暗黒騎士物語
女神とデート
クロキとレーナは引き続きロクス王国の通りを一緒に歩く。
「人が多くて歩きにくいわ」
歩いているとレーナが言う。
「お祭りですから……。大勢の人が楽しむためにも1人1人がちょっと我慢し合わなければなりませんので……」
クロキはレーナを窘める。
「そう」
レーナは少し不愉快そうに答える。
(レーナは女神だし、あまり我慢する事になれていないのかも)
そう思ったクロキはレーナに人がぶつからないように盾になるようにして歩く。
「おっと」
誰かとぶつかりそうになったのでクロキはレーナを引き寄せる。
なるだけ盾になるようにして歩いていたが、それでも人が多く少し寄って歩かねばならなかったので仕方なくだ。
服越しにクロキとレーナがくっつく。
(うっ、良い匂い!)
レーナから何か良い匂いがする。
これだけ、女性と密着したのはシロネ以来だ。
クロキはドギマギしてしまう。
「ちょっと!!」
「すみません、レーナ」
「私、ここまで男に触れさせた事などないのだけど」
「すみません、レーナ。ですが……。人を力で排除するわけにはいきませんので」
人が多い以上、互いに配慮しなければならない。
だけど、女神であるレーナは人に配慮しようとする気は全くなかった。
「まあいいわ、離してちょうだい」
仕方がないのでクロキは名残惜しそうにレーナを離す。
「そう。ではアレが邪魔ね、片づけられないのかしら?」
レーナは露店を指して言う。
「いえ、あれはお祭りに必要かと……」
クロキは首を振る。
実際、露店の品物は高くて買えない時がある。が、ないならないでさみしい。
だから、断る。
「ふうん」
レーナはつまらなそうに答える。
一緒に歩いている女性にこんな態度をとられクロキは落ち込みそうになる。
もしこれが本当のデートだったら心が折れていたかもしれない。
そもそも露店があっての祭りではないだろうか?
レーナは祭りを見物に来ているはずだが、祭りを見ていないような気がする。やはり祭りの見物は嘘なのだろう。
「あら? これは何を売っているのかしら?」
歩いているとレーナがとある露店を見て首を傾げる。
多くの男性が集まっている。
クロキはレーナともに男達の隙間から露店を覗き込む。
そこにはシロネ達が描かれた絵があった。
絵は今日シロネ達が着ていたコスチュームだ。結構きわどい絵である。
結構良いできだ。クロキはちょっと見入ってしまいそうになるが、レーナの前なので堪える。
「暗黒騎士。彼らはリノ達の信者なのですか?」
レーナはリノの絵を見て言う。
「ある意味そうではないでしょうか……」
クロキには正直、彼らを何と表現して良いかわからない。
アイドルのおっかけというべきか。
「外から来た者が私達と同じように崇められているなんて……」
レーナの態度はクロキが想像していたのと違った。女神であるレーナにとって神ではない者が崇められるのは面白くないのだろう。
「あなたもあの絵が欲しいのではなくて?」
レーナが絵の一枚を指していう。
レーナが指した先にはシロネの絵があった。そして、その声はどことなく意地悪そうだった。
(正直に言えば欲しい)
だが、他の女性の前で欲しいなどと言えるわけないじゃないか。クロキは心の中で叫ぶ。
クロキは鉄の自制心で体の向きを変え、絵を見ないようにする。向いた先にはレーナがいる。
そういう事は聞かないで欲しいとクロキは思う。
偽りとはいえエスコート中なのだ、他の異性の話題をするのはどうかと思う。
「いえ、あなたがいますので」
クロキはレーナを見つめて言う。他の女性には目もくれないと言う態度を取る。
「えっ?!」
その言葉を聞いたレーナが意外そうな声を出す。
レーナはフードを少し上げて顔を少し上に向けるとクロキの顔を見る。
レーナの瞳にクロキの顔が映る。
(ちょ!? そんな目で見ないで欲しい!)
