現代妖怪怪奇譚ー化け猫ジュブナイルー

八兵衛

ー首のない牛ー

 眠気眼を擦りながら、一回の食堂へと降りた。
 広さは24畳程。リビングと呼ぶよりも、確かに食堂と呼んだ方がしっくりする程の広さだ。
 
 木貼りの床には八つのテーブル。それぞれに六つの椅子が並べられている。
 合計で48の席が有る事になる。それらしき看板は見当たらなかったが、その呼び名の通り食堂でも経営しているのだろうか。
 しかし、お品書きが置かれている訳でもなければ、壁にメニューを書いた札などが貼られているわけでもない。
 この田貫荘に暮らす住人の数に合わせたのだろうか?
 それにしても大きい。

 リビングの奥にあるキッチンと、一台だけ設置されたブラウン管のテレビに一番近い席に座る。

 右側に裏庭を覗く大きな窓があり、朝日が差し込んで気持ちが良かった。登り始めた陽の光が、まだ布団に戻りたがっている体を暖めてくれる。
 建物の正面から見ただけでは気付く事は無かったが、裏庭にはそれなりに大きな家庭菜園があった。
 野菜の事には詳しくないので良くはわからないが、耕された土の上には緑が多いので、それなりに実っているのだろう。

 周囲を見回しながらそこまで考えて、体を伸ばして大きなあくびをする。

 昨日はゴキブリの影に怯えて、ぐっすりと眠ることは叶わなかった為に、未だ眠気が残る。
 窓の外で風に揺れる、カサカサという木の葉の音が擦れる音を聞く度に、驚いて飛び起きてしまった。
 人類の敵。奴等が近くにいると思うだけで、心は掻き乱された。
 結局奴等が目の前に姿を現すことはなかったが、潜在意識に奴等の存在を埋め込んだ田貫さんが怨めしい。
 
 部屋の様子はと言うと、いたって普通であった。建物の外観通り洋部屋。落ち着いた茶色の木貼りのフローリングの上に、シングルのベッドと机と椅子が備え付けられた綺麗に纏められたスッキリとした部屋だった。
 天井にぶら下がっていたのは年期の入ったシャンデリア。ベッドに寝ころんで見上げればキラキラと輝いていて、眠りに落ちるまでボーッと魅入っていたのを覚えている。
 収納は広めのクローゼットが備え付けてあり、先に送った洋服や荷物は綺麗に片付けられていて、新しい高校で着る制服は綺麗にアイロンまでされて壁に掛けられてあった。

 田貫さんは世話焼きという感じが滲み出ていたが、普通大屋さんというのは、あそこまで色々と世話をしてくれるものなのだろうか。
 部屋の合い鍵をまだ持っているのだろうか…これからも同じことが続く?

 いやいや…まさか。

 頭を降って笑い声を漏らす。

 「なんだてめえ!まだいやがったのか。一人で笑いやがって、気持ちの悪い…」
 背中から怒鳴り声を上げたのは、金ちゃんと呼ばれていた病的な見た目の細い男だ。
 昨日は少し怖いと思っていたが、彼が中二病を患っているとわかった今は、彼の言葉も優しい気持ちで聞き流せそうな気がしていた。

 「ちっ。面白くねえぜ。飯が不味くなりそうだ。おい!ババア!朝飯を二人分頼むぜ!」
 金髪の中二病患者ちゃん。略して金ちゃんは、台所の田貫さんに向かってそう叫んだ。

 二人分?こんなに線が細いのに食べる量は多いのだろうか。

 不思議に思って金ちゃんを見つめて首を傾げると、金ちゃんはそれに気付いて声をあげた。

 「ああん!?お前の前に朝飯が来てねえってことはまだババアに食事を頼んでねえって事だろうが!?ババアの手間を省くために教えてやったんだよ!あれでババアは腰が悪いんだ。別にお前の為じゃねえからな!」
 
 その言葉を聞いて、俺の胸はジーンと熱くなる。
 俺の為に言ったにせよ、田貫さんの為に言ったにせよ、金ちゃんはツンデレなのだと気付く。
 田貫さんの言うとおり、本当に根は優しい人なのかもしれない。

 金ちゃんは俺と同じテーブルの二つ隣の椅子を引いて腰かけると、不満を現すために腕を組んで大きな溜め息を吐いた。
 何故同じテーブルにつくのだろう。嫌なら他のテーブルに行けば良いのに、やっぱり変な人なのだと思った。

