現代妖怪怪奇譚ー化け猫ジュブナイルー

八兵衛

ー契約ー

 「うぎゃああああああああ!!」

 二頭の牛頭の斧が交差して、男の体が上半身と下半身とに別れる。
 倒れた男の腹からはグチャグチャと血と臓物とが溢れだしていて、男は痛みに悶えて転げ回った。

 「嫌だぁ!嘘だぁっ!責めて俺も牛に!牛にしてくれぇ。お願いだぁ…お…俺の足ぃ、これをくっ付けて、くっ付けてくれよぉぉぉお。」
 男は這いずりながら自らの下半身に近付くと、それを抱き締めてわめき声を上げている。

 ブルルル。と鼻をならした二頭の牛頭達は、面白くなさそうに呟いた。

 「イヤダ…オマエ…イラナイ。」

 「ソノママ…クルシンデ…シンデシマエ。」

 二頭の牛頭達は、男をそのまま放置して、ゆっくりと俺を見た。

 そこで、やっと我に返る。
 逃げ出す隙はあったのに、目の前の惨状に圧倒されて、その光景の現実味のなさに夢うつつの状態で、身動きがとれないでいた。

 「ふむ。どうやら次はお前の番であるらしいな。私はどうしようか。猫の体に牛の頭は合うまい。私の体はいらぬだろう。」
 黒猫はこれが他人事だと可笑しそうに冗談を言って、「ククク」と笑い声を上げた。

 ゆっくりとこちらに歩みを進める牛頭達を見て、懸命に立ち上がって逃げようともがくが、腰が抜けてしまってそれが出来ない。
 必死に手を動かして後退るが、直ぐに追い付かれてしまうのは明白であった。

 「コイツ…ドウスルカ…。」

 「ナカマ…スルカ?」

 「モオォウット…ダレカ…イタブリタイ。」

 「コレダト…スグシヌゾ。」

 「コレハ…ステヨウ。」

 牛頭達は俺が恐怖を感じているのを、少しでも長く見て楽しめるように、牛歩の歩みでゆっくりと此方に歩み寄りながら相談しあうと、手にしていた斧をその場に放り投げた。

 どうやら、俺の事を仲間に引き入れるつもりなど毛頭無いようだ。
 いたぶって殺すつもりであるらしい。
 
 その事に落胆すると、黒猫が嬉々たる声を上げた。

 「おう。彼奴等は武器を捨てたぞ。お前にも勝機が芽生えたな。」
 その言葉に、俺が苛立たしげに黒猫を睨むと、黒猫は呆れたように首を落とした。

 「阿呆。私が冗談を言っているとでも考えているのか。お前も死んだ者達も、見た目に惑わされすぎなのだ。彼奴等を良く見ろ。確かに化け物然とはしているが、体は只の人間だ。ならば倒すことも出来よう。」
 黒猫の言葉を聞いて、俺は牛頭達に視線を戻す。

 黒猫の言葉は確かに的を得ていた。
 牛頭達の体は殺した人間の物なのだ。牛の頭の大きさの割に、その体は人間のままだ。
 特に大男の体と言うわけでもなく、上半身は裸で、腰には破れてしまったズボンをはいているだけなので、それが良く確認出来た。

 「古来、人間と妖が立ち合う話は良く有ることだ。相手が生来の化け物であっても、それに打ち勝った人間も多い。であるならば、相手が化け物崩れであるお前の方が、その古人達よりも勝率は高いと言えよう。」
 黒猫の励ましに対して、俺は力なく頷く。

 2対1の喧嘩など経験したことはないし、特に武術等学んでいない俺に、化け物を殺す力があるとは思わないが、死に物狂いで戦えば、あるいは逃げる機会を得られるかもしれない。

 若しくは、機を伺って、牛頭達の捨てた斧を拾い上げて戦うのも良いだろう。
 牛頭達がゆっくりと向かってきてくれたおかげで、黒猫の話を聞き、覚悟を持つことが出来た。

 「よし!」

 俺は自らを奮い立たせるために両頬を叩くと、未だガクガクと震える足に力を込め、気合いを入れて立ち上がった。
 
 「ほぉう。能無しの割に勇気を振り絞る事が出来たか。その意気は上等。後はこの場を切り抜けられる力が、果たしてお前に有るのかどうかだな。」
 黒猫は楽しそうに笑いながら、俺の後ろに回って牛頭達への道を開ける。