クロキは本当に綺麗な女性だと思う。見つめられると頭が沸騰しそうになる。
レーナが少し考え込む仕草をする。そして、何かに気付いたかのように頷く。
「そうよね、当然だわ。私の方が美しいものね」
レーナが笑う。
「だから、偽物をねえ」
うんうん頷いている。意味がわからない。
「行きましょう暗黒騎士」
再び歩き出す。少し嬉しそうだ。
さっきまで、不機嫌そうだったのに何故だろう。
「あっそうだ」
突然歩みを止めて振り向く。
「今度、あの絵と同じ格好をしてあげましょうか?」
「なっ!? 何い!?」
それは本当ですか?
クロキは思わず、心の中で絶叫する。今までの人生の中で一番大きな心の叫びだった。
(レーナがあの格好をするだって!)
レーナは服の上からでもわかるほど胸が大きい。
クロキは妄想せざる得ない
(してもらうなら誰の格好が良いだろうか? シロネの格好が良いか? またはレイジの妹の京華という女の子が良いか?いや!!ここは吉野沙穂子が着ていた白バニーで……)
クロキはそこまで考えてはっとする。
レーナを見る。ジト目でクロキを見ている。
「冗談よ……あなたって、わかりやすいのね……」
レーナはあきれたような声で言う。
「ううっ……」
クロキは泣きたくなる。
真意を見極めるはずが完全に手玉に取られている。もっとクールにカッコ良く女性と接したいが、いかんせん経験値が足りない。
レーナはそう言うとクロキに背を向けそのまま歩いて行く。
クロキは情けなくそのまま追いかける。
「あれは……?」
追いかけている時だった。
突然レーナが突然立ち止まる。
「どうしたのですか? レーナ?」
クロキがレーナの視線の先を見ると1組の男女らしき者が歩いている。
なぜ、らしき者かというとどちらも顔を隠しているからだ。
しかし、背格好から男性と女性のカップルと見て間違いないだろう。
2人は背を向けているためか、こちらには気付いていない。
そして、クロキは前を歩く男性の正体に気付く。
フードで顔を隠しているが、背格好と雰囲気ではっきりとわかる。
(あれはレイジじゃないか? 何をしているんだ? しかも、相手の女性は誰だ? シロネ達じゃないみたいだけど)
クロキはレイジの隣の女性を見る。
見た所、身分のある女性のようだ。おそらく、なかなかの美女なのだろう。
少し羨ましくなる。
レイジと一緒に歩く女性は何だか良い雰囲気だ。
(甘い雰囲気だな。こっちとは大違いだ)
レイジ達と違い、クロキ達には全く甘い雰囲気はない。
むしろ、敵対していると言ってよい。
同じ美女を連れているのに、天と地ほども違う。
「あれはレイジ? 全くどこに行くのかしら?」
レーナもレイジに気付き、クロキ達はその後に付いて行く。
歩いていると人が少ない通りに入る。さらに進む小さな路地に入り、ほとんど人がいなくなる。
(あれ? ここは色街じゃないか!?)
レイジ達の後を追っていたクロキは自分達が色街に入った事に気付く。
正直レイジ達が気になるが、レーナを連れているので、これ以上は先に進むのは良くないと判断する。
「戻りましょう。レーナ。これ以上は先に進まない方が良いと思います……」
クロキが周りを見ると既に露出の多い女性がちらほらといる。
正直レーナが承諾するとは思えないが一応言ってみる。
「そう、貴方がそういうのなら戻っても良いわ」
しかし、クロキの予想に反してレーナはあっさりと承諾する。
(レイジの事は気にならないのかな?)
クロキは疑問に思うが、折角戻る事に賛成してくれたのだから、これ以上は何も言わない事にする。
前方を見ると騎士の姿をした者達がいる。
騎士達の着ている服には白鳥を象った紋章が縫い付けられていた。
紋章は聖レナリア共和国で何度も見たものだ。
白鳥は女神レーナの聖鳥である。
そのため、聖レナリア共和国の神殿騎士達は白鳥の騎士と呼ばれる事もある。
(何でここに神殿騎士がいるのだろう? おそらくレイジの護衛だろうけど?)
