ようこそ20年前の英雄さん -新種のせいで波瀾万丈生活-

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4話 新種≒神種








ニクス・レギオライトは今、不機嫌である。
























「なぁー青年ー。いい加減機嫌直せよぅ?」


「誰のせいで機嫌が悪いと思ってるんだお前は」


「だから今お茶出したり茶菓子出したりしてるだろー?詫びてるじゃん。さー、食えよー飲めよー?」


「こんな異空間でまともな茶など出るものか」


「む、それは失礼だな!ボクの再現率舐めすぎじゃない!?」






再現率と言っている時点で虚構じゃないか…などと思いながらニクスはとりあえず目の前の暖かそうな紅茶とケーキに対し【術式分析ディセクション】を密かに行使する。






「とーこーとーんー失礼だなっ!!!何かしら毒でも盛ってるとでも思ったかい!?」


「ちっ…気付いたか。さっきまで殺し合いをしていた相手が出したものなら例え茶や菓子でなくとも疑念は抱くだろう?当然の対処だ」


「キ、キミって良く可愛くないって言われるだろ?」


「男が可愛いと呼ばれてどうする。俺が女に見えるか?」


「堅物過ぎる…戦闘の時はあんなに柔軟なのに」










よく回る舌だな…と思いつつ念入りに【術式分析ディセクション】の段階を上げていくニクス。飲む気はあるのだ。不審過ぎるが故の当然だ。










「…ふむ。どうやら大丈夫そうだな。失礼した。いただくぞ」


「捻くれてるなぁ…」


「失礼したと言った」




ティーカップを手に取り口元に運ぶニクス。






「ふむ、存外に美味いな」


「でしょー?」


「…で。わざわざこんな席を用意したんだ。茶を飲むだけで済む筈はないだろうな?」


「あぁ、ただ座る席が欲しかっただけさ。ーー長く、なりそうだからね」










先程の戦闘で爆砕した玉座を再生させ、深く腰掛けるトレミー。一方のニクスはティーカップの紅茶を勢いよく飲み干し、座り心地の良さそうな椅子から玉座近くの岩に腰を落として、腿に肘をつき手を口元で組む。場の空気が張り詰める。








「まず俺から質問だ、率直に問うぞ。トレミーとやら、お前は魔物なのか?」


「それは正確じゃあないね」


「ならば一体何者だ?」


「キミは出会い頭に既に問うたじゃないか。『何者だ?』と。僕はそれに対しトレミーと名乗った。それだけじゃ不服かい?」


「ならば問いを変える。お前は神族か?」


「それも正確じゃあないね」


「ならば…魔族か?」


「それはノーだよ。青年」






ーーーふむ。魔物かと問えば正確じゃないと濁し、魔族かと問えば違うと断言。しかし神族と問えば正確じゃあないと言う。人でないのは俺が断言出来るし、魔物でもなければ神に属するでも魔に属するでもない。






「とするならば…」


「するならば?」


「お前自身が神か…もしくは神魔両方かだ」












きょとんとするトレミー。そのまま固まったかと思うと、その数秒後にまるで白い花が一斉に咲くかのような笑顔になる。














「ははは!もう正解に等しいじゃないか!すごい!!堕天がわかるのかい!?」














ーーー堕天。










神界において、もっとも重い罪を犯した者。もしくは神界に身を置きながらも魔に染まった者に下される極刑と伝えられている。そも神界や魔界など御伽噺の類かと思われているが、何もない空間から突如として現れる魔物がいるくらいだからまず魔界ぐらい存在してもおかしくはない。ならば逆もまた然り。神界や天界もあるのだろう、この世は目にする全てが全てではないのだから。






つまりこいつは新種というか…神種だ。この神種は堕天した。言葉の所々に腑に落ちない点はあるがあえて追求するまーー「何故堕天したと思う?」


「ーーー何故聞く。むしろ聞かれると殊更どうでもよくなる。」


「殊更ってことはほんの少しでも気になったんでしょー?」










ーーいちいち癇に触るや「癇に触るやつとか思わずにさー、答えておくれよ少年んんんー!!!」






いつの間にかニクスの胸元に現れ瞳を輝かせながら興奮した様子で頭をぐりぐりと擦り付けるトレミー。










ーー!!!ペースが乱される!心でも読んでるのかコイツは!!






