暗黒騎士物語
第2章 聖竜王の角 ナルゴルの空の下で
暗い空の上、ランフェルドは自らの乗騎である雷竜に乗り空を駆ける。
その後続には彼の部下である暗黒騎士達が飛竜に乗り空を駆ける。
「最近静かになりましたね、ランフェルド様」
ランフェルドのすぐ後ろの暗黒騎士が気楽な声で言う。
「気を抜くな。聖騎士共が壊滅したと言う情報が間違っている可能性もある、このまま巡回を続けるぞ」
ランフェルドはそう言うと飛竜をナルゴルの境界である山の上で飛ばす。
後ろを見ると後続の騎士達の中で遅れる者が見える。
その様子を見てランフェルドは暗い気持ちになる。
「やはり、再建は難しいか……」
ランフェルドは誰に言うわけでもなく呟く。
勇者レイジ達との戦いにより暗黒騎士達の半数が死に、そして生き残った者も何らかの怪我を負っていた。
そもそも、魔族の中でも暗黒騎士に足る能力を持つ者は少なく、その中でも飛竜に乗る事ができる者は更に少ない。
熟練の騎士達はほとんど勇者にやられてしまった。今、残っているのは飛竜に乗る事ができるだけましの者達ばかりだ。
現在、まともに動ける暗黒騎士は20騎に満たない。
暗黒騎士団長であるランフェルドに課せられた仕事は暗黒騎士団の速やかな再建である。
最近エリオスの聖騎士達による領空侵犯が頻繁に起こっていた。
そのことを考えるとランフェルドは怒りで頭が割れそうになる。
もっとも彼らの主張によれば、世界中の全ての空はエリオスの神々の物なので、ナルゴルとはいえその空を飛ぶ我らが領空侵犯している事になるらしい。
勿論、そんな主張を認めるつもりはない。
彼らは勇者が来る前からたびたびナルゴルの領空間近まで接近する事はあったが、侵入してくる事はなかった。
そして彼らはこちらの戦力が減少すると、毎日のように侵入してきた。
彼らは馬鹿にするようにナルゴルの空を蹂躙したのである。
ランフェルドは領空外に出るように勧告したりもしたが、彼らが聞く事はなく、戦力に乏しいので黙って見ているしかなかった。
だが、そんな彼らの領空侵犯も2日前を最後に終わった。
その理由を知るとランフェルドはざまぁ見ろと思う反面、その原因となった者に怖れを抱かずにはいられなかった。
「よし、砦へ帰還するぞ!!!」
号令の元、飛竜達が旋回する。
ナルゴルの境界であるアケロン山脈の屋根を飛ぶ。
飛んでいくと峰の中に砦が見えてくる。
この砦こそエリオスからナルゴルを守るための砦である。
ランフェルド達は砦の中央の広場に着地する。
「お帰りなさいませランフェルド様」
砦の中から出てきた部下に飛竜を任せるとランフェルドは自らの屋敷へと歩いていく。
「父上!」
「父様!」
砦の中から2人の子どもが飛び出し、ランフェルドの元へと駆け寄って来る。
「レファルドにレーリ! なぜここに?」
ランフェルドは子どもを見て首を傾げる。
レファルドは120歳になる男の子でレーリは90歳になる女の子だ。
そして2人ともランフェルドの子供だ。
本来なら魔王宮の近くにある。魔族の里にいるはずであった。
「はい、母様が父様のお手伝いをしなさいと」
「はい、将来、騎士なるためにも父上の手伝いをしなさいと母上が」
レーリとレファルドが答える。
「そうか……」
ランフェルドは溜息を吐く。
砦の人員が足りてないのは事実である。なにしろ先の戦いで本来なら非戦闘員である者も戦いに駆り出された。今は猫の手でも借りたい所だ。
しかし、まだ2人共子供でありこのまま砦に置いてもいいかランフェルドは迷う。
「父上お願いです。僕を、いえ私をこの砦に置いてください」
「レーリもお願いします」
ランフェルドは2人の言葉に迷う。
戦闘に出さないまでも砦の雑事は山ほどあった。子供でもできる仕事があるかもしれない。
特にレファルドにはそろそろ騎士としての修行をさせても良いかもしれない。
ランフェルドがそんな事を考えている時だった。
竜舎の飛竜達が突然騒ぎ出す。
「何だ! どうした!」
「わかりません! 急に飛竜達が騒ぎ始めまして!!」
ランフェルドは部下に問うが、その部下達は飛竜を静めるのに必死だ。
「ランフェルド様! 大変です!!」
物見の塔の上にいる騎士の1人が慌てた声をあげる。
「何事だ!!」
「竜です! 竜がこちらにっ!」
ランフェルドは騎士の指す方角の空を見る。
空の向こうの方には鳥のようなもの飛んでいる。
まだ遠くにいるが飛び方が飛竜ではない、間違いなく竜であった。
「ランフェルド様いかがいたしましょう!!」
ランフェルドが見ると砦の騎士達が弓や弩を持って竜に対処しようとしている。
しかし、それはしてはいけない事だった。
「武器を持つんじゃない! 竜に向けるな!」
「何故ですかランフェルド様!」
「いいから何もするな! 全員を集めろ!」
あの竜に矢を向けてはいけない。
ランフェルドは慌てる。
(あの竜が想像通りなら敵対行動をとってはならない)
ランフェルドの号令すると砦にいる者達が全員集まってくる。
遠くの竜は猛烈な速さで砦に到達してしまう。
そして、近くまでくると咆哮する。
「うわあああ!!」
「父様っ!!」
「父上!!」
部下達の数名が恐怖で腰をぬかし、レファルドとレーリがランフェルドの足にしがみつく。
真なる竜の咆哮は恐怖の魔法を含んでいる。抵抗力がない者は恐怖で体が動かなくなる。
