ギレイの旅 番外編
出会いの前のシャーロット
シャーロットは二人の近衛の騎士に連れられて、命からがら城を抜け出した。
シャーロットは14の誕生日に精霊と契約をかわした。
それは、王家に古くから伝わるならわしで、その身を守るために必要なことだった。
だが、同時にその命と身を狙われる原因にもなっていた。
アルバドリスクの王は精霊の守護がなければなれない。
守護を受けられるのは直系の王族のみ。
だが、例外がある。守護を受けている姫と結婚した場合だ。
精霊は契約に従い、その伴侶も守護することになる。
そして、王の誓いをたてれば、生涯、その恩恵をうけることができるのだ。
前代の皇女はそのせいで狙われ、命を落としたと言われている。
私は死にたくはない。
シャーロットは長い髪を切り、ぼろ服をまとった。
二人の騎士とともに旅人を装い、命を狙うものたちから、同盟国「ドルエド」へと逃げ延びようとしていた。
ドルエドの王とは仲が良く、かの皇女エリザも留学生として受け入れてくれたらしい。
「もうすぐドルエドとの国境です。国境を越えれば奴らもそう簡単には手出しできなくなるでしょう。」
騎士の一人が言った。
「その後は前に言った通り、王都を目指す。ドルエド国王に会えば保護してくれると約束している。」
もう一人の騎士が言った。
こくり。シャーロットは無言で頷いた。
ここまでの旅は決して楽ではなかった。
何度も追っ手が来ては戦い、隠れるように逃げては、泥にまみれ、血を流し、飢えに耐えてきた。
やせこけた頬に、筋張った手足。ぱさぱさの髪の毛。
美しい、愛らしいといわれ続けた皇女の姿はどこにもなかった。
声さえ出さなければ、町の少年と言われてもおかしくない。
また、追っ手がやってきた。
国境を越えれば助かるのに。
そう思っているのは相手も同じ。
ここで逃すわけにはいかない。
「シャーロ様、どうか逃げてください!」
若い騎士がシャーロットに言う。
「いやだ、私も戦う! お前たちがいなければ、旅なんてできない!」
エリザのことがあったためか、シャーロットはできうる限りの護身術を身に着けていた。
騎士としてやっていけるだけの実力があるのも、精霊の守護の恩恵なのかもしれない。
「今はあなたの命が最優先なのです。ここはわれ等が防ぎます、どうかドルエドへ!」
年上の騎士はそう言うと、シャーロットの体を抱え上げ、国境となっている大河へと放り投げた。
落下の感覚、シャーロットは目を見開く。
騎士たちは背後からせまる敵へと体制を整えていた。
守護精霊がシャーロットの体を障壁で包み込む。
ドボーン!!!
水しぶきがあがり、シャーロットの体は川深くに沈んだ。
球体の壁に包まれたように、シャーロットの周りに水が入ってこない。
川の濁流がどこか遠くに聞こえる。
浮き上がろうともがいても、空気をけるばかりで、まるでシャーロットの思い通りにいかない。
「エンゲル! ロッド!」
シャーロットは騎士の名を叫び続ける。
濁流は視界をさえぎり、彼らの姿も、戦闘の様子もまるで分からない。
抗うすべも無く、シャーロットは球体の中で、激流に流されていった。
(どこだ……ここは。)
シャーロットは目を開いた。
視界はぼやけていてはっきりしない。
あたりは薄暗い、夜明け前だろうか。
(どうなったんだ……。)
ぼやける頭で、考える。
体は冷えているのか、疲れているのか、重たくて動かそうとすると、ぎしぎしと痛む。
「くっ……。」
力をふりしぼり、シャーロットは何とか起き上がる。
見たことのない場所。
「精霊の気配が薄い……?」
そう、自分の知る国ではない。
「ドルエド……?」
そう思うと、途端に目頭が熱くなり、涙が溢れてきた。
(エンゲル、ロッド……どうか無事でいて。)
助けに行きたい。確かめにいきたい。彼らの姿を、無事を。
でも、行かなくては。生きなくては。
流れる涙が頬から落ちる。
ピチャン
小さなしずくの音がした。
シャーロットの胸の辺りに小さな水溜りが浮いている。
シャーロットは青い瞳を向けた。
人の形をした小さな青い光が、両手いっぱいにシャーロットの涙を溜め、心配そうにシャーロットを見上げている。
(守護精霊……。)
「ありがとう。」
シャーロットは精一杯に微笑んだ。
助けてくれたのだ。落ちる衝撃から、あの濁流から。
