暗黒騎士物語

根崎タケル

吟遊詩人1

「あの女達は厄病神だな、本当に。こんなのを連れ込むなんてよ」

 台車に乗せられた人狼を見て、マキュシスが不平を言う。
 オミロスとマキュシスは台車で人狼を運んでいる。
 人狼は鎖で体を拘束され動けなくされている。
 最初はアルゴアでもっとも堅固な建物である、貯蔵庫に閉じ込めていたのだが、貯蔵庫の管理者から出来れば他に移して欲しいと言われて別の場所へと移している途中だ。
 アルゴアには牢屋に当たる物がない。
 牢屋に閉じ込めるぐらいなら死刑にするか追放にするからだ。
 しかし、一時的に監禁する場所なら一応ある。だけど、そこは人間を閉じ込める事は出来ても人外を閉じ込めるには適さなかったりする。

「そんな事を言うべきじゃないよ、マキュシス。彼女は女神様に愛されし勇者様の妹君なのだから」

 オミロスは不平を言うマキュシスを窘める。
 アルゴアでもっとも信仰されているのは知恵と勝利の女神レーナだ、その女神様に寵愛されし勇者の妹君にも敬意を払うべきであった。
 また、その勇者と敵対したことでキュピウスがアルゴアの人達から支持を失った事が、内乱の火種の1つになっている。
 オミロスとしては争いの火種を増やしたくない。

「そうは言ってもよ、オミロス。あの女達がアルゴアに来たせいで、暗黒騎士にオーガがここに来るんだぜ。下手をするとアルゴアは滅びるかもしれねえぜ」

 マキュシスが言いたい事はオミロスもわかる。
 この2つの内の1方だけでもアルゴアは滅びかねない程の脅威である。

「マキュシス。僕たちはアルゴアの戦士だ。暗黒騎士やオーガを怖れてどうするんだい」
「そうは言ってもよ……」
「心配するなよ、マキュシス。それに彼女達がなんとかしてくれるさ。見ただろう?彼女達の1人がミュルミドンを簡単に倒すのをさ……。マキュシス、君はその場にいなかったから知らないだろう
が、その彼女が言うにはオーガぐらいならなんとかなるそうだ」

 つい先程まで勇者の妹達はオミロスの父であるモンテスと謁見していた。
 その時にカヤとか言う女性が父にそう言った事をオミロスは思い出す。

「そうか……。ならこれに関してはこれ以上は何も言わねえが、リジェナの事だけはまた別だぜ」

 マキュシスのその言葉にオミロスの心が暗くなる。

(やはりだめなのか。もうリジェナを守る事はできないのだろうか?)

 オミロスはそう思うと悲しかった。
 マキュシスだけではない。皆がリジェナを疎んでいる。
 キュピウスの手により多くの人が死んだ。直接手を出してはいないとはいえ、その娘のリジェナもまた皆の仇なのだ。
 リジェナはアルゴアにいない方が良いのかもしれないとオミロスは考えてしまう。
 オミロスはリジェナと再び出会えて本当に嬉しかった。
 再び元のように戻れるのではないかと夢想して、次に暗黒騎士の事を考える。
 リジェナを助けた暗黒騎士はとても優しかったらしい。
 同じ人間がリジェナを殺そうとして、ナルゴルの暗黒騎士がリジェナを助ける。
 何という皮肉なのだろうとオミロスは思う。
 だけど、リジェナに不幸になって欲しくはない。だから決断をしなくてはならなかった。

(暗黒騎士はどこにいるのだろう?リジェナを取り戻すために、すでにこのアルゴアの近くに来ているかもしれない)

 オミロスがそんな事を考えていると目的の場所に着く。
 そこは一軒の空き家である。元は砦の外壁だったところを改修して家にされた所だ。
 そして、キュピウスの一族の家だった所でもある。この家は内乱で唯一無事であり、捕えられたリジェナも一時ここに拘束されていたらしい。
 この家の木製の突き上げ窓は板で打ち付けられ、2か所あった出入り口の1つも板で塞がれている。
 人間ならともかく、人狼を閉じ込めるには少し不安があるが、他に拘束する場所は無い。とりあえずはここに人狼を置くしかないだろう。

