チートじみた転生ボーナスを全て相棒に捧げた召喚士の俺は、この異世界を全力で無双する。

ジェス64

第28話、長話

「…ごめん、少し疲れててね。ついさっきまでお布団で夢見心地だったよ、蝶じゃないと良いけど」
 適当に挨拶代わりの一言二言を呟いて、アイリスさんの隣の席に座る。
 …喫茶店の中は窓からの光が見当たらず、昼なのに薄暗い。明かりは壁側に置かれたヘッドランプが点々と灯っているだけだった。
 何だか……雰囲気的にも、喫茶店と言うか、どちらかと言えば、バーに見える。
 そして、カウンター席にポツンとアイリスさんが座ってるだけで、他に人は居ない。まぁ、定休日って表札に書いてあったしね、アイリスさんの手紙の内容からも、他に人が居ないのは分かってた。
 アイリスさんの目の前には、飲みかけの紅茶が1杯だけ置かれていた。待たせたみたいで、少し申し訳ないね。

「そうですか。優さんは紅茶、飲みますか?」
 相変わらず右目は眼帯で見えなくて、左目はセルフで閉じられている。眠いの?……まぁ、紅茶は嬉しいけどね。
「いいね、1杯貰って良いかな?」
「…少し待っていて下さい」
 それだけ言ってアイリスさんは、カウンター席の奥に見える…えと、たぶん厨房かな?…に、歩いて行った。

 それから待つこと1分ぐらい。ティーポットとティーカップをおぼんにのせて、アイリスさんが戻って来た。
 ……和洋折衷?
「お待たせしました。注ぎましょうか?」
 うわー、言葉遣いも丁寧だし、物凄い親切だなぁ。服の色も白黒だし、ブタオ君が言ってたメイドって奴っぽいね。
「ありがとう…でも、流石に自分で注ぐよ」
「いえ、私が注ぎます。お客様は神様ですから。クレームはラブレターですから」
 ん…!?
「っく…あはは!あの、アイリスさん、それ言って大丈夫なの?」
 仮にも修道女の服装なのに、勘違いしたクレーマーみたいな事を言うから、ついつい笑ってしまった。
 ギャグセンスヤバいなこの人…面白い。
「大丈夫です、カップをどうぞ」カチャッ
 アイリスさんは特に気にしていない様子で、ティーカップを、僕の目の前のカウンターに置いた。
「あ、ありがとう。でも、僕は神様じゃ無いけど、注いでくれるの?」
「はい。では、コチラが既に紅茶が注がれたカップです」スッ
 !?
「完成品が別に用意されてる!!…じゃなんで僕に空のカップ渡したの!?」
 何処から出したのその紅茶!淡々とボケてくるんだけどこの人!
「プレゼントです」
「紛らわしいよ渡すタイミング!」
 完全に油断してたな…大人しそうに見えて、アイリスさんはかなりボケキャラなのかも知れない……いや、間違いなくボケ…。
「では、注ぎます」
 そう言ってアイリスさんは、ティーポットを完成品の方のカップに近付けて……!?
「ちょーい!いやいやアイリスさん待って待って溢れる!紅茶溢れるでしょ!」
「………」サラサラサラお茶っ葉投下…。
「…いやポットに紅茶入って無いのかよ!!」
 _(┐「ε:)_ズコー…って気分だよ。突っ込みどころ満載だね……。

