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ギレイの旅 番外編

千夜ニイ

拓と白と身代わり人形

憎しみ、悪意。


 突然、そんなものを感じたと思ったら、強い衝撃と共に白の体は、大きく後ろに飛ばされた。
青い守護精霊は魔力を操り、空気の密度を変えクッションの様にして白の着地の衝撃を弱める。
(ありがとう。)
心の中で精霊に感謝を唱え、白は目の前の男を見据える。
その屈強とは言えない男の繰り出した、強力な一撃に白は驚いていた。
ただの腕力だけの攻撃ではない。
何かしらの技が組み合わせられ、相手の体を打ち砕くような威力になっている。
まともに受けてはいけない、と白は体の表面を巡る魔力を高める。
全身を包みこむように覆えば、それは守護精霊の補助を得て、高度な身体強化の魔法へと変わる。


 その時、白には、儀礼がこの場へと駆けつけてくるのが見えた。
驚いたように慌てて走ってくる儀礼が、白の前にいる男を睨むような真剣な顔になる。
でも走り寄るその人は、守らなければいけない非戦闘員けんきゅうしゃ
白は痛みを堪えて立ち上がった。
目の前の男を睨むように真っ直ぐに見れば、男はなぜか気配を緩めた。


「お前は、儀礼とは違うな。」
立ち上がり、もう一度戦う為に構えた白を見て、拓は考えるように言った。
そして、拓の方が戦いの構えを解いた。
「どういう意味だ?」
眉をしかめて白は拓を見る。
突然攻撃を加えてきた相手が、あっさりとその構えを解いたことに、白は警戒しつつも戸惑う。


「お前は、儀礼ちびじゃない。儀礼よりも強い。」
獅子と同じ黒い瞳に、楽しむような光を宿らせて、拓は白に言った。
白はゆっくりと首を傾げる。
確かに、白は幼い頃から戦い方を教わり、その身を守れる程度には鍛えていた。
今、拓と戦えたのもそのすべのおかげだった。
相対者が、白のことを儀礼より強いと言うのであれば、研究者である儀礼よりも、武人として育てられた白の方が強いことに異論はない。
しかし、憎しみの様に向けられていた悪意ある視線が、がらりと変わったことに、白は違和感を感じていた。


 その、最初の視線が儀礼に向けられていたものだとすれば、それは敵対者に向ける目だった。
それを受けた白からすれば、拓は儀礼の敵であり、白にとっても敵になるはずだ。
なのに今、白に向けられる拓の視線には温かみがあり、親しい者に向けるような優しさに溢れている。
戦う気がないことを示すように、たくさんの隙を見せ、拓は白に歩み寄る。


「俺はドルエド国、シエン領主が第一子、タク・タマシロ。」
綺麗な姿勢で直立し、拓は自分を示すように胸の前に手を当てた。
軽く腰を折れば、それは貴族が上位の者に使う礼。
そして一歩足を踏み出して、真剣な顔で拓は白の正面に立つ。
そっと白の小さな手を取り、青い瞳の奥を覗くように、拓は真っ直ぐに白を見つめる。
白は不思議そうに拓の手と、目とを見比べ、小さく首をかしげた。
その仕草は、保護欲をそそる小動物を思わせ、拓を見上げる瞳の輝きには、愛らしい少女の真っ直ぐな心が表れているようだった。


「今すぐでなくていい。でも真剣に、考えて欲しい。俺と結婚して下さい。」


 拓の言葉に、白は反対側に首を傾げ返す。
言葉の意味を理解せず、「何?」と問い返すような仕草だった。
それが、あまりに愛しく思え、拓は小さな少女を腕に収めようと、掴んでいた白の手を一度放した。
両腕を広げて伸ばせば、しかしそこで、拓の目の前から白の姿が消えた。
一歩離れた場所で、白を庇うように引き寄せて、儀礼が拓を睨んでいた。


「白、こいつは危ないから近寄っちゃダメ。意地悪されるからね。拓ちゃん、白は男の子だから。」
最後の言葉を強調するように声を大きくして、儀礼は言った。
「女だろ。エリさんそっくりだし。」
男物の服を着る白を見て、当たり前の様に拓は言う。
「僕を前によくそんな事が言えるな。白、気にしなくていいからね。こいつ、僕の母さんにも同じこと言ってプロポーズしてたから。」
鳥肌を抑えるように、儀礼は自分の腕をさすった。


「何でお前が知ってんだよ。それ、俺が5歳の時だぞ。」
一瞬動きを止め、拓は驚いたように儀礼を見た。
エリはそういうことを言いふらすような女性ではない。
「何でって、いたじゃん。僕、その場に。」
儀礼は、こいつ何を言ってるんだと、ばかにするように拓を見上げた。
「……確か、俺が初めてエリさんに会った時だぞ。入学前の学校。お前2歳かなんかだろ。居るわけないじゃねぇか、誰に聞いたっ!」
凄みを利かせ、拓は儀礼の襟首を掴み上げる。


「いたよ。僕の目の前で、拓ちゃんが母さんに結婚してくださいって言った。」
ひるむ様子も見せず、儀礼は拓に言い返す。
「あの時、教室には俺とエリさんしかいなかった。いたとしても人形くらいだ。あるだろ、小さい女子共がままごとに使ってるやつ。ミヨだかなんだかって名前付けて。」
拓が言うのは教室の隅のベビーベッドに置かれている金髪の、小さな子供サイズはある人形のことだ。
女の子が着せ替えて遊ぶ、天使のような顔立ちの、可愛い人形。
「身代わり人形の身代ミヨさん。あれ、僕が5歳の誕生日に買ってもらった。」
儀礼は睨むように拓を見る。
つまり、儀礼が2歳の時にその人形は、教室にあるわけがないのだ。
その時ベビーベッドに居たのは、間違いなく、儀礼自身だった。


「……お前、そんな時の事覚えてんのかよ。」
苦々しく拓は儀礼を見る。
「っく、忘れたいよ……。」
儀礼は奥歯を噛み締め、呼び起こされかけた嫌な記憶を飲み込む。
力のゆるんだ拓の腕を服から外すと、儀礼は溜息と共に俯き、目に涙を浮かせた。
それが当たり前のこととして、自分が人形のように遊ばれていた過去など、儀礼は全ての村人の記憶から消し去ってしまいたかった。

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