ギレイの旅 番外編

千夜ニイ

VSカナル 別バージョン

「ギレイ! 次は俺と勝負だ!」
なぜかカナルが儀礼を指差す。
「……いや、僕もう疲れたし。」
なぜここで負けた方を指名するのか、儀礼には理解できない。
普通は勝った方と勝負、ではないのか。
カナルが、バクラムからあの大槌を借り受けた。そんな物で儀礼と戦うつもりらしい。
(貸すなよ、バクラムさん。)
儀礼の頬には汗が伝う。


「なんで、負けるって分かってる勝負をしなくちゃいけないんだよ。」
不満そうに儀礼は口を尖らせる。
儀礼はすでにくたくただった。


「俺の方がシュリより強いってことだな?」
見上げるほど大きな体格に合う、バクラムの巨大な槌を軽々と一振りして、カナルは射竦めるような目で儀礼を見た。
その迫力はすでに一流の冒険者だ。
これが同じ歳の人間だなんて、儀礼は泣きたくなってくる。


「タイプが違うんだから、どっちが強いかなんてどうでもいいだろ!」
投げやりな気分で儀礼はカナルに返す。
儀礼も、シュリもカナルも、体格も違えば戦闘の型も違っている。
カナルはこの体型と武器から見て、バクラムと同じタイプだろう。
得意とする分野も違うので、勝敗はルールによって変わる。
剣ならシュリ、槌ならカナルだ。
冒険者ランクDの儀礼が勝つには、かなり偏ったルールが必要そうだ。


「お前、結構キツイ性格だな。」
シュリが頬を引きつらせて言った。
「え? そうか?」
儀礼にキツイことを言ったつもりはなかったが、カナルを傷つけたらしい。
シュリからは苛立ったような気配。
国が違えば価値観が違ったりする。儀礼は何かしたのかもしれない。
「えと、ごめんなさい。」
とりあえず謝っておこうと儀礼は頭を下げた。


 なぜか、バクラムがかみ殺したような笑い方をして、アーデスに至っては声を出して笑っている。
カナルは不満そうに顔を歪ませ、傷付いているようだった。
何か勝負にこだわる理由があるのかもしれない。
そんなに戦いたいものだろうか、と儀礼は首を傾げる。
そう言えば、朝月も戦いが好きなようだった、と儀礼は思い出す。


「俺ならもっと短時間で勝てる! 俺にも権利があるだろ!」
顔を真っ赤にさせて、怒りに震えるようにカナルが言った。
その手では魔物を破砕するという大槌が揺れている。
「権利って? グラハラアの決まり? ごめん、あんまりこの国のこと知らなくて。」
困ったように儀礼は首を傾げる。儀礼は、グラハラアの言葉を使い慣れているわけではない。
「ぐぅっ、俺も結婚を申し込めばいいのかっ。」
カナルは歯を噛み締めたまま、のどの奥から唸るような声で何かを言った。


 懐の銃に手を出そうとして、儀礼はアーデスの睨む気配に手を止めた。『飛び道具はなし』。
「なるほど、第二段と言うわけですね。そういうケンカなら買わないわけにいきませんね。」
アーデス達が笑ったのは、こういう意味だったのだ。
儀礼は納得した。カナルはアーデスの仕掛けた二人目のトラップだ。
そろいも揃って利用されていることに気付いていない。
カナルが利用されたのはシュリへの対抗心だろうか。


「朝月、もう一戦いける?」
目を細め、儀礼は腕輪の白い精霊に聞いてみる。
白い光が儀礼の体を包み込んだのがわかった。体がフッと軽くなる。
光をまとい儀礼はにやりと笑った。
「いいよ、カナル。勝負しよう。」
今度はその剣を破壊されることのないよう、儀礼は刃の強化に朝月の魔力を注ぐ。
その大量の魔力を得た白い刃が、妖しく光りを放った。


 儀礼 対 カナル の戦闘が始まった。
儀礼は身体強化に闘気を使い、朝月の魔力は剣を守るために使用する。
見るからに重量級のカナルは、大槌にシュリたちと同じ様に魔力を纏わせた。
力のありそうな太い腕から、さらに威力を強化した一撃を放つらしい。
(リタイアしようかな。)
武器を交える前に、儀礼は心が挫けそうだった。


 そんな儀礼を励ますように、手元の剣は白い刃を美しく輝かせる。
心配するなと、ここにいると伝えているようだった。
そんな精霊の反応に、嬉しそうに微笑む儀礼は知らない。この精霊の負う能力を。


