現代妖怪怪奇譚ー化け猫ジュブナイルー

八兵衛

ー新天地ー

 空席が目立つ電車の中、俺はリュックを抱えて手摺に捕まり、車外の景色を眺める。
 今は空席が目立つが、都会は人が多いと聞く、自分より目上の人が立っているのを見て座ることなど出来ないし、席を譲る度胸もない。
 だから二時間以上も立ったまま外の景色をただ眺めていた。

 電車に乗った時には山や田んぼ等しか見えなかったものだが、今では様々な家々や、20階建て以上はありそうなビルまで見えてきた。

 線路のわきを走る車の数も比べ物にならなければ、目につく人々の数も違っている。
 どこかで祭りをやっているわけでもないはずなのに、この人の数は貴方にとって少し異様であった。

 各駅で町内祭りでもやっているかもしれない。

 季節は春。暦の上では4月が始まったばかり。新生活を始める者も多いはずだ。
 祭りと称した新年会を、町を上げて行っている可能性もあるだろう。

 それぞれの駅で、旅立つ人々の送別会や、新しく来る人々に対しての歓迎会でもやっているのだ。
 都会の人が冷たいとは誰が言ったのか、皆優しいではないか。

 そこまで考えて、俺は「ふっ」と息を吹き出す。
 新生活への緊張を紛らわすために、おかしな妄想を繰り広げてしまっていたようだ。
 今も昔も、東西南北そんな町があってたまるだろうか。

 少しだけその可笑しさに笑っては見たものの、その緊張が取れることはなかった。
 カタンカタンと線路の上を走る電車の音よりも、俺の鼓動は早鐘をうっている気がした。

 新生活への期待と興奮もあるが、やはり不安もぬぐえない。
 借りた安アパートの住人は好い人ばかりだろうか。通う学校の皆は気持ちの良い人間ばかりだろうか。
 生活は上手く行くだろうか、友達は出来るだろうか。
 
 勉強について行けるだろうか。部活は何にしようか。バイトもやらなくては。彼女は出来るだろうか。
 
 彼女…

 そんなものが果たして現実にいるのかどうか。
 俺には今はまだ、そこまで考えを及ぼすことは出来ないが、友達が出来れば家へとお招きする事もあるかもしれない。

 両親が借りてくれたアパートはどうだろうか。学校から三駅しか離れていない都心近くにあって、2LDKにトイレと風呂が別で、お家賃三万円。
 両親が言うには掘り出し物件であるらしいが、条件が良すぎて不安になる。
 田舎よりも都会の家賃が高いのは、鼻水を垂らした小学生でもわかる事だ。それがたったの三万円。しかも税込。

 うまいと評判の棒が、三千本に満たずして住める計算だ。
 やはり家賃としては安すぎるだろう。物件に対しての不安は募る。

 しかし無理を言って都会への進学をお願いした手前、両親に対して、あまりワガママを言うことも出来なかった。

 まあ、例えどんなに古くとも、住めば都と言うのだし、都会での一人暮らしを思えば、我慢できないことは無いだろう。

 何と言っても、夢の一人暮らしが始まるのだ。

 そんな事を考えていると、目的の駅にたどり着いた。
いつの間にか溢れていた車内の人々を掻き分けながら電車を飛び出し、歩く人々の流れに任せて改札を出る。

 わかってはいたが、やはり歓送迎会などはひらかれていなかった。
 
 もう一度鼻で笑って、スマホの地図アプリを開いてアパートを目指す。
 住所は既に覚えてあるので、後はナビの誘導に任せて歩くだけだ。

 ナビに任せてアパートに向かいながら気付く。駅を離れて大通りを外れてしまえば、人の往来もそれほど多くはなかった。
 
 かといって田舎に比べればそれでも人は多い方だ。

 中道に入ってすぐ、1頭の牛を引いて歩く二人の中年男性を見つけた。
 こんな住宅街にも牛がいるのかと、興味津々といった様子も隠さずに、マジマジと牛を見つめた。
 その牛は、記憶にあるどんな牛よりも大きかった。
 牛ってこんなにでかかったのか…
 
 目の前で見る牛にたじろぐと、その様子を見ていた牛を引いた優しそうな笑顔を浮かべたおじさんが、大きな笑い声をあげた。

 「そんなに身構えなくても、この牛は人間に慣れているから噛みつきはしないよ。何なら頭でも撫でてみるか?」

 「良いんですか?」
 おじさんの言葉に頷いて返すと、恐る恐る牛の頭に手を置いた。
 こんな機会はそうそうあるはずもないし、危険がないのならばと、触っておこうと思ったのだ。