「おや、若君じゃないですかい。また誰かを入れるんですかい?」

 この家の前に立つ者に声を掛けられる。この家の見張りである。
 オミロスはなぜ見張りがいるのだろうと疑問に思う。
 そして、先ほどの発言も気になった。

「また?」

 オミロスは見張りに聞く。

「ああ、すまねえ。言ってなかったな」

 答えたのは見張りではなくマキュシスだ。

「お前さんが、おじさんの所に勇者の妹達を連れて行っている間に怪しい奴を捕えたんだよ」

 その情報はオミロスにとって初耳である。

「何でも、ミュルミドン達の様子を見に外に行った奴らが偶然見つけたみたいでな。ここからかなり南にあるロクス王国から来たらしいんだ」
「ロクス王国? あんな遠い所から? 一体何をしに来たのだろう?」

 オミロスもロクス王国の事は知っている。過去に1度立ち寄った事がある。そこからここまでかなりの距離がある。

「本人はただの旅人だと主張しているけどな。状況が状況なだけに拘束させてもらった」
「なるほど」

 オミロスは頷く。
 マキュシスの言うとおり、今は緊急事態である。暗黒騎士とオーガが攻めてくるかもしれないので皆戦々恐々としている。
 そして、今拘束している者もエチゴスとかいう者のように手先になっているかもしれない。だから、拘束したのだろう。

「そうか……どんな人なんだ。吟遊詩人か?」

 吟遊詩人は試曲を作り、各地を訪れて歌う人の事だ。
 娯楽が少ないアルゴアでは吟遊詩人は歓迎される。こんな状況じゃなければ拘束されなかっただろう。運が悪い。

「ああ、本人も自分は吟遊詩人だと名乗っていたぜ」

 代わりに答えたのはマキュシスだ。

「荷物を検査したら壊れているけど、楽器も持っていたしな。ああ、そうだ。他にすげえ物を持ってたんだ」

 マキュシスはそう言うと見張りの横に置いている物を手に取る。

「ほら、見てみろよそれ」

 オミロスはマキュシスが差し出した物を手に取る。

「盾?」

 それは円形の盾だった。
 所々に宝石が埋め込まれ模様があり、かなり高価な物に見える。
 そして、ある事に気付く。

「これは……。もしかして、魔法の盾かっ!!」

 オミロスは驚く。
 盾は外からの光を反射しているわけでもないのに、ほのかに輝いている。
 確かにすごい物だ。魔法の道具なんて簡単に手に入る物ではない。
 キョウカ様達が持っている物に比べれば見劣りするが、それでも珍しい物だ。
 魔法の武器防具は人間には作る事ができず、ドワーフに作ってもらうしかない。そのドワーフでも材料が無ければ魔法の武器防具を作る事ができない。そのため、魔法の武器防具を持つ事が出来る者は少ない。

「それ、お前の物にしちまえよ、オミロス。これから暗黒騎士やオーガと戦わなきゃなんねえかもしれねえんだからよ」

 マキュシスが言うとオミロスは考え込む。
 確かにマキュシスの言うとおりである。これから戦いになるかもしれない。だから、魔法の防具を持っていた方が良い

「駄目だ、マキュシス。それは誇りある戦士のする事じゃない。この盾は持ち主に返すべきだろう」

 しかし、オミロスはマキュシスの言葉に首を横に振る。

(たとえ、どんなに苦しくてもそんな事をするべきではない。他人の物を奪ってはならない)

 オミロスは旅をしている時にオークやゴブリンに滅ぼされた国をいくつか見て来た。
 その時に人間同士で奪い合ってはいけないと思った。
 その思いは今でも変わらない。

「そうか……。お前がそう言うんじゃ仕方がねえな」

 マキュシスは仕方が無いと手を上げてしぶしぶ了承する。

「だから、この盾と荷物は持ち主に返すよ。扉を開けてくれないか、中の人に会いたいんだ」
「わかりました、若様」

 オミロスが言うと見張りの者が扉を開ける。
 中に入ると中には何もない、家具類は全て持ちだされたのだろう。
 その部屋の隅で座っている者がいる。おそらく彼が、吟遊詩人だろう。
 オミロス達が入って来た事に気付いたのか立ち上がる。

