『元SSSランクの最強暗殺者は再び無双する』

チョーカー

 メイルの命令

 「正義の勇者……? 聖女?」

 司令官はSSランクの冒険者である。

 しかし、『勇者』が新しく誕生する情報は極秘である。
 高ランク冒険者であっても知るよりはない。

 警戒の色を示す。だが、先ほど見せた実力は確かなものだった。

 (なんて、声をかけるべきか?)

 そう悩みながら近づこうとした。

 しかし、彼女、メイルはそれを拒んだ。

「まだです。まだ終わっていません、離れてください」

「何を――――」

 何を言ってるんだ? そう言い終わるよりも早く状況を把握する。

 黒い触手。 

 既存の魔物とは、生態系が一致しない謎の敵。

 それが、1本、2本、3本…… 瞬時には把握できない数が地中から出現したのだ!

「こ、これは!? き、君も引いたまえ!」

 司令官の声は遅い。 

 触手たちは知能を持たない。 どちらかと言えば機械仕掛けの絡繰り人形に近い。

 それが合理的に最優先でメイルの破壊を一斉に開始する。

「でも、大丈夫ですよ」

 その事態に相反して、メイルは朗らかな笑みと言葉を向けた。

   
 ≪不可侵なる壁ウォール・オブ・アンタッチャブル


 視線の全てを覆うほどの数。 大量の黒い触手たちによる同時攻撃。

 それはメイルは1度の防御魔法で防ぐ――――だけには収まらない。

 メイルの防御魔法に接触した黒い触手たちは、弾かれた直後に白いヒビが入り、霧散して行った。

 さらにメイルは、

「司令官さん! 前衛を前に動かしてください」 

「何を? そんな事はできない」

 司令官は拒否した。 確かに少女《メイル》の実力は規格外だ。

 だが、突如として現れた人物に指示権を譲渡する事はあってはならない。

 例え、それがどのように高い身分の人間であっても――――

「なっ!?」と司令官が驚きの声を出したのは、その直後。

 自身が命令を出すよりも早く、部下たちが動いたのだ。

「何をしている! も、戻れ!」

 見れば、部下たちは震えている。 彼等を突き動かしているのは少女《メイル》のカリスマ性――――ではない。
 
 その正体は、メイルから感じ取られる恐怖心。

 恐怖が屈強な男たちを突き動かし、それは司令官にも伝播していった。

「右から5。 出現するよりも早く後衛に魔法攻撃の指示を」

 メイルの言葉に、司令官は反射的に命令を下した。

「――――っ! 魔術師たち! 撃て!」

(止せ! 俺は、俺はどうして、こんな指示を!?)

 この後、司令官は歴史に名を残す事になる。

 突如として現れたメイルの実力を把握して、すぐさま指示系統を譲渡した。

 後世の英雄伝で名将として扱われる司令官。その実――――
 
(きょ、恐怖によって支配されている? こ、この俺が!? ――――いや、それだけではない)

 恐怖に支配されている。 

 しかし、それでも、司令官たる者の命令は部下の命と直結していると言える。

 曖昧だったり、適当だったりする命令を恐怖に下って出すわけはない。

(むしろ従うの正しいと思わせる適切な命令! この娘……一体? まさか、本当に勇者?)

 黒く染まっていた町の入り口。 徐々に本来の色を取り戻して行く。

「それでは私は行きます。戦線を維持しておいてください」

「行く? きみ、どこへ?」

「このまま、町の中心まで――――走り抜きます!」

 司令官が止めるのも聞かず、メイルは単騎で黒い町に入って行った。

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