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ギレイの旅 番外編

千夜ニイ

水時計

 水時計――色の付いた水が少しずつ下に垂れていき時間を計る。砂時計の水でできた物。


 その水時計を、儀礼はアーデスの研究室内で眺めていた。
最初にフロアキュールに連れて来たもらってから、儀礼は度々このフロアキュールの研究室に来るようになっていた。
儀礼が普段借りる管理局の研究室とは設備が違う。段違いにいい。
さすが、自力でSランクになれる研究者の拠点だ。


 儀礼に取っては、見ているだけで楽しい物がたくさんある。
見ているだけで、儀礼はここではほとんど研究しごとはしていなかった。


「何してるんですか?」
よほど暇そうに見えたのか、アーデスが儀礼に話しかけてきた。
儀礼がじっと見ているのは、どこの店にでも売ってるような、市販の水時計だ。何も特別ではない。
色が三色に分かれているだけで、子供のおもちゃとも言える。


「んー。きれいだなぁって」
儀礼は答える。学校に砂時計ならあったが、水時計の実物を見るのは初めてだった。
何故か、こう言う物は儀礼の両親も祖父も買ってくれなかった。綺麗なのに、と儀礼は思う。


「面白いですか?」
笑うようにアーデスは言う。儀礼のことを本当に子供だ、とでも思っているのだろう。


「うん。液体Yと液体Bが混ざってく……4分の1、4分の2、4分の3、4分の4、滴下。また、4分の1、2分の1、液体Gになって完遂、重くなって滴下」
呟くように儀礼は言う。
「……素直に、黄色と青の液体が混ざって緑になって落ちると言いませんか?」
笑いを堪えるようにしてアーデスが言う。


 儀礼の目は、水時計から離れない。
「でもさ、これも綺麗だけど、この中の物質PとRが結合してさ、蒸気が発生したとして、そのままだと入れ物が壊れるから、同時にOとWを融合させて、一気に冷やして一緒にしちゃえばもっとキレイになるかなって」
儀礼は水時計をじっと見たまま言う。


 アーデスが儀礼の言葉に興味を持ったらしく、水時計に近付いてくる。
そのままアーデスは水時計に手をかざし、指を動かすようにしながら何度か何かの呪文を唱えた。
水時計の中で、変化が起こった。


 下にたまっていた緑の液体から水色の気泡が出て上段に気体として貯まっていく。
その気体に押されるように青と黄色の液体は落ちる速度を上げる。
緑の液体が増え、出る気泡の量も増える。
気付けば、下に貯まっている液体の色は黄色になっていた。上段には何故かピンク色の液体。
さらに、黄色の液体からは薄緑色の気泡が出始める。


 そうして、下に貯まった液体の色は黄色からオレンジに、赤に、紫に、青に、そうしてまた緑に戻り、出てくる蒸気も色を変え、変化し続ける。
 雫が落ちる度にゆっくりと色を変えていく液体は確かに、キレイではあった。


「あ、でもこれじゃ時間計れないね」
はっとしたようにして、儀礼が言った。棒読みのような口調で。


「……儀礼様。今、その先を考えませんでしたか」
色を変える水時計を見たまま、アーデスが言った。
「アーデスにも見えた、よね」
水時計を見つめたまま儀礼も言う。お互いに、顔は合わせない。しばらくの間があった。


「封印しとこうか」
にっこりと笑って、儀礼はアーデスを振り返る。


「こうして兵器が生まれるんですね」
感慨深く言って、アーデスは水時計を元に戻した。




 その発想が出てくるのは儀礼位だろう。
それを簡単にできるのはアーデスだけだろう。


 時が経てば、誰かがやるかもしれないが、それはきっと儀礼達が死んだ後だ。


 フェードのおもちゃ屋で買える水時計から、家一軒破壊できる兵器が作れるだなんて。


――誰も知らない方が世の中のためだ。


 儀礼は気付かなかったことにした。

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