「これで完成です。優さん、どうぞ。熱いので気を付けて飲んで下さい」
 え、えぇー……?いや大丈夫かなコレ。ボケの奔流が凄まじくて、めちゃくちゃ酸っぱかったりしてもおかしくない気がするんだけど。
「うん…ありがとう、アイリスさん」
 まぁ…突っ込みどころしか無かったけど、取り敢えず飲もう。喉も乾いてるしね。
「いただきま」
「待ってください、優さん」
 紅茶を飲もうとした直前、アイリスさんが僕の手を止めてきた…何だろう。
「えっと、何?」
「砂糖は、要りますか」
 あぁ、そういうこと。
「いや、いいよ。このまま飲むよ、ありがとね」
「そうですか……」
 何で残念そうなんだろう…いやまぁ、なんでも良いけども。
「それじゃぁ、いただきま」
「待ってください、優さん」
 ……紅茶を飲もうとしたら、アイリスさんがまた動きを止めてきた。どうしたんだろう。
「えっと、他に何かあるの?」
「ミルク……要りますか」
 ……紅茶に?変わってるな…。
「…アイリスさんの気遣いは嬉しいけど、まずはこのまま飲もうかな」
「くっ……そう、ですか…そう言うのでしたら……えぇ、仕方ありませんね……」プルプル
 小刻みに震えて顔を伏せてるアイリスさん……いや、何でそんなショック受けてるの?僕そんな残酷なこと言った?
「えーっと……まぁ、いただきまー……す」
「………」
「………」
「…優さん、飲まないのですか?」
「あぁ、ごめん…そこは止めないんだ……って思ってた」
 ……ちなみに、紅茶は美味しかった。おかわり貰いたいぐらいには美味しかった。



「ふぅ……さて、そろそろ本題に入って良いかな」
 楽しいけども、2人でじゃれてる場合じゃない。話し合いをしに来たんだ、元々。
 聞きたいことは色々有る。
 第1に、宗教教会について色々。翻訳魔法を考え出した人を、教会に関係してそうなアイリスさんからなら、聞き出せるかも知れない。
 第2に、何で日本語を知ってるのか…これも気になる。まさか、アイリスさんも…まぁ、聞けば分かるかな。
 最後に、アイリスさん自身について……リサさんから聞いた感じでも、なんだか目的が不明瞭で、よく分からない人だ。少なくとも、凡人では無いのは分かるけど。
 これぐらいは聞けたら良いなぁ、ぐらいで話に臨むよ。それと、リサさんを長時間1人にさせるのも心配だから、なるべく早く話を済ませようとも思う。
「…本題とは、何ですか?」
「この世界の、僕が知らないことについて…出来るだけ、教えて欲しい。良い?」
 大丈夫だろうけど、一応確認する。大丈夫だろうけど。
「駄目です」
 ほげー!
「んなっ…な、なんで?教えてくれるだけなら、少なくとも、アイリスさんは損しないと思うんだけど…」
「確かに、私が上手く話せば損はしないかも知れません。でも、私だけ優さんに情報を話すのは、不公平じゃないですか。私の知らないことを、優さんも話してくれるなら、優さんにこの世界についてお教えします。どうですか?」
 ぐっ…正論だ、等価交換を求めてるだけだしね。うー、手強いなぁ…リサさんみたいに簡単には行かないか……。
「…分かった。あっ、勿論話せる範囲の中で……だけど、出来る限りは話すよ。嘘は無しでね」
 ほんの僅かに、アイリスさんの口角が上がった。ちょっぴり嬉しそう…に見えた。
「良いですよ。では公平に…そうですね、交互に質問し合いましょう。どちらから質問しましょうか」
「ねぇねぇ、僕から先に質問しても良いかな?聞きたいことが沢山あるんだ」
 アイリスさんに頼みながら、教会について……どうやって質問するか考えた。どう質問すれば核心を突けるか……。
「駄目です。私から質問しちゃいます」
 ほげー!
「え、理不尽じゃない?しちゃいます、じゃないよ!せめてじゃんけんとかで決めようよ、ね?」

「そうですか。脱ぎます」バサァー

「えぇ!?」
 唐突に、本当に唐突に、アイリスさんは修道女の頭のアレ、つまりはウィンプルを脱ぎ捨て…頭を左右に2回振って、長い髪の毛を外側へ解放した。いや急だな!
 色素の薄い茶髪が遠心力で、重力に一瞬逆らいフワッと回り、直ぐにだらんと重力に負け、アイリスさんの肩に掛かった。
 それに、フワリと甘い花の様な…物凄く良い匂いがした。脱いだウィンプルは雑にカウンターの向こう側にポイ捨てされていた。
「いや、なんッ…えぇ……?」
「優さん……私の髪、腐ったドブ川並に臭くないですか?」
「は!?腐った…えっ!?ちょっと待ってね…えーと…く、臭くなかったよ。寧ろ僕はいい匂いだと思ったよ、まるで甘い香りの花みたいで……うん」
 何で僕はこんな恥ずかしいことを言っているんだ…どういうことなの、アイリスさん。何もかも唐突過ぎるよ。
 って、そうか。あー……唐突に脱ぎ捨てた理由が分かった。
「きゃーっ。女性の大事な所を、何無許可で匂い嗅いでるんですか。さいてー」
 やっぱり…と言うか、言い方に悪意しか感じないし棒読みが過ぎる…はいはい。
「うわー、ハメられた……はぁ、もう、分かったよ。僕から話すよ。じゃあアイリスさん、質問してくれる?」
 調子狂うなぁ、全く……でも、子供っぽいのは嫌いじゃないけどね。微笑ましいから。