近づいて来たのは真なる竜である上位竜。
この砦に所属する暗黒騎士達が乗る飛竜よりもはるかに上位の存在だ。
飛竜よりも何倍も大きい体を持つ竜は、降り立つと中央の広場を全て占拠してしまう。
この上位竜はかつて魔竜と呼ばれたアケロン山脈に住んでいた。
気性が激しく、うかつに近づこうものならば、その吐く炎の息の餌食になってしまう。
だが、それは昨日までの話だ。
ランフェルドは竜の背中を見る、そこには1名の暗黒騎士が座っていた。
暗黒騎士クロキ。
ランフェルドが敬愛する魔王モデスによって異界から召喚され、先日に聖騎士団を滅ぼしたナルゴルの英雄である。
暗黒騎士の称号を持つ者でランフェルドよりも上位の存在であった。
そのクロキが砦へと降り立つ。
「総員敬礼!」
ランフェルドは号令する。
まだ、恐怖で腰を抜かしている者もいるが注意する気も起きなかった。
このクロキを前にして、怖れを抱かないでいる方がおかしいのだから。
「ランフェルド卿。あまりそういう事は……」
そう言いながらクロキは兜を外す。
黒い髪に色白の肌、細面の顔。
正直に言って優男である、とても強そうには見えない。どうみても角のないひ弱な人間だった。
だが、見た目に騙されてはいけない。弱そうな男に見えるがその正体は化け物である。
ランフェルドはその事を何よりも知っていた。
あの恐ろしい勇者を倒し、聖騎士団を壊滅させた。
そしてランフェルドはクロキが着ている鎧を見る。
クロキが着る鎧は黒き魔神の鎧だ。全ての暗黒騎士が着る鎧はこの鎧の低位の模造品である。
そのあまりの魔力の強さにこの男が現れるまで誰も着る事ができなかった鎧を、クロキは平然と着ている。
魔族ができなかった事を角なしの者ができる。その事をランフェルドは悔しく思う。
そのクロキは今では魔王に次ぐ存在だ。
「いえ閣下は英雄ですので!!」
そのランフェルドの言葉にクロキは困った顔をする。
クロキは自身を上位者と扱われる事を良く思っていない。
しかし、ランフェルド達にとっては、聖騎士団を壊滅させるような化け物相手に無礼な態度が取れるわけがない。
「閣下、今日はどのような御用で?」
正直に言えば来てほしくないのでランフェルドは少し強い言い方になる。
「忙しい所を申し訳ないランフェルド卿、グロリアスに乗る練習中に遠くからランフェルド卿を見つけたので……竜を紹介してくれたお礼と。あと、ついでに境界にある砦がどのような物か興味があったので見てみたいと思ったのでね」
クロキは少しおどおどして言うと竜を見る。
グロリアスと言う名はクロキがいた世界で栄光を意味するらしい。
(いかにも閣下の乗る竜に相応しい名だな)
ランフェルドはついそんな事を思ってしまう。
グロリアスと名付けられた竜はつい昨日まで魔竜と恐れられた竜だ。
目の前にいる男は、そんな怖ろしい竜を自らの乗騎にしてしまった。
ランフェルドは昨日の事を思い出す。
自分用の飛竜を欲しがるクロキにランフェルドはアケロン山脈に住む魔竜を紹介した。
それは、意地の悪い思惑があっての事だ。
魔族でも飛竜に乗るのは難しい、ましてや真なる竜に乗る事はより難しい。
当然、クロキも乗る事など出来ないと思っていた。
その時ランフェルドは「閣下ならばアケロンの魔竜でも乗りこなせるでしょう」と皮肉を言ったのである。
結果、クロキはあっさりと竜を自分の物にしてしまった。
ランフェルドはそんな皮肉を言った事を、今では情けなく思う。
そして、目の前の男は皮肉を言ったランフェルドに礼を言いに来たのである。
ランフェルドは情けなさで涙が出そうになる。
「礼などととんでもない……」
そう言ってランフェルドはクロキの顔を見る。
何故か目が下を向いている。
クロキのその視点の先を見るとランフェルドの足元にいるレファルドとレーリにつながる。
「子供?」
クロキの疑問の声。
「はい、この子供達は砦の手伝いをしてもらっているので……」
しかし、ランフェルドはその言葉は最後まで言う事ができなかった。
なぜならクロキから強烈な圧迫するような気が向けられたからである。
「子供を戦いの場に置くのですか?」
その声は先ほどのおどおどした声とはまったく違っていた。その声はとても冷く。ランフェルドは背筋が寒くなるの感じた。
「申し訳ございません閣下! 勇者達との戦いにより、この砦の兵は不足しておりまして……。申し訳ございません!!」
ランフェルドは弁明するように頭を下げる。
(まずい、殺される)
ランフェルドは暗黒騎士団長として、死を怖れずに戦う事を誇りとしてきた。
そのランフェルドがクロキの放つ冷たい気を前にして、恐怖して死を覚悟する。
しかし、そんなランフェルドの思いとは裏腹に目の前のクロキの気が穏やかになるのを感じる。
「いや、申し訳ない、そちらの事情もわからず余計な事を……」
クロキは申し訳なさそうに言う。
クロキの気が穏やかになってランフェルドはほっとする。
(後ろの魔竜よりもこの男が恐ろしい)
ランフェルドは心底そう思う。
「ところでランフェルド卿。後ろの子どもは?」
「この2名は私の子供です、レファルドにレーリ。閣下に挨拶をしなさい」
「レ、レファルドと申します閣下!!」
「レ、レーリです、閣下!!」
レファルドとレーリは少し噛みながら挨拶をする。
「良いお子さんですね……」
