暗黒騎士物語

根崎タケル

女神の国

 バンドールの地の大部分は広い平野である。
 開けた土地なので、明るい場所を嫌うゴブリンは少ない。
 しかし、ゴブリンが少ないだけで、人が住みやすい土地ではない。
 アズィミド湾に面した場所には蜥蜴人リザードマン蛙人トードマンが住む湿原があり、そうでない場所にはケンタウロスやサテュロス等の蹄の血族に、狼人ウルフマン人狼ワーウルフ等の牙の血族が多く住み着いている。
 これらの種族は人間を襲う事もある。
 そのためバンドールに住む人々は安心して暮らせない。
 そんなバンドール平野の南西に人間の国である、聖レナリア共和国がある。
 聖レナリア共和国は知恵と勝利の女神アルレーナを信仰する宗教国家であり、数多あまたの国家群の中でも強大な国家の一つだ。
 戦女神を崇める国であるためか、尚武しょうぶを国是としている。千を超える神殿騎士達は優秀であり、市民からなる重装歩兵部隊もまた精強だ。
 複数の衛星都市を持ち、中心となるレナリア市の人口は約十万人。
 もちろん、それは市民権を持つ者が十万人というだけで市民権を持たない者を含めるとさらに人口が増えるだろう。
 聖レナリア共和国は、共和国の名のとおり世襲の王ではなく、任期四年の執政官が統治する国である。
 その執政官の選ばれ方は、一般的な共和国の選挙と違い、一定数の市民権を持つ者の推薦を受けた者の中からアルレーナ教団が選ぶ。
 しかも、教団には執政官の政策や市民権を持つ者で組織される民会の決議に対して拒否権を持っている。つまりこの国の政治は教団の意向を無視して政治を行う事はできない。この国の最高権力者はアルレーナ教団と言えるだろう。
 この聖レナリア共和国の神殿は女神アルレーナ信仰の最大の聖地であり、世界中から信者が参拝に訪れる。
 また、豊かな国なので女神アルレーナの信徒ではない者も多く訪れる。
 そんな来訪者の一人としてクロキはこの国に来ていた。

 ◆

「ここが聖レナリアだぜ。クロ。城壁には入れねえが、外の街だって中々のものだ」

 ドズミと共にクロキは城壁の外の街を歩く。

(思った通り、聖レナリア共和国の市民権を持っていないのか……。まあ何となく、そんな気はしてたけどね……)

 クロキは少しがっかりする。
 市民であれば、城壁の中に入れて、まともな宿泊先を見付ける事ができただろう。
 外街の宿の主の中には、客を襲う者もいる。面倒を避けるためにも城壁内に宿泊したかったのである。
 城壁の外は舗装されておらず、剥き出しの地面には昨日の雨のせいで水たまりがあるため歩くたびに靴を汚す。

「以前見た外街よりも綺麗だね、ナット」

 クロキは肩に乗ったナットに呟く。

「そうでヤンスか? ヤーフの巣の違いは私にはわからないでヤンス」

 ナットはきょろきょろと街を見て、首を傾げる。
 外街に来るのは初めてではない。
 外街とは城壁の外に作られた街の事だ。
 魔物が多いこの世界では、城壁は必須である。しかし、それでは中に住める人は限られる。
 そのため、比較的安全な国には、城壁の外にも街ができる事もある。
 大抵は規模の大きい国であり、聖レナリア共和国にも外街ができている。
 外街であれば入国するために市民権が必要ではない。そのため、クロキでも自由に出入りする事ができる。
 ただし、城壁の外にいる事は危険である。
 だけど、どこの市民権も持たない人間は他に行き場がないので外街に住むしかない。
 この外街にいるのは滅亡した国の人、もしくは国を追われた犯罪者だったりする事が多い。
 もちろん、犯罪に手を染めない人もいる。
 しかし、その国が守るのは自国の市民や条約を結んだ他国の市民が原則であり、市民権を持たない者を守る義務はない。つまり、犯罪にあっても、国の保護を受けられない。
 そのため、非常に治安が悪い。それが、クロキが得た外街の知識だ。
 しかし、聖レナリア共和国のクロキが見たところ、他の外街に比べて治安が守られているように見える。
 クロキにはそれが不思議だった。
 クロキがそんな事を考えながら歩いているとドズミが不思議そうな顔でして見ている。