「はい。では……なぜ優さん程の賢者が、リサ・カーペントと共に行動しているのですか?…失礼を承知で言いますが、価値が釣り合っていないと思いますよ」
 ………。
「……まぁ、成り行きでね。当てのない僕を、リサさんは助けてくれたんだよ。だから……恩返しの為にも一緒に居るんだ。それに、価値なんてモノは、人の物差しで測って良いモノじゃない。所詮、人は人だ。上も下も無いんだよ……」
 おっと……叱ってる訳じゃないのに、説教くさくなってしまったね。
「……ですが、どうしようもない人間もいますよ。周囲に害しか産み出さない、はた迷惑な存在も沢山。それらの人々を含めてなお、その価値は皆同じだと言うのですか?」
「そうだね…人の価値なんて…皆等しく、くだらな……あ。違うよ、ちょ、ちょっと待って、今の無しね」
 おっと……リラックスして素で答えてたら、口を滑らしちゃった。てへ。
「取り繕わないで良いんですよ、優さん。今のは、いえ…今のが、本音でしょう?私は好きですよ、その考え」
 えぇ…っと……反応に困るなぁ、どうしよう。
「……そうなの?まぁ、隠さなくても良いのは確かに楽だけど……アイリスさんって、変わってるね…」
 引くことも無く、それどころか賛同して来るのは、予想外だった。困ったな、未だにアイリスさんについて、全然読めない。
「…そうですか。優さん程変わってる人も、私は初めて見ましたけど」
「えー…あはは、一緒だね」
 満足そうなアイリスさん……最初の質問はこんなものだろう。これでいいのかなぁという気持ちも無くは無いけど、アイリスさんが満足そうだから良いか、とも思った。
 ……人の価値、か。昔の僕みたいなことを言うから、少し驚いた。うん、少しだけね。