その神殿騎士が5名程いて道を塞いでいる。
「あれは、あなたの騎士ですね」
クロキも立ち止まると神殿騎士を見て言う。
「私の騎士ではないわ、神殿の騎士よ。あの程度では私の騎士にふさわしくないわ」
レーナの冷たい言葉。神殿騎士はレーナに愛を誓っているらしいが、その愛は伝わっていないようだ。
クロキはちょっと可哀想に思う。
「あなただったら、私の騎士にふさわしいと思うのだけどどうかしら? もちろんレイジよりもね」
レーナがクロキを見て言う。
クロキもまたレーナを見る。
その言葉を聞いた瞬間、心が躍った。
その言葉は正直嬉しい。
クロキの中のトゲが1本抜けたような気がした。
レイジよりも評価された事が嬉しいのだ。すごくくだらない対抗心だとクロキは思う。いつまで気にしているのだろう。
(自分は負けず嫌いな性格をしている。だから、あの日から剣を磨き。少しでも追いつけるように容姿に気を使ってきた。だけど、どんなに頑張っても自分に自信は持てなかった……)
だからクロキはレーナの言葉に心が揺れる。
(だけど……)
クロキは首を振り心を落ち着かせる。
それは駄目である。
レーナは信用できなかった。
どんなに美しくても、甘い言葉で囁かれても盲目になる事はあってはならない。
だからクロキは首を振る。
「お誘いは嬉しいのですが、あなたの騎士にはなれません。それに簡単に裏切るような者を騎士と呼べるのでしょうか?」
クロキはレーナの申し出を辞退する。
「確かにそうね、簡単に裏切る者は騎士に相応しくは無いわね」
レーナは納得してくれたようだ。
その態度にクロキはほっとする。
レーナが不機嫌になるかと思ったがそうはならなかったようだ。
もっとも、クロキは自身が騎士に相応しい男とは思えなかった。
例えレーナが信頼でき、モデスの事がなくても辞退しただろう。
「何を見ているお前!!」
声を掛けられる。
クロキは声がした方を見ると神殿騎士の1人が近づいてくる。
この神殿騎士達はおそらく城壁の上から見た者達だろう。
確か娼婦らしき女性を巡って争っていたはずだ。
だが近くに女性らしき者は見えない、逃げられたのだろうか?
神殿騎士は近づくとクロキを見て、そのまま視線が隣に向く。
どうやらレーナの存在に気付いたようだ。
その事にクロキは驚く。
レーナは隠形を使っているようだったが、それに気付くとはかなりの魔力の持ち主かもしれない。
「女を連れているな。お前の恋人か?」
最初に近づいて来た神殿騎士が質問してくる。
詰問するような口調にクロキは少しムッとする。
「いえ、違いますが……」
「ほー、恋人でもないのにこのような所に女性を連れ込むのか?」
別に好きで連れ込んだ訳ではない。
そもそも、彼らの護衛対象はどうなのだろう?
クロキはそう言いたくなるが我慢する。
「それが何か……」
「ふん、大方騙して、連れ込んだのだろう。だが、この私に見つかったのが運の尽きだったな」
神殿騎士が絡んでくる。
今レーナはフードを深く被っていて顔があまり見えないようになっている。
この女性はあなたが仕える相手だという事を教えようかなとクロキは思った。
しかし、隠形を使っている所からレーナは正体を隠したいようだ。だから何も言わない。
そのレーナはクロキの横でなりゆきを見守っている。
「今我々は勇者様に仇なす者がいないか巡回中だ! 貴様がそうではないのだろうな?」
「いえ、自分は別に……」
「怪しいな勇者様に仇なす者は貴様のような変態らしいからな。だが、今回は見逃してやる。さっさと立ち去れ!!」
神殿騎士は犬を追い払うかのように手を振ってクロキを追い払おうとする。
「危ない所でしたなご婦人」
その神殿騎士がレーナに触ろうとする。
(危ない!!)
