現代妖怪怪奇譚ー化け猫ジュブナイルー

八兵衛

ー深夜の騒動ー

 その次の日の夜。
 俺はコンビニへと向かって屋敷を後にする。
 目的は夜食を買い込むためだ。
 
 信じられないことに、この二日間は昼御飯と夕御飯も、卵かけご飯一杯のみであったのだ。
 裏庭の家庭菜園は一体何なのか。
 俺はは驚愕して二日間を過ごした。昼御飯と夕御飯まで、毎日卵かけご飯だけを食べているのかについては、怖くて聞くことは出来なかった。

 あれは何かそういう宗教なのだろうか。
 朝昼晩と、二人が笑顔で卵かけご飯には何をかけるのかを話すのを聞くたびに、俺は戦慄するのを禁じ得なかった。

 これは新しく入居した自分への洗礼か嫌がらせなのかと考えたが、金ちゃんならいざ知らず、あの優しそうな田貫さんが、そう言う事をするとは思えなかった。

 TKG教の巣窟。そういった意味での曰く付き物件というのなら頷ける。
 家賃三万円で、3食卵かけご飯が付いているだけでも、有り難いと思うべきなのだろうか。

 何れにせよ、毎日3食卵かけご飯のみでは、随分と栄養が偏っているし身が持たない。そう思い立って、夜も更けた後から、こそこそと田貫荘を抜け出したのだ。

 駅までの道を探索しながら歩いて20分。駅の近くのコンビニに辿り着くと、その前にはガラの悪い三人の男たちがたむろしていた。

 店前の駐車場の車3台分のスペースを、それぞれの原付で我が物顔で占有して、ビールを片手にゲラゲラと騒いでいる。
 きっとその原付は彼らの物で間違いないのだろう。もたれ掛かったり、座ったりしているのを見る限り、彼らの原付なのだと思う。
 それなのにアルコールを飲んで、帰りは押して帰るつもりなのか。飲酒運転をするつもりではないのだろうかと、ヒヤヒヤしてしまう。

 彼らの見た目やこの場での行動だけで、彼らの全てを判断し、まだ起きてもいない未来のことで彼らを責めようとするのは、恥ずかしい行為だろうか。

 しかしそれは抜きにしても、一台分のスペースにおさまるはずの原付を、原付専用の駐輪場に停めるでもなく、其々が車一台分ずつを占有しているのも、店の前で大声で騒ぐのも、迷惑行為に他ならない。

 即刻注意すべきだと思うのだが、コンビニの店員さんも、チラチラと男たちの動向を伺いながらも、注意をせずにいる。
 きっと男たちのガラの悪さに怖じ気づき、二の足を踏んでいるのだろう。

 かくいう俺もその一人だ。
 触らぬ神に祟りなし。とも言うし、男たちに近付きたくないが為に、コンビニに入ることさえ躊躇ってしまっている。
 田貫荘の近くには他のコンビニもあるはずであるし、回れ右をして戻るべきか迷う。
 しかし、そこは腹を空かせた食べ盛りのティーンエイジャー。空腹には逆らえず、食べ物を買う為に、男たちからは視線を反らせたまま店の中へと入る。

 何事もなく店の中へ入ることが出来た俺は、ホッと息をついてから夜食を買い込む。
 カップラーメンにパン。スナック菓子を幾つかと、おでんを少々。
 お腹を空かせていた為に、ついつい買い込んでしまったが、おでんを食べるのが楽しみで、そんな事はどうでもいいと、上機嫌で家を目指す。

 しかし、店を出た俺を待っていたのは、先程のガラの悪い三人の男たちだった。

 彼らの内、金髪を短く切り揃えた男が俺に足を掛けた為に、俺は勢い良く転倒して、おでんの汁を盛大にぶちまけてしまう。

 その様子を見て、三人の男たちはさぞ可笑しそうに大声で笑った。

 「ぎゃはははは!こいつ一人で転んでやがるぜ!何やってんだよ!」足を掛けたはずの男が、俺を指差して笑い声をあげる。
 しかし、三人の男の一人で迷彩柄のパーカーを着た男が、俺の事を庇うように言葉を投げ掛けてくれた。

 「おいおい。大丈夫か?」
 その男の言葉に、俺は精一杯の愛想笑いを浮かべて返す。
 汁は溢れたが、中身は落としていないのでギリギリセーフだ。
 おでんに夢中で男たちのことを失念していた自分にも責任があるだろうと、無理矢理に自分を納得させた。ここで騒いでも意味は無いだろう。損をするのは俺だけだ。