「じゃぁ…次は僕の番だね。ズバリ単刀直入に聞くけど、宗教教会についてと、翻訳魔法について。教えてくれる?」
「宗教……?まさか神鏡しんきょう教会のことですか?」
 リサさん……教えてくれた名前、間違えてるよ…。
 いやまぁ、教会についてはうろ覚えみたいだったから、仕方ないか。
「うん、たぶんそれで合ってると思う。教えて欲しいな」
「良いですよ。神鏡教会とは…神様とやらを崇敬する弱い人達をあの手この手で騙して、溢れ出た甘い蜜を我先にと啜る者達が集まった、どうしようもなく愚かな偶像の…幻です。そこに決して神の実態は無く、有るのは人の欲望だけです」
 ここまで自分の職業をボロクソに批判して来る人には初めて出会ったかも知れない。いや、聞いてみるかな。
「……えーと、1つ良いかな?それならなんでアイリスさんは、修道女に?」
 当然の疑問を口にする。気になったからね。
 それに対しアイリスさんは、特に気にする様子も無く、直ぐに話し始めた。
「私の友だちが提案してくれたんです。ずる賢く、卑怯でも…社会的にも、立場的にも…殆どの人間に対して、表向きは有利に振る舞える職業について、教えてくれたんです。だから私は、仕方なく修道女として活動しています」
 めちゃくちゃ不純な動機だなぁ。でも、それだとリサさんから聞いた、アイリスさんについての話と噛み合わない。
「ふーん……でも、リサさんはアイリスさんのことを凄く高く評価してたよ?無償で沢山の人を治療して各国を旅してるとか。もちろん君も既に分かってると思うけど…それはアイリスさんの力を、教会の道具として良いように扱われてる様なモノだよね?……嫌じゃないの?」
「比べるのが、明日を平穏に生きる為のお金と地位と名誉と、私のプライドなら、私は前者を取るだけです。これでいいですか?」
 割り切ってるなぁ、アイリスさん。
「まぁ、君がそれで良いなら別に良いけど……僕には、アイリスさんが無理をしてる様に見えるよ」
「………」
 アイリスさんが左目を開けて、碧い瞳で僕のことをジッ…と見てきた。
「無理をしている様に見えますか、私が。優さんが何故そう思ったか、理由を聞かせて貰えますか?」
 アイリスさんは目を細めて、静かに僕を問い詰めてきた。
「君の言動が、多数派の人間には染まりたく無いと、足掻いている様に見えたからね。かと言って、こんな奴らの、精力的な指導者にもなりたくない。明日の為には、人と関わらざるを得ないから…って、仕方ないって、君は自分に言い聞かせている。違う?」
 ……あぁ、これは予想だけどね。当たってると良いけど。
「っ…凄いですね。続けて下さい」
 え?まってその反応は予想して無かった。続けるってこれ以上なにを!?
「おっとぉ…えーと……多数派になりたくないってアイリスさんが考えてる……と、僕が思った理由はね。まず、最初に出会った時から薄々は察してたんだけど、アイリスさんって人が嫌いでしょ?最初に話してくれた諺のことや、神を頑なに否定する君の考え…どちらも、元々は人が想像して、創り出した物だ。その両方とも嫌いで、しかも、地位や名誉と言った、人間社会の肩書きを妙に気にしている。自分のプライドを無視してまでね。だから、君はそもそも、人と関わること自体が苦手なんじゃないかな…って思ったから、無理してるのかなって、君を心配したんだよ」
 いやまさか、話を掘り下げられるとは思って無かった。冷静だね。久々にここまで説明したよ。
「……続けて下さい」
 えぇ!?
「えぇ…?じゃあ、アイリスさんが多数派の人達をどう思ってるか予想してみるよ?そうだな、えっと……少数の精力的な指導者が居て、同調するろくでなしも居て、同化される弱者も居る、最後に、自分の欲しいものをこれっぽっちも知らずに何となくでついて行く大衆……から成り立っている知性の掃き溜め、かな?あってる?」
「…サトリと言う妖怪が、ドウテツには居るそうですよ。お見事です」パチパチ拍手
 アイリスさんが、パチ…パチ…と、静かでゆったりとした拍手を送ってくれた。
 えっと……褒められた、のかなぁ…?
「………」スッ起立
 ……ん?アイリスさんが椅子から降りて、おもむろに立ち上がった。
「………」スッ
 先程まで座っていた椅子を持ち上げた。
「………」トコトコ
 そしてそのまま僕の傍に近付いて…って、いやいやいや!
「ねぇ、アイリスさん、ストップストップ。僕らが座ってた椅子の間隔さ、既に話すのに適した距離だったよね?これ以上僕に近付いて来る必要無いよね?」
 アイリスさんは僕が話している最中も、無言で近付き、木の椅子を……本当に直ぐ隣に置いてきた。
 いや…えぇ……?
「すみません、よく聞こえませんでした。近付いても良いですか?はい、ありがとうございます」
 あれ!?まだ何も返事してないんだけど?
「ねぇ、返事…アイリスさん幻聴聞こえてない?ねぇ、本当にちょっと…」
 天上天下唯我独尊疾風迅雷問答無用と言わんばかりに、アイリスさんが、僕の座っている椅子を含めた、2つの椅子をくっ付けて、ススス…と僕の隣に押し掛けて来た。
 線香花火の様な、儚げな見た目からは想像もつかない程に……とてもアクティブな人だと、改めて思った。
 例えるなら、線香花火かと思って火を点けたら、ロケット花火だった。そんな衝撃が少なからず、僕の心の中にはあった。
「あの…肩が当たってるんだけど」
「うるさいですね。では、翻訳魔法についてお話します」
 無敵かな?
「う、うん…」
 凄く理不尽……いやまぁ、直接僕に害があるわけじゃないから良いけども。なんだかなぁ。