「すみません。旅のお方よ。このような目に会せてしまって」

 吟遊詩人に頭を下げる。

「いえ、顔を上げてください、王子様。別に構いませんよ。どうやら間が悪い時に来たようですから」

 吟遊詩人が許す。
 そして、なぜ王子だとわかったのだろうとオミロスは疑問に思う。

「そうですか」

 オミロスは顔を上げて吟遊詩人を見る。
 年齢はオミロスと同じぐらいの男性だ。黒い髪に整った顔立ちをしている。よく見るとパルシスよりも美形かもしれない。
 だけど、目立つ容姿はしていない。
 服装も地味だ。着飾れば女性にもてるかもしれないが、派手な服装が好きではないのかもしれない。
 容姿からは彼が何者かわからない。だけど取りあえず荷物を返そうと、オミロスは思う。

「荷物はお返しいたします」

 オミロスは見張りの者に楽器と彼が持っていた荷物を渡すよう促す。
 吟遊詩人は楽器と荷物を手に取る。

「そして、これも……」

 オミロスは手に持っていた盾を差し出す。
 だけど、吟遊詩人はそれを受け取らない。

「その盾はあなたに差し上げます、王子様」
「「「えっ?!」」」

 オミロスが驚くと、後ろの2人も同じような声を上げる。

「何か大変な事が始まるのでしょう。だったらその盾が役に立つはずです」
「もしかして、外の会話が聞こえていました?」

 オミロスはどうして吟遊詩人が王子とわかったのか気付く。
 別にこの家は防音になっているわけではない。だから外の話し声が聞こえたのである。
 吟遊詩人は「ははは」と笑いながら後ろ頭を掻く。

「いえ、このような大切な物を貰うなんて……」

 オミロスは魔法の道具の価値を知っている。
 金貨をどんなに積んでも売らない者もいるくらいだ。
 しかも貸すのではなく、くれるなんて信じられなかった。

「その盾はあなたが持つべきですよ、王子。あなたの助けになると思います。それであなたの大切に思う人を守ってあげて下さい」

 しかし、吟遊詩人は首を振って答える。

(本当に何者なのだろう?)

 オミロスは疑問に思い吟遊詩人を見る。
 しかし、何故か嬉しそうに笑うその表情からは何も読み取れなかった。

「もらっとけよ、オミロス! それにしても良い奴だな、お前! 俺んちに来なよ、豆料理を御馳走してやるよ!!」

 マキュシスが吟遊詩人の肩を叩きながら言う。
 オミロスは豆料理が御馳走かどうかは疑問に思うが、この国で出せる料理はそれぐらいしかない。

「そうですね。この家には人狼を入れます。ですから、あなたは私共の家に来て下さい。盾のお礼をいたします」

 オミロスもマキュシスと同じように食事に誘う。
 この者が何者かはわからない。だけどマキュシスの言うとおり、お礼をするべきだろうと思ったからだ。

「いえ、ここで良いですよ。何か大変な事が始まるみたいですし」

 しかし、吟遊詩人は首を振って断る。

「しかし、ここには人狼が入りますよ」
「大丈夫ですよ。人狼は鎖で拘束されているみたいですから……。それに人狼とも話しをしてみたいですからね」
「そうですか……」

 人狼と話をしてみたいとは変わった人だとオミロスは思う。しかし、吟遊詩人は好奇心が強い者が多いと聞く。
 だから、彼もそうなのかもしれないと納得する。

「ですからお気になさらず」

 吟遊詩人は笑って答える。

「へえ。人狼と話しをしたいだなんて変わった奴だな。じゃあ後で妹に飯でも持って来させてやるよ」

 マキュシスが笑う。
 オミロスが思ってても口にしなかった事を代わりにマキュシスが言う。
 失礼ではないだろうかと心の中でオミロスは謝る。

「そういや、あんた名前何て言うの?」

 マキュシスが言葉を続ける。
 名前を聞かれた吟遊詩人は少し考える仕草をした後で答える。

「私の名前はクロと申します」

 珍しい名前だとオミロスは思う。
 クロという名前はあまり聞かない名だ。ロクス王国から来たと言っていたが、本当はもっと遠い国の生まれなのかもしれない。

「クロか、変な名前だな」
「マキュシス!!」

 マキュシスがまた失礼な事を言う。

「連れが失礼をいたしました、クロ殿」
「いえ、特に気にしてませんから」

 クロは手を振って答える。

「ところで王子様。この国にはパルシスという英雄がいると聞いたのですが……?」
「なんだ、お前さん。パルシスが目当てか?」

 吟遊詩人は英雄を歌う事を好む。
 パルシスはゴブリン退治で近隣諸国でも有名になっている英雄と呼ぶにふさわしい男だ。
 吟遊詩人に謳われても不思議ではない。
 彼はパルシスに会って歌を作りたいのだろうかオミロスは思う。

