ギレイの旅 番外編

千夜ニイ

砂遊び

「ええーっ、魔法で、そんなことができるんですか? それだけで?」
儀礼が驚いたように聞く。
「ああ。そんなに驚くことか? 誰でも知ってるだろう。なぁ。」
クガイがヒガに聞けば、ヒガも頷く。
「まぁ、その程度なら。常識、じゃないのか?」
かえって、不思議そうに首を傾げるヒガ。
ヒガも、儀礼と同じ、ドルエドの生まれである。魔法に関しての規制が厳しいのは同じ環境だ。


「でも、僕ドルエドのシエン育ちなんで、本当に田舎者なんですよ。魔法使える人、周りにいませんでした。」
不満げに口を尖らせて儀礼は言う。
「じゃぁさ、やっぱり掃除の呪文とか、料理の魔法とかもあるんですか?」
「……それ、絵本の中の話だろう。常識を考えろ。お前は風炎地水ふうえんちすいで掃除ができるのか?」
馬鹿にしたような目で、クガイが儀礼を見た。
「待って、なんでそこまで言うんだよ。知らないんだから仕方ないだろ。」
目に涙を浮かべ、儀礼は言う。
ザッ、ザッと、拗ねたように儀礼は落ちていた木の棒で、砂に落書きを始めた。


「知ってるからって偉ぶって、年上だからって威張って、背が高いからって見下ろして、ずるいっ!」
ぶつぶつと小さな声でぼやきつつ、人の顔を書き上げ、儀礼はそこに、「たく」と書き添えた。
「なんだ、これは?」
絵心のない、幼児の描いたような丸と点と線だけの簡易な絵に、ヒガは首を捻る。
「世に言う、いじめっこの顔です。」
両手を腰に当て、満足そうに儀礼は笑う。


ていやぁー、と儀礼はそこに大きく×印を描く。
「ふっ、僕の勝ちだ。」
にやりと笑った儀礼の側で、ボンッいう音とともに小さな煙が上がった。
儀礼が顔を上げれば、その方向では、錫杖で何かを描いたらしいクガイが、儀礼の方を見ていた。
その周囲に、細かい砂煙が立ち上っている。
「……何したの?」
ちょこちょこと、儀礼は砂の上を足音もなくクガイに近付く。


「陣を描くだけの子供のまじないの様な遊びだ。大した魔力も使わないから、大抵の子供ができる。」
そう言って、クガイは砂の上に、繊細な模様を書き記した。
「それ、覚えるの難しいと思うよ。子供。」
クガイたちの育った環境を思い出し、儀礼は複雑な笑みを浮かべる。
出来上がった紋様、魔法陣の上に、クガイは錫杖を持ち上げる。
「これで、魔力を送り込めば簡単な魔法が発動する。少しずつ模様を変えると発動する魔法の効果も違ったりしてな、ちょっとした好奇心の試し場だったな。」
口の端を大きく上げて、クガイが笑う。
それはもしかしたら、楽しかった時代の話なのかもしれない、と儀礼は思った。


 静かに、クガイが魔力を溜めるのが分かる。子供の遊びと言ったわりに、真剣な表情だ。
そして、意を決したようにその陣の中に錫杖の先を突きつける。
「来たれ風神っ、龍神招来りゅうじんしょうらい!」
クガイの言葉と共に、直径50cm程の円の中に、小さな竜巻が沸き起こる。
そして、それはまるで本物の龍の様に細長い体をうねらせて、竜巻の中を砂の龍が飛んでいる。
その高さは、1mを超え、儀礼の背を超え、そして地面を離れると、あっという間に、空の彼方へと飛んでいった。


 呆然とその飛んでいく空を眺めていた儀礼。
薄暗い雲に覆われたその端にも砂の龍が見えなくなってから、ようやく儀礼は振り返った。
「っ……すっごい、かっこいい!!」
瞳を輝かせて、クガイの偉業を褒めたてた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品