「翻訳魔法とは、神鏡教会の一部の者のみが唱えられる、門外不出の魔法です。効果は一部の魔物や動物が、人間と会話出来るようになります。そして、魔法に両者掛かっている必要は無く、魔法を受けた者だけが、他者のあらゆる言語を理解出来る様になります。そしてこの魔法の発案者は、大神官『ロード・クロバディス』……さま、です。説明はこれぐらいで良いですか?」
 おぉー。なるほどね。
 僕はてっきり、両方に翻訳魔法が掛かって居ないと、互いに言葉が分からない……って事態になる、とか思ってたけど。どうやら違うみたいだ。
「うん、分かりやすかったよ。話してくれてありがとう。あ…その、もう一つだけ聞くけど、ロード・クロバディスって人は、今は何処に居るの?」
 その狡賢い人に早く会いたいなぁ。ロード・クロバディスか……名前からして、男の人っぽいね。たぶん。
 教会で最高の立場に就いている人だし、有名人みたいだし、まさか今何処に居るか分からないなんてことは無いだろう。
「何処でしょうね。分かりません」
 ほげー!お約束
「うっ……本当に分からないの?嘘吐いてない?」
 流石に怪しいから、質問してみる。知らないなんてことは無いと思うんだけど……。
「はい。嘘は吐いてます。ですが、今ので優さんからの質問は、既に4つ目です。交互に質問すると言ったのを、忘れてしまったのですか?」
 嘘吐いてるのかよ!!……って思ったけど、あー……そういうことか。痛い所を突かれた。
 アイリスさんは質問攻めされたい訳じゃないからね。私からマトモな情報が欲しいのならちゃんと会話のキャッチボールをしなさい、ってことだろうね。
「…忘れてはいないけど。ちょっと熱くなっちゃっただけだよ。それじゃアイリスさん、僕に質問して。答えられる範囲でね」
 よし、アイリスさんからの質問にも答えないと。



「はい。では、優さんの主属性しゅぞくせいを教えて貰えませんか?」
 ……?聞き間違いかな、聞き慣れない単語が聞こえた。
「待って、アイリスさん。その、シュゾクセイ…?って、なに?初めて聞いた単語何だけど」
「…知らないんですか。使えないですね、誰かとは言いませんが。直ぐに済みますから、少し待っていて下さい。教えてあげましょう」
 僕に対して使えないと言ったのか、リサさんに対して言ったのか、分からない…たぶん後者だと思う。指摘はしないけど。
「椅子、勝手に動かさないで下さいね」
 そう言い残し、アイリスさんは席を立ち、カウンター席の奥へ歩いて行った。何か取りに向かったんだろうね。