 俺が急いで立ち上がると、迷彩パーカーの男が怒声を発する。
 「おいおい。何も大丈夫じゃねえじゃねえか!俺のバイクにおでんの汁が掛かってるぞ!てめえふざけんな!」迷彩パーカーの男はそう捲し立てると、突然激昂して、手にしていた缶ビールを俺に向かって思い切り投げつけた。

 まだ多くのビールが入っていてそれなりに質量を持った缶が、俺の鳩尾に当たり、思わず呻き声をあげる。
 痛みと苦しさに耐えきれず、手に持っていたおでんの皿を落として膝をつく。

 「おい。こいつもしかして高校生か?俺達と同じ桜町高校の生徒じゃねえのか?」
 
 鳩尾を押さえて苦しさに咳き込む俺に向かって、男たちは更に続ける。
 
 「それとも、今度入学する新入生か!?」
 金髪とも迷彩パーカーとも違う、キャップを被った男が嬉しそうに声を張り上げた。

 俺は一瞬考え込んだあと、すぐに首を横に降った。
 
 桜町高校とは、俺が来週から通うことが決まっている高校の事だった。
 それがバレてしまえば、この男達は何をするか解らない。イジメにでも発展したら最悪だ。
 この場を凌いで、この男たちと暫く遇う事がないように高校生活を過ごせば、きっとこの程度の事はすぐに忘れるだろう。そう思ったのだ。

 「ん?お前一瞬躊躇っただろ?図星だったな?俺達に嘘吐いたのか。あーあ。やっちまったな。それは悪手だぜ。俺達は必ずお前を探し出す。見つけ出したらその時はただじゃおかねえ。白状するなら今のうちだぜ?ん?どうなんだ?桜町高校の新入生なんだろ?」
 キャップの男は、未だ痛みに咳き込む俺の髪を掴み、無理矢理引っ張りながら俺の顔を上に向ける。
 俺は咄嗟に男の手を払って睨み付けた。
 
 すると金髪の男が嬉しそうに手をあげて叫ぶ。

 「はーい。お前は生意気なので罰を与える事にけってぇーい!これからは俺達のパシりとして働いてもらいまーす。毎日三千円、俺達に千円ずつ払ってもらう事も決まりましたぁー。それが出来なければこうでーす。」
 金髪はそこまで叫ぶと、俺のお腹を思い切り蹴りあげた。
 痛みに喘ぐ俺に、金髪は手に持っていたビールを振りかける。
 苦しさに腹を抑えて蹲っている俺の頭から顔へと、冷たいビールがシュワシュワと炭酸の音を立てて滴り落ちる。
 転んだときに噛んで切ってしまった唇の血と混じって、初めて口にしたアルコールが舌の上に広がる。
 暴力をうけたことによる緊張で、強く味を感じることは出来なかったが、少しだけ感じた苦味を、これから始まる高校生活の味なのだろうかと、俺は落胆の色を隠せなかった。

 「これは入学祝の優しさだぜ。学校ではこれがしょんべんになるからな!」

 「ぎゃはは。お前さいてぇー!」

 「これくらいやって体と心に刻み込まねえとな!お前は俺達の奴隷なんだ!今から人権なんかなくなるんだからな!取り敢えず今日の所は、有り金全部頂きましょうか!?」
 耳障りな笑い声をあげながら、迷彩パーカーの男が俺のポケットの財布に手を伸ばした時だった。

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえ、此方に向かって来るのがわかった。
 それを機に男たちは狼狽えだす。
 
 「畜生っ!誰かチクったな!?ぶっ殺すぞ!」
 金髪はいつの間にか周りにいた人だかりに向かって、誰彼構わず怒鳴り付ける。

 「良いからここは行くぞ!早くしねえとパクられる。」迷彩パーカーの男に促されて、金髪の男とキャップの男は渋々原付に股がってこの場を後にする。

 「お前!俺達はお前の顔を忘れねえからなっ!学校で会ったら覚えておけよ!」走り去っていく際に、そのような言葉を残して。

 その後は、俺に声をかけるコンビニの店員や、目撃者たちからの同情の言葉を適当に流して、溢れてしまったおでんを広い集めた。

 この人たちに何も悪いことが無いのはわかっていたが、暴力をふるわれている最中に助けてくれなかった事に、少しだけ腹が立ってしまった。
 たった一人の助力でもあれば、やり返す機会も得られたのかもしれないのに、と。