気分が落ち着いてきたところで、もう一度あたりを見回す。
穏やかに流れる川岸にシャーロットは立っていた。
うっすらと左手の空が明るくなり始めた。
川は背中の方へと流れていく。
「かなり流されちゃったんだね。」
穏やかな流れは、ずっとずっと先から続いている。
はるか遠くにアルバドリスクの連山らしき影が見えるだけだ。
(ドルエドの王都へ。)
小さな守護精霊だけを連れ、シャーロットは一人の旅を始めた。
太陽が真上に来る頃、シャーロットは人里らしき場所に出た。
ぽつぽつと家が並び、整備された道が続いている。
その先には町があるようだ。
疲れきった体にむちをうち、シャーロットは足を引きずるように町に入った。
小さな町。
入り口からの通りに面して、終わりまで見通せてしまうほどの長さの商店通りになっている。
(酒場かギルド。まずは情報を集めないと。)
くらくらとする頭を無理に動かして、シャーロットは人の集まる場を探そうとした。
だが、目に止まったのは買い物に、のんびりと歩く老人や親子。
屋台に並ぶ行列の人々。
その屋台から、おいしそうなにおいが漂ってくる。
あの日からシャーロットが口にしたのは、水と自生していた草や実だけだった。
(お腹が空いた。)
そう認識したとたんにシャーロットの体は、地面に倒れていた。
(起き……なきゃ……。)
そう思うのに、体はもう動かなかった。
そのままシャーロットは意識を手放した。
「だいじょうぶかい?」
身じろぎしたシャーロットに気付いて、優しそうなおばさんの声がした。
「ん……。」
その声に促されて、シャーロットは目を開けた。
寝ているシャーロットの目の前を、青い精霊がくるくると飛んでいる。
《心配したのよ。》
そう言っているようだった。
「まだ、ぼーっとしているようだねぇ。」
その声に気付き、シャーロットは慌てて横を見る。
背は小さく、体つきは丸いおばさんが、首をかしげるようにシャーロットを見ていた。
「あ、あの、ここは!?」
驚いた様子でシャーロットは飛び起きた。
部屋を見回す。
木でできた小さな部屋で、ベッドとおばさんの座っているテーブルだけで、部屋のほとんどがうまっている。
どうやら、敵の手に落ちたわけではなさそうだ。
「ここは、リーバルって町だよ。フェード国のね。」
「フェード!!!?」
シャーロットは目を見開いていた。
体から血の気が引いていくようだ。
自分はドルエドへといかなければならないのに……。
「大丈夫かい? やっぱり顔色が悪いねぇ。あんた、町の入り口で急に倒れたんだよ。あたしゃ、たまたま見ててね、慌ててうちに連れてきたんだよ。なにしろ医者もいないようなへんぴな所だからねぇ。」
おばさんは、そっと近づいてきて、シャーロットの額に触れた。
「熱はないようだねぇ。」
少し安心したようにおばさんは頷く。
「あ、すみません。あの、ご迷惑をおかけして。ありがとうございました!」
シャーロットはベッドの上で座り直すと深々と頭を下げた。
「あぁ、いいよう、当然のことをしただけだからねぇ。それより、無理しないで、もう少し横になってなねぇ。お腹空いてるんじゃないかい? 残りもんだけど、スープがあるんだよ、食べてくれないかい?」
おばさんは、にこにこと親しげな笑み浮かべてシャーロットの頭をなでた。
体は重たいくらいに疲れている。お腹はペコペコで胃が張り付くようだ。
何よりも、仲間と離れて不安でいっぱいだった。
どさり。
再びベッドに倒れ込むシャーロット。
瞳からは沢山の涙が溢れてくる。
怖かった、不安だった。一人きりでいるのが、彼らが無事でいるのかが、いつ襲われるか分からないことが、この先どうなるのかが。
でも、今は何より、彼女の優しさが嬉しかったのだ。
「かわいそうに、こんなに小さいのに、怖い思いをしたのかい? 親とはぐれちまったのかい?」
シャーロットが泣き終わるまで、おばさんは優しく頭をなで続けてくれていた。
そうして、シャーロットがひとしきり泣き終えると、おばさんは台所から温かいスープを持ってきてくれた。
膝の上におぼんをのせ、ゆっくりと食べた。
やっと落ち着きを取り戻したシャーロットはこれまでのこと、これからのことを考え始めたのだった。
シャーロットが儀礼たちと出会い、白と呼ばれるようになる少し前の話。