クロキは挨拶をする2名を見て笑う。
それはとても優しい笑みであった。
しかし、ランフェルドには肉食獣がエサを前に喜ぶ顔にしか見えなかった。
だから、クロキがすぐに自らの子どもから離れた事にほっとする。
「あと皆、忙しいだろうから持ち場に戻っても構わない」
ランフェルドの不安をよそにクロキはそう言うと砦の中を歩きだす。
「閣下、砦を案内いたします」
「いや結構。少し見学したら帰ろうと思う……」
クロキはランフェルドの申し出を断ると1人で砦を見て歩いた。
◆
砦を一通り見学し、クロキはグロリアスで砦を後にする。
「迷惑だったみたいだな……」
クロキは思わず呟く。
「そんな事ありやせんでヤンス。クロキ様のおかげであいつらは助かっているんでヤンスよ!!」
ナットが鎧の内側で憤慨の声を出す。
砦の魔族は明らかにクロキに対して迷惑そうであった。その事をナットは怒っているのである。
ナットの言うとおり、クロキは彼らを助けるために召喚されたはずだ。実際に勇者を倒し助かっているはずだ。
勝手に呼んでおきながら、邪険にされるのは正直気分がいい物ではない。
クロキは先程の魔族に対しても礼儀を尽くしたつもりだった。
しかし、歓迎される事はなく迷惑がられるだけだった。
正直な所、この世界でクロキを歓迎しているのはモデスとナットぐらいである。もっとも呼び出した張本人に邪険にされたら、さすがのクロキも怒る。
もっとも、他にも歓迎してくれる者もいるかもしれないが、知らないので考えようがない。
正直やってられないなとクロキは思う。
「いいんだ、ありがとうナット」
自分の為に怒ってくれた事にクロキは礼を言う。
「それよりも、どこを飛ぼうかグロリアス」
クロキはグロリアスの首をなでる。
嫌な事があった時は別の何かをするに限る。前の世界では剣を振る事であり、今は竜で飛ぶ事だ。
栄光を意味するグロリアスという名を付けたのはクロキだ。
(自分には程遠い言葉だけど、名前ぐらいは良いよね)
クロキはグロリアスの上で皮肉な笑みを浮かべる。
クロキは竜を従えるのは難しいと聞いていたが、意外と簡単に従ってくれた事を思い出す。
(さて今日はどこまで飛ぼうか)
クロキはグロリアスに命じてアケロン山脈の屋根を飛ぶ。
誰かの背に乗るよりも、自分で飛ばす方が気持ちが良かった。
ナルゴルの空は魔力を含んだ雲で覆われてあまり綺麗ではないが、それはそれで良い感覚だった。
(だけど、今日はちょっと違う空を飛んでみたいな)
クロキはそんな事を考えるとアケロン山脈の高い所を越えて人の住む土地の近くまで飛ばす事にする。
クロキがナットに聞いた所によると今飛んでいるアケロン山脈はナルゴルとそれ以外の世界を分ける境界線のようなものらしい。
ただ、そのアケロン山脈のどこからどこまでが境界かは微妙のようだ。
そのため、境界を巡ってエリオスの聖騎士達と紛争になるらしかった。
そんなアケロン山脈はこの世界で最大のゴブリンの生息地であり、沢山のゴブリンの諸王国があるそうだ。
そのため飛んでいるとゴブリンの姿を多数見かける。
このゴブリンの諸王国だがナルゴル側の王国はだいたいモデスに従っているらしいが、人間側の王国はモデスに従っていないらしく、敵対行動を取られる可能性もあった。
さすがに竜に攻撃する事はないが、念のためクロキは少し高めに空を飛ぶ事にする。
クロキがそう思っている時だった。
山の中腹にありえない物が見えたのは。
「ナット! あれは人じゃないか?」
クロキが見る方向、アケロン山脈の中腹を人間らしき者が見えた。
そして、その人間らしき者達はゴブリン達に襲撃されていた。
「グロリアス!!」
クロキは思わずグロリアスをその場に降ろす。
ゴブリン達は竜の姿が見えると、叫び声を上げながら一目散に逃げていく。
クロキは人間達を見る。そこには、20名程の男女がいた。ほとんどが女か子供で成人の男はいないようだった。
その人間達の顔は竜の咆哮のためか皆恐怖を浮かべていた。
「お前たちは何者だ!!?」
グロリアスの背からクロキは人間達に呼びかける。
しかし、人間達は急に現れた竜に怯えるばかりで答えようとはしない。
クロキはほんの少しイライラする。
(何なんだろうこの人達はゴブリンの住処に入れば襲われるのはわかっている事だろうに。何て不用心なんだ? それともわざとなのだろうか?)
思わず助けてしまったが余計な事だったのかもしれない、先ほどの砦での出来事のように。
しかし、関わった以上は事情ぐらいは聞いておこうとクロキは思う。
クロキはグロリアスの背中から降りると兜を脱ぐ。
人間達からどよめく声がする。
「人間……?」
「暗黒騎士が……人間?」
クロキの顔を見て人間達の顔が少し和らいだようだった。
「誰か事情が話せる者はいないのか!?」
クロキの問いに人間達がざわめく。
しばらくたって、1人の女性が出てくる
まだ、若い10代後半くらいだろうか。よく見るとこの集団の中で一番身なりが良い。
「あの……わ私は……アルゴア王国の王女リジェナである。ここにいる者は我が血族である……」
リジェナと名乗った女性はたどたどしく答える。
「……王女? なぜその王女がここに?」
クロキは訳がわからなかった。王女とか王族は国の城にいるものではないのだろうか。
なぜこんな所にいるのだろう?