「どうしたのですか? ドズミさん?」
「いや、何だかネズミと話をしているように見えてな。そんな訳ないよな。あははは」

 ドズミは笑う。
 実はドズミにはナットがキーキーと鳴いているようにしか聞こえていないのだ。
 ナットは人間の言葉ではなく、火ネズミの言葉を話しているのだ。
 ネズミが鳴いているように聞こえるかもしれないが、これでも立派な言語である。
 もし、クロキのように常に会話の魔法を使えている者がいたら、ナットが何を言っているのかがわかっただろう。
 しかし、魔法が使えないドズミから見たら、クロキは動物に対して独り言を言っているように見えても仕方がない。

「ははは。1人で旅をしていましたので、独り言の癖ができてしまったのですよ」
「そうか、それは変な癖だな。あははは」

 ドズミが笑う。

(やばい! 変な人と思われたかもしれない!)

 ナットはこの辺りでは珍しい種族だ。
 言葉が話せると目立つ怖れがある。
 レイジ達の様子を見に来たクロキとしては目立つのは得策ではない。
 クロキはナットと会話する時は気を付けようと思う。

「それよりもドズミさん。どちらに向かっているのですか?」
「ああ、それはだな、自由戦士協会だよ、クロ。聖レナリア共和国で自由戦士になるんだろ?」

 言われてクロキはそうだったと思い出す。

「確かにそうですが……。でもなぜ自由戦士協会に? 自分は市民権も持っていないのですが」

 特殊である魔術師協会を除き、協会や組合と名が付くものにはその国の市民しか加入できないのが普通だ。
 当然クロキは聖レナリア共和国の市民権を持っていない。
 自由戦士協会に加入はできないはずであった。
 そもそも 依頼が来るかどうかは知らないが、自由戦士になるのに資格はいらないはずだ。
 クロキがそう言うとドズミは意外そうな顔をする。

「何を言っているんだ、クロ。聖レナリアの自由戦士協会は市民権を持たない者でも、加入できるぞ。そのために来たのじゃないのか」

 ドズミが説明してくれる。
 知恵と勝利の女神であるアルレーナは戦士達の守り神だ。
 そのためこの国を支配するアルレーナ教団は魔物から人々を守る戦士ならば、市民権がない者でも加入を認めるように協会を指導したのである。
 これを受けて自由戦士協会は市民権がない者にも入会を認めるようになった。
 加入した者は市民権こそないが、一定の法の保護が受けられる。
 保護の内容は主に財産権と人身の保護である。
 これはどこの国の市民権を持たない者にとっては、ありがたいものである。
 クロキはなぜ、外街であるにもかかわらず、治安が良いのかわかった気がした。
 市民でない者でも一定の法の保護が受けられるのなら、治安も良くなるだろう。
 もちろん、他国の外街に比べればの話である。
 また、そんな戦士達は聖レナリアだけでなく周辺諸国にも派遣されているそうだ。
 住める人は限られているが、いざという時は戦士が欲しい小国にとって聖レナリア共和国はとてもありがたい国だろう。
 そして、ドズミの説明では聖レナリア共和国で自由戦士をするには、協会に入会しないとできないそうだ。

「あははは、知ってはいたのですけど、半信半疑だったので」

 クロキは笑ってごまかす。
 ナットは地理については詳しくても、人間社会の事は詳しくなかった。
 そのためクロキはこの国の事をほとんど知らない。

「そうか? この辺りの国々じゃ有名な話のはずなんだがな。よっぽど遠いとこから来たのか?」

 ドズミは首を傾げる。

「はい! そうです! ここから遥か遠い北から来たのですよ!」
 
 クロキはごまかすように力を込めて言う。

「そ、そうか大変だったな。それに、何か訳ありのようだな……」

 ドズミはそれ以上、クロキを詮索しなかった。
 かなり良い人みたいだなとクロキは思った。
 そんな話をしながらクロキとドズミは歩く。
 やがて、外街の建物にしては立派な建物が見えてくる。
 外街の建物は木で、しかも傍目から見ても粗末な造りが多いが、この建物はしっかりとした石造りである。