クロキはレーナに触ろうとした神殿騎士の手を取ると、そのまま投げ飛ばす。
投げ飛ばされた神殿騎士が尻餅をつく。
「貴様!? 何を!!」
その神殿騎士はそう言って起き上がると剣を抜く。
(あなたを守ってやったんだぞ)
先程、レーナに触ろうとした時、クロキはレーナから殺気を感じた。
その気配は殺す事に躊躇いを感じさせなかった。
あのまま触っていたら目の前の騎士は消し炭になっていたかもしれない。
騒ぎに気付いたのか他の騎士が近づいて来る。
彼らも剣を抜く。
(まずい、争いになる……)
クロキはいつもなら面倒を避けて退散するのだが。横にレーナがいる以上それはできない。
むしろこのままではレーナが彼らを殺す。さすがにそれは避けるべきだろう。
「レーナあなたに手を汚させるわけには行きません、後ろにいてください」
クロキは小声で言うとレーナの前に出る。
「そう」
言葉は短いが、ちょっと嬉しそうに感じたのは気のせいだろうか。
「ふん、謝るなら今のうちだぞ」
神殿騎士達がクロキに剣を向ける。
クロキはレーナを守るように前に立つ。
(剣を向ければ怖れるとでも思っているのだろうか? それにしても、この状況は自分の方がレーナの騎士みたいじゃないか……)
レーナは否定するが、本来なら彼らがレーナの騎士である。
そして、クロキは本来ならレーナの敵である暗黒騎士と呼ばれる存在だ。
完全に立場が逆転している。
しかし、こうなった以上は戦うしかなかった。
クロキは神殿騎士を見る。
彼らの身なりは立派だが、その行動はチンピラと変わらない。
せっかくの祭りを血で汚すのも何だから、殺しはしない。少しだけひねってあげようと思った。
クロキはそう考えて神殿騎士に近づく。
そして、心が冷たくなるのを感じた。
「なっ貴様! 逆らうのか!!」
クロキが立ち向かって来た事を驚いているようだった。
クロキはこの世界の国際関係はまだよくわからないが、普通に考えてよその国で問題を起こして良いわけがない。
剣を抜いたのは脅しだったようだ。
「あの……。このまま撤退してもらえませんか」
このまま、互いに無かった事にできないだろうかと思い提案する。
しかし、そのクロキの言葉は逆に火に油を注いでしまったようだ。騎士達の顔が赤く染まる。
「ふざけるなっ!!」
馬鹿にされたと思ったのだろうか、目の前の騎士が剣を振るってくる。
その動きはクロキからしてみれば、とても遅い。
振り下ろしてきた剣身をクロキは一指し指と親指でつまむ。
それを見た騎士達の驚く声。
「そんな馬鹿な……」
「ありえない……」
呟く騎士達の顔が青ざめている。赤から青と忙しい。
(もういいや。さっさと終わらせよう)
クロキは溜息を吐く。
神殿騎士達は人間の中では強いほうなのだろう。
しかし、クロキはこの世界の人間をはるかに超える神族と同等の力を持つ。
この程度では負けたりしない。
「行くよ……」
クロキはそう言うと騎士達の間をすり抜ける。
「がはっ!!」
「ぐっ!!」
「げっ!!」
うめき声を上げ騎士達は左右に飛ばされる。
騎士達は地面に叩きつけられ、のたうち回っている。
手加減をしているから、死ぬ事はないはずであった。。
「殺さないのですね」
レーナはさらっと恐ろしい事を言う。
「一応あなたの神殿の騎士です……。手加減をしました」
「そうなの、礼をいうべきなのかしら?」
レーナはこれっぽっちも感謝していないような口ぶりで言う。
その口調から、レーナは騎士の、いや人間の命をなんとも思っていないようにクロキは感じる。
しかし、今のクロキなら、ちょっとだけ気持ちがわかる気がした。
なぜなら、人間はあまりにも弱すぎるのだ。
クロキは先程、殺さないように手加減するのは大変だった。
小さな虫を殺さないように逃がすよりも、潰すほうが楽なのと同じである。
おそらく、レーナなら彼らを潰していただろうとクロキは思う。
そして、他の神々も同じである可能性があった。
(神にとって人間など虫けら程度の存在なのかもしれない。では、自分はどうなのだろう? この世界での自分は人間と言って良い存在なのだろうか? 人間でないなら何なのだろう?)