 それから待つこと2分ぐらい。アイリスさんが、緑色の唐草風呂敷に何か四角い物をいれて持ち、僕の前まで歩いてやって来た。何だろうアレ。風呂敷に包まれてるのは形的には箱っぽいけど。
「優さん、お待たせしました」
 アイリスさんはカウンター席を挟んだ僕の向かい側に座り、風呂敷からそこそこ大きな、木の箱を取り出した。
 今思ったけど僕とアイリスさん、ここだとまるでバーの客とマスターみたいな立ち位置だね。
「アイリスさん、これは?」
 目の前に置かれた木製の箱を指さして、聞いてみる。
「箱を開ける前に、先に話しておきます。この木箱の中には、水晶玉が入っています。高級品ですから、迂闊に触らないで下さい。今からこれを使って、優さんの潜在的な魔力の属性を知りたいと思います……良いですよね?」
 魔力の属性。主属性ってこれか…僕には魔力がそもそも無いと思うから、やるだけ無駄な気がしないでも無いけど、面白そうだからやるだけやってみようかな。
 アイリスさんがせっかく用意してくれたんだしね。
「おー!良いね、何だか面白そうだ。だけど、一般的にはどんな属性があるの?僕、ソレすら知らないんだけど…」
 ブタオ君ならゲーマーだから、色んな属性が分かるかも知れないけど、僕は分かんない。
 主属性について、アイリスさんにそれとなく聞いてみる。
「そうですね…エレメンタルと呼ばれるモノですが……火、水、風、土の4つが一般的な主属性です。それぞれに対応した、火なら赤、水なら青…他に緑、黄の4色が、水晶玉の中で複雑に渦巻き、その人間の得意、不得意な属性を示します。そして色の明るさ、暗さによって、光と闇の副属性が分かります。基本的に光ならば、他人からの評価で得をします。闇は逆に、損をします。分かりましたか?」
 おぉ、分かりやすい。つまり、色が明るければそれを自分のセールスポイントに使えるってことだね。異世界でもこういうのあるんだなぁ。
「アイリスさんありがとう、完全に理解したよ。それで……主属性を知るには、僕はどうしたらいいかな?」
 水晶玉に何かしらするのは分かるけど、まだ具体的には何をするのか、分からない。
 僕が質問してる最中にも、アイリスさんは木箱を開けて、水晶玉を準備してくれていた。
 アイリスさんの手際がかなり良くて、カウンター席のテーブルに、紫のクッションの上に置かれた水晶玉が、ちょこんと用意されていた。
「これに、少量の魔力を……あぁ、何ということでしょう。魔力を扱ったこと、優さんはありますか?無いですよね、たぶん」
「うん。無いよ」
 詰んだ?
「詰んでません、大丈夫です。優さんには私の魔力を少し分けてあげます。まずは、水晶玉に手を添えて下さい」
「うん、これでいい?」
 さりげなく心が読まれたのは気にせず、僕は水晶玉にギリギリ触れないように細心の注意を払いながら、水晶玉に手を添えた。
「はい、そのまま添えていて下さい。3からカウントダウンしますので。では、行きます」
「うん…」
 うわー、ドキドキして来た。異世界に来て初めて異世界らしいことをしている気がする。
 いやまさか闇属性では無いと思うけど、色が明るく無かったらどうしよう。いやまさか、闇属性なんて損をする属性じゃないと思うけど。

「3、2、1…ゼロ」
 アイリスさんが気持ち早めにカウントダウンを済ました直後に、僕の身体に魔力が流れた。……と、思う。今、魔力流れた?僕の身体や手とかに、全然変化ないけど。
 そして間もなく、氷のように透明な水晶玉に、大きな変化が現れた。水晶玉の内部で、絵の具を水に溶かしてバシャバシャした時みたいに、赤や青、緑など…様々な色が激しく渦巻いている。
「うわー綺麗だなー……あれ?」
 そして次第に……水晶玉の内部が、徐々に黒く染まっ…ほげー!いや洒落にならないんだけど!やめてよ!
「アイリスさん、これさぁ……」
「優さん、手は添えたままにしてください」
「うぇぇ、もう見たく無いなぁこれ……」
 結果は分かり切ってるけど、アイリスさんに釘を刺されたのも有り、僕は渋々、水晶玉に手を添えたままにした。



 ーーこれが、いけなかった。ここで水晶玉に添えた手を振り払わなかったことを今後、僕は深く後悔することになる。




「絶対闇属性だよーこれもう……」ブツブツ
 水晶玉の中は暗い灰色になり、最初にあった赤や青といった鮮やかな色は無くなっていた。そしてそのまま、水晶玉は黒一色に染まってしまった。
 墨かな?こんなえげつないぐらい黒くなるのは予想外だった。これ壊れてない?
「……優さん、どうやらこれで……?」
 アイリスさんが話し始めた直後に、水晶玉が僅かに振動し始めた。
 僕は奇妙に思いながらも、手は添えたままだった。殆ど意識せずに。
「……うわっ」
 水晶玉の振動は意外にも直ぐに収まったけど……いつの間にか水晶玉の中に、瞳孔がひらききった大きな黒目が浮いていた。真っ赤な血管が透けて見え、所々に緑色と茶色が混ざった様な、腐敗した箇所が目に付いた。
 水晶玉の黒い背景に、微動だにせず浮かんでいる目は完全に死んでいて、生気を全く感じない。なのに、視線は僕を一直線に見続けている。凄く不気味だ。
「優さん。私が良いと言うまで、添えた手を離さないで下さい」
 僕とは角度が違う位置で、水晶玉を見るアイリスさんも、僕が見ている水晶玉の景色と、全く同じモノを見ている……そんな気がした。
 水晶玉の中の目は、塗り潰されたような、濁った黒色で僕の目をじっと覗き込んでいる。まるで深海だ…暗く、吸い込まれそうで、その目は何処までも冷たい。
「……うわっ!?」
 ……ゆっくりと水晶玉の目に、まるでカミソリで切りつけたように、真横に一閃の切り傷ができた。
 その傷は深く、目からは血がスゥーッ…と、流れ出した。痛々しくて、目を背けたくなる。
「これは……」
 水晶玉を眺めるアイリスさんが、驚いたような声色で、静かに呟いた。
 水晶玉の目の深い切り込みがパクッと開いた。目の隙間では、赤い粘性を纏った血の糸が幾つも線を引いていた。
 そして開かれた目の中から、無数の…腕のような何か、が生え