「あ、心は読んでないよ?君の顔に思いっっっっっきり出てたから。下手くそだねぇ、ポーカーフェイス」


「お前が堕天した理由が一瞬垣間見えた気がするぞ…」






ーーそもそも堕天など、御伽噺フェアリーテイルの類だ。誰も見たことがない堕つる神。それが俺の目の前にいる。しかしコイツ自身話が長くなりそうだと言ったが…あくまでこの会話を長引かせ、出来るだけ情報を引き出さなければ。そもそも何故こんな場所に呼び出した?時の巡行の目的は?出来れば神の戯れに巻き込まれたくなどないものだが…








「自ら堕ちたりでもしたか?」














二クスは呆れ顔を装って問いを投げた。しかし驚いた様子で開いていた片目を大きく見開くトレミー。僅かばかり魔力が膨れ上がった。B級ホルダー程度なら失神するレベルの力場干渉はあるが。






この反応は予想外だーーーまずい。










「冗談のつもりだったんだがな」


「冗談にしては真に迫っていたよ」


「本気に聞こえたか?」


「聞こえた…というよりかは、裏側にべったり“そうであってほしい、気を引き、長引かせ、情報を引き摺り出したい”って副音声が貼ってあったと言うべきかな?さっきも言ったじゃないか、ポーカーフェイス。下手くそだよ」


「やっぱお前心読んでるだろ?」


「そんな無粋な真似はしないさ。君との楽しい楽しい会話だ。あぁ、こんな楽しい会話は何百年ぶりだろうか。ただ…」


「ただ?」










ゆっくりと顔を上げ天井に視線を送るトレミー。宙を見つめる白の少年は急に立ち上がったかと思うと、こちらに背を向けテーブルから十歩ほどの距離を取り、どこか寂しそうな…悲しそうな…そして儚い笑顔を見せながらニクスに向き直った。










「もっと情報を引き出したかったのなら、さっきのアプローチは失敗だったかな…青年」










ーーーしくじったか。






痛恨のミスをしたことで冷静の仮面が剥がれるニクス。焦りを感じながらトレミーを見ると彼自身には何も変化はない…が、彼の周囲の景色は違った。硝子のようにひび割れ、派手な音を立てて崩れていく。やがて景色のみだった崩壊はゆっくりと、しかし徐々に速度を増しながら月白の少年をも蝕んでいく。






「どうやら神界に察知されたみたいだ。こそこそやってきたけど、眼の解放はやりすぎたか。バレるまでもっと時間あると思ったんだけど…せっかく椅子も用意したというのにせっかちなやつらだなぁ」


「おい!待て!!まだ話は終わってない!!」


「あぁ。ボクだってまだ話足りないさ。けどねぇ、自ら出奔してしまったボクのことをヤツらが見逃す筈が無い。業腹ではあるが、それくらいボクには価値がある」






話を聞きながらまずいと言わんばかりにニクスは足元に魔術式を展開する。円環状の魔法陣を三重にし、それを右脚で踏み込むと音すら置き去りにする勢いで加速した。








「あー、ニクスくん。それじゃ間に合わないなぁ」


「結局お前は何で俺をこんなとこに呼び出したんだ!!!」


「世界を救ってほしい」


「唐突に…っ!!」


「そりゃあそうだろうね。でも物事なんてすべからく唐突さ。身に覚えのないことほど自分では急に、突然にと捉える。事象など降って沸くほどあるだろうに…。人間の性だねぇ」


