ギレイの旅 番外編
ギレイの旅 間違った旅立ち?
ギレイは何年も前から自転車を改造して、旅支度を進めていた。
そしてついに、15歳。
中学の卒業を迎えた。
もうギレイを、この村に縛るものはない。
「行ってくるよ。父さん、母さん。」
使い慣れたキーの付いた、黒い手袋をはめて、茶色い色付きのゴーグルをつける。
それで、ギレイの瞳の色は不鮮明になる。
ギレイの母親エリは、金髪に青い瞳の美しい女性。
天女のごとく称えられる美貌の持ち主の母に、ギレイはとてもよく似てしまった。
短く切った髪に、顔を隠すゴーグルタイプのモニター。
これ位して顔を隠さなければ、ギレイはいつも少女と間違われるのだ。
一方、ギレイの父親、礼一は、黒い髪に茶色の瞳。
シエンという小さな村でこそ、その茶色の瞳は目立つが、実際には、目立つほどの容貌ではない。
しかし、その真っ直ぐとした立ち姿や、柔らかな物腰が、優しげで、知的なのが特徴とも言えるかもしれない。
村で教師を務める礼一の知識は、実際、村ではとても頼りにされ、重要な存在なのだ。
ギレイはその知識と頭脳を受け継いだ。
実際は父をも上回るかもしれない頭の回転力を持っている。
ただし、ギレイの性格は臆病で、ひきこもりがち。
自分から荒事に首を突っ込むなど、断じて、断じて、お断りしたいというタイプだ。
「気をつけてね。」
心配そうに、美しい青い瞳を翳らせて、エリが言う。
「大丈夫だよ。危ない所には近付かない。観光名所、巡ってくるだけだから。」
にっこりと笑って、ギレイは母に告げる。
「ちゃんと連絡するんだぞ。」
ギレイの頭をぐしゃぐしゃと少し乱暴になでて、礼一が言った。
「うん。わかってる。」
にこりと口の端を上げれば、ギレイは自転車のハンドルを握り締める。
改造された自転車は、前方後方、それぞれに大量の荷物が詰み込めるようになっていた。
雨が降った場合には、幌で屋根を付ける事ができるようにさえなっている。
スタンドを立て、サドルを調整すれば、自転車のうえで仮眠することも可能になっていた。
その代わりに、当然の様にこの自転車は重い。
総重量はギレイの体重を大幅に上回る。
まぁ、そのギレイの体重に関しても、上着代わりに着ている白衣に、色々と仕込んできたので、体重というよりかは、重量と呼ぶべきかもしれないが。
仕込みの例を挙げるなら、鎖帷子のように全身を覆うワイヤー、ロボットの腕のような伸縮自在な金属棒、改造銃に、短剣、薬品瓶。小型のミサイルに、金属片、ノートパソコンと……。
と、とにかく、いろいろと仕込まれているので、ギレイの重量もあわせ、自転車は大変な重さになっている。
普通のタイヤでは持たないので、そこも強化してあった。
そして、漕ぐための力も少量ですむように、補助動力が付いている。
原動機を付けてしまうと法的に町を走るのが難しくなるため、ギレイはそこまでの改造はしていない。
あくまで補助動力である。
なので、ギレイはこの重たい自転車を、一生懸命漕がなくてはならない。
ギーコ、ギーコ、とサビもないのに、重そうに悲鳴を上げる金属音を聞きながら、ギレイは自転車を走り進める。
しばらく行った所で、道を塞ぐようにして立つ、見慣れた友人の姿が見えてきた。
黒い髪に黒い瞳。ギレイより幾分か背の高い少年は、ここ、シエンらしい特徴を備えた人物だ。
荒事を好み、己の力で道を切り開く。
シエンの住人の大好きな、力の強さと心の強さを兼ね備えている少年。
獅子倉の武道場の跡取り息子、了。
「……何してるの?」
シャー、シャーァと、空回りするペダルをこぎ続けるのをやめ、ギレイは後ろを振り返って友人に語りかける。
その友人――ギレイは獅子と呼んでいる――獅子は重たい自転車の後輪を片腕で軽々と持ち上げ、地面から浮かせて、持っていたトロッコのような物を連結させている。