 ビシィッッ…!!

「……っ!?す、水晶が……」
 ビックリして反射的に、添えていた手を引っ込めてしまった。
 そして、目の中から這い出ようとしていた謎の生物を見る前に、黒い水晶玉には大きなひびが入り、内部の目は消えていて、中は二度と見えなくなった……。




「………」
 アイリスさんは左目を見開き、割れた水晶玉の一点のみを凝視して、唖然としている。
 ひび割れた水晶玉は、透明だった面影は既に無く、黒曜石の様に真っ黒になってしまっていた。
「あ、アイリスさん…これ、ドッキリ?随分とグロかったけど……あはは……」
 そんな訳無い、と僕の中で既に結論は出てるけど、アイリスさんに念の為、問いただした。
「違います。面白味も無いし、タチが悪過ぎます。優さん、正直に答えて下さい。今のは貴方が意図的に、私を怖がらせようと水晶玉を媒体にして流した、恐怖映像ですか?」
「違うよ!…と言うか、出来るわけ無いでしょ!魔法も属性も何も知らないのに……」
「はぁ……そうですか」
 アイリスさんが大きなため息を吐き、僕をジーッと眺めている。
「……な、なに?」
 視線に耐え切れず、ついつい聞き返してしまった。
 そしてアイリスさんは無言で黒い水晶玉を指差し……。

これ水晶玉、120万ギルです。払いなさい。……と、言いたい所ですが、今回は私の非もあります。まさか自己の属性が闇を通り越した…言うならば、深淵のやべーやつだとは、私も思っていませんでしたから」
 ーー誤魔化さなきゃヤバいことになる。僕は考えるよりも先に、口が動いていた。
「そうだよアイリスさん、僕だって思ってなかったよ。と言うか有り得ないしそれ壊れてない?壊れてるよ、うん、むしろ僕は被害者だからね。だって急に主属性のことを聞いてきたのは君だし、水晶玉を用意したのも君だし、僕は君の言う通りに動いただけだから、こういう場合の責任はそりゃぁ壊した人が、あっいやまぁここは穏便に済ま」
「100万ギルで手を打ちましょう」
「ちょwwwwwwww」
 うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 ……ぐにゃぁぁぁ〜~〜っ…!!!

 歪む……っ!世界が……っ!!ブレる…!視界が……っ!歪む!歪む!歪むっ…!!
 悔しい…ッ!悔しい…いや、落ち着こう。顎を鋭くしてる場合じゃないね、法に乗っ取って問題を解決しなきゃね。
「……自己破産します」
「踏み倒したら1ギルにつき1回踏み潰します」
「何を!?」
 やれやれ、ペナルティのせいでコシの強いうどんみたいになりそうだね、僕。冗談じゃないよ。
「…と、というかアイリスさん、本当に困るよ。僕にだって明日の生活が…」

 ーーガチャッ、キィィ…ッ……バタン。

 僕がこの問題をどうやって誤魔化そうか必死に考えていると、不意に、出入口の扉が開いた。
 あれ……定休日って書いて無かったっけ。そう思いつつ、僕は視線をズラした。













 突然ですが、この話だけタイトルに嘘偽り無く、余りにも話が長いので(1万文字越え)ちょっと区切らせていただきます。謝りません。

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