現代妖怪怪奇譚ー化け猫ジュブナイルー

八兵衛

ー怪事件ー

 翌朝、朝食を食べる為に食堂へ降りると、そこには何処か不満そうな表情を浮かべた金ちゃんがいた。
 
 昨夜の事を気にしているのだろうか、金ちゃんはチラチラと貴方の表情を伺っているようだ。
 
 金ちゃんに挨拶をして、同じテーブルの2つ隣の席につく。既にその席が俺の定位置になっているのだ。

 俺が腰を落ち着けたのを確認して、金ちゃんは早朝だと言うのに大きな声を張り上げる。

 「おいババア!一人増えた!朝飯追加だぁ!」
 例のごとく、田貫さんの腰を心配した金ちゃんの、優しさから来る怒声だ。

 俺が笑顔で礼を告げて頭を下げると、金ちゃんはそっぽを向いて舌打ちをした。

 それから暫くして、お盆に白米と卵を三つずつ乗せた田貫さんが、キッチンから食堂へと入ってくる。

 「おはよう。二人とも今日も早いのね。朝から元気そうで何よりだわ。うふふ。」
 昨夜、田貫荘を抜け出した事で何か言われるかと思っていたが、田貫さんにそんな様子は無かった。
 むしろ、抜け出したことに気付いていなかった様にも感じられる。

 チラリと横目で金ちゃんを見ると、金ちゃんは何かに気付いたように眉を持ち上げて、またしてもそっぽを向いてしまった。
 
 田貫さんが心配していると言ったのは建前で、本当は金ちゃんが心配してくれていたのだろうか。
 何れにせよ金ちゃんは、何かあると自分の表情を悟られない様にするためか、そっぽを向いてしまう癖があるようだ。
 
 それが可笑しくてフッと笑みを浮かべる。

 「あらあら。もう打ち解けたの?何だかもう本当の家族みたいだわ。」
 その様子を見ていた田貫さんが、金ちゃんと俺とを見比べて嬉しそうに笑う。

 「そんな訳があるかっ!俺に家族はいねえっ!」
 金ちゃんはテーブルに手をつくと、勢い良く立ち上がって抗議した。青白い顔が怒りか恥ずかしさのどちらかによって真っ赤に染まる。まるで金ちゃんの大好きなケチャップのようだ。

 「あらまあ。金ちゃんったら照れちゃって。」

 優しい笑顔を浮かべてそうこぼす田貫さんに、お礼を言ってご飯を受け取り、丁寧に卵を割ってご飯に落とす。
 田貫荘へ来て早3日。ここでとる食事も七食目ともなれば、俺も最早手慣れたものだ。
 一気にかき混ぜると、湯気の上がった熱々のご飯が、金色に輝いていて何とも食欲をそそった。
 昨日の夜、食欲を失っていたのがまるで嘘のようだ。
 卵かけご飯なら、百杯は食べられそうな気がする。

 金ちゃんは悪い人ではないと、次第に解ってきた俺は、更に彼に歩み寄るため、今日もケチャップをかけてみようかとテーブルに手を伸ばし、そのまま掌をさ迷わせる。

 そして、テーブルの上にケチャップが無いことに気が付いた。

 「ああん?ババア!ケチャップはどうした?」同じ様にその事に気付いた金ちゃんが、大きく声を張り上げる。

 「何言ってるの。金ちゃんが馬鹿みたいに飲んじゃうから無くなっちゃったんじゃない。」
 田貫さんは口を抑えて、信じられないという表情で言葉を返した。

 確かに金ちゃんは正真正銘の馬鹿だ。
 ケチャップを飲む人間がこの世に存在するとは俺も思っていなかった。
 
 大方自分でも知らない間に、水と間違えて飲んでしまったに違いない。

 その証拠に、金ちゃんのシャツの襟と袖に赤い染みが付いているのを、俺は見逃さなかった。
 彼は飲食のあとにシャツの袖で口許を拭う癖が有るようだった。袖についた赤い染みはその時の物だろう。
 襟についたシミも、上を見上げてケチャップを飲む際に溢したものに違いない。
 
 俺が金ちゃんと田貫さんが言い争うのを横目で見ていると、テレビから流れるニュースでは、またしても桜町の首のない牛の怪事件のニュースが流れ始めた。

 『二日前に引き続き、桜町では今朝、またしても首のない二頭の牛の死体が発見されました。牛の死体が発見された現場には、血のついた迷彩柄のパーカーが発見されており、これが事件と何らかの関わりがある可能性があるとして、警察ではこの怪事件を同一犯による連続の犯行と特定して、桜町の警備を強化し、捜査を続けていく方針です。』