クロキはこの世界に来て孤独に感じる時がある。
レイジと違って、同等の力を持つ仲間がいないからだ。
だからこそ聖竜王の角を取りに来たのである。
しかし、考えても答えは出なかった。
「いえ。行きましょう、レーナ」
こうして、クロキとレーナは路地裏を後にした。
「人が多くて歩きにくいわ」
歩いているとレーナが言う。
「お祭りですから……。大勢の人が楽しむためにも1人1人がちょっと我慢し合わなければなりませんので……」
クロキはレーナを窘める。
「そう」
レーナは少し不愉快そうに答える。
(レーナは女神だし、あまり我慢する事になれていないのかも)
そう思ったクロキはレーナに人がぶつからないように盾になるようにして歩く。
「おっと」
誰かとぶつかりそうになったのでクロキはレーナを引き寄せる。
なるだけ盾になるようにして歩いていたが、それでも人が多く少し寄って歩かねばならなかったので仕方なくだ。
服越しにクロキとレーナがくっつく。
(うっ、良い匂い!)
レーナから何か良い匂いがする。
これだけ、女性と密着したのはシロネ以来だ。
クロキはドギマギしてしまう。
「ちょっと!!」
「すみません、レーナ」
「私、ここまで男に触れさせた事などないのだけど」
「すみません、レーナ。ですが……。人を力で排除するわけにはいきませんので」
人が多い以上、互いに配慮しなければならない。
だけど、女神であるレーナは人に配慮しようとする気は全くなかった。
「まあいいわ、離してちょうだい」
仕方がないのでクロキは名残惜しそうにレーナを離す。
「そう。ではアレが邪魔ね、片づけられないのかしら?」
レーナは露店を指して言う。
「いえ、あれはお祭りに必要かと……」
クロキは首を振る。
実際、露店の品物は高くて買えない時がある。が、ないならないでさみしい。
だから、断る。
「ふうん」
レーナはつまらなそうに答える。
一緒に歩いている女性にこんな態度をとられクロキは落ち込みそうになる。
もしこれが本当のデートだったら心が折れていたかもしれない。
そもそも露店があっての祭りではないだろうか?
レーナは祭りを見物に来ているはずだが、祭りを見ていないような気がする。やはり祭りの見物は嘘なのだろう。
「あら? これは何を売っているのかしら?」
歩いているとレーナがとある露店を見て首を傾げる。
多くの男性が集まっている。
クロキはレーナともに男達の隙間から露店を覗き込む。
そこにはシロネ達が描かれた絵があった。
絵は今日シロネ達が着ていたコスチュームだ。結構きわどい絵である。
結構良いできだ。クロキはちょっと見入ってしまいそうになるが、レーナの前なので堪える。
「暗黒騎士。彼らはリノ達の信者なのですか?」
レーナはリノの絵を見て言う。
「ある意味そうではないでしょうか……」
クロキには正直、彼らを何と表現して良いかわからない。
アイドルのおっかけというべきか。
「外から来た者が私達と同じように崇められているなんて……」
レーナの態度はクロキが想像していたのと違った。女神であるレーナにとって神ではない者が崇められるのは面白くないのだろう。
「あなたもあの絵が欲しいのではなくて?」
レーナが絵の一枚を指していう。
レーナが指した先にはシロネの絵があった。そして、その声はどことなく意地悪そうだった。
(正直に言えば欲しい)
だが、他の女性の前で欲しいなどと言えるわけないじゃないか。クロキは心の中で叫ぶ。
クロキは鉄の自制心で体の向きを変え、絵を見ないようにする。向いた先にはレーナがいる。
そういう事は聞かないで欲しいとクロキは思う。
偽りとはいえエスコート中なのだ、他の異性の話題をするのはどうかと思う。
「いえ、あなたがいますので」
クロキはレーナを見つめて言う。他の女性には目もくれないと言う態度を取る。
「えっ?!」
その言葉を聞いたレーナが意外そうな声を出す。
レーナはフードを少し上げて顔を少し上に向けるとクロキの顔を見る。
レーナの瞳にクロキの顔が映る。
(ちょ!? そんな目で見ないで欲しい!)
クロキは本当に綺麗な女性だと思う。見つめられると頭が沸騰しそうになる。
レーナが少し考え込む仕草をする。そして、何かに気付いたかのように頷く。
「そうよね、当然だわ。私の方が美しいものね」
レーナが笑う。
「だから、偽物をねえ」
うんうん頷いている。意味がわからない。
「行きましょう暗黒騎士」
再び歩き出す。少し嬉しそうだ。
さっきまで、不機嫌そうだったのに何故だろう。
「あっそうだ」
突然歩みを止めて振り向く。
「今度、あの絵と同じ格好をしてあげましょうか?」
「なっ!? 何い!?」
それは本当ですか?
