現代妖怪怪奇譚ー化け猫ジュブナイルー

八兵衛

ー新居ー

 不気味な鳥井を過ぎてその隣に、これから暮らすことになるアパートはあった。

  広い庭の先に木造の三階建て。昔の洋館を思わせる佇まいで、物凄く良く言えばアンティーク。思ったままを着飾らない言葉で言ってしまえば、小さな風が吹いただけでも倒壊してしまいそうな掘っ立て小屋だ。
 
 しかしそれでも、敷地の隣にあった不気味な鳥井を見たあとでは、明るくて上等な家に思えた。

 家の外観を見回していると、不意に庭の中から声がかかる。

 「誰だお前は!」
 突然の怒鳴り声に身をこわばらせてそちらを見ると、そこには腰まで届く長い金髪をボサボサに伸ばし、痩せ細って目が血走った男が立っていた。
 サイズの合っていない大きなシャツは真っ黒で、第三ボタンまで開かれたシャツの奥に見える、その肌の青白さを際立たせていた。
 シャツとは違いピッタリと張り付いた真っ黒のパンツからは、男の線の細さが見てとれた。
 恐そうな格好には似つかわず、アパートと同じく風が吹けば遠くへ飛んで行ってしまいそうな程病的な見た目の男だ。

 男は握り拳を作ったまま肩を怒らせ、ずかずかと此方へと歩み寄る。
 目の前に立った男は背が高く。俺を上から睨み付けた。

 押せば転んで全身の骨が折れてしまいそうなのに、男の雰囲気とそこから醸し出される威圧感は、歴戦の戦士のようだ。

 それに気圧されて、俺は身を屈めて縮こまってしまう。

 「ふん!臆病風に吹かれて言葉を発することも出来ないか?人様の敷地に勝手に上がり込む礼儀知らずのわりに、肝っ玉の小さな奴だ。」
 男は俺の足元から頭の上まで値踏みするように何度も見回すと、俺の顔を覗きこんだ。

 「お前はこの辺りの人間ではないな?どうして今のこの時期にここへきた?もしかしてお前があれか?今日からここに住もうっていう物好きか?」
 
 「そ、そうです…。」
 男の威圧的な態度におされ、俺は尻込みしながら何とか頷きを返す。

 「何だと?俺はお前のことなんか知らねえ!そんな事認めてはいない。今すぐ引き返せ!家に帰ってここらに住むことは諦めろ!」
 男の怒鳴り声にたじろいでいると、アパートの奥から此方へと駆けてくる音が聞こえた。

 「金ちゃん?怒鳴り声なんか上げちゃってどうしたの?」
 奥から走ってきた優しい声の女性が、金ちゃんと呼んだ男の肩を掴んで俺から引き離す。

 身長は150センチにも満たなそうで、白髪頭でふくよかな、如何にも優しそうなお婆さんだ。

 「ああん?俺はこいつの為にアドバイスをしていただけだ。ババアには関係ねえ。」
 男は必死に腕を伸ばして肩を掴むお婆さんの手を払うと、面倒くさそうにそっぽを向いた。
 
 お婆さんはその様子を見て人の良さそうな笑みを浮かべてため息をついたあと、呆気に取られて固まったままの俺を見た。

 「もしかして貴方。今日からここへ引っ越すことになった高校生の?写真を見せて貰ったけれど、こんな顔だったかしら?」
 自らの頬に手をあてて考え込んだあと、お婆さんは俺の両頬へと手を伸ばし、顔をグニャリと潰してマジマジと覗きこんだ。

 顔が潰れてしまっているため、確認のしようがなさそうだが、俺はその質問に何度か頷いて返す。

 「あらあら。ごめんなさいね。私はここのオーナーの田貫たぬきよ。これからよろしくね。そしてここは田貫荘!うふ。私と同じ名前をつけたのよ。こんなに若い子を預かるのは本当に久し振りよ!ご飯の量はどれくらい食べるのかしら?沢山食べる?洗濯の量も多そうね!動き盛りだもの。じっとしているのは苦手でしょう?そうそう、金ちゃんね。この子ったら本当は悪い子ではないのよ?ちょっと言葉が悪いだけで、本当はとっても優しい子なの。これから一緒に暮らすんだし、勘違いして嫌いにならないであげてね。さあ、こっちに来て。貴方の部屋に案内するわ。」

 お婆さんはそこまで一気に捲し立てると、俺の手を引いてアパートの中へと促す。

 「この子とはなんだ!俺はもう300は越えてんだ!」
 男はオーナーのお婆さん改め、田貫さんに向かってそう怒鳴った。
 きっと子供扱いされたのが気にくわなかったのだろう。
 300は越えている?自らの年齢の事を言ったのだろうか。
 