 黒猫との会話の間に、牛頭達は既に目の前まで迫っていた。

 俺は覚悟を決めて、牛頭の一頭に殴りかかる。

 「おおおおおおっ!!」
 俺の体重を乗せた渾身の一撃を、牛頭の頬に向かって思い切り打ち込む。

 俺の拳が牛頭の頬に当たった瞬間、ゴキリと音がなり、俺の腕の骨が折れるのが解った。

 「がぁぁぁぁあっ!」
 その痛みに悶えると、牛頭は腕を振り上げて横凪ぎに振るった。

 人間では有り得ないほどの力に、あばらの骨はミシミシと音をあげながら折れ、俺の体はもんどりを打って吹き飛ばされる。

 牛頭の圧倒的な力によって宙を舞った俺の体は、勢い良く鳥居の向こうの階段に打ち付けられた。
 階段の角に頭を強く打ちつけ、頭蓋骨は陥没し、視界が強く揺れてチラチラと星が舞う。

 その様子を見て、牛頭達はブルブルと鼻を震わせながら嫌らしい笑みを浮かべて嗤う。

 目を回して怯む俺の隣に、黒猫が慌てて駆け寄った。

 「阿呆が。私は人間のままであるのは体だと言ったのだ。化け物になった顔を一番に殴る奴があるか。」
 黒猫は首を振って大きな溜め息を吐く。

 「しかし想定外であるのは、彼奴等の体が私が思ったよりも妖力に馴染んでいると言うことだ。あの力は最早人間の物ではあるまい。そこは私の読み違いだ。素直に非を認めよう。」
 人をけしかけておいて、黒猫はそんな事をほざいた。猫の言うことをそのまま信じた俺が馬鹿だった。

 まだまだ怯み、立ち上がれない俺を待たずして、牛頭の一頭が両腕を掲げて飛び上がる。

 視力も定まらない俺が、このままなぶられて死んでしまうのかと覚悟したその時だった。鳥居の草むらの陰から、大きな影が飛び出し、飛び上がった牛頭に向かって殴りかかった。

 急襲に対応できなかった牛頭は、そのままの勢いで後ろに吹き飛ぶ。

 定まらない視点を懸命に合わせ、飛び出した影を見つめると、なんとそれは、黒猫が話していた、もう一頭の牛頭の化け物であった。

 飛び出してきた牛頭は、身体中傷だらけの血まみれであったが、俺と黒猫に背中を向けて、二頭の牛頭に対峙した。

 「ほぉう…これは実に面白い!私の社に何か入り込んでいるのは気付いていたが、まさかそれがもう一頭の牛頭崩れであったとは…。いや、この妖力は…牛頭崩れにもなれぬ更に弱い何かか、牛であった頃の思いを持ちすぎている。」
 黒猫は面白そうに感嘆の声を上げたあと、一人で何かをぶつぶつと呟いている。

 そんな黒猫を無視して、目の前に立つ牛頭の向こうに目をやると、倒れた牛頭が起き上がり、怒りを露にしてブルブルと鳴き声をあげて頭をふった。
 
 「オマエ…ナンデ…ジャマスル。」
 「オマエ…ナカマ…ジャナイ?」
 二頭の牛頭の問いを受けて、傷だらけの牛頭もブルブルと鼻をならして答えた。

 「コノヒトハ…ヤサシイ…ヒト。ワタシノタメ…イノッタ。ワタシノコト…アタタカク…ダキシメタ。ウレシカッタ。コノヒト…キズツケル…ユルサナイ。コノヒト…ワタシ…マモリタイ。」
 傷だらけの牛頭の言葉を聞いて俺は気付いた。
 この牛頭は恐らく、初めて桜町に来た日に俺と出会った牛なのだ。
 傷だらけの牛頭は言葉を終えると、ゆっくりと振り返って俺の事を見つめる。

 「コノカラダニ…ナッテ…アナタニ…アイニ…イッタ。コワイヒト…オイカエサレタ。アナタニ…アイタカッタ…ダケナノニ…キズツケ…ラレタ。ダカラ…ココニ…カクレテタ。」
 そこでもうひとつの事実に気付く。
 田貫荘の窓から見た牛頭は金ちゃんではなく、牛舎の男たちの行為によって、始めに生み出された牛頭であったことを。
 この牛頭を追い返していたのは金ちゃんに違いない。金ちゃんは本当に化け物と戦っていたのだ。