シャーロットは14の誕生日に精霊と契約をかわした。
それは、王家に古くから伝わるならわしで、その身を守るために必要なことだった。
だが、同時にその命と身を狙われる原因にもなっていた。
アルバドリスクの王は精霊の守護がなければなれない。
守護を受けられるのは直系の王族のみ。
だが、例外がある。守護を受けている姫と結婚した場合だ。
精霊は契約に従い、その伴侶も守護することになる。
そして、王の誓いをたてれば、生涯、その恩恵をうけることができるのだ。
前代の皇女はそのせいで狙われ、命を落としたと言われている。
私は死にたくはない。
シャーロットは長い髪を切り、ぼろ服をまとった。
二人の騎士とともに旅人を装い、命を狙うものたちから、同盟国「ドルエド」へと逃げ延びようとしていた。
ドルエドの王とは仲が良く、かの皇女エリザも留学生として受け入れてくれたらしい。
「もうすぐドルエドとの国境です。国境を越えれば奴らもそう簡単には手出しできなくなるでしょう。」
騎士の一人が言った。
「その後は前に言った通り、王都を目指す。ドルエド国王に会えば保護してくれると約束している。」
もう一人の騎士が言った。
こくり。シャーロットは無言で頷いた。
ここまでの旅は決して楽ではなかった。
何度も追っ手が来ては戦い、隠れるように逃げては、泥にまみれ、血を流し、飢えに耐えてきた。
やせこけた頬に、筋張った手足。ぱさぱさの髪の毛。
美しい、愛らしいといわれ続けた皇女の姿はどこにもなかった。
声さえ出さなければ、町の少年と言われてもおかしくない。
また、追っ手がやってきた。
国境を越えれば助かるのに。
そう思っているのは相手も同じ。
ここで逃すわけにはいかない。
「シャーロ様、どうか逃げてください!」
若い騎士がシャーロットに言う。
「いやだ、私も戦う! お前たちがいなければ、旅なんてできない!」
エリザのことがあったためか、シャーロットはできうる限りの護身術を身に着けていた。
騎士としてやっていけるだけの実力があるのも、精霊の守護の恩恵なのかもしれない。
「今はあなたの命が最優先なのです。ここはわれ等が防ぎます、どうかドルエドへ!」
年上の騎士はそう言うと、シャーロットの体を抱え上げ、国境となっている大河へと放り投げた。
落下の感覚、シャーロットは目を見開く。
騎士たちは背後からせまる敵へと体制を整えていた。
守護精霊がシャーロットの体を障壁で包み込む。
ドボーン!!!
水しぶきがあがり、シャーロットの体は川深くに沈んだ。
球体の壁に包まれたように、シャーロットの周りに水が入ってこない。
川の濁流がどこか遠くに聞こえる。
浮き上がろうともがいても、空気をけるばかりで、まるでシャーロットの思い通りにいかない。
「エンゲル! ロッド!」
シャーロットは騎士の名を叫び続ける。
濁流は視界をさえぎり、彼らの姿も、戦闘の様子もまるで分からない。
抗うすべも無く、シャーロットは球体の中で、激流に流されていった。
(どこだ……ここは。)
シャーロットは目を開いた。
視界はぼやけていてはっきりしない。
あたりは薄暗い、夜明け前だろうか。
(どうなったんだ……。)
ぼやける頭で、考える。
体は冷えているのか、疲れているのか、重たくて動かそうとすると、ぎしぎしと痛む。
「くっ……。」
力をふりしぼり、シャーロットは何とか起き上がる。
見たことのない場所。
「精霊の気配が薄い……?」
そう、自分の知る国ではない。
「ドルエド……?」
そう思うと、途端に目頭が熱くなり、涙が溢れてきた。
(エンゲル、ロッド……どうか無事でいて。)
助けに行きたい。確かめにいきたい。彼らの姿を、無事を。
でも、行かなくては。生きなくては。
流れる涙が頬から落ちる。
ピチャン
小さなしずくの音がした。
シャーロットの胸の辺りに小さな水溜りが浮いている。
シャーロットは青い瞳を向けた。
人の形をした小さな青い光が、両手いっぱいにシャーロットの涙を溜め、心配そうにシャーロットを見上げている。
(守護精霊……。)
「ありがとう。」
シャーロットは精一杯に微笑んだ。
助けてくれたのだ。落ちる衝撃から、あの濁流から。
気分が落ち着いてきたところで、もう一度あたりを見回す。
穏やかに流れる川岸にシャーロットは立っていた。
