ギレイの旅 番外編

千夜ニイ

抹消

儀礼:“抹消したいものがあるんだけど。”
アナザーヘとメッセージを送った。すぐに返信がある。
穴兎:“人か?”


(……。)


 ほんの一瞬、儀礼は眼前の文字に瞬いた。
儀礼:“なぜそこで人になるんだ!”


 カチカチとキーを叩く音が心なしか大きくなる。
彼は、僕をどんな人間だと思ってるんだ。……まぁ、冗談なのもわかってはいるが。


穴兎:“はは。またなんかやらかしたのかと。”
反ってくる文字は軽い調子だ。
何かと事件に巻き込まれているのでそれに関しては言い返しにくい。
あくまで『巻き込まれている』というのが儀礼の主張だ。


 人に関しても抹消したくなることはあるが、実行するなら穴兎こと、ディセード『アナザー』の手を汚すようなことはしない。
ハッキングしまくってる彼がきれいかどうかは別だ(笑)


儀礼:“今、君のいるフェード国の王都だ。ある富豪の家に入った記録を消したい。”
言い回しを考えながら儀礼は文字を打つ。
穴兎:“不法侵入かぁ~。何仕掛けたんだ?”


「……。」
ふざけた調子のアナザーに、儀礼はキーボードを殴り付けたい衝動に襲われた。
ボードが自分の手袋に取り付けてあるのでやめておく。
儀礼:“別に盗聴器もカメラも仕掛けてない。君んちには置いてったけど(笑)”
ささやかな仕返しを試みる。


穴兎:“おう。回収して転用させて貰ったぞ♪”
軽く打ち返されてしまった……。
(くぅ。)


「って、ちがう。用事。」
握った拳をほどき、ふりふりと余計な物事(感情)を振り払う。が、
穴兎:“今、軽く打ちのめされてたろ(笑)”
先手を打たれて、目の前に文字が踊る。


儀礼:“話を進ませてくれ……。”
がくりと落ちた肩でひざを抱え、涙を堪えた儀礼。
(僕は偉い。)
褒めてやりたいよ、と涙を拭うそぶりだけをする。
周りに人がいたら不審な目付きで見られただろう。幸い、貸し研究室は個人用だ。


穴兎:“で、サンダーク氏の家に入った履歴と、氏のスケジュールと、監視カメラの映像位か?”
一人いじけモードに入りかけていた儀礼は真面目な顔に戻る。
さすがにアナザーは仕事が早い。
儀礼:“ありがとう! あと、政府の面会書類も。”
自分のコンピュータからデータの消滅を確認しつつ、会話を続ける。


穴兎:“書類って、紙は無理だぞ、俺は。わかってんだろ。便利屋でも雇うか?(笑)”
アナザーからのメッセージはやはり軽い。彼は真剣モードが長くもたないんだろうか?
儀礼:“本体はもう済んだ。データだけお願い。”


 今日のことを思い返しつつ、儀礼は身震いを感じて懇願にも似た気持ちでアナザーに託す。
穴兎:“了解、済んだぞ。なんでそんなに消したいんだ? 正規の面会だろ?”
さすがにこれだけ情報があれば、アナザーには中身は筒抜けだろう。
儀礼:“商談自体は成立したよ、問題ないんだ。”
そう、仕事はうまくいったんだ。とどこおりなく。


穴兎:“じゃ、なんだ? ここまでしたんだ、仕事料にもらっていいだろ? 情報。”
たいした興味もないくせに、危険な仕事の代金を、事の原因聞くだけで済ませるなんて、なんていいやつなんだ!!
(普段ならそう思うさ……。)
アナザーの気を使った言葉に、儀礼はため息を吐く。
色々な権利や契約からほっといても金の入ってくる儀礼には、そっちを求められた方が楽な時がある。


儀礼:“なんか奥さんに気に入られた。買われるところだった。”
虚しくなるので、儀礼は感情を込めない言葉だけを送る。
言いたいことはたくさんあった。愚痴とかね、ぐだぐだとかね、泥とかね、吐きたくもなるさ……。


穴兎:“ああ、なんかわかる。いっそ桁外れな値札つけとけ。”
どうしてだろう、軽い彼の口調が本気に感じられるのは。
「ふふふ、泣いてもいいかなぁ。」
儀礼は思考が壊れ始めたのを自認する。
儀礼:“ピラピラドレスとかね、鈴つきの首輪とか出てきたよ? 親の仕事に着いて来たどっかの貴族の子供、って認識されたみたいさ。”


 儀礼は笑いながらキーを叩く。
笑顔ではあるが声は出ていない。
特殊な装置を使えば、不気味なオーラが立ち上っているのが伺えるかもしれない。
穴兎:“へええ。”


 なんでだろう、ディセードの面白がって笑う姿が想像できるのは。
儀礼:“まさしく『桁外れな額』提示してきたよ? なんか本当に『飼われる』ところだった。”
サンダーク氏が執り成してくれてなんとかその場は収まったが、婦人の気はまだ収まっていないようだ。


儀礼:“奥さんの横にさ、綺麗な人形が置いてあったんだ。黒髪の、等身大の。”
儀礼はすべてを吐き出すようにキーを打つ。
穴兎:“ほおほお”
アナザーの返信はやはり面白がっているようにしか見えない。
でも、そんなことに構っている余裕は儀礼にはない。


儀礼“僕が部屋を出ようとしたら……動いたんだよーー~!!!!”
思い出して儀礼は寒気に自分の体を抱きしめる。
穴兎:“悪趣味だな。人形コレクターならぬ人間コレクターか。10体ほどいるらしいぞ。見目を保つため最高級の『もてなし』を受けてるみたいだが。”
アナザーの返信は軽く無視して儀礼はタイプを続ける。


