ギレイの旅 番外編

千夜ニイ

仕掛け 8章手配書の始末の後の話

 クガイの話に出た凶悪犯の何人かの死亡を、儀礼が確認していることには、正直、儀礼も驚いた。
儀礼が山で見ただけでなく、獅子倉の武器庫で、それらしき特徴の武器を発見していた。
「重気さんて、ほんとになんか、『黒鬼』なんだね。」
今までとはまた違う実感が湧き、儀礼はなんだかとても不思議な気がしていた。
儀礼のした、里に住む重気の話を、穴兎はこんな気持ちで聞いていたのかもしれない、と儀礼は思う。


「すみません、ヒガさんには辛い話ばかり。」
一緒に屈んで話を聞いていた男に儀礼が謝れば、ヒガは首を横に振った。
「いいや。関係ない、とまでは言わないが、今の俺にはさほど、苦しいものではない。」
言いながら、ヒガは手元の蒼刃剣を見た。
「もしかしたらな、俺は少し、ユートラスに思考をいじられていたのかもしれん。」
「ヒガさん、サイボーグだ。」
自分自身を蔑むように嗤うヒガに、儀礼は茶々を入れた。
「カッコイイっ」
にやりといたずらっぽく儀礼が笑えば、ヒガは微笑む。


「あれほど憎かった黒鬼を、許せはせずとも、理解できるほどには、落ち着いているんだ。」
心を示すようにヒガは、胸に手を当てた。
儀礼は無言でヒガから視線を逸らす。顔を蒼くさせて。
「それ、自分に操られてるのでは」、などとは恐ろしくて、儀礼は聞けない。
クガイたちが、儀礼がランジェシカにそんなことをしたとか、言っていたような気がした。


 視線を逸らした儀礼の視界には、誰もいない広い砂地が映る。
本当は、もっと人里離れた所がいい。
けれど、愛華の射程を外れるのは不安だった。
儀礼はクガイから得た情報を、あくまでも、怪談話の副産物として穴兎に送りつけた。
『殺人鬼マニア』なクガイの、熱意篭った長話から、たまたま得た情報だ。
手配書を見せたことに関しても、すでに現物しょうこは消滅している。
監視を送られるような行動はしてない、と心の中で儀礼は頷く。


 これで、穴兎はさらに忙しくなることだろう。儀礼に構っている余裕などなくなるはずだ。
儀礼は広い砂地に、座り込んでいた2時間をかけて根を張るように、袖口からワイヤーを張り巡らせた。
これは罠。儀礼が仕掛ける「危険」トラップ。
腕輪に宿る白い精霊の力は、アーデスやヤンが恐れるほど。
今、儀礼はその力を頼りにする。


 カシャンと小さな音をさせ、儀礼は一時的にワイヤー装置を袖口から切り離す。
立ち上がってあたりを見回す。
うまい具合にワイヤーは砂に隠れているようだった。
「ヒガさん、仕事さぼり過ぎです。」
今気付いたというように、儀礼は太陽の位置を示してヒガに言う。
ヒガは、その事にすでに気付いていたようで、苦い顔をした。
「クガイさん、町中まで連れて行ってあげてください。」
にっこりと町の方を指差して、儀礼はクガイに笑いかける。
またさぼらないように見張って、とその笑顔に含めて。


 しかし、二人の男はその場に座り込んだまま顔を見合わせた。
ヒガが、困ったように頭をかく。
「何か、するつもりなら手伝うが……。」
言いにくそうに、儀礼を見上げる。
「では、町の修復を。」
それが、今のヒガの仕事である。儀礼は当たり前のことを言った。


「それで、これは何だ? 蜃気楼。」
言いながら、錫杖の先でクガイが砂を掘る。
すぐに細く、明るい銀色のワイヤーが砂の中から現れる。
儀礼は表情を消した。
「危ないので、触らないで下さい。無事を保証出来ません。」
睨むように二人を見下ろす。


「本当に、魔法に関しての知識がないのだな。あれだけの魔力を放出し続けて、『魔法使いおれ』に気付かれないと思っているとは。」
呆れたように言って、クガイが立ち上がる。
「はぁ、ばれたなら仕方ないです。ちょっと実験するだけなんで、危ないから人が来ないようにしてもらえますか?」
儀礼は苦笑して答える。魔力の放出、そんなもの、やり方すら儀礼は知らない。
「悪いができない。俺は、お前の不審な行動を見張るように言われててな。俺のボスはお前ではなく、ゼラードだ。」
そう言って、クガイは皮肉げに笑う。
彼らを、蜃気楼の部下にしなかったのは、間違いなく儀礼自身だ。


 何もかもが、儀礼の思うとおりにいかない。
(これはまさか、呪いの効果か?)
儀礼も釣られるように、皮肉げに笑い、ポケットの布の包みに触れた。


「その……魔力ってどの位の人に分かるんですか? 近くにいる人? 魔法使い?」
口元に拳を当て儀礼は問いかけながら考える。
「近くに居れば、お前がやった程、異常な魔力なら誰でも気付く。」
儀礼は知らない間に異常なことをやったらしい。
「離れたところに居ても、魔法を使う者なら気付くかもしれんな。マフレとランジェシカは気付いているだろう。ゼラードも探知しようとすればすぐに分かるだろう。今は、俺が知らせたがな。」
クガイの言葉に、儀礼は睨み付けるように視線を返す。
いつの間に、知らせたのだろうか。
何か、魔法を使ったのかもしれない、と儀礼は自分の無知に歯がゆい思いをする。


「では、その相手を探そうとしているなら、異常な魔力で気付く、ということになるんですよね?」
確かめるように、儀礼はクガイに聞く。
「何をする気だ。」
クガイは答えなかったが、肯定と取って良さそうな返事だった。
「何も?」
嬉しそうに、儀礼は笑う。
情報を流しても、アナザーに止められてしまうだろう。
難題だった、儀礼の呼びたかった相手の、呼び方が分かった。
透明な腕輪の石を撫でながら、儀礼はもう一度嬉しそうに、笑った。

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