その中には、大量の荷物が詰め込まれていた。主に、衣類と食料だ。
「もう、……こんな所にいられるかっ。俺は家出してやる! お前もだろ。なら、一緒に行けばいいじゃねぇか。」
にやりと口の端を邪悪に歪め、黒い瞳がギレイを睨む。
その苛立ちのような気配にびくりと身を竦めて、ギレイは体を硬直させた。
「さぁ、出発!!」
そのトロッコに乗り込むと、前方を指差して獅子は言う。
「出発って、なんで?」
問いかけながらも、仕方なくギレイは自転車をこぐ。
このシエン人らしい友人獅子は、『シエンの戦士』として必要な心身の強さを若いうちから持ったがためか、人間として必要な知能が欠落している、とギレイは思っている。
掛け算はともかく、引き算は覚えろ、と。
『10-2=』
獅子の答えは『3』
8と3。
間違っていることを反省しない。
「似てるからいいじゃねぇか。」
それが獅子15歳の応え――。
また何か、単純なことで道場主をしている父親と、けんかをして飛び出してきたのだろう、とギレイは溜息を吐く。
自転車の速さでは、村を出るのにも時間がかかる。
少し走れば、彼の気も収まるかもしれない。
そう思いながら、ギレイは重たい自転車をこぎ続け……。
「重いっ!!」
突如、自転車をこぐ足を止め、ギレイは叫んだ。
「大体、なんで僕がこいで獅子が乗ってるだけなんだよ。逆だろ! 獅子のが力も体力もあるんだから。一緒に行くって言うなら、こぐのは獅子の係りだ。」
まだ、肌寒い3月の風に、額に浮いた汗を涼ませて、ギレイは後方で座っているだけの友人を睨んだ。
「それもそうだな、俺がこいだ方が速い。」
にやりと笑って、獅子はそれを了承する。
ひらりと身軽にトロッコから飛び降りると獅子は自転車にまたがる。
自分の思い描いた旅と何か違うと思いながらも、ギレイは仕方なく獅子のトロッコに乗り込む。
自転車の後ろにつなげられた木で作られた箱のような車体。
ギー、ガラガラガラ、ギー、ガラガラガラ……
ギレイがこぐよりも、ずっと速い速度で進んでいく自転車と、連結されたトロッコ。
自転車よりも低い位置にあるトロッコには、おのずと人の視線が集まる。
よく見知った村の人たちの、子供たちを見守るような温かい視線。
それが、自転車に引かれるトロッコに乗っているギレイにばかり注がれる。
つまり、ギレイは今、自転車に引かれながら、村人達の注目を集めていた。
「また何かはじめたの?」
「子供は元気でいいわねえ。」
「仲良しね。」
「楽しそう。ふふっ。可愛い。」
確実に、ギレイが旅立つつもりで、獅子が家出をするつもりでいるのだ、などとは、村人達の一人も思ってはいないようだった。
普通の自転車を越える速度とは言え、瞬時に視界から消えるほどの速さではない自転車の後ろで、見知った村人達に、生暖かい視線を注がれ続ける、ギレイ。
その顔は段々と羞恥に赤く染まっていく。
「獅子! もういい、代われ! やっぱり僕がこぐ!」
ガバッ、と布団の上に起き上がりギレイは叫んでいた。
トーストを口にくわえたままの状態で、呆けたように獅子がギレイを振り返る。
その向かいでは、瞳をパチパチと瞬かせて利香が獅子のカップにおかわり分らしい、紅茶を注いでいた。
ギレイも、その状況にまぶたを何度か開けたり閉じたりしてみた。
同じテーブルについて新聞を読んでいたらしい拓が、そんなギレイを見て、フンッ、と鼻の先で嗤った。
いつもの光景、いつもの状況。
窓から見える、宿の外には確かに、ギレイの愛車、大切な愛華が止められていた。
「祖父ちゃん、愛華を作ってくれてありがとう。本当にありがとう。」
気付けば、両目に涙を浮かせて、ギレイは呟いていた。