 光り輝く刃がその能力を発揮し始める。
人の目を惹き寄せ捉える、禍々しいまでに美しい白い刃。
放たれる清い色の光は、見る者の目をくらませ、心を惑わせるもの。


 戦闘を開始してすぐのことだった。
儀礼はカナルの様子に明らかな異常を感じ取った。
儀礼の攻撃をカナルは確かに受け止めているのだが、そこに意思のような物を感じない。
振るわれた剣に対し、体が無意識に反応し防いでいるようだった。
それでも、カナルの視線はじっと儀礼の剣を追っている。


「なんか……変じゃない?」
儀礼が攻撃に迷えば、カナルが攻撃に転じ、その大きな槌を振り回す。
黒い火の粉を撒き散らし、凶悪なまでに大きな黒い槌が人間業とは思えぬ速さで、儀礼の身体めがけて襲い掛かる。


「……。」
儀礼はそれを受け止めるという選択肢を放棄した。
全力でもって逃げる。そう決めた儀礼は周囲に気を配りながらどんどんと後方に下がる。
追い詰められる、何てへまをしないよう庭の中を回るように逃げ始めた。
カナルが一撃放つたびに、地面にクレーターの様な大きな穴ができあがる。
あれを人の体に当てるつもりらしい。


「カナル! おい、庭を壊すつもりか!」
シュリがカナルへと呼びかけるが、やはり聞こえていない様子。
「やっぱ変だよね。」
逃げ続け、儀礼は息が上がってきた。そろそろ体力の限界が近い。


「ねぇ、魅入られてない?」
儀礼はカナルに聞いてみる。しかし、返事はない。
魔剣のような魔力を持つ武器には、人を魅了し意のままに操る類の物がある。
大抵の場合、それらは破壊の衝動へ繋がる。
それは、自分で作り出した魔剣でもありえるのだろうか。
儀礼は眉をしかめる。


「ギレイ、その白い剣だ! 俺が戦った時にも妙な魔力を感じた。気を付けろ! カナルは俺よりずっと力が強いぞ!」
シュリが叫ぶように言った。
しかし、儀礼に余裕はない。気を付けたところでどうしようもない。
必死に避けてかわして、逃げるので手一杯だ。
それでもついに、一撃食らってしまった。
想像以上の威力に儀礼の体は大きく飛ばされる。
カナルが追い討ちをかける。防ぐ手が間に合わない、儀礼は空中で身構えた。


 ガガガンッ
激しい衝突音がした。
しかし、儀礼への衝撃はない。
目の前には剣で大槌を受け止めるアーデスの姿。
そして、背後に回っていたシュリに儀礼は着地を助けられた。
「ありがとう。勝負終わり?」
二人の様子に儀礼は首を傾げた。どうやら儀礼の負けで勝負が決まったらしい。
カナルは後ろから、バクラムに押さえつけられていた。


 そのカナルの目はやはり、正気がないようだった。
儀礼は自分の持つ白い刃の剣を、ゆっくりと右へ左へと振ってみた。
それを奪おうと噛み付くような勢いでカナルが、体を乗り出して暴れている。


「……遊ばないでもらえますか。」
カナルの振るう武器を押さえ込んでいるアーデスが、呆れたように言った。
そして、カナルの顔に手のひらを向け、アーデスが何かを唱えた。
それでカナルがハッとしたように正気を取り戻した。


「儀礼様。今の一撃、受ける気だったんですか?」
眉をしかめてアーデスが振り返る。
「避けられなかったし。怪我はそのうち治るよ。」
苦笑するように儀礼は答える。態勢の悪い空中で、他にどうしろと言うのか。


 それからアーデスは儀礼の手から奪うようにして、剣を持った。
「……妖刀ですね、これ。」
ゆっくりと見回し、少ししてからアーデスは言った。
妖刀とは人の心を魅了し、操るといわれる類の武器。
多くは殺人鬼の武器となった。
なぜそんな物がこの手に、と思ったが、この蒼刃剣自体がそうだったな、と儀礼は思い直す。


「その綺麗な刃を見てたら目が離せなくなって、俺はそれが欲しくてたまらなくなったんだ……。」
大きな体の背中を小さく丸めて、悔やむような、情けないと思っているような顔でカナルが語る。
追いまわされる間、儀礼は本気で焦った。あんな力で襲われては人体などひとたまりもない。
けれど、その力を振るったのは、儀礼と同じ歳の少年だった。


「ごめん、僕のせいだから。気にするなよ。カナルもすごく強いね。……頑張ったんだな。」
恵まれた体格は有利ではあるけれど、それだけで強さを得られるわけではない。
一歳違う兄に負けないために、カナルもまた必死に自分を鍛えたのだろう。
12人も兄弟がいて、親に自分を見てもらうのはとても大変なことかもしれない。
儀礼の出した手をカナルは掴んだ。
その顔からは落ち込みは消え、照れくさそうに笑っていた。

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