ギレイの旅 番外編

千夜ニイ

腕輪を調べよう

「アーデス、この腕輪調べたいんだけどいい方法知らない?」
儀礼はアーデスに尋ねる。
本当は自力でやりたいが、儀礼には魔法に関する知識が足りない。
コルロに聞けば早いと思ったのに、コルロは無関心に「わかんねぇ」って言うだけだ。


 貰った翌日に、大きな街の魔法道具を扱う店に持って行ったら、見せた瞬間に店主のおばあちゃんが目の色を変えた。なので、逃げるように出てきた。
あれから、腕輪の石の光る色に赤が加わった。探索魔法の色は人ごとに多少の違いがあるらしい。




「コルロの腕輪か。そんなの本人に聞けば早いだろ」
アーデスも取り合ってくれないようだ。
「コルロさんに聞いても分からないって言うんです。それはもう俺の作ったのと違うって」
儀礼にはさっぱり意味が分からない。コルロが作った腕輪だと自分で言ったのに、違うものだと言い始める。


「違うもの?」
ようやく興味を持ち始めたようで、アーデスがその腕輪に手を伸ばす。
儀礼は腕輪を外し、アーデスの手の上に置く。
当たり前のように白い糸が伸びて、儀礼の手首に絡まる。


「……なんです? これ」
アーデスの顔が笑っている。それも、楽しそうに。何か、新しいおもちゃを見つけたとでも言いたそうだ。
「だから、それを調べたいんです。コルロさんも分からないって。魔力の塊みたいだって言ってました」
儀礼はなんだか泣きたい気分になった。わけの分からないものを持たされ、やはり呪われたのではと、不安になる。


「魔力ならヤンのがわかりそうだな」
白い糸を伸ばしながら指で触れ、弾きながらアーデスが言う。
アーデスが扱うと本当におもちゃのようだ。


「それが、ヤンさん……」
儀礼はヤンにも腕輪を見せた。Aランクの魔法使いのヤンになら何か分かるかもしれないと思って。
同じ魔法使いが作った物なのだからと。


 ところが、この腕輪を見たとたんに、ヤンは涙を流し始めた。
「すみません、私ソレ、触れませんっ!!」
そう叫ぶと同時に、どこかへと消えていった。文字通り、移転魔法でどこかに飛んでいってしまったのだ。
あはははっ、と大声でアーデスが笑う。
冗談ではない、儀礼には笑い事ではないのだ。天才と言われる二人の魔法使いにお手上げだと言われたようなものだ。


 あとは、もう、このアーデスしか頼れる者がいない。
一応万能型の、物語の中の勇者のような人だ。少し、期待を持って儀礼は来たのだ。
「……だめかもしれませんが解析装置に入れてみますか? 意外と魔剣の装置でいけるかもしれませんよ。コルロが自分の作ったものでないと言うなら、別の物が入り込んだと考えるべきでしょうね。そしてそれが儀礼様、あなたの物であるなら、もうおわかりでしょう」


 アーデスが悟ったような優しい笑みを浮かべる。そして、儀礼の手にその腕輪を返す。
「精霊」
それを受け取りながら、儀礼にもそれがわかった。
確かに、そう、儀礼も考えたのだ。けれど、その気配がまるで掴めなくて。
今まで感じた精霊達とまるで違うようで、儀礼は扱いに困っていたのだ。


 でも、なぜだろう。今また、納得した。
「コルロが作った腕輪に、僕の側にいた精霊が入り込んだの?」
そう言うことなのかと。
「おそらくはそれが一番妥当かと。しかし、ヤンが恐れを抱くほど強力な精霊が周りににいたということですか?」
くすくすとアーデスが笑う。その笑顔が、段々と研究者の顔に……。


「えと、なぞは解けました。では、僕はこれで」
くるりと向きを変え、帰りの方角に向かおうとすれば、アーデスに肩をつかまれる。
「折角ですから、装置に掛けていきませんか? お茶くらい入れますよ」
アーデスが爽やかな笑顔を見せる。後ろから光がさしてきそうな笑顔。