疑問に思いクロキは小声でナットに聞くが、アルゴア王国の事は知らないようだった。
ナットが知っているのは人間の王国でも大きな国だけで、だとすればアルゴア王国はそんなに大きな国ではないようだとクロキは判断する。
「……私達は追放され、この地に来ました……」
リジェナはおずおずだが、事情を話し出す。
アルゴア王国はナルゴルに近い場所にある国らしい。
そのアルゴア王国ではそこに住む有力ないくつかの氏族から王を選出するらしい。
ここ何十年間はリジェナの氏族が王位を独占していた。しかしそれを、心良く思わない他の氏族が反乱を起こした。そしてリジェナの氏族は敗れ国を追放されたらしい。
「追放か……」
追放というより処刑だなとクロキは思う。
反乱を起こした人達はリジェナの氏族が他の土地で勢力を回復して復讐に来るのを恐れた。そのためリジェナ達をナルゴルの方へと追いやったらしい。当然、ゴブリンの餌になる事を見越しての事だ。かなり残酷な処刑方法だなと思う。
リジェナは泣きながら言う、最初は100人程いた一族もゴブリンに襲われ残っているのはこれだけらしい。大人の男達はゴブリンから女子供を守るため最初に犠牲になったらしく、その中には彼女の父である王や王子であった兄もいたとの事だ。だから女子供しかここにいないのだ。
「お願いです。助けてください……」
リジェナがクロキに懇願する。リジェナの話ではアルゴア王国は近隣諸国と仲が悪く、その国の王族だったリジェナを迎えてくれる国はないとの事だ。そのためリジェナ達には行く所がない。リジェナ達は流民であった。
クロキは空を見てため息をつく。
簡単に済む話なら助けようと思ったがそうではない。ゴブリンの生息地から人間のいる方へ案内しても、流民ならどの国にも入れない。城壁の中に入れなければ他の魔物の餌食になるだけだろう。
外街ができるような大きな国まで連れて行けば何とかなるかもしれないが、自分ひとりならともかくリジェナ達全員をそこまで連れて行く事はできない。
「お願いします……。なんでもしますから……!!」
リジェナは懇願する。ここに来るまでよほど酷い目にあったのだろう。その声はかすれていた。
他の者達もクロキに頭を下げてくる。
面倒な事になったとクロキは思った。
(どうしようか? このまま見捨てて逃げてしまえば楽なはずなのだけど……)
このままここに置いておけば、ゴブリン達が彼女達を始末してくれるだろう。
そうなれば後腐れがないはずであった。
ふと、そこでレイジならどうするだろうかとクロキは考える。
リジェナを見る。充分に美人の部類に入るだろう。
レイジなら絶対に助けるだろう。そして、どこかの誰かに彼女達の世話を押し付けるのだ。勇者の特権を使えば誰も逆らえないだろう、そうしておいしい所を取っていくのだ。
リジェナを見る。
クロキは少し悩んでしまう。レイジなら悩まないだろうと思い、そして決める。
◆
「閣下!!これはどういう事でしょうか!!」
クロキがリジェナ達を連れて砦に戻るとランフェルドが抗議の声を上げる。
「砦の構成員が不足しているらしいのでね、自分の奴隷を連れてきたのだよ、ランフェルド卿」
クロキはリジェナ達を指して言う。
結局リジェナ達を近くの防衛拠点まで連れて行き魔法で砦まで移動させた。
もちろん、この砦で働かせるためである。
クロキが奴隷と言ったのは自らの所有物なら彼らもリジェナ達を粗末には扱わないだろうという、淡い期待があっての事だ。
「子供もいるじゃないですか!!!」
ランフェルドは暗に役に立たないだろうと言う。
「おや、この砦は子供の手を借りなければならないほど人員が不足しているようですが?」
お返しに、暗にランフェルドの子供達の事を言う。
砦の魔族から不満の声がする。
魔族は人間を下等な生き物だと見下している。その人間を砦で働かせろと言ってきたのだ、不満に思うのも当然だろう。
だけどクロキはその声を無視する。
「礼には及ばないよランフェルド卿。私の奴隷達を好きに使ってくれ。皿洗いやら掃除からなんなりとね。ただ、せめて寝床と食事ぐらいは与えて欲しい」
しれっと言う。
さも砦の事を考えて言っているようだが、本当は彼女達の世話をランフェルド達に押し付けたのである。
魔族達から勝手な事をするなと呟きが聞こえる。
後で問題が起こるだろうなとクロキは思う。
リジェナ達を見る。一応説明はしているが不安そうであった。
しかし、これ以上クロキには何も出来なかった。
(最後まで面倒を見る事は出来ない。ゴブリンの餌にならないだけましと思って欲しい)
クロキは心の中で謝る。
「閣下!!」
ランフェルドがなおも抗議の声を上げる。
「ランフェルド卿。悪いがそろそろ魔王宮に戻らなければならない、話があるなら後日伺います。それまで奴隷達を預けますよランフェルド卿!!」
クロキはこれ以上、抗議の言葉を言わせないよう少しだけ強く言う。
その態度にランフェルドは何も言えなくなったようだ。
「それでは魔王宮に戻る」
クロキはそう言うと、不満気なランフェルドを無視してグロリアスに乗る。
グロリアスが咆え、空へと舞いあがる。
砦の者達が恐怖で悲鳴を上げる。
グロリアスが飛ぶと、すぐに砦が小さくなる。
空の上、グロリアスの背の上でクロキは考える。
(結局自分もレイジと同じだ、好き勝手に行動している)
魔族達からの不満がより増えるだろう。