 それから少しして、田貫さんが可愛らしい暖簾をくぐって、キッチンへと繋がる部屋から食堂へと入って来た。

 「おはよう。貴方も朝は早いのね。金ちゃんと同じ時間に朝御飯を食べてくれて助かるわぁ。別々に用意すると片付けも含めて手間なのよね。それに…」
 田貫さんは朝から変わらないマシンガントークを続けながら、俺と金ちゃんと自らの目の前に朝御飯を並べていく。
 大盛りの白米を並べ終わったあと、其々の目の前に卵を置いて、俺と金ちゃんの向かい側の席につき、手を合わせて息をついた。

 「さあ、食べましょうか?いただきます。」
 田貫さんの挨拶を後にして、二人は慣れた手つきで卵を割ってご飯に落とす。

 田貫さんは醤油を少し、金ちゃんは大量のケチャップをかけてからお茶碗をかき混ぜる。

 金ちゃんは卵かけご飯を一気に掻き込むと、勢い良く茶碗を置いて、シャツの袖口で口を拭った。
 口元に付いたケチャップが頬に伸びたが、その病的な見た目も相まって、血を吐いた重病患者のようだ。
 黒いシャツの袖にも、犬のような形の赤黒い染みが残ってしまっている。

 金ちゃんはコップに入ったお茶を一気に飲み干すと、大きな音を立ててコップを置いて、再びシャツの袖口で口をふき、大きな声を上げた。

 「やっぱTKG卵かけご飯にはケチャップだな!今週のケチャップウィークで改めてそれに気付かされたぜ。」

 「何を言っているのかしら、卵かけご飯にはお醤油意外ありえないわ。明日は醤油になさい。」
 お上品に卵かけご飯を食べながら言葉を返す田貫さんと金ちゃんとの会話を聞いて、俺の中に小さな疑念が生まれた。

 まさか今週はずっと朝御飯は卵かけご飯だけを食べているのだろうか。明日も?
 
 貴方はそのまま尋ねてみる。

 「もちろん。朝御飯と言えばたまごかけご飯でしょ?嫌だ。もしかして嫌いなの?」
 俺の質問に対して、田貫さんは一瞬きょとんとした後に、不安そうな顔を浮かべて質問を返した。

 俺が否定の意味を込めて首を振ると、田貫さんは安心したように笑顔で頷いて、俺にも卵かけご飯を食べるように促す。

 俺が不器用な手つきで卵を割ってご飯に落とすのを確認してから、田貫さんは再び自らの食事に戻る。

 さて、何をかけて食べようか…と、醤油に手を伸ばそうとすると、金ちゃんが面白くなさそうな顔をしているのに気が付いた。

 仲良くなるには、相手に合わせる事から始めてみなさいと何かの本に書かれてあったのを思い出す。
 喫茶店などで相手と同じものを注文して、知らず知らずのうちに親近感を覚えさせる。たしかミラーリングという営業のテクニックだ。
 変人と断定した同居人に少しでも歩み寄ってみるために、ここはケチャップを行くべきだろうか。
 
 少し迷ったあとにケチャップを拾い上げ、金ちゃんの真似をしてたっぷりと卵の上にかけると、金ちゃんはどこか満足そうに鼻をならしていた。
 こんな小さなテクニックも意外と役に立つみたいだな。

 それにしても毎日卵かけご飯だけ?他の住人から苦情は上がらないのだろうか。
 そういえば、他の住人が見えないがどうしたのだろう。
 二階の部屋の数は八部屋、三階には行っていないが、同じ数の部屋があるだろう。その中に田貫さんの部屋があったとしても、後十三の部屋が残っている事になる。
 
 他の住人はまだ来ないのかと尋ねると、田貫さんは首を傾げた。

 「他の住人?ここに住んでいるのは私たちだけよ?貴方と金ちゃん。それに私の3人ね。」

 その言葉を聞いて、俺は頷きを返して卵かけご飯を口に運ぶ。
 沢山余っている部屋も、使われずに並んでいるテーブルや椅子達も、大きな屋敷に三人だけしか住んでいないと聞いた今は、寂しさを助長させる。

 確かに外観は古く、少しだけ幽霊屋敷チックではあるが、内観は綺麗でお洒落だし、家賃も安いのだから、人も入りそうなものだが…
 性格に問題のある金ちゃんのせいで人が入らないのだろうか。
 