 怪しいことこの上ない。
「何が入ってるお茶ですか……?」
「嫌ですね。ただのお茶ですよ。せいぜい魔力が一時的に高まる位で、何の害もありません」
にこにこと笑うアーデスの言葉に何の説得力もない。魔力が上がるお茶などあるものか。
「ああ、儀礼様、精霊を捕まえる方法って聞いたことありませんか? まだ成功したことはないらしいのですが、高い魔力の元に精霊が集まるというのは聞いたことがあるんですよ。精霊に愛されると言う者の魔力を上げたらどうなるんでしょうねぇ」
さぁ、飲めとばかりに、儀礼の前に怪しい液体の入ったコップが差し出される。いつ用意されたのか。
中身は薄い茶色。濁りはなく、わずかに草と花の香りがする。
「遠慮します」


 コップをアーデスの手に押し返し、儀礼は帰る道を探す。
 何故、来た時と部屋の構造が変わっているのだろう。
 何故、扉が違う場所についているのだろう。
 何故、外の景色が違うのだろう。
 ……何故、儀礼はこんな相手を頼って来てしまったのだろうか。


 それだけ、呪われたような腕輪が不気味だったのだ。だが、今思えば、人を実験体としか思っていないアーデスよりも小さな白い糸が出る程度の腕輪の方がずっと可愛いものだった。


 儀礼がそう思って腕輪を見た瞬間、腕輪が強く白い光を放った。
辺りが真っ白に見えるほど。


 ――儀礼は、元居たフロアキュールにあるアーデスの研究室に戻っていた。
転移陣という物の使い方を昨日、ワルツに教わった。
魔力がない者でも決まった言葉を言えば、行きたい先の転移陣へ移転してくれる、特別な魔法陣。
フロアキュールにはそれがある。これで、来た時のように儀礼は、一人で帰ることができる。


 しかし、目の前には驚いたような顔をしたアーデスがいる。
「今の、その腕輪の効果か?」
アーデスが敬語遊びではない、素の状態に戻っている。無意識でとは、珍しい。


「おそらくは」
儀礼にはそれしか答えられない。だって、本当に儀礼にはわからないのだ。
何が起こったのかすら、儀礼にはわからない。儀礼が今さっき、どこにいたのかも。


「……」
アーデスが何かを言いかけて、口元を押さえてやめた。なんだか物凄く気になる。
「何です?」
儀礼はアーデスに近付きすぎないよう警戒しながら聞いてみる。


「儀礼。そいつただ者じゃない」
腕輪を指差してそう言うアーデス。ただ者でないとは、どういう意味だろうか。
ただの精霊ではない、と言う事か。


 しかし、儀礼にはまず、精霊と言うものがよくわからなかった。儀礼に力を貸してくれる不思議な存在で、物語の中によく出てきて、母にはその姿を見ることができる。
なんにしろ、今儀礼に分かること。
この腕輪は儀礼を助けてくれたこと。


「悪いものじゃないんですよね」
アーデスに対し首をかしげながらも、儀礼はもはやそれを確信していた。他の精霊達のように、この存在は儀礼に力を貸してくれたのだ。
「ありがとう」
儀礼は腕輪に向かって言う。透明な石がまた、白く溢れるように光りだす。
「ははっ、まぶしい」
儀礼は楽しそうに笑った。


「結局、解析はしなくていいんですか?」
アーデスはつまらなそうに言う。余程調べてみたかったのか、それとも本当に精霊を捕まえるつもりだったのか。
「また、今度にするよ。もう少し使い慣れてから」
そうでなければ、腕輪に対しても、その精霊に対してもなぜだか失礼な気がしていた。


「わかりました。けど、もし解析するときは気をつけてくださいね。多分、普通の装置でやったら、装置の方が壊れます」
アーデスがいつも通りの落ち着いた様子で言う。
「壊れるの?」
儀礼が聞く。
「壊れますね。力が強すぎます」
アーデスが即答する。


「どれくらい?」
おそるおそると言う風に、儀礼は聞いてみた。
「人間の力など及ばないほど、ですね」
呆れたような、ため息のような声でアーデスが言った。
それがさっき、アーデスが何も言わなかった原因だろうか。


 アーデスは何を感じ取ったのだろうか。
 ……そんなものが分かるアーデスもやはり、ただの人ではないのでは、儀礼は頬をつめたい汗が流れたのを感じた。


 儀礼の周りには人間離れした者が多過ぎる。
平和に暮らしたいだけなのに、と、Sランクである自分のことを棚に上げ、儀礼はそんなことを考えた。
小さく点滅する腕輪の白い光は、なんだか笑っているようで、儀礼はもうその白い光に怖さは感じなかった。

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