「茶化すな新種!!」














眉間に皺を寄せなおも疾走するニクス。

もはや身体の半分ほどしか残っていないトレミー。










「ならば問おうニクス・レギオライト。何故わざわざ過去からキミを呼び出したと思うんだ?」


「分からないから!聞いてるんだよこっちは!!」


「史上最強のSクラスホルダー。かつて三ツ首の邪龍を倒し、どの部隊にも属さず、戦場を殲場せしめんと跋扈するその姿は最早人の域にあらず。されど人を超越せず。だがキミは…」

「俺は?」


「この未来にはいないんだ」


「いな…い?」




ニクスは駆ける脚を止めた。彼我の距離にして僅か1メトルほど。ほんの一歩踏み出せば、手の届く距離だ。










「あぁ。キミはさ、死ぬんだよ。いや正確にはボクが呼び寄せなかったらくたばってた。本来なら今日キミは軍の、仲間の元へ向かう途中に突発的に死んだとされている」










ーー急に死ぬと言われてもな…。今生きている以上何とも返し難い内容だ。










「…死因は?」


「邪龍との戦闘の際に負った傷と返り血が原因だ。龍血が傷から入り込み、それに含まれる邪龍の濃密な魔力がキミの魔力と結合。結果、キミの体内で邪龍の魔力が暴走。キミは単独任務…と言ってもいつも独りか。その任務中にあっけなく死ぬ。叫び、踠き、苦しみながら、あっけなく死ぬ。」


「回避する方法は?」


「無い…と言いたいところだが、もう回避しといたよ。さっきボクが出したお茶。アレはボクの神血と神魔力を邪龍の魔力より濃くして抽出したものだ。【術式分析ディセクション】には勿論引っかからないよ?神魔の力は堕天のみの混合魔力。【術式分析ディセクション】はどちらか片方の力にしか反応しない、まぁキミは優秀だから不安要素はあったけど…例外じゃなくて良かったよ。美味しく飲み干してくれて何よりだ。ちなみに味付けは秘密ね」




ーー味付けは割とどうでもいいが未だ状況が飲み込めん。俺は死ぬ予定だった?しかし俺はこの新種の願いを叶えるべく呼び出された。世界を救うというその願いを。そして俺の死を回避。話の流れからして戦力が欲しいと言ったところか。しかし先程の戦闘では…いかん、脳が沸騰しそうだ。






「お前の方が俺より強い」


「うん、そうだね。ボクの方が強い。でもね、今回の相手はボクじゃ分が悪い」


「相手は?」


「神界に属する…九の神」


「尚更お前が適任じゃないのか?」


「ニクスくん、堕天した者は神の呪縛に逆らえないんだよぅ。まぁボクの場合、神界にいる時点でまず三人の神に縛られてね。その時点ではこんな呪縛破ってやるー!!ってつもりで堕天したんだけど、堕ちた途端に最高神にまで縛をかけられた。ボクの呪縛は折り紙付きというわけさ」






ーーなぜ神界に居る時点で捕らえられたのか…察するに叛逆でもしたのだろうが…今は的確なやりとりのみしたい。崩壊は止まっていないからな。








「俺で勝てるのか?」


「うーん、多分?…というか今のキミで無理なら誰も勝てないかな」


「今の?」


「うん。この世界の神ってさ、どんな文献や御伽噺でも打倒されるのは人にでしょ?魔族には大概勝つでしょ?これって事実でさ、人のみが神を討てるんだ。ただ、いつも一歩足りない。何故かと言うと魔力量で差がついてしまうんだ」


「ふむ…だが俺も例に漏れず只人だぞ?」


「今のキミが只人なら他の人間なんて畜生もいいとこだよ。キミは元々極めて高い…それこそ無尽蔵と言ってもいい魔力量だ。恐らく、人類史上最大量だろう。ただ…まだ足りない。底があるからには必ず枯渇する場面に出食わす」








確かに俺は魔力量には自信があった。今の今まで魔力が枯渇したことも無い。火力にもそこそこ自信はあるが…そりゃ神が相手なら人が出来ることなどたかがしれてる。出し抜くことは出来そうなものだが…