儀礼:“考えられるか? 瞬きもしなかったんだぞ!? 僕が部屋にいる間中。”
穴兎:“本気で買われて、飼われてるんだな。聞いてるか? 俺の話し。”
再び、目には入れるが無視して儀礼は文字を打つ。


儀礼:“その人が僕のこと探してるんだよ、どこの子供か。下級貴族の子なら買い取って育てようって言うんだぞ? 僕とサンダーク氏の接点を消したかったんだ。今日、僕はサンダーク氏の屋敷には行ってない。行ってないんだ。”


 憑かれたようにキーを打つ儀礼の表情はいつの間にか、笑顔だが遠くを見つめるように気配が薄くなっている。
穴兎:“おーい、見てんのか? ギレイ? (゜o゜)ノシ”
儀礼:“僕が外国の平民の子だって知ったらきっと買い叩かれるよ。あんな風にたくさん飾りが出てきて人形と化すんだ。”
耳飾りにリボンに宝石。婦人が儀礼の目の端にちらつかせていた。儀礼がただただ、顔を引きつらせていたのは言うまでもない。


 『アナザー』が本気で心配しだしたらしい。
儀礼のパソコンが勝手に動き出した。
ソフトを起動して、カメラと音声を繋げる。
モニターに、ディセードの顔が現れた。


「大丈夫か、ギレイ?」
幾度か聞いた声が流れてくる。


「いいの? アナザーで顔出して。危ないんじゃない? 誰かに見られたら……。」
はっと、我に返ってモニターを見る儀礼。
黒髪に緑の瞳の青年が大袈裟に眉を動かす。


「そんなヘマはしないさ。周りに誰もいないんだろ? シシはどうした?」
キョロキョロと、見えるはずもないのに、モニターの中で辺りを見回すディセード。
「いないよ。仕事。基本、獅子は管理局には関わらないから。頭痛くなるって。」
研究者たちの講義を聞かされて、頭を抱えていた獅子を思い出す。
笑えて来た儀礼を見たからだろうか、ディセードは安心したように息を吐く。


「だいたいお前、ランクSだろ。貴族どうのって以前に、サンダーク婦人程度じゃ手ぇ出せないだろ。」
気が抜けたのか、けだるそうに頬杖をつくディセードが、モニターの中から呆れたような視線を送ってくる。


「……そうだけど。ホントに怖かったんだって! 何が怖いって、だって身動きしないんだよ?!」
一瞬たじろいだ儀礼だが、すぐに心を立て直し、モニターに詰め寄る。
荒々しい声に、映像からディセードがスピーカーの音量を下げたのがわかった。


「なんか意思もなにもかも奪われてんじゃないかって感じで。」
少し調子を落として、落ち着かない思考の元をアナザーに訴える。
でも彼は平然としていた。
「それも本人が望んだことなんだろ。気に入ってるから婦人がそばに置いてる。特に薬品とか使ってる様子もないし、金で買われて納得してんならいいだろ。」


 諭すように語りかけてくるディセード。言いたいことはわかる。
本人がいいと思ってるなら、儀礼が悩む必要はないのだ。
儀礼にとっては、死んでも嫌だと思うことでも、受け入れる人はいるのだろう。


「僕は自分の身を守るだけで、いいんだろうか? って思った。」
今度は元気の出ない声で、俯きがちに話し出す儀礼。
「僕の身は安全で、お金に困ることもない。」
身代金目的とか、儀礼自体の持つ情報欲しさに誘拐されるなどの危険は常に付きまとっているが、この際それ除外しておく。


 モニターの中のディセードは目線だけで話を促し、静かに聞く態勢だ。


『抹消したいものがある』


「始めの言葉は……、僕の記憶を消したかったのかも。あそこで、あの人達に会ったことを。僕の理解をこえてるよ。」
振り絞った言葉だった。
勇気も、気持ちも。
自分の本音だったから。
誰かに語るのは勇気がいる。


なのに。


「お前の場合マジで飼われて、可愛がられそうだからな。ははは。」
大きく口を開けたディセードがモニターに映った。
 ジャキン
無意味だと知ってても、気持ちの問題だ。
儀礼はディセードの大口に改造銃をつきつけた。


「うわ、待て! 危険だ、やめろ。」
両手を挙げて降参を示すディセード。
本気の声なのに、顔は大袈裟な怯えた表情に、わずかに口の端が笑っているのを儀礼はとらえた。


「ったく。ディセードのばか。」
とりあえず、自分の言葉は受け止めてくれたらしい。
彼なりの、照れの表現だろうか。まぁ、むかつくのも事実だが。
 ガン!
儀礼は銃の引き金を引いた。もちろん弾は出ない。
壊れるのは儀礼のパソコンなのだから。


 しかし、
「うわぁ~!」
のりのいい青年が、声をあげながら後方に反り返る。
ジジ……
と、モニターにノイズが入り、プチリと映像が途切れた。


儀礼:“手がこんでるね(笑)ありがとう、アナザー。”
儀礼は再びキーボードからメッセージを送る。


穴兎:“了解。”
簡単な返事の言葉。忙しいアナザーは仕事に戻ったことだろう。
儀礼はモニター(眼鏡)を外して、ソファーに寝転がった。
時刻は18時を回った辺り。夕食にも少し早いだろうか。


「獅子も戻ってくるよね。」
宿に帰らなくちゃ、と思いながらも、精神的な疲れにより、儀礼は意識を手放した。
心の中の不安を全て吐き捨て、深い安堵の中で、緩やかな休息を得たのだった。

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