「ドズミさん。ここが自由戦士協会なのですか?」
「ああ、そうだぜ、本部じゃないけどな。本部は城壁の中にある。ここは出張所だ。さあ入ろうぜ」

 ドズミに誘われて、建物に入る。

「何だ? お前達は戦士の登録に来たのか?」

 建物に入ると警備の戦士らしき大男に止められる。

「はい。そうですぜ、旦那。こちらのクロが登録します」
「ほう、そうか、なら奥に進みな、しかし、この中で何か暴れるようなら容赦はしねえ。覚えときな」

 そう言って大男はクロキ達に道を空ける。

「怖い人ですね」
「ああ、この出張所を守るために雇われた戦士だ。実際腕が立つらしい。絶対に逆らっちゃなんねえ」

 奥に行くとクロキは受付らしき場所へと辿り付く。
 受付には男が一人座っていて、クロキ達が近づくと面倒くさそうな表情を浮かべる。
 男は先程の大男に比べるとかなり細い。とても戦士には見えなかった。

「登録か?」

 男は横柄な態度で尋ねる。
 明らかにこちらを見下している。そして、クロキはこの対応に覚えがあった。

(この対応はいくつかの国の門番と同じだなあ……)

 市民権を持っていない者に対しては、どこの国の役人も対応が同じである。
 市民権がなくても入会可能なのは、この国の恩恵であり、市民権を持たないクロキは丁寧な対応をするべき相手ではないのだろう。

「はい。そうです旦那様。こちらのクロが入会したいと」

 男が横柄ならドズミは卑屈だった。
 いかにドズミの立場が弱いのかわかる

「それじゃあ、この書類を読み上げた後で、最後に署名して」

 役人は一枚の紙を出す。
 クロキは紙を見る。何かが書かれているのはわかるが、内容がわからない。

(どうしよう、読めない……)

 クロキの頬に冷や汗が流れる。
 そもそもクロキはこの世界に来て間がない。この世界の文字を読み書きできなかった。
 解読リーディングの魔法というものもあるが、クロキはそれを使えず。また、その魔法では読む事しかできない。文字を書く事はできないのである。
 つまり、どうしようもなかった。

「どうした? 読めないのか?」
「はい、読めないです。すみません」

 クロキは頭を下げる。

「それなら入会は無理だ。どこかの戦士団に入れてもらえ」

 役人は紙を引っ込めると、犬でも追い払うようにクロキにしっしっと手を振る。
 かなり、失礼な態度だなとクロキは思う。  
 しかし、クロキは元の世界においても、良い扱いをされた事はなかった。
 そのため、そんな対応にも慣れてしまい。特に腹も立たなかった。
 それにこれくらいでいちいち腹を立てていたら、旅は難しい。
 結局クロキとドズミはそれ以上何もできず、引き返す。

「すまねえ、クロも俺と同じで読み書きができなかったんだな……。何だか良いところの生まれみたいだから、勘違いしていた」

 ドズミが謝る。

(身分の高い家の出身だと思われていたのか……)

 識字率の高い日本では、読み書きできて当たり前だが、この世界では読み書きができない方が普通だった。
 読み書きができるのは例外を除けば上流階級ぐらいである。
 ドズミはクロキを上流階級の出だと思っていたようだ。

「いえ、案内していただいただけでも、ありがとうございます」

 クロキは入会ができなかったのを、特に何とも思っていなかった。
 そもそも、自由戦士になるつもりはないのだ。だから、ドズミに謝ってもらわなくても良かったのである。
 そこでふとクロキは疑問に思う。

「そういえばドズミさんも読み書きができないのですよね。どうやって自由戦士協会に入会を?」
「ああ、俺の場合は入会している戦士団に入れてもらったんだ。読み書きができない奴はそうしないと、自由戦士としてやっていけないからな」

 それを聞きクロキは頷く。
 つまり、協会には団体加入ができるのだ。そして、読み書きができない者はその団体に入る事で、間接的に自由戦士協会に入会できるのだろう。
 なぜ、そうなのか? おそらく事務的な事なのだろうとクロキは推測する。

「ああ、そうなのですか。それでは戦士団に読み書きができる者がいない時は、どうされるのですか?」
「いや、その心配はない。読み書きができる奴がいないと加入は無理だからな。団長が読み書きできりゃ良いが、できない時は読み書きできる書記を仲間にしなきゃならねえらしい」
「なるほど、それならドズミさんの戦士団を紹介してもらえないでしょうか?」

