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ギレイの旅 番外編

千夜ニイ

とある日の朝の教室で。

 みんな、利香ちゃんには甘い。


 茶色い髪、茶色い瞳の人種が暮らす、ドルエドの国の中にありながら、周囲を魔獣の出る森や険しい山に囲まれたシエンの村には、黒い髪、黒い瞳のシエン人が住んでいる。
シエンの村の人口は500人ほど。ドルエドだけでなく、世界中全てを探しても、他に黒髪黒目の人種はない。
だから、シエン村がドルエド国内にありながら、シエン人がドルエドの町に出ると奇異の目で見られる。
それは、シエンのすぐ側にあるいくつかの町でも同じだった。
シエンでは、12歳になるまでは大人なしでは町に行けない。
別にドルエド人が悪い人ばかりだと言ってるのではない。
近くの町だって、いい人が9割。残りの1割が問題なのだ。


 この4月で獅子は12歳になった。大人の目を気にせず町に行ける歳。
僕、団居儀礼まどいぎれいの誕生日は2月。1ヶ月ちょっと前にやっと11歳になったところだ。
羨ましい。
町に行ったら、本屋に行って、図書館に行って、管理局に行って、古本屋を探して、古代の品が埋もれてそうな古い雑貨屋を巡るんだ。
ああ、早く来い、来年の2月。


 教室の窓から見える葉桜を眺めていた儀礼の耳に、ここ最近聞きなれてきた会話が飛び込む。
「昨日は3人やってきた。」
朝の教室、上の学年のはずの拓ちゃんが獅子たち獅子倉の門下生相手に自慢げに話している。
この場合の「やった」は殺った、もしくはボコった、半殺し、等が正しい訳し方だ。
また、町に行って好き勝手やってきたんだろう。
領主の息子ってのはわがままだ。自分の村をひどく悪く言われたからって、誰がやったかわからないように闇討ちするなんて……。
僕の口からはとても言えない。


「あ、俺15、6片してきた。」
さっきの拓ちゃんの言葉への獅子の返答だ。
これももちろん、片したの意味は……、だ。 
さすが、というのか、悪びれた様子のないとこに、友達として注意すべきか。
左手の手袋の甲をリズムを刻むように叩いて、僕は迷う。


「何を片したんです?」
突然の利香ちゃんの声。
振り返れば、きょとんとした様子で首を傾げ、獅子や兄の会話に混ざろうとしている利香ちゃん。
ピンクのリボンで長い髪の後ろを結わえ、白いフリルの付いたブラウスがお嬢様らしくて似合う。
許婚の獅子だけをずっと見る、僕に取っては安全域にいる可愛い可愛い女の子。
他の女子は、まぁ、リボンとかひらひらしたスカート持って集団で追いかけて来なければ、可愛いと思うんだけど。特に上級生の集団は、怖い。
ああ、溜息が勝手に。


 ダークな言葉の気配や、雰囲気に気付かず、どこかのほほんとしている利香ちゃん。
拓ちゃんと獅子から、いらいらの気配が消えた。
僕はやっと体の緊張がとけた。
拓ちゃんが利香ちゃんの頭を撫でながら適当な話を切り出す。
獅子や他の門下生も拓ちゃんの話に自然と合わせていく。
利香ちゃんも先程の会話のことはたいして気にせず、世間話のような会話に加わっていた。


 獅子と拓ちゃんの二人が少しその場を離れた時、ふと思い出したのか利香ちゃんが僕に問いかけた。
「そういえば、さっき何の話をしてたの?」
周囲の門下生たちの気配が緊張した。
僕はもちろん本当のことを話すわけにいかず、困った。
「えっと、町に落ちてるゴミの掃除、かな。」
間違ってはないだろうと自分に言い聞かせながら、笑みを浮かべて僕は答えた。
やっぱり僕も利香ちゃんには甘いみたいだ。