クロキは思わず、心の中で絶叫する。今までの人生の中で一番大きな心の叫びだった。
(レーナがあの格好をするだって!)
レーナは服の上からでもわかるほど胸が大きい。
クロキは妄想せざる得ない
(してもらうなら誰の格好が良いだろうか? シロネの格好が良いか? またはレイジの妹の京華という女の子が良いか?いや!!ここは吉野沙穂子が着ていた白バニーで……)
クロキはそこまで考えてはっとする。
レーナを見る。ジト目でクロキを見ている。
「冗談よ……あなたって、わかりやすいのね……」
レーナはあきれたような声で言う。
「ううっ……」
クロキは泣きたくなる。
真意を見極めるはずが完全に手玉に取られている。もっとクールにカッコ良く女性と接したいが、いかんせん経験値が足りない。
レーナはそう言うとクロキに背を向けそのまま歩いて行く。
クロキは情けなくそのまま追いかける。
「あれは……?」
追いかけている時だった。
突然レーナが突然立ち止まる。
「どうしたのですか? レーナ?」
クロキがレーナの視線の先を見ると1組の男女らしき者が歩いている。
なぜ、らしき者かというとどちらも顔を隠しているからだ。
しかし、背格好から男性と女性のカップルと見て間違いないだろう。
2人は背を向けているためか、こちらには気付いていない。
そして、クロキは前を歩く男性の正体に気付く。
フードで顔を隠しているが、背格好と雰囲気ではっきりとわかる。
(あれはレイジじゃないか? 何をしているんだ? しかも、相手の女性は誰だ? シロネ達じゃないみたいだけど)
クロキはレイジの隣の女性を見る。
見た所、身分のある女性のようだ。おそらく、なかなかの美女なのだろう。
少し羨ましくなる。
レイジと一緒に歩く女性は何だか良い雰囲気だ。
(甘い雰囲気だな。こっちとは大違いだ)
レイジ達と違い、クロキ達には全く甘い雰囲気はない。
むしろ、敵対していると言ってよい。
同じ美女を連れているのに、天と地ほども違う。
「あれはレイジ? 全くどこに行くのかしら?」
レーナもレイジに気付き、クロキ達はその後に付いて行く。
歩いていると人が少ない通りに入る。さらに進む小さな路地に入り、ほとんど人がいなくなる。
(あれ? ここは色街じゃないか!?)
レイジ達の後を追っていたクロキは自分達が色街に入った事に気付く。
正直レイジ達が気になるが、レーナを連れているので、これ以上は先に進むのは良くないと判断する。
「戻りましょう。レーナ。これ以上は先に進まない方が良いと思います……」
クロキが周りを見ると既に露出の多い女性がちらほらといる。
正直レーナが承諾するとは思えないが一応言ってみる。
「そう、貴方がそういうのなら戻っても良いわ」
しかし、クロキの予想に反してレーナはあっさりと承諾する。
(レイジの事は気にならないのかな?)
クロキは疑問に思うが、折角戻る事に賛成してくれたのだから、これ以上は何も言わない事にする。
前方を見ると騎士の姿をした者達がいる。
騎士達の着ている服には白鳥を象った紋章が縫い付けられていた。
紋章は聖レナリア共和国で何度も見たものだ。
白鳥は女神レーナの聖鳥である。
そのため、聖レナリア共和国の神殿騎士達は白鳥の騎士と呼ばれる事もある。
(何でここに神殿騎士がいるのだろう? おそらくレイジの護衛だろうけど?)