 クロキがそう言うとドズミは暗い顔をする。
 そして、少し暗い顔をして首を振る。

「悪い、それは難しい。俺は下っ端なんだ。俺なんかの紹介じゃ、使い潰されて終わりだ」

 その態度からドズミの置かれている状況が、良くない事をクロキは察する。
 クロキはそれ以上何も言えなくなる。

「そうですか、それではどこか寝泊まりできる場所はありませんか?」

 クロキは話題を変える。
 この国にしばらく滞在する予定なのだ。寝泊まりできる場所を見つけた方が良い。

「それなら、紹介できるぜ。だけど、金は持っているのか?」
「はい、一応。ただ、この国のお金は持っていません。他国のお金は使えますか? 駄目なら両替商も紹介していただけませんか?」

 クロキが旅の間に得た知識では、この世界にも貨幣はある。
 ただし、どこかの国が貨幣の発行を独占しているわけではない。
 どこの国でも貨幣を発行することできて、また個人でも貨幣を作る事ができる。もっとも通用するかどうかは別だ。
 そのためか、様々な種類の貨幣が世界にはある。しかし、それだと不便なので両替商と呼ばれる職業があるのだ。
 両替商は金や銀等の含有量に応じて、他国の貨幣を自国の貨幣へと交換する。
 中には酷い者もいて、正当なレートでは交換しない者もいる。
 ちなみに、インフレが起こっているかどうかまではクロキは知らない。
 また、両替商の中には貨幣、貴金属、文書の保管なども行い、預けられた金を元手に貸付も行う者もいる。要するに銀行がこの世界にもあるのだ。
 クロキはその事を知った時、意外と進んでいるなと思ったりもした。

「すまねえ、両替商がどこにいるのか知らねえんだ。城壁の中なら確実にいるだろうがな。だが、他国の金でも泊まれる宿だったら紹介できる。あそこなら、大丈夫だ。ついて来な」

 そう言ってドズミは歩き出す。

(どうやら、他国のお金でも使えるようだ。良かった)

 日本でも昔は外国のお金である宋銭や明銭が使われたように、外国のお金が使われた時期がある。
 この聖レナリア共和国でもそうなのだろう。
 しばらく歩くと小さな食堂に辿り着く。

「ここの二階に泊まれるはずだ。そして、俺が案内できるのはここまでだ」

 ドズミはそう言って食堂を指す。

「そうですか、ありがとうございます。ドズミさん。ここまでしてくれるとは思いませんでした。どうしてそんなに親切にしてくれるのです」

 クロキは疑問に思う。ここまで親切にしてくれるとは思わなかったからだ。

「いや、助けてくれたからな、別にお礼を言わなくても良いぜ。それに俺にも下心があるからな」

 そう言ってドズミはニッと笑う。そのすぐ後に盛大な腹の音が聞こえる。

「すまない、何か食わせてくれないか? あといくらかで良いから金を恵んでくれないか? 実は金を全く持ってないんだ」

 ◆

 食堂に入り、注文するとやがて大麦と豆の粥が運ばれてくる。

(俺にもようやく運が向いてきた)

 ドズミは粥をすすりながらクロを見る。

(こいつはきっととんでもない奴だ。間違いない)

 ドズミは先程クロに恵んでもらった数枚の金貨を握りしめる。
 ドズミは金貨を見るのは久しぶりだった。以前に見た時よりも金貨が輝いて見える。しかし、本物だろうと確信している。
 なぜなら、本気で騙す気なら金貨ではなく、銀貨を出すだろう。
 金貨は基本的に使わないのが普通だ。

(こいつは金になるに間違いない。こいつについていけば、運が開けるかもしれねえ)

 ドズミはこれまでの人生を思い出す。

(碌でもない人生だった)

 ドズミは聖レナリア共和国に来たのは十八歳の時だ。
 故郷を飛び出したドズミは英雄が建てた国へと夢を持ってやって来た。
 夢は英雄となり、良い暮らしをするためだ。
 しかし、ドズミには才能がなかった。
 自由戦士になったのは良いが、ゴブリン一匹と互角に戦うのがやっとだった。
 頭を下げて入れてもらった戦士団では常に下っ端。
 つい先ほども、ゴブリンに対して囮にされてしまった。しかも、そのまま置いてけぼりである。
 ドズミは積荷の中身が何かは知らない。しかし、碌(ろく)でもない物だというのはわかる。
 できればやりたくなかった。だから、さっさと聖レナリアに戻ったのである。

(あんな戦士団とはおさらばだ)

