聞く所によればこの平野にはグリフォンは来ないはずであった。
 今グリフォンは遠くにいる。だが、グリフォンの翼ならばこの距離など一瞬だ。
 一族の者達が弓を引き矢を放つ。しかし、遠すぎて届かない。
 だから、グリフォンがこちらに向かって来た時に矢を放つしかない。
 グリフォンがこちらに向かって来る。

「くそが!!」

 ヒトヅマスキは矢を放つ。しかし、グリフォンから放たれる風圧により矢が弾かれる。

「ぐわっ!!」

 グリフォンが高速で通り過ぎた後には仲間が1人やられている。
 キソニアでも同じことがあった。
 そして、一瞬だがグリフォンの背に誰かが乗っているように見えた。

「駄目だ、ヒトヅマスキ!」

 仲間の悲痛な声。
 グリフォンは強い。
 そして、グリフォンはケンタウロスよりも速い。だが一か八か逃げるしかない。
 急いで逃げる。森を探して入ればグリフォンでも手出しはできないはずである。

「ぎゃ!!」
「げっ!!」

 ヒトヅマスキが走る後ろから仲間の悲鳴が聞こえる。
 だが、気にするわけにはいかない。このままでは全滅である。
 そして、後ろから声が聞こえなくなる。
 ヒトヅマスキが後ろを見ると仲間は誰もいない。

「もうお兄さんだけっすよ」

 頭上から声が聞こえると、ヒトヅマスキは誰かが降りてくる気配を感じる。
 そして、振り向くと1人の少女が我の背に立っている。

「猫……人?」

 可愛らしい少女だが、その少女には尻尾が生え、耳は猫の耳のようである。人間ではない。

(確か南の大陸にスフィンクス族という獅子と人間を混ぜた種族がいたはずだ。この娘もそうなのだろうか?)

 ヒトヅマスキは少女を見てそう思う。

「いえ、このナオさんは人間っすよ。こんな姿なのは獣化ビーストモード状態になってるからっすよ。この状態になるとナオさんは少しワイルドになるっすよ」

 少女が楽しそうに笑う。

「もしかして、あのグリフォンを操っていたのはお前か?」
「もちろんっす!」

 その少女の言葉を聞くと急ぎ弓を構え矢を放つ。

「おっと!!」

 しかし、少女は目にもとまらぬ速さで矢を掴む。

「馬鹿な……。飛ぶ矢を掴むなんて」
「もうしわけないっすけど、お兄さんのへろへろ矢じゃ、このナオさんは倒せないっすよ」

 そう言って掴み取った矢をへし折る。
 ヒトヅマスキは悲鳴を上げそうになる。この少女は化け物であった。

「我をどうするつもりだ……」
「もちろんこのままアリアディアに引き渡すっすよ」
「取引がしたい……。お主の配下になろう。だから奴らに引き渡すのはやめてもらいたい」

 だが少女は首を振る。

「駄目っすよ。お兄さんが捕まった理由は調べ済みっす。キソニア平原では人間の女の子相手に酷い事をしまくったらしいっすよね。あれは少しやりすぎっすよ。だからお兄さんには罰を受けてもらうっす」
「罰だと。なぜ我が罰を受けねばならぬ。弱い者が喰われるのは当然だろう」

 弱肉強食それがこの世の摂理だ。なぜそれが悪いのか?
 ヒトヅマスキは当然の事を口にする。
 だが、それを聞いた少女の目が一瞬だけ暗くなる。

「確かにそうっすね……。弱者には何でもやって良いっすよね~♪ おもちゃにしても許されるっすよね~♪」

 少女は楽しそうに笑う。
 だが、ヒトヅマスキはその笑みから何か怖ろしいものを感じる。

「じゃあ、お兄さんよりも強者のナオは何をやっても良いっすよね♪」

 そう言って少女はヒトヅマスキの顔を踏む。
 そして、そのまま力を込めて来る。
 獣の足の爪がヒトヅマスキの顔に食い込む。

「待て!!やめ……」

 何かが折れる音が聞こえる。
 ヒトヅマスキの意識が闇に沈む。そして、2度と浮かび上がる事はなかった。

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コメント

  • 黒剣

    モブの名前がwww

    1
  • 眠気覚ましが足りない

    レイジ一行、光以外の勇者達、各魔物の一番強い奴、
    彼らのパラメータなどは今後開示されますでしょうか?

    3
  • 根崎タケル

    4章続きを更新しました。
    中々先に進まないです……。;つД`)

    2
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