 しかし通報してくれた人もこの中にいることに気付き、俺の中にあったそのような思いもすぐに霧散した。
 財布の中身を盗られる前に助かることが出来たのだし、むしろ感謝すべきなのだろう。
 
 駆け付けた警察官に事のあらましを伝え、目撃していた人々やコンビニの店員さんからの証言で、先程の三人は警察に追われる身となった。
 
 三人の男達の証言通りなら、同じ高校に通う予定なのだ。学校で出会う前に罰を受けて、二度と変な考えを起こさないでくれるようにしてほしいと思った。
 
 その場を後にしようとすると、コンビニの店員さんが、新しいおでんを手渡してくれた。
 先程購入した時よりも、大量に具材が盛り込まれている。
 謝罪か労いの意味があるのだろうか。貴方は素直に頭を下げてそれを受け取った。

 その帰り道。
 屋敷の隣に立つ鳥居の下に、昼間と変わらぬ金色の瞳で、憐れな俺を見つめる黒猫の姿があった。

 俺は暫くその黒猫と見つめあったあと、コンビニの店員からもらったおでんを見た。
 コンビニに向かう時にはあんなに空腹であったはずなのに、今では食欲が微塵も感じられない。

 手にしていたおでんを黒猫の前にそっと置くと、そのまま田貫荘へ向かって歩きだす。
 黒猫がおでんを食べるのを見たい気持ちもあったが、ずっと見ていれば警戒して食べないかもしれないし、先程の事で疲れも感じていた。
 
 屋敷の庭には、玄関から正門に向かって、腕を組んだまま仁王立ちしている金ちゃんの姿があった。
 彼は門をくぐる俺の姿を確認すると、例のごとく怒鳴り声をあげた。

 「こんな時間に何してんだばか野郎!家を出るなら報告しろ!ババアが心配するだろうが!同じ家の奴が一人でも騒ぐと俺も落ち着かねえんだよ!」
 その態度とは違って、どうやら俺の事を心配していた様子が伺える。
 深夜にも関わらず、俺が帰るまでこうして軒先で待ってくれていたのがその証拠だろう。

 謝罪の言葉と共に金ちゃんに軽く頭を下げると、金ちゃんは力強く俺の腕を掴んで顔を覗きこみ、ビールで濡れてしまった髪や服、切れて血の滲む唇を見て、何かを察したように表情を曇らせた。

 「何があった?誰にやられたんだ?」

 金ちゃんが俺に始めて見せるその表情に、俺の瞳には涙が浮かぶ。
 こんな粗暴な男の優しさでさえも、今は心に染みるのがわかった。
 親元を離れてまだ心許ないたった三日目に、まさかあんな目に合うとは思いもしなかった。
 
 金ちゃんに先程の事を話そうか、しかしコンビニでの一件を金ちゃんに話した所で何の意味があるのだろうか。
 
 線が細いこの男に暴力沙汰の解決が出来るはずもない。
 田貫さんの言葉を借りるなら、根は優しいはずのこの男が、その優しさから、もしもこの問題に首を突っ込もうものなら、この男にだって、先程の男たちによる暴力の被害が及ぶかもしれない。
 
 それに、既に警察には被害届を出しているのだ。これから何かが起きるとも思えないし、過ぎ去った事で金ちゃんや田貫さんに心配をかけるのはよそう。と考えて、金ちゃんに向かって笑顔で首をふった。

 「ちっ!何だよ。俺には言えねえってか!」金ちゃんは、怒った様子で俺の手を離して頭をかきむしる。
 
 金ちゃんが苛立たし気に頭をかくのを見て、俺は金ちゃんが黒いシャツではなく、赤黒いシャツを着ているのに気が付いた。
 
 出会ってからずっと黒いシャツしか着ていなかったので、金ちゃんは黒いシャツしか持っていないのだと勝手に思い込んでいた。
 
 ずっとと言ってもまだ三日間しかたっていないか。と、俺は小さく息を吐きながら金ちゃんに頭を下げ、自分の部屋へと戻るのだった。

 先程のイザコザで鼻血でも出したのだろうか。鼻のなかには血の臭いが留まっていた。

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