「確かにパルシスはこの国にいます。ですが今は留守にしています」
「そうですか……」

 クロは少し残念そうに言う。

「はは、クロ殿は本当はパルシスにこの盾を渡すつもりだったのではないですか? もしパルシスが帰ってきたら私からパルシスに渡しましょうか? 英雄にこそ魔法の武器や防具はふさわしい。特に能力がない私よりもパルシスが持っている方が良いのかもしれないですからね」
「いっ、いやっ! それは駄目です! 王子様! 絶対にその盾をパルシスに渡してはいけません! あなたが使うべきです!!」

 オミロスは笑いながら言うと、クロは慌てたように否定する。
 先程までの落ち着いた態度が嘘みたいであった。

「えっ?あっ、はい?わかりました……」

 オミロスは勢いに押されてそう答える。

「すみません、王子様。取り乱してしまって」

 クロはそう言って、はははと笑う。

(やはり彼は何者なのだろう?)
 
 オミロスは少し怪しく思うが、考えてもわからなかった。

「ではクロ殿。私共はこれで」

 少し話し過ぎたと思い、オミロスは吟遊詩人の元を離れる事にする。
 暗黒騎士やオーガが来る前に守りを固めておかなくてはならない。

「いえいえ」

 クロも頭を下げる。
 そして、オミロスは達は家を出る。

「マキュシス。クロ殿をどう思う」

 家を出てしばらくしてオミロスはマキュシスに聞く。

「さあ……。ただ何となくだけど只者じゃない気がするぜ」
「やはり、そう思うか」

 オミロスは頷く。 
 マキュシスもまたクロを只者ではないと思っていたようであった。

「でもさ、盾もくれたし良い奴なんじゃねえの?」

 しかし、続けて気楽な事を言う。

「まあ、確かに悪い人には見えなかったが……。得体が知れなさすぎるとも思う」
「じゃあ、どうする。あの女達の所に連れて行くか? 体内に蟲を埋め込まれているかもしれねえぜ」
「いや、やめておくよ。そこまでしなくても良いと思う」

 オミロスは首を振って答える。
 確かに彼は怪しいとオミロスは思った。だから彼女達に報告すべきである。
 もし、クロがオーガの手下ならば連れて行くべきだろう。
 だけど、オミロスは何か違う気がした。
 オーガの間諜と言うには彼は逆に怪しすぎる。
 それに、蟲を埋め込むなら直接アルゴアの誰かにした方が早い。
 その隙ならいくらでもあるはずであった。
 わざわざ外の人間を使う必要はない。
 だから、彼はオーガの手下ではないとオミロスは判断し、その事をマキュシスに伝える。
 

「そうか……、お前がそう言うなら何も言わねえ。行こうぜ」
「ああ」
 
 オミロス達は歩き始める。
 夜が始まろうとしていた。
 

コメント

  • ノベルバユーザー354472

    大変だと思いますが更新頑張ってください

    0
  • 水廼女神

    すいません、途中のところなのですが
    オミロスは魔法の道具の勝ちを知っている。→価値を知っている
    ではないでしょうか?違ったらすみません

    2
  • ノベルバユーザー295576

    細かいですが
    少し話し過ぎた思いになってるところで ↑ここにとが抜けてましたよ。

    0
  • ノベルバユーザー286789

    最初のマキュシスの台詞の「本当によう」ですけど、「本当によぅ」の間違いですか?それとも「本当によぉ」?

    2
  • 根崎タケル

    3章続きを更新しました。
    ノベルバユーザー280607様指摘ありがとうございます。修正しました。
    シロネはちょっと鈍感な所があるのです。

    眠気覚ましが足りない様、確かに後から加筆でも良いかもしれません。

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