この後、リジェナ達がどうなるかはよくわからない。
だが助けなければ後悔していただろうとクロキは思う。
(やってしまった事をこんな風にレイジは悩まないはずだ。だから、もうこの事は考えない。それよりも、明日から行う女神の創造の事を考えよう。その方が楽しいはずだ)
クロキはグロリアスを飛ばす、しかし自らの心もナルゴルの空のように暗いような感じがした。
その後続には彼の部下である暗黒騎士達が飛竜に乗り空を駆ける。
「最近静かになりましたね、ランフェルド様」
ランフェルドのすぐ後ろの暗黒騎士が気楽な声で言う。
「気を抜くな。聖騎士共が壊滅したと言う情報が間違っている可能性もある、このまま巡回を続けるぞ」
ランフェルドはそう言うと飛竜をナルゴルの境界である山の上で飛ばす。
後ろを見ると後続の騎士達の中で遅れる者が見える。
その様子を見てランフェルドは暗い気持ちになる。
「やはり、再建は難しいか……」
ランフェルドは誰に言うわけでもなく呟く。
勇者レイジ達との戦いにより暗黒騎士達の半数が死に、そして生き残った者も何らかの怪我を負っていた。
そもそも、魔族の中でも暗黒騎士に足る能力を持つ者は少なく、その中でも飛竜に乗る事ができる者は更に少ない。
熟練の騎士達はほとんど勇者にやられてしまった。今、残っているのは飛竜に乗る事ができるだけましの者達ばかりだ。
現在、まともに動ける暗黒騎士は20騎に満たない。
暗黒騎士団長であるランフェルドに課せられた仕事は暗黒騎士団の速やかな再建である。
最近エリオスの聖騎士達による領空侵犯が頻繁に起こっていた。
そのことを考えるとランフェルドは怒りで頭が割れそうになる。
もっとも彼らの主張によれば、世界中の全ての空はエリオスの神々の物なので、ナルゴルとはいえその空を飛ぶ我らが領空侵犯している事になるらしい。
勿論、そんな主張を認めるつもりはない。
彼らは勇者が来る前からたびたびナルゴルの領空間近まで接近する事はあったが、侵入してくる事はなかった。
そして彼らはこちらの戦力が減少すると、毎日のように侵入してきた。
彼らは馬鹿にするようにナルゴルの空を蹂躙したのである。
ランフェルドは領空外に出るように勧告したりもしたが、彼らが聞く事はなく、戦力に乏しいので黙って見ているしかなかった。
だが、そんな彼らの領空侵犯も2日前を最後に終わった。
その理由を知るとランフェルドはざまぁ見ろと思う反面、その原因となった者に怖れを抱かずにはいられなかった。
「よし、砦へ帰還するぞ!!!」
号令の元、飛竜達が旋回する。
ナルゴルの境界であるアケロン山脈の屋根を飛ぶ。
飛んでいくと峰の中に砦が見えてくる。
この砦こそエリオスからナルゴルを守るための砦である。
ランフェルド達は砦の中央の広場に着地する。
「お帰りなさいませランフェルド様」
砦の中から出てきた部下に飛竜を任せるとランフェルドは自らの屋敷へと歩いていく。
「父上!」
「父様!」
砦の中から2人の子どもが飛び出し、ランフェルドの元へと駆け寄って来る。
「レファルドにレーリ! なぜここに?」
ランフェルドは子どもを見て首を傾げる。
レファルドは120歳になる男の子でレーリは90歳になる女の子だ。
そして2人ともランフェルドの子供だ。
本来なら魔王宮の近くにある。魔族の里にいるはずであった。
「はい、母様が父様のお手伝いをしなさいと」
「はい、将来、騎士なるためにも父上の手伝いをしなさいと母上が」
レーリとレファルドが答える。
「そうか……」
ランフェルドは溜息を吐く。
砦の人員が足りてないのは事実である。なにしろ先の戦いで本来なら非戦闘員である者も戦いに駆り出された。今は猫の手でも借りたい所だ。
しかし、まだ2人共子供でありこのまま砦に置いてもいいかランフェルドは迷う。
「父上お願いです。僕を、いえ私をこの砦に置いてください」
「レーリもお願いします」
ランフェルドは2人の言葉に迷う。
戦闘に出さないまでも砦の雑事は山ほどあった。子供でもできる仕事があるかもしれない。
特にレファルドにはそろそろ騎士としての修行をさせても良いかもしれない。
ランフェルドがそんな事を考えている時だった。
竜舎の飛竜達が突然騒ぎ出す。
「何だ! どうした!」
「わかりません! 急に飛竜達が騒ぎ始めまして!!」
ランフェルドは部下に問うが、その部下達は飛竜を静めるのに必死だ。
「ランフェルド様! 大変です!!」
物見の塔の上にいる騎士の1人が慌てた声をあげる。
「何事だ!!」
「竜です! 竜がこちらにっ!」
ランフェルドは騎士の指す方角の空を見る。
空の向こうの方には鳥のようなもの飛んでいる。
まだ遠くにいるが飛び方が飛竜ではない、間違いなく竜であった。
「ランフェルド様いかがいたしましょう!!」
ランフェルドが見ると砦の騎士達が弓や弩を持って竜に対処しようとしている。
しかし、それはしてはいけない事だった。
「武器を持つんじゃない! 竜に向けるな!」
「何故ですかランフェルド様!」
「いいから何もするな! 全員を集めろ!」
あの竜に矢を向けてはいけない。
ランフェルドは慌てる。
(あの竜が想像通りなら敵対行動をとってはならない)
ランフェルドの号令すると砦にいる者達が全員集まってくる。
遠くの竜は猛烈な速さで砦に到達してしまう。
そして、近くまでくると咆哮する。
「うわあああ!!」
「父様っ!!」
「父上!!」
