ようこそ20年前の英雄さん -新種のせいで波瀾万丈生活-

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1話 経花





「ここは…どこだ。」










此処に大討伐戦を終わらせた青年がいる。圧倒的な武力を以って、圧倒的な魔力を以って、圧倒的な殺意を以って、大討伐戦を終わらせた青年が此処にいる。












青年の名は、ニクス。










ーーーーニクス・レギオライト。






17歳にしてアルミナ国軍独立遊撃隊長を務め、たった1人で天災級魔族を屠った歴史上唯一の特Sクラスホルダーとして活躍する男。地位には一切の興味を示すことなく、唯ひたすらに戦場を跋扈する。そんな彼は今、困惑の種を三つ抱えている。






一つ。先程まで戦っていた新種の魔物にトドメを刺そうと照準を定めた瞬間、魔物が発光。光を遮る間すらなく視界を奪われた後、目の前から消えた。逃走されたのだろうがーーーあまりにも忽然と姿を消したのだ。


一つ。魔物が消えただけならまだしも、昼夜が逆転している。先程までは夜だったはず。発光の影響で目がやられているのかと思い暫く待ったが一向に暗くなる気配はない。早朝だったのか、むしろ明るくなっていく。


一つ。場の空気がおかしい。ここはアルミナ国が有する軍の駐屯地から少し離れた荒野だった。間違いなく「荒れた平野」だった。しかし今自分が踏みしめている地面は明らかに舗装されている。隙間なく長方形の石が敷き詰められている。そう、まるでこれはーーー












「ーーー石畳?道か?」














落ち着いて思考を巡らせる。まずは所持品のチェック。失った物は無さそうだ。衣服にも特に変化はない。魔力量もおよそ一戦闘分ほどしか減ってはおらず、回復しつつある。体調の変化も無し。










ーーー自分自身に変化は無しだな。ならば空間転移系の魔法で飛ばされたか?新種だったが為に深追いし過ぎたか……とにかく此処に居ても埒があかん。動くか。












とにかく事態の把握に努めたいニクスは前方にへと向かう。この石畳の続く先にマーケットらしき賑やかな場が見えるのでこのまま道なりに進めば到着するだろう。






「くっそ…まさか新種とはいえ、たかだか液状生物にここまでしてやられるとは…全くもって油断大敵とはこのことだ。情けないーーーーーん?」










100mほど進んだだろうか。おそらくマーケットの名を示すであろう大きな看板が見えてきた。【リーファルマーケットエリア】と書いてある。






「ーーー??リーファルだと?」






ニクスの疑問。この看板が示す名称はアルミナ国の第1都市【スティルミナ】が運営するマーケットエリアだからだ。つまり今現在ニクスはスティルミナ内に居ることになる。まぁ空間転移なら別段ありえなくもない。しかし。










「やけに看板が新しいな…。」








ーーー自分がいない間に変えたのだろうか?いや、でも催事報告は来ていなかったしな…。








そんなことを考えながら、看板をくぐる。








市場ならではの活気と熱気を纏った人々。しかし今のニクスには違和感しかない。視界の様々な場面に撒かれた違和の種。最早何も実らない種だらけの家庭菜園が脳内にでも出来たかのようだ。






違和の種は三つ。


まず一つ。リーファルの看板を変える際は、リーファルのみならずスティルミナ全体が祭に等しい状態となる。感謝祭と称し、市場のありとあらゆる商品の価格が下がるのだ。警備が必要な場面もあり市井の自治体だけでは足らないこともしばしばあるので、軍にはそういった行事の知らせが催事報告として逐一入ってくるようになっている。


二つ。祭りには程遠い活気。確かにお祭り騒ぎと呼ぶに相当する状況だが、これは自分の把握する感謝祭には及ばない。


三つ。これが一番の違和感。


ーー全てが目新しい。食品、衣服、武器…。その他諸々がつい先日まで見られなかったようなデザインや種類だ。勿論自分に馴染みのある物も数多くある。が、確実に進歩が見られる。見た目にも食品は食べやすく、衣服は着やすく、武器は扱いやすく、何もかもが画期的になっている。






「よぉ兄さん、見てくかい?」






眉間に皺を寄せ悩めるニクスに横から声をかけてきたのは武具をメインに扱うショップの店主らしき人物だ。ニクスは誘われるがままに武具を見ることにした。






「これは…!!銃型のB2Wか!?しかもフルオートじゃないか…こんなものが何故ここに…。」






B2W。Battle support Weapons for Wizardsの愛称だ。魔術士は自身に適した形態のB2Wを武器とし、戦闘を行う。その形は剣や槍、銃、斧、戦鎚など多種にわたる。そして今ニクスが手にし、穴が空くほど見ているこの銃「バシコ:フルオートB2W」もその一つである。






「よく見ただけでフルオートだと分かったな!しかし何でってお前さん…かの有名な大討伐戦から五年以降、軍のお偉方が頑張って下さって市井に流通する武具の質が格段に上がったんだ。ここ最近の話じゃねぇだろう?身なりを見るに田舎モンじゃあるめぇし…まるで知らねぇ物でも見るみてぇな顔しちまってよぉ」










店主の言うことこそまさに困惑と違和の種、双方の発芽に値する。そう、ニクスは知らないのだ。見たことがない。正確には大討伐戦前に任務が終わり次第、自分が民間用に製作にあたろうと考えていたので頭の中にはあった物の数々だ。この銃しかり、他のB2Wも全てニクスの原案を元に設計されているのは明白だった。






「軍のお偉方…五年…ここ最近の話じゃない…?」






芽吹いた二つの疑問は、すでに蕾をつけている。










辺りをもう一度見渡せば、そこら中に肥料ヒントがばらまかれているのだ。見たことのある景色の中に、見たことのない景色。見たことのあるモノの中に、見たことのないモノ。そのどれもが、新しく、深く、進んでいる。






あとは…聞くだけだ。最も濃厚である答えを。先程目にした店先に出ている暦が、自分の視界を覆うこの現実が、真に現実であるかどうかを。








「店主、一つ聞いてもいいか?」








「値下げはしねぇぞ?」








「今は回暦三七年か?」








「馬鹿野郎、この暦が見えねぇのか?今は回暦五七年の陽の月だ。頭沸いてんのか?」














開花。その瞬間、視界が暗転する。まるでこの時を待っていたかのように、まるでニクスを嘲笑うかのように、暗闇がニクスを包む。微かな混乱を携えたまま冷静にニクスは次の場面を迎える。舞台でも観劇しているかのように。役者の登場を待つように。














花は散り、幕は上がる。


時は経ち、全てが満ちる。


















「ーーーニクス・レギオライトだね?」







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