その神殿騎士が5名程いて道を塞いでいる。
「あれは、あなたの騎士ですね」
クロキも立ち止まると神殿騎士を見て言う。
「私の騎士ではないわ、神殿の騎士よ。あの程度では私の騎士にふさわしくないわ」
レーナの冷たい言葉。神殿騎士はレーナに愛を誓っているらしいが、その愛は伝わっていないようだ。
クロキはちょっと可哀想に思う。
「あなただったら、私の騎士にふさわしいと思うのだけどどうかしら? もちろんレイジよりもね」
レーナがクロキを見て言う。
クロキもまたレーナを見る。
その言葉を聞いた瞬間、心が躍った。
その言葉は正直嬉しい。
クロキの中のトゲが1本抜けたような気がした。
レイジよりも評価された事が嬉しいのだ。すごくくだらない対抗心だとクロキは思う。いつまで気にしているのだろう。
(自分は負けず嫌いな性格をしている。だから、あの日から剣を磨き。少しでも追いつけるように容姿に気を使ってきた。だけど、どんなに頑張っても自分に自信は持てなかった……)
だからクロキはレーナの言葉に心が揺れる。
(だけど……)
クロキは首を振り心を落ち着かせる。
それは駄目である。
レーナは信用できなかった。
どんなに美しくても、甘い言葉で囁かれても盲目になる事はあってはならない。
だからクロキは首を振る。
「お誘いは嬉しいのですが、あなたの騎士にはなれません。それに簡単に裏切るような者を騎士と呼べるのでしょうか?」
クロキはレーナの申し出を辞退する。
「確かにそうね、簡単に裏切る者は騎士に相応しくは無いわね」
レーナは納得してくれたようだ。
その態度にクロキはほっとする。
レーナが不機嫌になるかと思ったがそうはならなかったようだ。
もっとも、クロキは自身が騎士に相応しい男とは思えなかった。
例えレーナが信頼でき、モデスの事がなくても辞退しただろう。
「何を見ているお前!!」
声を掛けられる。
クロキは声がした方を見ると神殿騎士の1人が近づいてくる。
この神殿騎士達はおそらく城壁の上から見た者達だろう。
確か娼婦らしき女性を巡って争っていたはずだ。
だが近くに女性らしき者は見えない、逃げられたのだろうか?
神殿騎士は近づくとクロキを見て、そのまま視線が隣に向く。
どうやらレーナの存在に気付いたようだ。
その事にクロキは驚く。
レーナは隠形を使っているようだったが、それに気付くとはかなりの魔力の持ち主かもしれない。
「女を連れているな。お前の恋人か?」
最初に近づいて来た神殿騎士が質問してくる。
詰問するような口調にクロキは少しムッとする。
「いえ、違いますが……」
「ほー、恋人でもないのにこのような所に女性を連れ込むのか?」
別に好きで連れ込んだ訳ではない。
そもそも、彼らの護衛対象はどうなのだろう?
クロキはそう言いたくなるが我慢する。
「それが何か……」
「ふん、大方騙して、連れ込んだのだろう。だが、この私に見つかったのが運の尽きだったな」
神殿騎士が絡んでくる。
今レーナはフードを深く被っていて顔があまり見えないようになっている。
この女性はあなたが仕える相手だという事を教えようかなとクロキは思った。
しかし、隠形を使っている所からレーナは正体を隠したいようだ。だから何も言わない。
そのレーナはクロキの横でなりゆきを見守っている。
「今我々は勇者様に仇なす者がいないか巡回中だ! 貴様がそうではないのだろうな?」
「いえ、自分は別に……」
「怪しいな勇者様に仇なす者は貴様のような変態らしいからな。だが、今回は見逃してやる。さっさと立ち去れ!!」
神殿騎士は犬を追い払うかのように手を振ってクロキを追い払おうとする。
「危ない所でしたなご婦人」
その神殿騎士がレーナに触ろうとする。
(危ない!!)
