ギレイの旅 番外編

千夜ニイ

学校の図書室

 学校に、図書室ができた。
平屋建ての元集会室だった校舎の隣りに、木製の2階建ての小さめの建物。
日当たりがいいので、昼間はランプがなくても本が読める。
紙が焼けてしまうのがちょっと心配だけど、置くのは児童書がほとんど。
貴重な資料とかはないからいいらしい。
町の図書館からもらった古くなった蔵書や、団居家の倉庫にあった絵本などを並べる。
子供向けの小さな机と椅子を2階部分の部屋の真ん中に並べたら完成だった。


「図書館だーぁ!!」
窓から差し込む日の光の中で、12歳の儀礼がはしゃいだ声を上げる。
「こら、儀礼。ここはお前のための場所じゃないからな。学校に来る子供たちと、村の人たちのための図書室だぞ。」
礼一が、困ったように苦笑しながらはしゃぐ儀礼に注意を促す。
「わかってる。でも、僕だって学校の生徒だよ、父さん。」
とても、分かっているとは思えない返事で、儀礼は並べられた本の背に触れていく。
「儀礼、お前はここにある本、全部読んだだろ。」
呆れたように、礼一が言う。
「そうだけど、名作って言うのは何度読んでも……。」
儀礼の言葉は途中で切れた。その目はすでに開かれた本のページを追っている。
「これは血、なのか?」
溜息と共に礼一は呟いた。
儀礼の祖父、修一郎も人の話など聞かず、自分の世界に浸りこむ人間だった。
礼一もそれなりに、好きなことには熱中するタイプではある。
瞳を好奇心で輝かせる儀礼の手にある本の題名は『遺跡に隠された古代の謎』、原書であるフェード語版。
ドルエド国ではマイナーな分野の本であり、ほとんどが遺跡の地図や古代の言語についての説明で、つまり、その本を名作とは呼ばない。


「儀礼……。」
父、礼一の怒りの気配を感じ取り、儀礼は慌ててその本を棚へと戻す。
「父さん、これからは授業の一環に図書の時間を。」
視力補正のためでもない透明な眼鏡を押し上げて、儀礼が言う。
「授業には入れるけどな、お前はその時間、受付担当だ。」
「ええーっ! そんなっ。」
ひどく落胆した声で儀礼は涙を浮かべた。


「……放課後までは咎めない。下校時間は守れよ。」
礼一の言葉に、儀礼が瞳を輝かせる。
母親のエリにそっくりな笑顔で。
「儀礼、もう少し男らしくなれ。」
儀礼の肩に手を置いて、礼一は諦めに似た溜息を吐く。


「獅子達みたいに山を駆け回って、魔獣を狩れって? 父さん、あれ、外の世界じゃ普通じゃないから。僕にあれを求めないで。」
礼一に向かい、真剣な瞳で儀礼は言った。
「あれって、お前、友達に向かって。それに、外の世界ってなんだ、儀礼?」
頬をわずかに引きつらせて、礼一は聞く。
「シエン以外のこと。ドルエドに限らず、フェードでも、アルバドリスクでも、ほとんどの国で子供は魔獣狩りに出ない。父さんなら、知ってるでしょ。それとも、僕が獅子みたいに九九も覚えない息子でいいの?」
儀礼はいじの悪い、にやりとした笑みを浮かべた。
そっくりな顔でも、エリならまずしないような、教師をしている礼一が何度となく見てきた少年わるがきたちのいたずらな笑み。


「いや、了坊には困るがな。せめて拓くん位にはなぁ。」
礼一はあごに手をあて、窓から見える、校庭を跳ね回る子供たちを眺めた。
校庭というよりは、だだっ広い整備もされていない土地だ。
そこに村の集会室があったので、それを校舎として使わせてもらっているのが、この学校だった。
まばらに生える木々の、幹から幹へと距離を競うようにして、子供たちは跳び回る。
「父さん、拓ちゃんも同じくらい強いよ。学年上だし。生徒を比べちゃダメだよ、団居先生。」
にっこりと儀礼は笑った。
その手には、いつの間にか貸し出し処理を終えたらしい本が、数冊抱えられていた。

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