部下達の数名が恐怖で腰をぬかし、レファルドとレーリがランフェルドの足にしがみつく。
真なる竜の咆哮は恐怖の魔法を含んでいる。抵抗力がない者は恐怖で体が動かなくなる。
近づいて来たのは真なる竜である上位竜。
この砦に所属する暗黒騎士達が乗る飛竜よりもはるかに上位の存在だ。
飛竜よりも何倍も大きい体を持つ竜は、降り立つと中央の広場を全て占拠してしまう。
この上位竜はかつて魔竜と呼ばれたアケロン山脈に住んでいた。
気性が激しく、うかつに近づこうものならば、その吐く炎の息の餌食になってしまう。
だが、それは昨日までの話だ。
ランフェルドは竜の背中を見る、そこには1名の暗黒騎士が座っていた。
暗黒騎士クロキ。
ランフェルドが敬愛する魔王モデスによって異界から召喚され、先日に聖騎士団を滅ぼしたナルゴルの英雄である。
暗黒騎士の称号を持つ者でランフェルドよりも上位の存在であった。
そのクロキが砦へと降り立つ。
「総員敬礼!」
ランフェルドは号令する。
まだ、恐怖で腰を抜かしている者もいるが注意する気も起きなかった。
このクロキを前にして、怖れを抱かないでいる方がおかしいのだから。
「ランフェルド卿。あまりそういう事は……」
そう言いながらクロキは兜を外す。
黒い髪に色白の肌、細面の顔。
正直に言って優男である、とても強そうには見えない。どうみても角のないひ弱な人間だった。
だが、見た目に騙されてはいけない。弱そうな男に見えるがその正体は化け物である。
ランフェルドはその事を何よりも知っていた。
あの恐ろしい勇者を倒し、聖騎士団を壊滅させた。
そしてランフェルドはクロキが着ている鎧を見る。
クロキが着る鎧は黒き魔神の鎧だ。全ての暗黒騎士が着る鎧はこの鎧の低位の模造品である。
そのあまりの魔力の強さにこの男が現れるまで誰も着る事ができなかった鎧を、クロキは平然と着ている。
魔族ができなかった事を角なしの者ができる。その事をランフェルドは悔しく思う。
そのクロキは今では魔王に次ぐ存在だ。
「いえ閣下は英雄ですので!!」
そのランフェルドの言葉にクロキは困った顔をする。
クロキは自身を上位者と扱われる事を良く思っていない。
しかし、ランフェルド達にとっては、聖騎士団を壊滅させるような化け物相手に無礼な態度が取れるわけがない。
「閣下、今日はどのような御用で?」
正直に言えば来てほしくないのでランフェルドは少し強い言い方になる。
「忙しい所を申し訳ないランフェルド卿、グロリアスに乗る練習中に遠くからランフェルド卿を見つけたので……竜を紹介してくれたお礼と。あと、ついでに境界にある砦がどのような物か興味があったので見てみたいと思ったのでね」
クロキは少しおどおどして言うと竜を見る。
グロリアスと言う名はクロキがいた世界で栄光を意味するらしい。
(いかにも閣下の乗る竜に相応しい名だな)
ランフェルドはついそんな事を思ってしまう。
グロリアスと名付けられた竜はつい昨日まで魔竜と恐れられた竜だ。
目の前にいる男は、そんな怖ろしい竜を自らの乗騎にしてしまった。
ランフェルドは昨日の事を思い出す。
自分用の飛竜を欲しがるクロキにランフェルドはアケロン山脈に住む魔竜を紹介した。
それは、意地の悪い思惑があっての事だ。
魔族でも飛竜に乗るのは難しい、ましてや真なる竜に乗る事はより難しい。
当然、クロキも乗る事など出来ないと思っていた。
その時ランフェルドは「閣下ならばアケロンの魔竜でも乗りこなせるでしょう」と皮肉を言ったのである。
結果、クロキはあっさりと竜を自分の物にしてしまった。
ランフェルドはそんな皮肉を言った事を、今では情けなく思う。
そして、目の前の男は皮肉を言ったランフェルドに礼を言いに来たのである。
ランフェルドは情けなさで涙が出そうになる。
「礼などととんでもない……」
そう言ってランフェルドはクロキの顔を見る。
何故か目が下を向いている。
クロキのその視点の先を見るとランフェルドの足元にいるレファルドとレーリにつながる。
「子供?」
クロキの疑問の声。
「はい、この子供達は砦の手伝いをしてもらっているので……」
しかし、ランフェルドはその言葉は最後まで言う事ができなかった。
なぜならクロキから強烈な圧迫するような気が向けられたからである。
「子供を戦いの場に置くのですか?」
その声は先ほどのおどおどした声とはまったく違っていた。その声はとても冷く。ランフェルドは背筋が寒くなるの感じた。
「申し訳ございません閣下! 勇者達との戦いにより、この砦の兵は不足しておりまして……。申し訳ございません!!」
ランフェルドは弁明するように頭を下げる。
(まずい、殺される)
ランフェルドは暗黒騎士団長として、死を怖れずに戦う事を誇りとしてきた。
そのランフェルドがクロキの放つ冷たい気を前にして、恐怖して死を覚悟する。
しかし、そんなランフェルドの思いとは裏腹に目の前のクロキの気が穏やかになるのを感じる。
「いや、申し訳ない、そちらの事情もわからず余計な事を……」
クロキは申し訳なさそうに言う。
クロキの気が穏やかになってランフェルドはほっとする。
(後ろの魔竜よりもこの男が恐ろしい)
ランフェルドは心底そう思う。
「ところでランフェルド卿。後ろの子どもは?」
「この2名は私の子供です、レファルドにレーリ。閣下に挨拶をしなさい」
「レ、レファルドと申します閣下!!」
「レ、レーリです、閣下!!」