 どうやらまたしてもこの桜町で、首のない牛の死体が発見されたようだ。

 迷彩柄のパーカーには覚えがあるな。
 確か昨日、コンビニの前にたむろしていた三人の男のうちの一人が着ていたはずだ。
 あの男たちなら牛の惨殺もやりかねない様な気がする。

 しかし、迷彩柄のパーカーなど何処にでもある事も確かだ。
 それだけで犯人を特定する事など、素人の俺には出来ないだろう。

 首なし牛の事件は本職の警察が捜査を進めているし、昨夜の三人の男が犯人であったとしても、昨日の一件もあるため彼らはすぐに捕まるだろう。
 首なし牛の隣で発見された迷彩柄のパーカーがあの男たちの物であった場合、すぐにこの件でも逮捕されるはずだ。

 「本当に怖いわね。安心して眠ることも出来ないわ。一体誰の仕業なのかしら。」
 田貫さんは頬を抑えて、不安な表情のまま呟く。
 いつの間にか口論をやめていた二人も、テレビのニュースを見ていたようだ。
 
 「早く犯人を捕まえねえとな!」
 その様子を見ていた金ちゃんが、田貫さんを安心させるためか、金ちゃんなりの激励を送っていた。やはり、彼は根は優しい。
 しかし、まるで自分が捕まえるような言い草だ。さすが中二病である。

 すると、ニュースのキャスター達の様子が急に慌ただしくなり、新しい原稿を手にして居住まいを正した。

 『えー。速報です。首のない牛の怪死体の発見が続く桜町の近郊にある牛舎で、首だけの遺体が発見されました。首だけの遺体で発見されたのは三人で、その内一人は、第一発見者の男性の証言により、牛舎で働く男性であると確認が取れたとのことです。えー、警察では残り二人の身元確認と共に、この事件が首のない牛の怪死体と何らかの関わりがある可能性があるとして、これを殺人事件と特定し、特別捜査本部を…』

 キャスターが読み上げるあまりにもショッキングなニュースを聞いて、俺達は口を開いたまま言葉を発することが出来なかった。

 『えー、現場の牛舎から中継です。牛舎で働く従業員の一人から、話を聞くことができそうです。えー。リポーターの春日井アナウンサー。お願いします。』

 『はい。私は今、三人の首だけの遺体が発見された牛舎に来てるのですが、そこで働く従業員の方から、お話を聞いてみたいと思います。おはようございます。』
 中継先のリポーターが神妙な声で挨拶をすませ、牛舎で働くと言う男性にマイクを向けた。
 するとその男性はリポーターからマイクを奪い取り、カメラを掴んで叫んだ。

 『これは牛の祟りだっ!死んだのは俺と牛を虐めてた奴なんだ!他の二人だってそうだ!これは祟りなんだよ!俺はこの目で見たぞっ!牛の化け物を!良い様だ!俺を馬鹿にした奴らは皆俺の牛に殺されるんだ!そうか!これは祟りなんかじゃない!俺の力だ!俺の力なんだ!あああああっはっはっはぁぁぁ!』
 牛舎の男性は最後に奇怪な笑い声を上げると、何処かへ向かって駆けていった。男性の突然の取り乱し方に、リポーターやアナウンサーも混乱して、すぐに中継は中断された。

 俺は桜町に来た日の事を思い出す。
 今の男性には見覚えがあった。確かこの町について初めて牛を見た時に、その牛を引いて歩いていた男性の内の一人だ。
 暗い表情で、物凄い形相で睨まれたのを思い出して、俺は身震いをした。
 三日の間に大分やつれてしまっていたようだが、あの男性で間違いないだろう。

 人の生首を見てしまったのだ、あんな風に取り乱してしまうのも、無理もないのかもしれない。
 
 それから暫くニュースを見たあとに、一番に声を発したのは田貫さんだった。
 
 「戸締まり…ちゃんとしていたかしら。ちょっと確認してくるわね。」
 田貫さんは慌てたように椅子から立ち上がると、急いで食堂を後にする。
 流石に牛の化け物うんぬんの話は信じていないかもしれないが、牛や人間の首を切り落とした犯人が、まだ捕まっていないのも事実なのだ。心配にもなるだろう。

 俺と金ちゃんは黙ったまま田貫さんを見送る。
 田貫さんが部屋を出たあと、金ちゃんが此方を見ているのに気が付いた。
 
 「昨日のように夜に出歩くのは禁止だ。昼間も出来るだけ外には出るな。仕方なく外出する時は俺に一言言ってから出掛けろ。常に周りを警戒して、人通りの少ない通りは絶対に歩くな。帰ってきた時も俺に報告しろ。勝手な行動は慎め、お前一人なら二秒で死ぬぞ。」
 金ちゃんの普段とは違う落ち着いた声を聞いて、俺は呆然としたまま金ちゃんを見据える。