 ドズミは戦士団から抜け出す事を考えていた。
 現在ドズミが所属している戦士団黒の牙はまとも戦士団ではない。
 戦士は魔物と戦うために存在するはずだが、黒の牙は同じ人を襲う。
 狙うのは市民権を持たない者がほとんどである。
 市民権を持たない者が酷い目に会っても、役人は基本的に何もしない。
 それは協会に入会した自由戦士でも同じだ。
 自由戦士になれば一定の保護は受けられるが、あくまで一定である。
 証拠を集めて訴えなければ保護を受けられない。証拠集めも被害者がしなければならず。かなりの手間である上に、しっかりとした証拠でなければ役人は動かない。
 これでは目撃者がはっきりとした現行犯でない限り、加害者は罰せられない。
 これまで、黒の牙が咎められた事はない。なぜなら、はっきりとした証拠を残した事がないからだ。

(そんな、戦士団ぐらいしか俺は入る事はできなかった。だけど、そんな人生は嫌だ。このままじゃ使い潰されて終わりだ。これなら、故郷にいた方がましだったぜ。ちくしょう……)

 ドズミは十年も帰っていなかった、故郷を思い出す。
 決して良い暮らしではなかった。だから、栄達を夢見てこの国に来た。しかし、今の暮らしに比べたら何倍も増しだ。
 ドズミは自身が悪人である事を自覚していた。真っ当な道に戻れるとは思っていない。
 しかし、このまま終わるのは嫌だった。そのためなら悪魔と契約しても良かった。

(このクロが何者かはわからねえ。だけど、側にいれば俺にも良い思いができるかもしれねえ。折角知り合えたんだ。こいつに賭けてみよう。どうせ、何も失うものはないしな……)

 そんな事を考えながらクロを見る。 

「どうしたのですか? ドズミさん?」

 見られている事に気付いたクロが不思議そうな顔をする。

「いや何でもねえ。あははは」

 そんな時だった。
 食堂の入り口に何者かが入って来る。
 そして、ドズミは何気なくそちらを見て固まってしまう。
 黒い髭の大男と、その後ろにいる数名の男達。

「ドズミ、なぜここにいる? 積荷の護衛を命じたはずだ」
「団長……。なぜここに?」

 入って来た男をドズミは知っていた。
 黒の牙の団長ゲンドル。別名で人食いと呼ばれている男だ。
 ドズミが最も会いたくない相手である。

(どうして? 団長がここに? いつもは違う店に行くはずだ)

 ドズミは疑問に思う。しかし、理由はわからないがゲンドルはここにいる。

「たまたま、お前が歩くところを見た奴がいてな。だから、問い質
しに来た」

 ドズミは観念する。

「途中ゴブリンに襲われました。俺を囮にしたので積荷は無事のはずです……。追い掛けると夜になると思ったので、戻って来ました」

 ドズミは本当の事を言ったが、ゲンドルは疑った目で見ている。

「本当か? もし、積荷に何かあったのなら、貴様には責任を取ってもらうぞ」

 ゲンドルの目がすっと細くなる。
 その目を見て、ドズミの背中に冷や汗が流れる。
 ゲンドルは失敗した者に容赦はしない。そして、逃げられた奴もいない。

「ところで、ドズミ。隣にいるのは誰だ? 中々綺麗な顔をしているじゃねえか。男娼でもしにこの国に来たのか? お前、名は? どうしてこの国に来た?」

 ゲンドルがクロの顔を見て、下品な。笑みを浮かべる。

「ええと……、クロです。自由戦士になりに来ました」

 睨まれたためか、クロは身を小さくして答える。

「そうか、クロというのか? それにしてもお前、何か面白いものを連れているじゃねえか? そいつを寄こしな。そいつは金になるはずだからな」

 ゲンドルはクロの肩の辺りをじっと眺めている。

「えっと、それは駄目です。ナットは仲間です。渡す事はできないです」

 クロは逃げるように席を立つとゲンドルから離れる。

「おい! 貴様! 団長に向かって……」
「よせ!」

 配下がクロに迫るのを、ゲンドルが止める。

「クロか、良い度胸しているじゃねえか。ここは退いてやるよ。また会おうぜ」

 そう言うとゲンドルは配下と共に出て行く。
 特にこの店に食事に来たわけではなかったようだ。
 ドズミは頭が痛くなる。

(団長のあの様子だとただで済ますわけがない。このままではマズイ)

 ドズミの予想では、団長は夜にでもクロを襲うだろう。

「クロ。悪い事は言わねえ、この国から逃げろ」
「逃げる?」
「そうだ! 良いか! 早くこの国を出るんだぞ!」

 そう言ってドズミはクロに忠告するのだった。 

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