レファルドとレーリは少し噛みながら挨拶をする。
「良いお子さんですね……」
クロキは挨拶をする2名を見て笑う。
それはとても優しい笑みであった。
しかし、ランフェルドには肉食獣がエサを前に喜ぶ顔にしか見えなかった。
だから、クロキがすぐに自らの子どもから離れた事にほっとする。
「あと皆、忙しいだろうから持ち場に戻っても構わない」
ランフェルドの不安をよそにクロキはそう言うと砦の中を歩きだす。
「閣下、砦を案内いたします」
「いや結構。少し見学したら帰ろうと思う……」
クロキはランフェルドの申し出を断ると1人で砦を見て歩いた。
◆
砦を一通り見学し、クロキはグロリアスで砦を後にする。
「迷惑だったみたいだな……」
クロキは思わず呟く。
「そんな事ありやせんでヤンス。クロキ様のおかげであいつらは助かっているんでヤンスよ!!」
ナットが鎧の内側で憤慨の声を出す。
砦の魔族は明らかにクロキに対して迷惑そうであった。その事をナットは怒っているのである。
ナットの言うとおり、クロキは彼らを助けるために召喚されたはずだ。実際に勇者を倒し助かっているはずだ。
勝手に呼んでおきながら、邪険にされるのは正直気分がいい物ではない。
クロキは先程の魔族に対しても礼儀を尽くしたつもりだった。
しかし、歓迎される事はなく迷惑がられるだけだった。
正直な所、この世界でクロキを歓迎しているのはモデスとナットぐらいである。もっとも呼び出した張本人に邪険にされたら、さすがのクロキも怒る。
もっとも、他にも歓迎してくれる者もいるかもしれないが、知らないので考えようがない。
正直やってられないなとクロキは思う。
「いいんだ、ありがとうナット」
自分の為に怒ってくれた事にクロキは礼を言う。
「それよりも、どこを飛ぼうかグロリアス」
クロキはグロリアスの首をなでる。
嫌な事があった時は別の何かをするに限る。前の世界では剣を振る事であり、今は竜で飛ぶ事だ。
栄光を意味するグロリアスという名を付けたのはクロキだ。
(自分には程遠い言葉だけど、名前ぐらいは良いよね)
クロキはグロリアスの上で皮肉な笑みを浮かべる。
クロキは竜を従えるのは難しいと聞いていたが、意外と簡単に従ってくれた事を思い出す。
(さて今日はどこまで飛ぼうか)
クロキはグロリアスに命じてアケロン山脈の屋根を飛ぶ。
誰かの背に乗るよりも、自分で飛ばす方が気持ちが良かった。
ナルゴルの空は魔力を含んだ雲で覆われてあまり綺麗ではないが、それはそれで良い感覚だった。
(だけど、今日はちょっと違う空を飛んでみたいな)
クロキはそんな事を考えるとアケロン山脈の高い所を越えて人の住む土地の近くまで飛ばす事にする。
クロキがナットに聞いた所によると今飛んでいるアケロン山脈はナルゴルとそれ以外の世界を分ける境界線のようなものらしい。
ただ、そのアケロン山脈のどこからどこまでが境界かは微妙のようだ。
そのため、境界を巡ってエリオスの聖騎士達と紛争になるらしかった。
そんなアケロン山脈はこの世界で最大のゴブリンの生息地であり、沢山のゴブリンの諸王国があるそうだ。
そのため飛んでいるとゴブリンの姿を多数見かける。
このゴブリンの諸王国だがナルゴル側の王国はだいたいモデスに従っているらしいが、人間側の王国はモデスに従っていないらしく、敵対行動を取られる可能性もあった。
さすがに竜に攻撃する事はないが、念のためクロキは少し高めに空を飛ぶ事にする。
クロキがそう思っている時だった。
山の中腹にありえない物が見えたのは。
「ナット! あれは人じゃないか?」
クロキが見る方向、アケロン山脈の中腹を人間らしき者が見えた。
そして、その人間らしき者達はゴブリン達に襲撃されていた。
「グロリアス!!」
クロキは思わずグロリアスをその場に降ろす。
ゴブリン達は竜の姿が見えると、叫び声を上げながら一目散に逃げていく。
クロキは人間達を見る。そこには、20名程の男女がいた。ほとんどが女か子供で成人の男はいないようだった。
その人間達の顔は竜の咆哮のためか皆恐怖を浮かべていた。
「お前たちは何者だ!!?」
グロリアスの背からクロキは人間達に呼びかける。
しかし、人間達は急に現れた竜に怯えるばかりで答えようとはしない。
クロキはほんの少しイライラする。
(何なんだろうこの人達はゴブリンの住処に入れば襲われるのはわかっている事だろうに。何て不用心なんだ? それともわざとなのだろうか?)
思わず助けてしまったが余計な事だったのかもしれない、先ほどの砦での出来事のように。
しかし、関わった以上は事情ぐらいは聞いておこうとクロキは思う。
クロキはグロリアスの背中から降りると兜を脱ぐ。
人間達からどよめく声がする。
「人間……?」
「暗黒騎士が……人間?」
クロキの顔を見て人間達の顔が少し和らいだようだった。
「誰か事情が話せる者はいないのか!?」
クロキの問いに人間達がざわめく。
しばらくたって、1人の女性が出てくる
まだ、若い10代後半くらいだろうか。よく見るとこの集団の中で一番身なりが良い。
「あの……わ私は……アルゴア王国の王女リジェナである。ここにいる者は我が血族である……」
リジェナと名乗った女性はたどたどしく答える。
「……王女? なぜその王女がここに?」
クロキは訳がわからなかった。王女とか王族は国の城にいるものではないのだろうか。
なぜこんな所にいるのだろう?
