ギレイの旅 番外編

千夜ニイ

狼と白 4分の1の……

 儀礼の白衣は、体型を隠す形にはなっているが、女性の様に胸があるようには見えない。
体を守るための鎧でも、やはり女性用の物は形が違うので大抵見れば分かる。


「あいつらの目は節穴だ。」


不満そうに儀礼が言う。
美しいエリに似た儀礼の容姿は、普通に考えれば女だと思うだろう。
しゃべらなければ確実に女性に見える。
男だという選択肢がまず、浮かばないだろうと、拓は外で寝転んでいる連中をあざ笑う。
今、拓と儀礼で、拓を黒獅子と、儀礼を女性だと勘違いして襲ってきた男6人を倒してきたところだ。


 シエンに住む団居の者はその歴史の中で、ただの文官ではなくやはり、戦士であった。
それなのに、小さい頃から、戦うのを嫌う儀礼。
無理やり戦いに参加させようものなら、涙を流して嫌がる。
そして、女共が飛んでくるのだ。
それも、一人や二人ではない、集団で。
「かわいそうだからやめなさいよ」と、ほぼ村中の人間に甘やかされて儀礼は育った。
この少年は、世の中の全てが自分の思い通りに進むと思っているようだった。


「ただいまー。獅子、僕、この『蒼刃剣』、ヒガさんに届けてくるよ。」
部屋に入ると、持っていた剣を示して儀礼は言う。
「明日には戻るけど、その間、拓ちゃん置いてくから使って。」
にっこりと微笑む儀礼は、獅子に向かって、拓が物ででもあるかのように言った。


「待て、何で俺がお前に『置いてかれる』んだっ!」
その表現がおかしいと拓が、儀礼をシメようとすれば、振り返り、にやりと儀礼は笑う。
「あれ? 置いてかれたくない、と。一緒に行きたい?」
勝ち誇ったような、儀礼の笑み。


 闇という暗い世界にありそうで、光の様に人を誘う、底の知れない魅力を放つ妖しい笑み。
(本当に、やつらの目は節穴だ。)
苦い思いで拓は、奥歯を噛む。
なぜ、コレ相手に、ああいう連中は勝負を挑もうと思えるのか。


「冗談、拓ちゃんいらないし。」
ころりと声音まで変えて、儀礼は普段の儀礼ちびに戻る。


 一言、文句を言ってやろうかと拓が口を開けば、その前に、儀礼は次の言葉を紡ぎだす。
「拓ちゃんがいないなら、この部屋には僕と、利香ちゃんと、白と獅子になるけど、いい?」
指を四本出し、四人部屋であることを示して、儀礼は首を傾げる。


 利香を儀礼と同じ部屋に泊めるのは、保護者あにとして大いに問題がある。
護衛とはつまり、保護者としてここにいろ、と言うことらしい。
拓の表情を見て、了承と受け取ったのか、儀礼は拓の元へと戻ってくる。
その途中で、儀礼は未だに出て来ない布団の塊に気付いた。


「あれ? 白まだ布団の中? 暑くない?」
儀礼は、布団の塊に近付き、中をのぞくようにして首を傾げる。
「白~、出ておいでよ。今なら、珍しいシエン人がいっぱい見れてお得だよー。」
儀礼は、尋ねてきたのがユートラスという敵ではないことを白に伝える。


「おい、儀礼。シエン人がいっぱいって、3人だけだろ。」
呆れたように拓は言う。
儀礼が、驚いたように目を開いた。
そして一瞬だけ、美しい笑みを浮かべた。氷の様に冷たい笑みを。


「忘れてるよ、拓ちゃん。僕もシエンだ。」
にっこりと、それはいつも通りの儀礼の明るい笑みに変わる。
「ギレイクンはハーフ?」
白が布団の中から顔を出し、儀礼を見上げて問いかける。
金の髪、群青色の瞳、美しい天使のような顔立ちの、可愛らしい――少年らしい。


「僕の母さんがアルバドリスクの人なんだ。父さんがシエンとドルエドのハーフ。」
半分、白と一緒だね、と儀礼は嬉しそうに笑う。
「これでも、生まれも育ちもシエンだよ。」
その笑顔が少し翳った気がした。


 4分の1。
儀礼が犬とこだわる、混血の狼『シロ』。4分の1でも『犬』。
それは、儀礼の自分に対する言葉なのか、と白は思う。
4分の1のシエン。
見た目のどこにもシエンらしさがない。
でも、生まれたのも育ったのも、その心はシエンなのだと、儀礼は言う。


「どうしたの? 白。」
キョトンと儀礼が、黙り込んだ白を見る。
シロ』。
その名がとても大切なものなのだと、白は感じた。
白と、呼ぶたびに、儀礼は嬉しそうに笑う。
「ううん。なんでもないよ。」
大切な名を貸し与えてくれた儀礼に、白は同じ様に微笑みを返す。
精霊によく似た、優しいシエン人に。

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