結局、普通のおじさんに？　なれませんでした。はい……

　後方に吹き飛ばされた魔王。

　それをベルトは――――追わない。　その場に留まると、構えたままで強い眼差しを魔王に向ける。


　「……どうした？　追撃しないのか？　それは余裕か？　慢心か？　それとも憐憫？」


　魔王は問う。　しかし、ベルトは無言でジリジリと間合いを詰めて行く。

　やがて――――

「立てよ」とベルトが口を開いた。

「ここで決着をつける」

「正気か？」と魔王は笑う。

　ベルトは誘っているのだ。　

　≪致命的な一撃クリティカルストライク≫の打ち合い。

　早撃ちを……

「確かにダメージは深いが、身体能力だけなら私の方が上だぞ？」

　だが、「……」とベルトは無言。

　ならばと魔王は立ち上がり、ベルトと同じ構えを取る。

　ただ、目前の相手よりも早く拳を打ち出す事を目的とした構え。

　そして――――　その時は来た。


　≪致命的な一撃クリティカルストライク≫

　≪致命的な一撃クリティカルストライク≫


　両者同時に放たれた拳。　先に相手に届いたのは、やはり――――


　魔王の拳だった。

　・　・　・

　・　・　・　・　・　・

　・　・　・　・　・　・　・　・　・


　≪致命的な一撃クリティカルストライク≫

　それは衝撃を叩き込む技。　その衝撃は体内の弱点を狙い打つ一撃必殺。

　だから――――

　（勝った！）　

　そう魔王は勝利を確信した。　だから――――

　魔王は気づかなかったのだ。

　遅れて自分に向けられ、放たれた拳に――――

　ベルトの体内。

　魔王が放った衝撃は、ベルトの心臓に向けて走り抜けていく。

　そして、心臓に到達……したかのように思われた。

　それを阻止したのはベルトが自らの体内に仕込んでいた衝撃。


　≪致命的な一撃クリティカルストライク≫


　2つの衝撃は重なり合い、最初から１つだったかのように――――

　ベルトの拳に再装填された。


　≪致命的な一撃返しリバースクリティカルストライク≫

　
　「……」と魔王。

　「……」とベルト。

　暫く無言で見つめあう両者。

　そして……　ゴフッと魔王の口から個体と液体が混じった黒赤い物が吐き出された。

　「見事なり、暗殺者。……いや、ベルト・グリムよ……これでようやく死ねる」

　それだけ言うと膝から崩れ落ちた。

　「嗚呼、これが死。久々の未知の経験か。……約束通りに肉体は返すぞ」

　「もしも、あの世が……地獄があるなら、いずれ俺も行くだろう。そこで待っていろ」

　「たわけが……死に続きがあるはずなかろう。蘇生魔法による記憶の混同が生み出した幻覚が伝わったに過ぎぬ……それをお主に言うのは酷というものかな」

　「……」

　魔王の言葉。　

　それは蘇生した人間は、生前と同じ人間なのか？　と言う、この世界の哲学染みた言葉であった。

「それでも……俺は……」

「カッカッカッ……最後に貴様の泣き顔が見れるとはな。いいだろう。　悩み、考え続けろ。それが生きてる人間の特権よ」

最後の最後まで魔王は笑い続けて――――

「では、さらばだ。壮大なる我が死に様を眼に刻み付けろ！」

魔王は……いや、カレンの肉体から白い気体が出て行く。

それは魂が震えるようであり、神秘的であり、芸術的であり……それらを台無しにするように騒々しく天に向って――――

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・　・　・　・　・　・　　

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そして、数ヵ月後。


「言ってくる」と家の主は短く呟いた。

しかし「行ってらっしゃい」と思いもよらない返事が聞こえてきた。


「すまない。最後の依頼を叶える為……少しだけ長くなる」

「大丈夫ですよ。今度は私が待つ番ですから」

そういって彼女は微笑んだ。

そして男は家を後に――――その前に振り向いて家の屋根を見上げた。

そこには、看板が掲げられていて、こう書かれているのだ。

『薬局カレン』