ギレイの旅 番外編

千夜ニイ

弓矢の練習

 それは儀礼が獅子倉の道場に通った短い期間のある日のできごと。
獅子倉の道場には大勢の子供がいる。自分達の食べる分は自分達で確保する。
ある程度の歳になれば、山に入り狩りをしたり、食べられる木の実や野草を摘んだり畑を手伝ったり。


 獅子たちは村のはずれにある草原で、狩りの訓練を始めた。
と、言ってもすでに何人かは山に入って食いぶちを稼いでいる。
倒した魔獣によっては、領主から討伐代が出ることもある。
訓練は本当に腕を挙げるため毎日必要。
 

 その場いたのは儀礼と学年の近い子供たちで十人足らず。
一番年長が領主の息子、拓。儀礼と獅子はその2学年下。3年生の儀礼は8歳だった。
弓矢の練習をする。
次から次に一つの的を狙って矢を射る。
的はちゃんと丸い形。人の形の藁人形とかではない。
いくつもの円が書いてあって、真ん中の円は赤。
矢は練習用で、矢羽はあるけど、矢じりに返しはない尖ったえんぴつみたい。
 

 獅子は次々真ん中に当てる。
 小さな赤い丸の中に獅子の射た、羽の青い矢が固まる。さすが。
 儀礼の射る矢は弾かれる。
獅子の当てた真ん中の矢に。
「うー、連射ずるい」
そう言うが、儀礼の顔は笑っている。
狙いに外れているわけではなく、速さで遅れをとっているだけ。


 真ん中を諦め、儀礼は周りを狙い始める。
儀礼は狙いにくい、円を描く細い線の上に矢を並べた。
的は段々と隙間を無くしていく。


 ギシ、ギシ、バキッ
ついに、矢の重さに耐えられなくなり、古くなっていた的の支柱が折れた。
原因は獅子の矢だ、と儀礼は思う。
自分の射た矢と矢の僅かな隙間に次の矢をねじ込むように射って遊んでいた。
 

「あーあ、折れちまったな」
 獅子が言う。
「終わりにするか?」
的がなければ仕方がない。


 そこで、拓が。
「儀礼、お前、あれ持って押さえてろ」
そう言う。
「えー、なんで僕が」
「お前が一番後から入ったんだから当たり前だろ」
当然のように拓は言う。


「もう、しょうがないなぁ」
儀礼は弓を足元に置きしぶしぶと的に向かう。
重くなった的から矢を引き抜き、取りに来た年下の先輩に渡す。
「はい、いいよ」(危険ですので絶対に真似をしてはいけません)
儀礼は顔の前に的が来るように支柱を持つ。


「お前な、それじゃ飛んでくる矢が見えないだろ! 誰かが外して、万が一避けられなかったらどうすんだよ」
これも、拓が言った。一番年長だから取り仕切っている。
「見えても怖いんだけど」
小さな声で言い、儀礼は目が見えるように的から頭を出す。


「中心辺りが心臓か」
拓がにやりと笑って物騒なことを言う。儀礼の額には汗。
次々と、獅子倉の門下生達が矢を放つ。
的から外す者はいない。この歳からこの腕前、先が頼もしい。
さっきも、外したのは儀礼だけだった。


 重くなってきた的に儀礼の手が僅かに動いた。
「あ、やべっ」
 獅子の慌てた声がした。
前を見れば、先に刺さっていた矢に弾かれ、今獅子が射た矢が、儀礼の顔に向かってきた。
儀礼は思わず目を閉じる。


 すると、突然の小さな突風。矢は逸れて地面に落ちた。
カランという音で、自分の無事を知り、儀礼は目を開ける。
「悪いな、儀礼」
元気な声で、獅子が言う。謝ると言うよりは当たらなくてよかったな、みたいな軽い感じ。


「なんだ、今」
おかしくなかったか、と拓。
拓は矢をつがえる。弦を絞り、放つ。儀礼の顔に向かって。
「うわっ」
儀礼は目を閉じて的に隠れる。
獅子倉の門下生なら、叩き落すのが筋。せめて矢を見たまま避ける。
おい、と門下生達は真新しい弟弟子に苦笑する。


 また、小さな突風が起こり、矢が的から逸れた。
「風?」
拓は眉を寄せる。なにかがおかしい。
風も読んだ、狙いも定めた。なのに、突然の強風の様なものが拓の射た矢を逸らした。


「おい、儀礼を狙え」
低い声で拓が言う。
それを聞いた門下生達は、本当に当てないよう、わざと儀礼の頭をぎりぎり外れるように狙って射る。
ところが、それらの矢が確実に儀礼の体から逸れる。
そんなに外してないところを狙ったのに、大きく逸れる。
実際には僅かな誤差だが、獅子倉の道場で鍛える者には許せない、ずれ。
 全員が息を飲む。
  いや、獅子だけはマイペースで矢を射ている。中心を狙い、己との勝負。
 

「儀礼を射て」
 今度はさっきよりもはっきりと拓は言った。
そのギリギリ当たらない端を狙い、拓と門下生は矢を射続ける。
儀礼は皆の苛立ちにだんだんと体を硬直させ、目を瞑ったまま動かなくなっていた。
その体から、矢が逸れていく。逸れた幅を考え段々と狙いは中心に寄っていく。
狙いが寄ればその分逸れる幅が大きくなる。


 しばらくの時間が経っていた。


「これ、何の練習だっけ?」
的自体に当てる場所がなくなり、獅子は退屈そうに屈み込んだ。
全員の、儀礼を狙う矢が見事に逸れていく。
儀礼は目を閉じているだけ。


「儀礼を射殺せ」
矢の飛び交う中、怒りを込めて拓は言った。


*****************




 日が暮れる前に、たくさん外した矢を拾い集めて来なければならない。
一人が50本は射ている。200~300本の矢が草原に落ちていることになる。
草の中、木の枝のような矢を探す。
羽にはそれぞれの色が付けられているので、見つけるのは比較的楽だった。


「あれ? 俺の矢、なんか焦げてる。なんでだ?」
辺りに火の気はまったくない。
「あ! 私の矢、なんか芽が出てるぅ! こんなことってあるの? 不思議……」
「俺の矢、穴が開いてるんだけど。なにこの丸い穴。虫食い?」
門下生達が首を傾げる。


「……儀礼、何しやがった」
拓が儀礼の胸ぐらを掴み問い詰める。
「僕、何も、してない」
拓の怒りに儀礼は涙を浮かべてそう、答える。儀礼は目をつぶって固まっていただけだ。
獅子倉の門下生としては落第の態度で。


「何で俺の矢羽だけ明らかに全部、燃え落ちてんだよ」
消し炭になった矢羽を儀礼の前に突きつけ、拓はさらに怒りを増す。
「しらない。拓ちゃんの、日ごろの行いが悪いから……?」
涙目で、儀礼は答える。
儀礼の腹に拳を一撃入れ、拓はその場を撤収させた。
儀礼を的にしていたということを説明できない以上、この不可解な出来事を大人に聞き質すこともできない。


「拓ちゃんのいじめっ子」
消えた怒りに息を吐き、儀礼はぽつりと言った。
矢羽が燃え落ちる? そんな変な現象、儀礼のせいにされても困る。
拓の矢羽だけが燃えたなら、拓の矢に仕掛けがあったのだろう。
そんなの儀礼に説明できるわけがなかった。

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