そしてついに、15歳。
中学の卒業を迎えた。
もうギレイを、この村に縛るものはない。
「行ってくるよ。父さん、母さん。」
使い慣れたキーの付いた、黒い手袋をはめて、茶色い色付きのゴーグルをつける。
それで、ギレイの瞳の色は不鮮明になる。
ギレイの母親エリは、金髪に青い瞳の美しい女性。
天女のごとく称えられる美貌の持ち主の母に、ギレイはとてもよく似てしまった。
短く切った髪に、顔を隠すゴーグルタイプのモニター。
これ位して顔を隠さなければ、ギレイはいつも少女と間違われるのだ。
一方、ギレイの父親、礼一は、黒い髪に茶色の瞳。
シエンという小さな村でこそ、その茶色の瞳は目立つが、実際には、目立つほどの容貌ではない。
しかし、その真っ直ぐとした立ち姿や、柔らかな物腰が、優しげで、知的なのが特徴とも言えるかもしれない。
村で教師を務める礼一の知識は、実際、村ではとても頼りにされ、重要な存在なのだ。
ギレイはその知識と頭脳を受け継いだ。
実際は父をも上回るかもしれない頭の回転力を持っている。
ただし、ギレイの性格は臆病で、ひきこもりがち。
自分から荒事に首を突っ込むなど、断じて、断じて、お断りしたいというタイプだ。
「気をつけてね。」
心配そうに、美しい青い瞳を翳らせて、エリが言う。
「大丈夫だよ。危ない所には近付かない。観光名所、巡ってくるだけだから。」
にっこりと笑って、ギレイは母に告げる。
「ちゃんと連絡するんだぞ。」
ギレイの頭をぐしゃぐしゃと少し乱暴になでて、礼一が言った。
「うん。わかってる。」
にこりと口の端を上げれば、ギレイは自転車のハンドルを握り締める。
改造された自転車は、前方後方、それぞれに大量の荷物が詰み込めるようになっていた。
雨が降った場合には、幌で屋根を付ける事ができるようにさえなっている。
スタンドを立て、サドルを調整すれば、自転車のうえで仮眠することも可能になっていた。
その代わりに、当然の様にこの自転車は重い。
総重量はギレイの体重を大幅に上回る。
まぁ、そのギレイの体重に関しても、上着代わりに着ている白衣に、色々と仕込んできたので、体重というよりかは、重量と呼ぶべきかもしれないが。
仕込みの例を挙げるなら、鎖帷子のように全身を覆うワイヤー、ロボットの腕のような伸縮自在な金属棒、改造銃に、短剣、薬品瓶。小型のミサイルに、金属片、ノートパソコンと……。
と、とにかく、いろいろと仕込まれているので、ギレイの重量もあわせ、自転車は大変な重さになっている。
普通のタイヤでは持たないので、そこも強化してあった。
そして、漕ぐための力も少量ですむように、補助動力が付いている。
原動機を付けてしまうと法的に町を走るのが難しくなるため、ギレイはそこまでの改造はしていない。
あくまで補助動力である。
なので、ギレイはこの重たい自転車を、一生懸命漕がなくてはならない。
ギーコ、ギーコ、とサビもないのに、重そうに悲鳴を上げる金属音を聞きながら、ギレイは自転車を走り進める。
しばらく行った所で、道を塞ぐようにして立つ、見慣れた友人の姿が見えてきた。
黒い髪に黒い瞳。ギレイより幾分か背の高い少年は、ここ、シエンらしい特徴を備えた人物だ。
荒事を好み、己の力で道を切り開く。
シエンの住人の大好きな、力の強さと心の強さを兼ね備えている少年。
獅子倉の武道場の跡取り息子、了。
「……何してるの?」
シャー、シャーァと、空回りするペダルをこぎ続けるのをやめ、ギレイは後ろを振り返って友人に語りかける。
その友人――ギレイは獅子と呼んでいる――獅子は重たい自転車の後輪を片腕で軽々と持ち上げ、地面から浮かせて、持っていたトロッコのような物を連結させている。
その中には、大量の荷物が詰め込まれていた。主に、衣類と食料だ。