 今まで黙っていた二頭の牛頭が、傷だらけの牛頭を指差して問いかけた。

 「ナラバ…ナゼ…オマエ…オレタチ…コロシタ?」
 「ナゼ…オレタチ…ツクッタ?」

 「ワタシハ…オマエタチ…ツクッテナイ。ソレハ…アノオトコ…カッテニ…ヤッタ。オマエタチ…コノヒト…キズツケタ。ダカラ…コロシタ!」

 傷だらけの牛頭の言葉を聞いて、憤った二頭の牛頭達は、狂ったように鳴きながら大きく頭を震わせた。

 「オマエ…ナカマ…ジャナイ。」
 「オマエ…コロス!」

 二頭の牛頭達は、傷だらけの牛頭を何度も殴打し始めた。
 
 傷だらけの牛頭も必死に抵抗して立ち向かうが、その力の差は歴然だった。二対一と数でも劣っている。
 二頭の牛頭の拳を受ける度に、その体は傷つき、腕がひしゃげ、足は折れて、次第にその抵抗も弱くなっていく。しかし傷だらけの牛頭は懸命に、俺を守ろうと踏ん張っている。

 「彼奴はもう駄目だろう。牛であった頃の思いを持ちすぎている為に、妖力が上手く体に馴染んでいないのだ。彼奴こそただの人間の力しか持ってはいない。殆ど死に体で、そう長くも持たん。その命も風前の灯で、彼奴はこのまま息絶える。このままではお前も死ぬぞ。一か八か、逃げてしまうのなら今のうちだ。」

 そんな言い方は無いだろう。黒猫の言葉が例え本当の事だとしても、俺の事を守ってくれているあの牛に対して、思うところはないのだろうか。
 もっと違う言い方は出来ないのか。

 心ない黒猫の言葉を無視して、傷だらけの牛頭に加勢するために、軋むあばらの痛みを堪えて、立ち上がろうと足に力を込める。
 どのみち、この体で逃げおおせる事が出来るとは思ってはいない。
 ならばもう一度、俺に味方してくれる牛頭と共に戦ってみよう。もしかすると、あの牛頭と二人ならば勝機があるかもしれない。
 
 そう覚悟を決めると、分泌されたアドレナリンのおかげか、痛みを忘れることが出来た。

 俺が立ち上がるのを確認すると、黒猫は俺の前に立ってまっすぐに俺を見つめた。
 
 「その目は何だ?死にに行くと言うのか?あの牛頭と共に命を捨てるつもりなのか?」

 「かもな…だけど、二人でなら勝てるかもしれないじゃないか。」
 精一杯の強がりを吐くと、黒猫は鼻で笑って返した。

 「そうか…お前は阿呆だが、戦う気概があるのは見せてもらった。過去を捨てて未来を掴む覚悟が有るのならば、私がお前に力を貸そう。血の契約によって私の力をお前に与える。」

 「なんだそれは。お前に力があるのならば、一緒に戦ってくれよ。」 
 黒猫の言葉に、俺も鼻で笑って返した。

 「これは冗談ではない。この体では彼奴等と戦っても大した戦力にはならんだろう。体の出来が違う。猫が牛に勝てると思うのか?例え共に戦っても、私たちは確実に負ける。だが、お前が私の力を使い共に戦うというのならば、間違いなく勝てるぞ。」

 黒猫の言葉に耳をかたむけると、黒猫はそのまま言葉を続ける。

 「私に貢ぎ物を送る人間は久しぶりなのだ。おでんとか言う物もまだまだ食い足りない。このままお前を見殺しにするのは私も本望ではないのだ。」

 「過去を捨てるってのはどういう意味だ?」
 
 「そのままの意味だ。名も失い、お前がこれ迄生きてきた証は全て消える。#半妖__はんよう__#として新たに生まれ直すのだ。そうすれば私の力が得られる。血の契約意外の方法もあるのだが、今は時間がない。これ意外に、お前が生き残る方法は無いと断言できる。」
 
 黒猫の言葉を聞いても、過去を失うことで何が起きるのか、正直その意味は良く理解できない。
 しかし、死ぬと確実に解っているのに、そのまま戦うよりは良いのかもしれない。
 生き残る方法があるのならば、それを選択するべきなのだと思う。

 「力をくれ。俺は生き残りたい。」
 黒猫は俺の言葉に力強く頷くと、爪を出して自らの肉球を切り裂き、手を突きだした。

 「お前も同じように。」
 黒猫の言葉に頷きを返して、自分の掌を噛みちぎり、黒猫の肉球に重ねる。

 その瞬間、黒猫の血が、体の中を逆流してくるのが解った。黒猫の血と共に、身体中を痛みが駆け巡る。

 「うぅぅ…があああああああ!!」
 堪えきれずに叫び声をあげる。血が滾り、体が燃えるように熱い。

 暫く痛みに悶えていると、辺りに吹いていた風が俺の周りを渦巻いて、体の内から青い炎があがり、俺と黒猫の全身を包んだ。

 「契約は成った。」

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