 金ちゃんも中二病を忘れるほど、彼にとってもショッキングなニュースだったようだ。
 今までの高圧的な態度とは裏腹に、俺の事を心配をしてくれているようだ。
 随分と警戒心が強いようだが、犯人は得たいがしれないのだ、それも当然の事だろう。
 
 金ちゃんが自分の事を心配してくれているのが少しだけ嬉しくなった俺は、その言葉に対して笑顔で頷きを返す。
 金ちゃんは視線を反らせて顔を背けたあと、くわっと目を見開いた。

 「別にお前を心配してる訳じゃねえぞ!いざというとき身代わりが近くにいねえと俺が困るだけだ!お前とババアは見るからに弱そうだからな!この家に化けもんが出たとしても、お前らを囮にして俺がそいつを殺してやる!一人でいるよりも、お前の生存率も上がるんだ。これはお前にとっても良い話だろう。ククククク。ぶぅわぁーっはっは!」
 恥ずかしさを隠すためか、金ちゃんは立ち上がって掌で顔を覆い、背中をそらせて不気味な笑い声をあげた。

 恥ずかしさを隠すために、それ以上の恥ずかしい行いをする。
 どうやら金ちゃんは平常運転のようだった。 



 朝食を終えて、俺は街へと繰り出す為に田貫荘を出た。金ちゃんを説得するのには骨が折れたが、学校が始まる前にどうしても筆記用具等を購入しておく必要があるのだ。
 高校に入学するまであと3日。準備をするのが遅すぎた方だ。あんな事件が起きる前に買っておけば良かったと後悔する。

 玄関を出ると、庭では金ちゃんが刃渡り30センチ程の大きさの小刀を振り回していた。
 小刀が本物であるかどうかは解らない。中二病の金ちゃんに、あんなものを振り回させるのは危険な気がするが、どうやらこれは彼の日課であるらしい。

 噂の化け物と戦う為の準備でもしているのだろう。線が細いわりに、刀を振るう姿は、素人目からみても中々に様になっているように思えた。

 空中に拡がる長い金髪が踊るその姿には、美しさすら感じられて、まるで剣舞でも舞っているかのようだ。

 初めて会った日に感じた彼から発せられる歴戦の戦士の如き威圧感は、こうして培われてきたに違いない。

 自称300歳。田貫さん情報によるとニートの彼は、今もこうして見えない敵と戦っているのだ。

 地球の平和をありがとう。と言いたくなった。

 そのままその場を後にしようと門に向かうと、後ろから声がかかった。

 「日暮れ前に門は閉める。用がすんだら急いで帰ってこいよ。」

 貴方は剣を振り続けたままの金ちゃんに向かって返事をして、軽く頭を下げてから田貫荘を後にする。

 道に出て田貫荘の隣にある鳥居の前を通る際、草むらの陰から、黒猫がじぃーっとこちらを見つめている事に気がつき、立ち止まって黒猫を見つめ返す。

 黒猫が俺への警戒心をといてくれた為か、初めて会った日に黒猫に対して感じた恐怖も薄れていた。

 黒猫に笑顔を向けると、黒猫は草むらから飛び出して、俺の目の前に昨日あげたおでんの空になった容器を置く。

 どうやら汁も残さずに、全て平らげてしまったようだ。

 お礼が言いたいのだろうか。黒猫はおでんの容器に何度も手を重ねる。

 いや…もしかすると、おかわりを求めているのかもしれない。黒猫に尋ねると、黒猫は尻尾をピンと立てて「ニャア」と鳴いた。

 猫が人間の言葉を解する訳がない。きっと偶然だろうと思ったが。その姿をみて愛らしく感じたのも確かだ。俺は猫に頷きを返す。

 すると猫は満足そうに目を細めて、草むらへと戻っていった。

 初めて田貫荘へと向かう日、俺の頭のなかにはきっと、不安が何よりも勝っていて、そのせいで黒猫や金ちゃんにまで恐怖を感じていたのかもしれない。今では第一印象とは違い、猫も金ちゃんも可愛く思えた。
 俺は小さくため息をついて頬を緩める。

 駅に向かって歩きだすと、背中から低く落ち着いた男の声が聞こえた。

 「面白い物に憑かれているな。気を付けろ。」

 すぐに振り返ったが、それは空耳であったのかもしれない。そこには草むらから顔を覗かせる黒猫以外、誰の姿も見られなかった。

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