 男はすれ違い様にもう一度俺の事を睨み付けて吐き捨てた。
 「俺は忠告はしたからな。お前なら2秒で死ぬぞ。」

 きっと勘違いしたまま大人になってしまった中二病と呼ばれる患者なのだろう。
 俺は金ちゃんと呼ばれた男の事を考えるのをやめて、田貫さんに促されるままにアパートへと入る。

 外観からもわかる古びた木のドアを開くと、大きな玄関が広がっていた。

 入ってすぐ、目の前には一振りの剣を携えた西洋の甲冑が飾られていて、右側には人が3人入ってもまだ余りそうな大きな鏡。左側に30足はおさめることが出来そうな下駄箱だ。
 その玄関を、天井にぶら下がった一つの電球だけが照らしている。
 大きな玄関のわりに明かりが少ないためか、少しだけ薄暗い。

 靴を脱いで下駄箱におさめると、田貫さんは振り替えって説明を始めた。

 「あなたから見て一回の左奥が食堂。朝昼晩に私の手作り料理を出しているわ。代金は家賃に含まれているけれど、決まった時間に来ることが出来なければ食べられない可能性もあるから気を付けてね。あ、貴方は学生だったわね。弁当も作っちゃう!その隣に談話室ね。あんまり人が集まることは無いけれど、呼べば私が行くわ。親元を離れたばかりだしきっとさみしいでしょう?その隣には図書室ね。私が集めた色々な本を置いているわ。返してくれるなら部屋への持ち込みもOKよ。最近は私の趣味でお裁縫の本が多めね。それと、右奥には共同のお風呂とトイレ。そうそう。最近の若い人たちが嫌がるユニットバス?とかいうのではないから安心してね。あと、貴方の部屋は二回の一番奥よ。部屋は六畳間で、送られてきた荷物の片付けは私がやっておいたわ。お礼はいらないわよ。これから一緒に暮らす家族なんですもの。これくらい、あ・た・り・ま・え。うふふ。短くまとめたけれど、説明は足りたかしら?」
 
 一気に捲し立てる田貫さんに気圧されながら、俺はコクコクと頷きを返す。

 ここは想像していた2LDKのアパートとは違うようだが、両親に騙されたのだろう。
 俺が肩を落とすと、田貫さんはそれに気付いてイタズラな笑みを浮かべた。

 「2LDK?共同部分の事よ!それでも安いって?そうね何故ならここは曰く付きの物件。古すぎるせいで出るのよ。G!ゴキブリが!うふ!」
 
 俺は田貫さんの言葉を妄言だと信じて、その言葉を聞き流し、頭を下げてから2階の自分の部屋へと向かう。

 どうやら俺の部屋は一番奥の部屋であるらしかった。角部屋とは嬉しい。窓の数も他の部屋より一つ多いと言うことだ。
 階段を上がってすぐに、金ちゃんと呼ばれていた男の部屋が目に入った。
 ドアにぶら下がった表札には【金子かねこ】と書かれていたし、【入ったら2秒で死ぬ】と書かれた表札までぶら下がってあったので、まず間違いないだろう。
 彼の決まり文句なのだろうか。
 俺は少しでも彼の言葉を気にしてしまった自分が恥ずかしくなった。
 そこから六つの部屋の前を通りすぎて、一番奥の部屋へとたどり着く。
 廊下を挟んで部屋の反対側にある大きな窓から外を覗けば、そこには綺麗な夕焼け空が広がっていた。
 西陽はドアで遮断され、部屋には入らない仕組みになっているようだ。
 
 俺は眩しさに目を細めながら、体を伸ばして大きくアクビをする。
 田舎からの長旅に、中二病の男との邂逅と、マシンガントークの大家である田貫さん。
 どうやら自分でも気付かないうちに、疲れがたまっていたようだ。

 ふと窓の外に影が見えて庭を見下ろすと、そこには、牛の頭の被り物を被った男がいた。

 牛頭の男はフラフラと歩きながら、庭から真っ直ぐにこの屋敷へと向かっている。

 またおかしな住人が現れた。
 どうやら俺の小さな願いは悉く叶わないようだ。
 
 この下宿先には、奇人もいれば変人もいるし、どうやらGもいる。
 俺は頭を抱えて大きな溜め息を吐いた。

 しかし、個人用の部屋はあるのだし、何とか上手いこと、奇人や変人とは関わりを持たずにやっていく事は出来るだろうと自分を納得させて、そそくさとその場を後にして、部屋に入る。
 
 今日はこれ以上、奇人変人と関わりを持つのは避けたかった。

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