 それにしても、昨日家に向かって歩いているように見えた牛頭の被り物をした男は、この屋敷の第四の住人では無かったのだろうか。
 中二病に続く新たな奇人が同居人ではなくて良かった。と、小さく肩を竦めた。

 いや…もしかすると、あれも金ちゃんの趣味であった可能性がある。
 色々抱えすぎた可哀想な人なのかもしれない…

 憐れみの視線を金ちゃんに向けたが、本人はそれに気付かずにテレビのスイッチを入れて、朝のニュースに釘付けだ。

 「何だと…これはこの町のニュースじゃねえか。」
 金ちゃんの声に釣られて、テレビに視線を向ける。

 『今朝早く、桜町の根古駅にて、頭部を切断されて持ち去られた牛の死体が発見されました。牛の体重はその体だけでも700キロを越えると見られており、複数人による犯行ではないかとのことです。また、昨晩遅くには牛の死体は確認されておらず、死体には目立った腐敗も見られないため、警察では深夜から明け方にかけての犯行ではないかと…』

 「やだわ。根古駅だって、本当にすぐこの近くじゃないの。」
 田貫さんは口を抑えて不安そうな声をあげた。

 確かに、首のない牛の死体が転がっていたらそれは恐ろしい。その不安はもっともだろう。
 俺も、首のない牛の死体が転がっているのを想像して身震いをする。
 丁度昨日牛を見たばかりだ。その姿がハッキリと想像できた。

 「ついに…始まるのか。」
 怖がる田貫さんと俺を差し置いて、ニュースを見ていた中二病の金ちゃんは、小さな声で呟いていた。

 何が始まるというのだろうか。

 そう言えば、昨日の夕方に牛の頭の被り物をして歩いていたかもしれない男がここにいる。
 警察に通報するべきなのだろうか。と、迷いながら金ちゃんに視線を向ける。

 金ちゃんは上を向いて大口を開け、そこにケチャップを流し込んでいた。
 
 「金ちゃん!何をやっているの!?」
 驚いた田貫さんが大声をあげる。

 「うるせえ!トマトジュースと何ら代わりはねぇだろうが!」
 言い争う二人を横目に、俺はニヤリとほくそ笑む。

 金ちゃんはどうしようもない馬鹿のようだ。 
 まさか、トマトジュースとケチャップの区別もつかないような男が、牛の頭を切り落として被るような真似はしないだろう。

 俺は頭を降って、自らの頭に浮かんだ犯人像を消した。

 良く良く考えてみれば、牛頭を被った金ちゃんを見たのは昨日の夕方だ。
 単純に考えても時間が合わない。深夜に牛の体をここから持ち出すにしても、こんなに細い男が誰にもばれずに、700キロを越える牛を引きずって、普通に歩いても20分はかかる道のりを行くのには無理があるだろう。
 難がありそうな性格を見る限り、友達がいるとも思えないし、複数いると思われている犯人の一人にだってなり得ないだろう。

 それよりも…
 俺は茶碗に残った卵かけご飯を一気に掻き込んでから、小さく溜め息をつく。

 全然足りない。たった一杯の卵かけご飯では、食べ盛りのお腹は満たされなかった。
 田貫さんも、昨日初めて会った時に沢山食べるのかと聞いておきながら、この量は少ない。
 朝食は少ししか食べない人も多いと言うし、ここにいる二人もその類いで、もしかしたら俺も同じ部類の人間だと思われているのかもしれない。

 これからの朝食事情の心配を無くす為にも、ここはハッキリと言っておくべきかもしれない。

 口を開く直前、脳裏に朝食を準備してもらっているという後ろめたさが浮かび、少し遠回しに、二人はこれだけの量で足りるのかと尋ねてみた。

 これで気付いてくれるだろうか…

 「あらやだ。卵は2つ?」
 「図々しい奴だな。」
 キョトンとした田貫さんと、汚い物でも見るような視線の金ちゃんと目が合う。

 卵が2つとか、そういう問題ではないけれど、図々しい質問だったのだろうか。

 何れにせよ、卵一つで図々しいと思われるようでは、これ以上の朝食の増量を希望することは出来そうにない。

 俺はこれだけで充分だと告げると、両手を合わせて頭を下げ、小さく溜め息をついて箸を下ろした。

 因みに、ケチャップたまごかけご飯はそれなりに美味しかった。

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