地球上で最も暗い場所

さんさんさん

黒猫と僕

『君ほど世間や人の役に立っていない人間は、そういないから。早く消えちゃいなよ。そろそろ君の人生を見るのも飽きてきたし、何より面白くないんだ』
 窓辺に居座る黒猫が僕に対してそう言ったような気がした。今日も、なんの進展もなく、バイトをしていつものアパートに戻ってきただけ。何も楽しくないし、かと言って何か現状に不満があるわけでもない。
 大学受験に失敗して、どうしても行きたい大学だったから三年連続で受けたけど、結果は全部不合格。それで、浪人三年目の受験のときの滑り止めにしていた大学に進学することに決めたけど、その大学にも今日でひと月半ほど顔を出していない。親は僕が第一志望の大学を諦めて引っ越してから音沙汰なし。結果、家賃も仕送りもなく貧乏な生活が続いている。
「うるせーな。じゃあお前は何かの役に立ってんのかよ」
 先ほどの黒猫に八つ当たり気味にそう言い放つ。実際は黒猫が話し出すわけもないので、僕自身がそう感じているだけ。本当は、僕が僕自身に対して思っていることなのかもしれないと思うと、無性に腹立たしくなってきた。
「だいたいお前はどうして毎晩毎晩ここに来るんだよ。来たって僕の生活の方がキツイんだから何もあげられねーって」
『来てもらえてる方が嬉しいんじゃない? こんな猫でも自分を必要としてくれている存在がいるような気がしてさ』
 右の前足をペロペロと舐める黒猫の姿から、どうしてもこの黒猫が話しているような気がしてならない。でも、その全てを否定できるほどの何かを、僕はまだ自分の中に見出せずにいた。
「うるさいよ。僕は自分の夢を……、まぁいいや」
 真夜中に、壁の薄いアパートで独り言をあまり言い過ぎるとやはり迷惑になるかと思い、そこで発言をやめた。
『夢、諦めたつもりじゃなかったの? そうやって逃げてばかり、だから君はダメなんだよ』
「お前、いい加減に……」
 そう言いかけて顔を上げると、黒猫とこの日初めて目があった。
 金色の、なんだか僕の全てを見透かされているような綺麗な目だった。黒猫は凍りついたように僕の方から目を離さない。
そのまま、無言でどのくらいの時間が経過したであろうか。僕は、少なくとも、朝がくるよりは早く、黒猫から目を逸らした。すると黒猫はひょいと窓際の塀の上から飛び降りて、何処かへ消えて行ってしまった。ともすれば闇に溶けてしまいそうな漆黒の毛並みをしていたなと思い、そんなはずはないかとすぐに詩的な感情を自分の中から消し去って床についた。

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