 優しく頭を撫でると、牛は鼻先で俺の手の臭いを嗅いで、そのつぶらな瞳で見つめてくれた。瞳のなかに牛の優しさを見た気がした。
 頭から鼻先にかけてを優しく撫でると、その牛も俺の手に愛しそうに頭を擦り付けてくる。
 良く見ると中々可愛い見た目の牛だ。愛着が沸いてしまった俺は、牛の名前をおじさんに尋ねた。

 すると二人のおじさんの内、雰囲気の暗いおじさんが大きく舌打ちをして嫌な顔をしたが、優しそうなおじさんが、その舌打ちをかき消すように声をあげて笑う。

 「名前?ペットや家族じゃあるまいし、そんなものはないさ。こいつは食肉用だ。そろそろ出荷して捌くんだよ。お前のように愛着がわいてしまうと後がきつい。」

 その言葉にショックを受けて、牛の頭を優しく抱き締めた。

 引きつった笑みを浮かべるおじさんと牛に別れを告げて、後ろ姿を見送る。

 牛の瞳に映ったものが優しさではなく、憂いだったのではないかと思い。連れられて歩く牛の後ろ姿に、悲壮感を感じた。

 牛がこんなに可愛い生き物だとは思わなかった。あと少しの命かもしれないが、あの牛の今生が幸せであったことを、その後ろ姿に手を合わせて祈った。

 祈りを終えて顔をあげたとき、ずっと暗い表情をしていたおじさんが、俺の事を般若のような形相で睨み付けているのに気付いた。

 その表情の恐ろしさに、俺は思わず身震いをする。何か悪いことをしてしまっただろうか。
 俺の行動の何かが気に食わなかったのかもしれない。いずれにせよ、もう会うことも無いだろうと、頭を降って忘れることにした。

 それから暫く中道を歩き続けた俺は、通りの角を前にして、ゆっくりと立ち止まる。
 目の前の角を曲がれば、いよいよ新居とのご対面だ。
 どんなに古くさくても良い。願わくば、少なくとも同じアパートに奇人や変人はおらず、人類の平穏を脅かす黒くて光りを反射する小さな化け物【ゴキブリ】等はどうかいないであってほしい。

 深く長い深呼吸をして、瞳を閉じたまま角を曲がって目を開く。

 すると道の右側に、古い住宅に囲まれて木々が生い茂る鳥井を見つけた。

 そういえば、アパートの隣には社があると言っていたのを思い出した。
 両親は福が来るとそれを有り難がっていたが、その場所は異様な雰囲気を醸し出していた。
 
 周りに比べてそこだけ奇妙なほど多くの緑に覆われていて、鳥井などは苔むしていて本来の色がわからない程だ。
 全ての鳥井は赤いのだろうか?それともオレンジ色?
 しかし目の前の鳥井は暗い緑であった。
 鳥井の奥に続く階段さえも苔むしていて、普段人が歩いているような形跡もない。
 
 今は真っ昼間。空は晴れていると言うのに、上へ向かうほど階段の先は暗くなっていた。

 鳥井の前で立ち止まったままでいると、鳥井の側の緑が揺れた。

 驚いて後ずさると、一台の車が大きなクラクションをならしながら走り去って行った。
 あと少しでも後ろに下がっていれば、引かれてペシャンコになっていたかもしれない。
 遠くへ向かう車を見て、俺は身震いをした。

 もう一度草を掻き分ける音が聞こえて、振り替える。
 そこには、異様に長い尻尾を、空へと登る煙の様にユラユラとくゆらせ、瞳孔を大きく開いた金色の瞳で、真っ直ぐに此方を見つめる黒猫の姿があった。
 両方の耳が少しずつ欠けていて、沢山の猫の中に放り込んでも、すぐに見つけ出すことが出来そうな特徴を持った猫だ。

 ピクリとも動かない黒猫を見て、俺は再び体を震わせる。
 可愛いと持て囃されるはずの猫を見て、えもいわれぬ恐怖を感じたからだ。

 黒猫は暫くすると、興味を失ったように視線を反らし、目の前を横切って草むらへと戻っていった。

 黒猫が目の前を横切ると不吉な事が起こると言う。今の事が何らかの凶兆で無いことを祈った。

 再び鳥井の奥を見て、頭を下げてそそくさとその場を離れる。
 階段を登って社へ行く勇気は無いが、どうか自らの身に不幸が降りかからないことを願った。

「現代妖怪怪奇譚ー化け猫ジュブナイルー」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く