クロキはレーナに触ろうとした神殿騎士の手を取ると、そのまま投げ飛ばす。
投げ飛ばされた神殿騎士が尻餅をつく。
「貴様!? 何を!!」
その神殿騎士はそう言って起き上がると剣を抜く。
(あなたを守ってやったんだぞ)
先程、レーナに触ろうとした時、クロキはレーナから殺気を感じた。
その気配は殺す事に躊躇いを感じさせなかった。
あのまま触っていたら目の前の騎士は消し炭になっていたかもしれない。
騒ぎに気付いたのか他の騎士が近づいて来る。
彼らも剣を抜く。
(まずい、争いになる……)
クロキはいつもなら面倒を避けて退散するのだが。横にレーナがいる以上それはできない。
むしろこのままではレーナが彼らを殺す。さすがにそれは避けるべきだろう。
「レーナあなたに手を汚させるわけには行きません、後ろにいてください」
クロキは小声で言うとレーナの前に出る。
「そう」
言葉は短いが、ちょっと嬉しそうに感じたのは気のせいだろうか。
「ふん、謝るなら今のうちだぞ」
神殿騎士達がクロキに剣を向ける。
クロキはレーナを守るように前に立つ。
(剣を向ければ怖れるとでも思っているのだろうか? それにしても、この状況は自分の方がレーナの騎士みたいじゃないか……)
レーナは否定するが、本来なら彼らがレーナの騎士である。
そして、クロキは本来ならレーナの敵である暗黒騎士と呼ばれる存在だ。
完全に立場が逆転している。
しかし、こうなった以上は戦うしかなかった。
クロキは神殿騎士を見る。
彼らの身なりは立派だが、その行動はチンピラと変わらない。
せっかくの祭りを血で汚すのも何だから、殺しはしない。少しだけひねってあげようと思った。
クロキはそう考えて神殿騎士に近づく。
そして、心が冷たくなるのを感じた。
「なっ貴様! 逆らうのか!!」
クロキが立ち向かって来た事を驚いているようだった。
クロキはこの世界の国際関係はまだよくわからないが、普通に考えてよその国で問題を起こして良いわけがない。
剣を抜いたのは脅しだったようだ。
「あの……。このまま撤退してもらえませんか」
このまま、互いに無かった事にできないだろうかと思い提案する。
しかし、そのクロキの言葉は逆に火に油を注いでしまったようだ。騎士達の顔が赤く染まる。
「ふざけるなっ!!」
馬鹿にされたと思ったのだろうか、目の前の騎士が剣を振るってくる。
その動きはクロキからしてみれば、とても遅い。
振り下ろしてきた剣身をクロキは一指し指と親指でつまむ。
それを見た騎士達の驚く声。
「そんな馬鹿な……」
「ありえない……」
呟く騎士達の顔が青ざめている。赤から青と忙しい。
(もういいや。さっさと終わらせよう)
クロキは溜息を吐く。
神殿騎士達は人間の中では強いほうなのだろう。
しかし、クロキはこの世界の人間をはるかに超える神族と同等の力を持つ。
この程度では負けたりしない。
「行くよ……」
クロキはそう言うと騎士達の間をすり抜ける。
「がはっ!!」
「ぐっ!!」
「げっ!!」
うめき声を上げ騎士達は左右に飛ばされる。
騎士達は地面に叩きつけられ、のたうち回っている。
手加減をしているから、死ぬ事はないはずであった。。
「殺さないのですね」
レーナはさらっと恐ろしい事を言う。
「一応あなたの神殿の騎士です……。手加減をしました」
「そうなの、礼をいうべきなのかしら?」
レーナはこれっぽっちも感謝していないような口ぶりで言う。
その口調から、レーナは騎士の、いや人間の命をなんとも思っていないようにクロキは感じる。
しかし、今のクロキなら、ちょっとだけ気持ちがわかる気がした。
なぜなら、人間はあまりにも弱すぎるのだ。
クロキは先程、殺さないように手加減するのは大変だった。
小さな虫を殺さないように逃がすよりも、潰すほうが楽なのと同じである。
おそらく、レーナなら彼らを潰していただろうとクロキは思う。
そして、他の神々も同じである可能性があった。
(神にとって人間など虫けら程度の存在なのかもしれない。では、自分はどうなのだろう? この世界での自分は人間と言って良い存在なのだろうか? 人間でないなら何なのだろう?)
クロキはこの世界に来て孤独に感じる時がある。
レイジと違って、同等の力を持つ仲間がいないからだ。
だからこそ聖竜王の角を取りに来たのである。
しかし、考えても答えは出なかった。
「いえ。行きましょう、レーナ」
こうして、クロキとレーナは路地裏を後にした。
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コメント
眠気覚ましが足りない
女神とデートより修正報告を。
レーナは女神である、あまり我慢する事になれていないのかも
↓
レーナは女神だし、あまり我慢する事になれていないのかも
“である”は偉そうに話す人なら使うでしょうが、クロキも公の場で部下に対してくらいで普段使いはしないでしょう。