アメ上がり

狼狐-Roco-

前日談『雲』

 サラサラとした小雨が降り注ぐ中彼女は目を覚まし白いベッド、白い布団からゆっくりと起き上がった。

 ーーピッ、ピッ、ピッ

 起き上がった彼女が真っ先に見たのは一定間隔で音がなり続ける心電図モニターだった。

 モニターから伸びる線は彼女の方へと伸びている。

 すなわち心電図モニターに大きく表示されている八十という数字は彼女の心拍数を示しているようだ。

 その数字を見て彼女はまだ生きているという実感が湧き少しほっとした様子だった。

 彼女は心臓発作、そして過換気症候群という呼吸器系の病気を二つも患っているためこうして病院生活を送っている。故に彼女は毎朝自分の心拍数を見て安心するという日課があるのだ。

 その後、窓を覗くが先程から振り続ける小雨で、なおかつ天は、雨雲がぎっしりと詰め込まれたかのように暗い雲しかない。だからこそなのか、六階の高さから見る景色もとても絶景とは言い難かった。

 今の季節は秋、それも秋雨前線が盛んな季節。故にここ最近の天気は、荒れ狂っているのである。

「今日来るのかな……」

 彼女は誰かを待っているようだ。その証拠に病室のベッドに常設されている小さな机の上に、出したまま放置された手紙が一通置いてあった。

 手紙の内容はとても簡単。彼女が待つ人から差し出されており、今日の昼頃に迎えに行くと書いてあった。

 勿論病院の中のため携帯は使えない。故の手紙だろう。

 突如ガラガラと病室の戸が開かれる。

 その音に待ち焦がれた人が来たと思い、ばっと戸の方を見るが全く別の人だった。しかし彼女はその人のことをよく知っている。同室の向かいにいる、肺癌で入院している老人患者の娘だ。

 向かいの老人患者の娘は、時折老人の見舞いにやってくるため、よく知っていたのだ。

 だが、自身が待つ人では無く、その風景から目を背けるかのように、孤独を紛らわすように、天気が崩れ絶景とは、到底言えない窓の外を眺め始めた。

 だがこうして待てば待つほど、紛らわそうとしている孤独が強く襲う。

 なのに何時たっても彼は来ない。気づけば日が傾き始めたのか外が一層暗くなる。

 それだけの時がたとうともその日は彼女が待つ人は訪れなかった。

 ーー翌日ピッピッピッピッと確かに一定間隔でなり続ける心電図モニターの音で再び目を覚ます。

 手紙では前日の内に、ようやく退院手続きをし、普段の生活に戻れていたのだが、何事もなく一日が経ったのだ。

 その状況に彼女は、不安という胸騒ぎを感じ取っていた。

 ーー事故に遭ったのかな

 ーー退院予定日が伸びたのかな

 ーーそれとも忘れたのかな

 と色々な言葉が、彼女の頭の中でぐるぐると駆け抜け続け始めた。

 だが良く考えれば、今の三つの内二つはありえない事だ。

 普通、退院予定日が伸びたならば医者が伝えに来る。

 そして手紙が届いたのは前々日。つまりは一昨日。遅くても一週間前近くには投函されている手紙だ。忘れることはないだろう。

 となると残ったのは事故。その答えにたどり着き彼女の顔は青ざめ、みぞおち部分がキュウッと何かに締め付けられているようなじんわりとした痛みを覚えた。

 だがーー

「遅くなった!」

 バンッ!と病室の戸を強く開き、一人の男の声が彼女がいる病室に木霊する。
 その声の主は彼女がよく知る人物。つまり彼女が待ち焦がれる人だった。

 激しく息を荒らげ、スーツ姿の彼の全身がびっしょりと濡れていた。遅れたからこそ雨が降る外を走ってきたのだろうか。

 だが彼女はその事は気にせず、ようやく再会出来たことに嬉し涙を目尻にため「遅いよ」と言う。

「ごめんな……遅くなって」

「ううん……迎えに来てくれてありがとう」

 ようやく迎えに来て、これから退院。そして容態も良くなったからこそ、普通の生活ができると思うと、彼女はニコッと笑いつつ涙を流すことしかできなかった。

 しかし彼女自身、驚く出来事に遭遇してしまう。

 というのも帰ろうかと差し伸べられた彼の手を取った時、いきなり漆黒の闇に放り投げられたかのように辺りが何も見えなくなったのだ。

 別に彼女の目が見えなくなった訳でもない。それを証明するためなのか、今度は落ち葉が道端に散乱している風景がみえた……と思いきや今度は秋なのにも関わらず咲き誇る桜が見えたりと、次々と風景が変わり続けた。

 途中、ふと気づけば滲んではいるが見慣れた病室の天井がみえた。

「あれ……?」

 全てが夢だった。顔が青ざめ、みぞおち部分の痛みが生じた際にいつの間にか寝むってしまっていたのだ。

 滲んでいたのは彼女の涙が原因だった。一回、二回と瞼を開閉させ、頬に涙が伝う感覚、くっきりと見える病室でそうだとわかったのだ。

「夢……だったの……?」

 と、先程の幸福感は夢の中限定だと悟るとぶわっと涙が溢れ始めた。

 ポロポロと頬を伝う涙、声にも出ない悲鳴。彼女はとうとう孤独感という絶望に押し潰された。

 それから待ち焦がれる人からの連絡はなく一日という時が経ち、追い打ちをかけるように彼女に悲報が伝えられた。

「ーーそれ、本当……なの?」

「……ああ、残念ながらあの人はもう来ることは無い……不慮の事故だ」

 それが知らされたのは更に日が経った日の朝。また外には濃霧が立ち込めていた。

「嘘じゃ……ないんだよね……?」

 彼女が、震えた声で話すのにはわけがあった。と言うのも朝食前に彼女の親が、病室に足を運び悲しげな、だがとても大事な話だと言わんばかりの眼差しで「あいつは……死んだ」とストレートに言ったのだ。

 あいつと言うのは勿論、彼女がずっと、ずっと待ち続けていた人。それも彼女の夫である。

 前日に孤独感、翌日には大事な人を失った喪失感が襲った。

 ーーーーそれから更に時が経つ。

 夫が死んだということを知らされてから約一年。彼女の心臓発作、過換気症候群はほぼ再発することは無く、今では孤独ながらも普通の日々を送るようになっていた。

 そんな時だった。

 いかにも雨に打たれ弱っている“ソレ”を見つけたのは。

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