「魔力量の差を埋めることが出来ても、火力で劣るわけか」


「御名答。そこでボクの出番さ。先程の邪龍の話に戻るけども、邪龍の魔力は因子としてキミに残した。一度解き放てばキミは瞬間的にあの邪龍の力を手にする…反動はもちろんあるがね。そしてボクの神魔力、これはキミが龍の因子を開放していない間、その因子の力を抑える…と同時にキミがもつあらゆる術式火力の底上げをする。今をもって通常状態でもキミの魔力は神魔の力を有するわけだね、人がもってたらマズいよそんなん」


「勝手に預けてきたのはお前だ。こんなもの無くても俺は負けん。だがそこまで…」


「心配はいらない。それを為してなおキミは人のままだ。対神戦において、神に仇なす唯一の人。ボクと邪龍の力を持った神族でも魔族でもない“人族”とした。定義としてはキミがボクを呼ぶ“新種”になるのかもしれないね?そして笑ってしまうことに「人」対「九の神」、倒した暁にはまさしくキミは神界の「仇」となるんだねぇ」


「ずいぶん皮肉なものだな?」


「ふふっ。ボクはキミの冷静さに只々驚いているよ?」






ーーー冷静なものか。気付いたら新種だぞ?自分自身のことなのに言わなければ気付かないほどの巧妙な構成変化など…






「まさに神の所業でしょ?」


「読むな馬鹿」


「えへへ。もう時間ないからね、さすがに読…んだ」


「そうか」










気付けばもう首から下は無かった。景色の崩壊は次第に終息を迎え、今はもうトレミーの身体のみが光の粒子となり消失していくのみとなった。










「あ、ちなみに死ぬわけじゃな…いからね。この縛を解き次第キミに合流する。どれくらいかかるかわかんないけど、ボクの神血を取り込んだキミとならある程度いつでも会話は出来るから寂しがらなくてもい…よ?」


「便利なものだな。只お前…重要なことを忘れてないか?」


「はいはい…『俺はまだ協力するなんて一言も口にしてない』でしょ?ならばキミに理由を与えようか…神との戦に赴かざるを得…い理由を」


「あるのか?」


「いくつかある。けど最たるのは…ふふっ、また「仇」かな」







ーーー仇…。


周りに死んでいった者が多すぎる俺にはいまいちピンとこない言葉だった。



「キリエ・レギオライトだよ。キミの祖父だ。キミが最も慕った人間。ある日突然原因不明の死が訪れたキミの大事なヒト。キミが唯一涙した別れ。」


「…っ!!?爺さんの仇!?」


「森羅万象ありとあらゆる有象無象に神が絡むのは承知だとは思う。天寿を全うしただの、神の元に還っただのと都合のいい言葉はいくらでもある。けどね、キリエはね、意図した死なんだ。神が故意に殺したんだよ?」


「仮にも神と称される存在が故意に…なぜだ…どの神だ……」


「…その殺意は分からないでもないが、落ち着いたらまた念を飛ばすから、少し待っててくれないかな?とりあえず今しか出来ないことをしておきたい。ほら、受け取って…ね…」


消えかかるトレミーがそう告げるとニクスの目の前に一本の槍が現れ、地面に突き刺さる。先程トレミーが使用していた禍々しき赤黒い長槍。








「キミのインドラとは相性が良い筈だが、扱い辛いようなら好きなように弄ってくれて構わない。」


「…分かった。あとは?」


「んー、この夢から醒めたらファルガ・ディクタムナスを尋ねてみてくれないかな?彼はきっとこの先キミをサポートしてくれる。この夢のことを打ち明けてもいいし、打ち明けなくてもいい」


「ファルガか…。面倒だが、分かった」


「あとはボクからの連絡を待っててくれたら、どんな風に過ごしてくれても構わないよ?未来をど…な風に謳…する…かは、キ…次第さ」


「了解した…ならば」


「う…ん。ま…た、後…」










そうして、新種は俺の前から姿を消し、気付けば俺はリーファルの道のど真ん中に居た。



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