疑問に思いクロキは小声でナットに聞くが、アルゴア王国の事は知らないようだった。
ナットが知っているのは人間の王国でも大きな国だけで、だとすればアルゴア王国はそんなに大きな国ではないようだとクロキは判断する。
「……私達は追放され、この地に来ました……」
リジェナはおずおずだが、事情を話し出す。
アルゴア王国はナルゴルに近い場所にある国らしい。
そのアルゴア王国ではそこに住む有力ないくつかの氏族から王を選出するらしい。
ここ何十年間はリジェナの氏族が王位を独占していた。しかしそれを、心良く思わない他の氏族が反乱を起こした。そしてリジェナの氏族は敗れ国を追放されたらしい。
「追放か……」
追放というより処刑だなとクロキは思う。
反乱を起こした人達はリジェナの氏族が他の土地で勢力を回復して復讐に来るのを恐れた。そのためリジェナ達をナルゴルの方へと追いやったらしい。当然、ゴブリンの餌になる事を見越しての事だ。かなり残酷な処刑方法だなと思う。
リジェナは泣きながら言う、最初は100人程いた一族もゴブリンに襲われ残っているのはこれだけらしい。大人の男達はゴブリンから女子供を守るため最初に犠牲になったらしく、その中には彼女の父である王や王子であった兄もいたとの事だ。だから女子供しかここにいないのだ。
「お願いです。助けてください……」
リジェナがクロキに懇願する。リジェナの話ではアルゴア王国は近隣諸国と仲が悪く、その国の王族だったリジェナを迎えてくれる国はないとの事だ。そのためリジェナ達には行く所がない。リジェナ達は流民であった。
クロキは空を見てため息をつく。
簡単に済む話なら助けようと思ったがそうではない。ゴブリンの生息地から人間のいる方へ案内しても、流民ならどの国にも入れない。城壁の中に入れなければ他の魔物の餌食になるだけだろう。
外街ができるような大きな国まで連れて行けば何とかなるかもしれないが、自分ひとりならともかくリジェナ達全員をそこまで連れて行く事はできない。
「お願いします……。なんでもしますから……!!」
リジェナは懇願する。ここに来るまでよほど酷い目にあったのだろう。その声はかすれていた。
他の者達もクロキに頭を下げてくる。
面倒な事になったとクロキは思った。
(どうしようか? このまま見捨てて逃げてしまえば楽なはずなのだけど……)
このままここに置いておけば、ゴブリン達が彼女達を始末してくれるだろう。
そうなれば後腐れがないはずであった。
ふと、そこでレイジならどうするだろうかとクロキは考える。
リジェナを見る。充分に美人の部類に入るだろう。
レイジなら絶対に助けるだろう。そして、どこかの誰かに彼女達の世話を押し付けるのだ。勇者の特権を使えば誰も逆らえないだろう、そうしておいしい所を取っていくのだ。
リジェナを見る。
クロキは少し悩んでしまう。レイジなら悩まないだろうと思い、そして決める。
◆
「閣下!!これはどういう事でしょうか!!」
クロキがリジェナ達を連れて砦に戻るとランフェルドが抗議の声を上げる。
「砦の構成員が不足しているらしいのでね、自分の奴隷を連れてきたのだよ、ランフェルド卿」
クロキはリジェナ達を指して言う。
結局リジェナ達を近くの防衛拠点まで連れて行き魔法で砦まで移動させた。
もちろん、この砦で働かせるためである。
クロキが奴隷と言ったのは自らの所有物なら彼らもリジェナ達を粗末には扱わないだろうという、淡い期待があっての事だ。
「子供もいるじゃないですか!!!」
ランフェルドは暗に役に立たないだろうと言う。
「おや、この砦は子供の手を借りなければならないほど人員が不足しているようですが?」
お返しに、暗にランフェルドの子供達の事を言う。
砦の魔族から不満の声がする。
魔族は人間を下等な生き物だと見下している。その人間を砦で働かせろと言ってきたのだ、不満に思うのも当然だろう。
だけどクロキはその声を無視する。
「礼には及ばないよランフェルド卿。私の奴隷達を好きに使ってくれ。皿洗いやら掃除からなんなりとね。ただ、せめて寝床と食事ぐらいは与えて欲しい」
しれっと言う。
さも砦の事を考えて言っているようだが、本当は彼女達の世話をランフェルド達に押し付けたのである。
魔族達から勝手な事をするなと呟きが聞こえる。
後で問題が起こるだろうなとクロキは思う。
リジェナ達を見る。一応説明はしているが不安そうであった。
しかし、これ以上クロキには何も出来なかった。
(最後まで面倒を見る事は出来ない。ゴブリンの餌にならないだけましと思って欲しい)
クロキは心の中で謝る。
「閣下!!」
ランフェルドがなおも抗議の声を上げる。
「ランフェルド卿。悪いがそろそろ魔王宮に戻らなければならない、話があるなら後日伺います。それまで奴隷達を預けますよランフェルド卿!!」
クロキはこれ以上、抗議の言葉を言わせないよう少しだけ強く言う。
その態度にランフェルドは何も言えなくなったようだ。
「それでは魔王宮に戻る」
クロキはそう言うと、不満気なランフェルドを無視してグロリアスに乗る。
グロリアスが咆え、空へと舞いあがる。
砦の者達が恐怖で悲鳴を上げる。
グロリアスが飛ぶと、すぐに砦が小さくなる。
空の上、グロリアスの背の上でクロキは考える。
(結局自分もレイジと同じだ、好き勝手に行動している)
魔族達からの不満がより増えるだろう。
この後、リジェナ達がどうなるかはよくわからない。
だが助けなければ後悔していただろうとクロキは思う。
(やってしまった事をこんな風にレイジは悩まないはずだ。だから、もうこの事は考えない。それよりも、明日から行う女神の創造の事を考えよう。その方が楽しいはずだ)
クロキはグロリアスを飛ばす、しかし自らの心もナルゴルの空のように暗いような感じがした。
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コメント
Kyonix
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ローゼンフェルド:...
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ローゼンフェルド:...
モード:彼に何を伝えましたか? ...
ローゼンフェルド:冗談を言っただけだ...
モード:冗談...それはそれのように見えない...
ローゼンフェルド:ごめんなさい...
モード:...
ローゼンフェルド:...
モード:...
ローゼンフェルド:...
黒木は自分を比較しない
ノベルバユーザー351590
ん?今なんでもするって…