うっすらと左手の空が明るくなり始めた。
川は背中の方へと流れていく。
「かなり流されちゃったんだね。」
穏やかな流れは、ずっとずっと先から続いている。
はるか遠くにアルバドリスクの連山らしき影が見えるだけだ。
(ドルエドの王都へ。)
小さな守護精霊だけを連れ、シャーロットは一人の旅を始めた。
太陽が真上に来る頃、シャーロットは人里らしき場所に出た。
ぽつぽつと家が並び、整備された道が続いている。
その先には町があるようだ。
疲れきった体にむちをうち、シャーロットは足を引きずるように町に入った。
小さな町。
入り口からの通りに面して、終わりまで見通せてしまうほどの長さの商店通りになっている。
(酒場かギルド。まずは情報を集めないと。)
くらくらとする頭を無理に動かして、シャーロットは人の集まる場を探そうとした。
だが、目に止まったのは買い物に、のんびりと歩く老人や親子。
屋台に並ぶ行列の人々。
その屋台から、おいしそうなにおいが漂ってくる。
あの日からシャーロットが口にしたのは、水と自生していた草や実だけだった。
(お腹が空いた。)
そう認識したとたんにシャーロットの体は、地面に倒れていた。
(起き……なきゃ……。)
そう思うのに、体はもう動かなかった。
そのままシャーロットは意識を手放した。
「だいじょうぶかい?」
身じろぎしたシャーロットに気付いて、優しそうなおばさんの声がした。
「ん……。」
その声に促されて、シャーロットは目を開けた。
寝ているシャーロットの目の前を、青い精霊がくるくると飛んでいる。
《心配したのよ。》
そう言っているようだった。
「まだ、ぼーっとしているようだねぇ。」
その声に気付き、シャーロットは慌てて横を見る。
背は小さく、体つきは丸いおばさんが、首をかしげるようにシャーロットを見ていた。
「あ、あの、ここは!?」
驚いた様子でシャーロットは飛び起きた。
部屋を見回す。
木でできた小さな部屋で、ベッドとおばさんの座っているテーブルだけで、部屋のほとんどがうまっている。
どうやら、敵の手に落ちたわけではなさそうだ。
「ここは、リーバルって町だよ。フェード国のね。」
「フェード!!!?」
シャーロットは目を見開いていた。
体から血の気が引いていくようだ。
自分はドルエドへといかなければならないのに……。
「大丈夫かい? やっぱり顔色が悪いねぇ。あんた、町の入り口で急に倒れたんだよ。あたしゃ、たまたま見ててね、慌ててうちに連れてきたんだよ。なにしろ医者もいないようなへんぴな所だからねぇ。」
おばさんは、そっと近づいてきて、シャーロットの額に触れた。
「熱はないようだねぇ。」
少し安心したようにおばさんは頷く。
「あ、すみません。あの、ご迷惑をおかけして。ありがとうございました!」
シャーロットはベッドの上で座り直すと深々と頭を下げた。
「あぁ、いいよう、当然のことをしただけだからねぇ。それより、無理しないで、もう少し横になってなねぇ。お腹空いてるんじゃないかい? 残りもんだけど、スープがあるんだよ、食べてくれないかい?」
おばさんは、にこにこと親しげな笑み浮かべてシャーロットの頭をなでた。
体は重たいくらいに疲れている。お腹はペコペコで胃が張り付くようだ。
何よりも、仲間と離れて不安でいっぱいだった。
どさり。
再びベッドに倒れ込むシャーロット。
瞳からは沢山の涙が溢れてくる。
怖かった、不安だった。一人きりでいるのが、彼らが無事でいるのかが、いつ襲われるか分からないことが、この先どうなるのかが。
でも、今は何より、彼女の優しさが嬉しかったのだ。
「かわいそうに、こんなに小さいのに、怖い思いをしたのかい? 親とはぐれちまったのかい?」
シャーロットが泣き終わるまで、おばさんは優しく頭をなで続けてくれていた。
そうして、シャーロットがひとしきり泣き終えると、おばさんは台所から温かいスープを持ってきてくれた。
膝の上におぼんをのせ、ゆっくりと食べた。
やっと落ち着きを取り戻したシャーロットはこれまでのこと、これからのことを考え始めたのだった。
シャーロットが儀礼たちと出会い、白と呼ばれるようになる少し前の話。
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