「もう、……こんな所にいられるかっ。俺は家出してやる! お前もだろ。なら、一緒に行けばいいじゃねぇか。」
にやりと口の端を邪悪に歪め、黒い瞳がギレイを睨む。
その苛立ちのような気配にびくりと身を竦めて、ギレイは体を硬直させた。
「さぁ、出発!!」
そのトロッコに乗り込むと、前方を指差して獅子は言う。
「出発って、なんで?」
問いかけながらも、仕方なくギレイは自転車をこぐ。
このシエン人らしい友人獅子は、『シエンの戦士』として必要な心身の強さを若いうちから持ったがためか、人間として必要な知能が欠落している、とギレイは思っている。
掛け算はともかく、引き算は覚えろ、と。
『10-2=』
獅子の答えは『3』
8と3。
間違っていることを反省しない。
「似てるからいいじゃねぇか。」
それが獅子15歳の応え――。
また何か、単純なことで道場主をしている父親と、けんかをして飛び出してきたのだろう、とギレイは溜息を吐く。
自転車の速さでは、村を出るのにも時間がかかる。
少し走れば、彼の気も収まるかもしれない。
そう思いながら、ギレイは重たい自転車をこぎ続け……。
「重いっ!!」
突如、自転車をこぐ足を止め、ギレイは叫んだ。
「大体、なんで僕がこいで獅子が乗ってるだけなんだよ。逆だろ! 獅子のが力も体力もあるんだから。一緒に行くって言うなら、こぐのは獅子の係りだ。」
まだ、肌寒い3月の風に、額に浮いた汗を涼ませて、ギレイは後方で座っているだけの友人を睨んだ。
「それもそうだな、俺がこいだ方が速い。」
にやりと笑って、獅子はそれを了承する。
ひらりと身軽にトロッコから飛び降りると獅子は自転車にまたがる。
自分の思い描いた旅と何か違うと思いながらも、ギレイは仕方なく獅子のトロッコに乗り込む。
自転車の後ろにつなげられた木で作られた箱のような車体。
ギー、ガラガラガラ、ギー、ガラガラガラ……
ギレイがこぐよりも、ずっと速い速度で進んでいく自転車と、連結されたトロッコ。
自転車よりも低い位置にあるトロッコには、おのずと人の視線が集まる。
よく見知った村の人たちの、子供たちを見守るような温かい視線。
それが、自転車に引かれるトロッコに乗っているギレイにばかり注がれる。
つまり、ギレイは今、自転車に引かれながら、村人達の注目を集めていた。
「また何かはじめたの?」
「子供は元気でいいわねえ。」
「仲良しね。」
「楽しそう。ふふっ。可愛い。」
確実に、ギレイが旅立つつもりで、獅子が家出をするつもりでいるのだ、などとは、村人達の一人も思ってはいないようだった。
普通の自転車を越える速度とは言え、瞬時に視界から消えるほどの速さではない自転車の後ろで、見知った村人達に、生暖かい視線を注がれ続ける、ギレイ。
その顔は段々と羞恥に赤く染まっていく。
「獅子! もういい、代われ! やっぱり僕がこぐ!」
ガバッ、と布団の上に起き上がりギレイは叫んでいた。
トーストを口にくわえたままの状態で、呆けたように獅子がギレイを振り返る。
その向かいでは、瞳をパチパチと瞬かせて利香が獅子のカップにおかわり分らしい、紅茶を注いでいた。
ギレイも、その状況にまぶたを何度か開けたり閉じたりしてみた。
同じテーブルについて新聞を読んでいたらしい拓が、そんなギレイを見て、フンッ、と鼻の先で嗤った。
いつもの光景、いつもの状況。
窓から見える、宿の外には確かに、ギレイの愛車、大切な愛華が止められていた。
「祖父ちゃん、愛華を作ってくれてありがとう。本当にありがとう。」
気付けば、両目に涙を浮かせて、ギレイは呟いていた。
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