*******************


儀礼:“拓ちゃんと獅子が、また町の人ボコッたって。”
穴兎:“元気だな。”
儀礼:“昨日、20人近く。拓ちゃんはきっと闇討ちだ。”
穴兎:“……お前の村、すごいな。”


儀礼:“僕は普通。拓ちゃんとか獅子が変なんだよ。気が短くて強いなんて。重気さんだったら、絶対町の人に手、出さないよ。”
穴兎:“……出さないって、普通の人間は『黒鬼』見たら逃げるだろ。揉めないんじゃねぇ?”
儀礼:“う~ん。重気さんと町に行ったことないや。どうなんだろ?”
穴兎:“お前が振ってきておいて。”
儀礼:“村の人は逃げないよ。”
穴兎:“村人に逃げられてたら、もう住めないだろ。”


儀礼:“重気さん、優しいよ。獅子のお父さんだし、道場に住んでる孤児たちの本当のお父さんみたいだし。”
穴兎:“噂からだと想像できないな。”
儀礼:“笑いながらバンバンって叩いてくるときはちょっと痛いけど。”
穴兎:“叩かれんのか? 『黒鬼』に。”
儀礼:“黒鬼って言うか、本気じゃないよ? お前たち早く帰れよっ、て軽くトントンって。普通のお父さんでしょ。「さっきそこにいた大型魔獣は倒してきたから安全だけどな」って笑って言うとこは重気さんだけど。”


穴兎:“……魔獣、ほんとに出るんだな。そのへんに。”
儀礼:“いるよ。穴兎の家の近くは出ない?”
穴兎:“出ないな。今の時代、魔獣や魔物が出る場所に住む人間は少ない。”
儀礼:“そうなんだ。じゃぁ、兎は安全だね。”


穴兎:“お前はどうなんだ? 町に出て、絡まれたとしたらどうする?”
儀礼:“僕? ……僕も絡まれるかな?”
穴兎:“何で疑問系なんだよ。村の人みんなそんな感じなんだろ?”
儀礼:“そうだけど、僕は見た目がシエンじゃないから……逆にシエンで悪目立ち?”


穴兎:“町で、どんな風に絡まれるって?”
儀礼:“ん~、よく言われるのが動物の血かな。黒い血が流れてるとか、汚いとか、心が濁ってるとか。”
穴兎:“心狭いよな。そういうこと言う奴。気にすんなよ。”


儀礼:“町が汚れるから入ってくるなって言われて、獅子の場合はそこで殴り合い。ってか一方的にやっちゃう、らしい。まったく子供なんだから。”
穴兎:“お前も子供だよな。確かシシと同学年。”
儀礼:“拓ちゃんは、そういう時は、その場ではにっこり軽く流しておいて、後からこっそり誰がやったかわかんないように襲うんだ。怖いよね。”


穴兎:“そいつ、本当に13歳か?”
儀礼:“来月で14歳。でも仲間に自慢げに語っちゃうから調べようとすればすぐばれちゃうよ。そこが浅はかだよね。”
穴兎:“お前がいくつだ。”
儀礼:“僕、11。”
穴兎:“歳、ごまかしてるだろ。”
儀礼:“穴兎はいくつ?”
穴兎:“お前よりは上だ。敬え。”
儀礼:“大人?”


穴兎:“お前、俺をどう見てんだよ。”
儀礼:“いや、話が合うからさ。”
穴兎:“俺が合わせてんだ。小学生に。”
儀礼:“ウサギ、小学生レベル。”
儀礼:“うわっ、うさぎ。人を片したって何? ボコッたって、お嬢様になんて答えたら、納得する?”
穴兎:“お前、落ち着け。今、それを小学生レベルの俺に聞くのか。”


儀礼:“ごめんなさい。だって、ほんとに友達みたいだから……。ウサギが学校に居たらきっと楽しい。”
穴兎:“大人の処世術覚えやがって。クズの処理でいんじゃね?”
儀礼:“穴兎、結構乱暴♪”


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